ミーハー男の悲劇「夜会 Une Soirée」
有名人と友達になりたいなあ。人気アーティストの友達がいたら自慢できるしさ。「僕はあいつを知ってるんだ」なんて言っちゃって、ついでに自分もグレードアップした気になるし。
……なんてミーハーな気持ち、人はどこかに持ってませんか。今回はそんな憧れを持ちすぎてしまった男のかわいそうな一夜の話。
サヴァル氏は公証人。遺産相続とか不動産売買、結婚契約なんかの時に仲介をする職業です。そしてヴェルノンじゃちょっと名の知れた音楽家でもあります。(ちなみにヴェルノンとは人口1万人もないノルマンディーの町です。)
彼はピアノに触ります。ヴァイオリンもちょっぴりたしなみます。か細~い声でオペラも歌います。でも他に音楽家を知らない町の人は拍手喝采。「サヴァル先生は本物のアーティストだよ」と褒めちぎる。簡単に言えば井の中の蛙。
ある日、彼はオペラ見物にパリへやって来ました。もう燕尾服も着こんでます。うーん、やっぱりパリの空気は違うなあ。気分が高揚する。シャンパンでも飲み干したような心地だ。芸術の街、アーティストの街、それがパリ!
突然サヴァル氏はあることを思いつきます。そうだ、有名人がよく行くという店に行ってみよう。アーティストとお近づきになれるかも知れない。これはいいアイデアだ!
オペラまでまだ2時間の余裕があるので、ピガール広場にあった「死んだドブネズミ」という名前の有名カフェ(実在)に入りました。中では娼婦たちがビールを飲みながらグダグダお喋りをしています。サヴァル氏はそういう お下品な人たちを避け、テーブルに着きます。
その途端、そばのテーブルから、「ロマンタンさん」という名前が耳に飛び込んできました。ふむっ!? サヴァル氏は振り返りました。もしやそれは、さきの
ロマンタンと呼ばれる若い男は友人を相手に、アトリエがどうのとか、今夜はパーティだとか、女優や画家たちがいっぱい来るとか、サヴァル氏の好奇心をそそるようなことばかり口にしています。サヴァル氏は話しかけたくて口がムズムズ。
「あの……失礼ですが、あなたは、かのロマンタンさんですか?」
「いかにも、僕がかのロマンタンです」
なんだこの会話。しかし意外と気さくなアーティスト。話は盛り上がり、今夜のパーティのことへ。
「そうだ、よかったらあなたもおいでよ」
行っちゃうよね。オペラなんか忘れちゃうよね。アーティストと友達になれるチャンスだもの!
しばらくののち…。
サヴァル氏はロマンタンの埃だらけのアトリエを箒がけし、使い走りをし、天井に上って酒瓶の手作りシャンデリアにろうそくを灯し、パーティの準備にこき使われております。燕尾服台無し。
そこへいきなりロマンタンの愛人が登場。ドアをバン! と開けて、
「ひどいわ! あたしに秘密でこんなパーティするなんて!」
ロマンタンは大あわて。
「ち、違うよ。女なんか来ないよ。これは、サロンで1等をくれた人たちに感謝するパーティなんだ」
「信じないわ! 嘘つき!」
めんどくさいことになった。ロマンタンは、
「5分だけ留守番しててくれる? 彼女を送って来るから」
と言い残し、愛人とアトリエを出て行きました。
ところが1時間たっても彼は戻って来ない。何やってんだロマンタン。
すると突然、20人はいるかという酔っぱらいの歌声と、アパートが壊れそうな足音が階段を上って来ました。ドアが開き、男女ごちゃ混ぜ、すでにできあがった招待客がアトリエになだれ込みます。サヴァルを囲み、輪っかになって踊り出す客たち。ひいっ! なんだこの人たちは!?
「皆さん! み、皆さん!」
「ねえ、あんただれ~?」
「サヴァルと申します」
「ああ、きっと今日の給仕人だよ」
「じゃこの酒はこっちに並べて~」
サヴァルを下男と思い込み、テーブルの支度を命令する客。サヴァルはプライドが傷つきます。
「侮辱しないでください、私は公証人ですよ!」
は?
一瞬の沈黙ののち、客たちは大爆笑。彼は仕方なく今日のアヴァンチュールを客たちに語ります。するとさらに大ウケ。面白いおじさんだねえ。まあ飲めよ。一緒に踊ろうよ! 楽しくやろうよ! どんどんお酒を注がれます。
才能に溢れたアーティストたちと洗練された会話をしてお友達になるはずだったのに、こんな酔っぱらいの相手をするはめになるとは……。
ええい、こうなったらどうにでもなれ! サヴァル氏は開き直りました。飲んで歌ってご機嫌で大騒ぎ。椅子と一緒に踊って転んだことまでは覚えています。(ロマンタンは結局帰って来ませんでした。)
朝、知らないベッドの中で目覚めたサヴァル氏。途中から記憶がありません。なんで私は裸なの? あれ? 服がないよ。
そこへ箒を持った女中が入って来て、
「あんた何やってんの! 出て行きなさいよ!」
友達に金を借りてなんとか着るものを間に合わせたサヴァル氏は、ほうほうのていでヴェルノンに帰って来ました。
それからというもの、彼は美術というものが音楽よりもはるかに劣る芸術だと語るようになったそうです。逆恨みか。
こんな目に遭うならミーハーな考えを起こさずにオペラ見物をしとけばよかったね。結局彼はヴェルノンで音楽家をしているのが一番性に合うってことでしょうか。
狭い世界しか知らない人間のプライドと、都会人のいい加減さを笑いに包んである、フランス的なユーモアの色合いが濃いコメディです。
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