それは恨みか復讐か「手 La Main」
今日は怖い話やります。
復讐心。
これは人間ならみな持っている感情だと思います。消えない恨みつらみ。それは大きければ大きいほど、命が滅んでもその人間の体の一部に宿り、必ずや相手に復讐しようとする。たとえ残ったものがたった一本の「手」であっても──。
えー、この話に限っては、残酷描写というか、エグイものが出てきます。そういうのが苦手な方はお読みにならないことをお勧めします。
話の語り手は予審判事。彼がコルシカ島で任務していた頃のこと。
彼が扱っていたのはもっぱら復讐関係の事件ばかりでした。コルシカ人は復讐心の強い人間で、やたらと血なまぐさい事件が多かったと彼は語ります。
ある日、彼は一人のイギリス人の噂を聞きます。下男だけを連れてたった一人で暮らしているこのイギリス人の男は、他人と関わろうとせず、ただ釣りと狩猟三昧の日々を過ごしているらしい。亡命者か、あるいは犯罪者かと人々の噂がふくらんでいくので、彼はちょっと探りを入れようとこのイギリス人とお近づきになります。
彼の名はサー・ジョン・ローウェル。赤毛の大男。英語訛りのフランス語で気さくに話し、イギリス紳士らしく細やかな心遣いで判事をおもてなしします。「ワタシ、フランス大好きデス。とても素晴らしい国ネ」
判事は彼の人生についてちょっとずつ踏み込んだ質問をしますが、ローウェル氏は隠しごともない様子で何でも答えてくれる。アフリカ、インド、アメリカへ行き、カバやトラやゾウや、果てはゴリラまで狩猟したと自慢する。
「ずいぶん恐ろしい動物を仕留めたもんですね」
するとローウェルはこう答えます。
「オー、ノー、一番怖いの、人間デス。ワタシ、人間、たくさん仕留めマシタ」
人間たくさん仕留めマシタ?
ここで、もしかしてコイツちょっとヤバい奴かなと思うでしょ。そしたらもっとヤバいものが出てくるんです。
判事は壁に飾られたあるものに目を留めます。それは……。
人間の手。
骨ではない。干乾びてどす黒く変色し、爪は黄色くなり、剥がされた皮膚から筋肉が浮かび上がっている。乾ききった血の跡がこびりついたまま、斧で一気にぶった切られたかのように骨が見えている。(食事中の方ごめんなさい)
それが頑丈な鎖で食い込ませるかのようにぐるぐると繋がれ、壁に縛りつけてあるのです。
「これは何です?」
「それは一番強かった敵デス。アメリカ産ネ。皮を剥いで8日間天日で乾燥シマシタ。これ、ワタシの宝物デス」
目を背けたくなるほどおぞましい代物を自慢するローウェル氏。
「しかし大きな手だ。この男は強かったんでしょうね」
「まあネ。でもワタシの方が強かったネ。どこにも行かないようにこうやって鎖で繋いでマス」
判事は彼が冗談を言ってると思います。
「そんなことしなくたって手は逃げないでしょう」
「いいえ、コイツはすぐ逃げようとする。だから鎖が必要デス」
思わずローウェルの顔を窺う判事。
──この男は気が狂ってるのか? それとも悪い冗談なのか?
しかしその顔からは何も読み取れませんでした。判事は釈然としないまま、彼の銃コレクションを褒めたりしてお茶を濁しますが、装填された状態のピストルが3丁も置いてあるのを見て、彼が何かしら恐怖に怯えて暮らしているのではないかと想像します。
ローウェルとはその後数回会いましたが、そのうち訪ねることもなくなり、いつの間にか人々も噂をしなくなりました。
そして1年後。
突然の知らせに驚いて判事はローウェルの家に急ぎました。彼が夜のうちに殺害されたというのです。
絞殺死体。引き裂かれた洋服から激しく争ったことが分かります。首についた血だらけの指の跡は……まるで……。
検死した医者がこんなことを言います。
「こりゃあ骸骨にでも絞められたようじゃないか」
判事はぎくりとして壁を振り返りました。繋がれているはずの「手」は消えていました。そこにはただ千切られた鎖がぶら下がっているだけ。判事がローウェルの歯の間に挟まったものを確かめると、それは第二関節から食いちぎられたその「手」の指でした。ううう……。(食事中の方本当にごめんなさい)
下男の話によると、ひと月ほど前からローウェルは様子がおかしかったそうです。次々と届く謎の手紙を片っ端から焼いていたこと、時おり気が狂ったように鞭を手にしては、壁にかけた「手」をひどく打ちつけていたこと、片時も銃を離さず、夜中に誰かと言い争うような大声を出していたこと。
でもそれだけ。結局事件は解決しないままでした。
そして3か月が経った、ある夜。
判事は悪夢を見ます。それは例の「手」が、サソリかクモのようにそこら中を這いずり回る姿でした。
翌朝、彼は行方不明だったその「手」を受け取ります。ローウェルの墓で見つかったというその手は、──人差し指が、欠けていました。
ローウェルを殺したのは誰だったのか。いや、何だったのか。これもひとつの「復讐劇」なのか。
誰も説明することのできない、超自然現象。宙ぶらりんのまま、物語も終わります。
この話は相当視覚的に訴えますので、くれぐれも食事中の読書はお控えください。
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