更年期の夫婦にスパイスを「温室 La Serre」

 長続きするカップルの条件とは何でしょうか?

 趣味が合うこと? 食べ物の好みが合うこと? 喧嘩をしないこと?


 ズバリ言いましょう。「セックスをすること」です。


 えっ、なに、そういう話? と顔をしかめないでください。あるいは乗り出さないでください。あのね、フランスでは性生活というのがとっても大事なんです。カップルであり続けるための第一条件と言ってもいいです。やっぱりほら、アムールの国だから。

 逆に言うと、それがなくなったカップルは終焉に近づいているということです。触れ合わなくなったということは、相手に興味がなくなった、愛情がなくなったということを意味してしまうのです。

 よくセックスレスという言葉を耳にしますが、あれはとても危険な言葉です。アムールの国では、カップルは永遠にカップルでいなければならないのです。年をとっても、更年期になっても。バラの咲き乱れるフランス庭園を思い浮かべてください。枯山水なんて渋い言葉はこの国には存在しないのです。


 まあちょっと大げさに言ってしまいましたが、おおよそこの国はこんな感じだと思ってて間違いはないでしょう。


 さて。

 ここに一組の同い年の夫婦がいました。年齢は明らかではありませんが、おそらく更年期にさしかかる頃と思われます。

 夫は小柄で太っていて、明るい性格。妻は痩せていて、いつも不平不満を言ってるような人。そしてここ数年、妻は夫に対してとても意地悪です。


「太ってるからベッドで場所取りすぎ!」

「あんたの汗が体について気持ち悪いのよ!」

 

 言いたい放題です。旦那かわいそう。でもいい人だから妻の暴言に耐えている。妻の意地悪はエスカレートし、夫が寝落ちするっていうタイミングを見計らって起こしては、新聞を忘れたとか水を持って来いとか言う。(しかも陰険にもボトルを隠していて、)見つけられなかった旦那が手ぶらで寝室に戻って来ると、


「ふん、これであんたもいい運動になったでしょ。スポンジみたいにブヨブヨなんだから!」

 とまた罵倒する。


 ひどいよね。でも倦怠期に入った夫婦ってのはこうなっちゃうのかも知れない。妻はもう夫に魅力を感じていないのです。そして妻のイライラに健気に耐え、ご機嫌をとる夫。こんな夫婦、意外と近くにいませんか?


 ある夜、眠っていた妻は外で物音がするのに気づきます。

「泥棒かも知れない、あんた、見てきて」

 と、眠っている夫を叩き起こします。夫が窓から覗くと、庭の温室に入って行く人影が。許せん、退治してやる。夫は銃を持って寝室を出て行きます。


 ところが5分、10分、15分たっても夫は戻って来ない。

 もしかして、泥棒に殺されちゃった? どうしよう。妻は不安になり、ベルを鳴らして女中のセレストを呼びますが、セレストは寝ているのか返事をしません。真っ暗な寝室でひとり夫を待つ妻。

 すでに夫が出て行ってから45分がたちました。

 きっと殺されたんだ。あの人、死んじゃったんだ……! 妻はひざまずいて涙にくれます。


 と、その時。


「おれだよ。開けてよ」

 旦那の声です。こんなに心配させておいて、夫はケロッとして戻って来たのです。

 不安が安堵に、そして怒りに変わり、妻は夫を怒鳴りつけます。

「あんた、何してたのよ! バカ! あたしがどれぐらい怖かったか分かってんの!?」


 しかし、夫はいきなり笑い出すんです。ヒイヒイいって、腹に手を当てて、涙目になって。


「おれが見たもの……何だったと思う……? セレストだよ……あの娘、温室の中で、男とランデヴーしてたんだ……おれ、見ちゃったよ……」


 泥棒の正体は、女中の恋人。セレストは女中部屋を抜け出し、こっそりと温室の中で男と「逢引き」をしていたのでした。


 それを聞いた妻は怒り爆発。

「何ですって!? あたしの温室でそんなことを!? ふしだらな! 許せないわ、追い出してやるわ、あの女中!」

 ところがそんな妻を夫は突然抱きすくめ、熱い口づけを浴びせるのです。熱烈な抱擁。まるで昔みたいに。そしてそのまま妻をベッドに押し倒します。キャー。


 夫は刺激されちゃったんですね。バラの咲き乱れる温室で若い恋人たちが愛し合う姿を見て、自分も若返っちゃったんです。


 そして翌朝──。


 まだ起きて来ない夫婦を心配して寝室をノックしたセレストは、二人がベッドの中でイチャイチャしてるのを見てびっくり。

 妻が甘く気だるい声で言います。

「あらぁ、セレスト。カフェオレならここに持ってきて。あたしたち少し疲れてるの。昨夜、あんまり眠ってないから……うふ」

 こうして夫婦は足りなかったものを取り戻したのです。


 妻は夫に対して優しくなりました。セレストは給料が上がりました(笑)。そして、夫は痩せました。本当ですか。「セックスでキレイになる」。女性誌の特集みたいですね。まあいいや。


 やっぱり、いくつになっても触れ合うということが、カップルにとっては大事なんですね。

 以上、モーパッサン流「更年期の乗り越え方」でした。

 どうぞ末永くお幸せに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る