柊さん、こんにちは。
柊さんの説明で、モーパッサンの短編をいくつか読ませていただきましたが、読んでいて、この作品が一番つらかったです。
『体裁だけのうぬぼれで生きている男と、絶望を逆手にとり、体を張って信念をまっとうした女。(中略)戦争によって人間の運命が、心が、こうもはっきりと分けられてしまう残酷さを、モーパッサンはちゃんと描いています。(中略) 作家の人間性が出ている気がして、僕はこの短編がすごく好きです』と書かれているのを読んで、どういう意味ですかと訊きたくなりました。
エビヴァンのほうも、イルマも、たくさんのプロセイン人を殺したことを自慢しています。特にイルマは町にきた兵士に犯されて梅毒になり、治そうと思ったのに治さなかった。それはプロイセン兵士を殺したいから。
どちらも、クレージーですよね。
ここで、モーパッサンはどんな作家だったのか調べてみました。彼自身も普仏戦争に従軍し、帰ってからは役所に勤めたようですね。前に釣り人の話にも残酷なプロイセンの兵隊が出てきましたが、モーパッサンはドイツヘイトの人なのでしょうか。
彼は風刺のきいた表現と、こまかな自然描写を得意といる作家。それはこれまでも感じてきましたが、人間愛の人なのでしょうか。
先日、村上春樹がイスラエルの授賞式で、「壁と卵があったら、作家はいつも卵の側にあるべき」というようなことを言われていましたが、作家はそうあるべきですし、モーパッサンもきっとそうなはずですね。
この短編では、ふたりともが正常ではありません。何よりも生命が大切だということをすっかり忘れています。戦争がそうさせたのですよね。ここに戦争の怖さがあります。それを書きたかったのでしょうか。
今だって戦争の最中です。この話をそっくり現代に書き換えられます。イスラエル兵が何人パレスチナ人を殺したか自慢したり、犯されてエイズになったパレスチナ女性が、敵の公衆便所になって復讐している、そんな話。
戦争が残酷なのは、人の個々の命が尊厳されず、数でしかないこと。人が正常にものを考えられなくなること、ですよね。
人間は、こういう小説を何冊も読で学んで学んできたはずなのに、何も進歩していませんよね。そんなことを考えました。
作者からの返信
九月さん、コメントありがとうございます。
この話は「脂肪のかたまり」と同じ短篇集に入っていて、普仏戦争をテーマにしていてもこちらの方は戦争の犠牲になることを生々しくストレートに描いていると思いました。
クレイジーなのは正常な感覚からするとそうなのですが、戦争という状況ではそれが正しいことになりますね。同じ「プロイセン人を殺す」という行為でも、この男と女の背負ったものが正反対であるというところをモーパッサンは書いているんじゃないかと思います。
命が一番大事、という当たり前のことも、戦時下ではどこかへ消し飛びます。イルマは性的な暴力を受けていて、梅毒は治せてもこの経験はなかったことにはできない、だから残った命で敵を殺すことに賭ける、レジスタンスをする。モーパッサンはこの女性に非常に肩入れしていると感じます。でも彼女を偉いと言っているのとは違って、あくまでも犠牲者として描いています。
ざっくりした言い方をするとモーパッサンはいつも弱い者の味方で、強い者の偽善を糾弾するスタンスを貫いてます。それは戦争以外のお話も同じで、僕が人間味を感じるのはそこです。
自身の兵隊としての経験と、そのあとの公務員としての経験は作品の土壌になっているのではないでしょうか。
残酷なプロイセン兵が登場するのはフランス市民の視点ですので当然ですが、反ドイツの感情をあおるものではなく、戦時下では人間はこうなるというのを端的に書いているんだと思います。なんというか、プロイセンを憎むのではなく戦争を憎むみたいな感じでしょうか。
村上春樹のスピーチを読みました。モーパッサンが描いているのはまさに卵だと思いました。
柊さん、こんにちは😊
イルマの痛切な叫びが、私の耳にいつまでも残るほど迫ってきました。
身体を張って戦い続けたイルマ。
勲章を手に悦にいるエピヴァン。
背景にある戦争の惨たらしさ。
壮絶感が伝わります。
またタイトルの「寝台29号」に言い知れぬもの悲しさを感じます。
余談ですが、今日、図書館の近くに用があったので、ついでに寄ってモーパッサンの本を探したのですが、残念ながらないので、図書職員に調べてもらいましたが、倉庫に1冊あっただけでした。
「女の一生」というタイトルです。
これはなかなかの長編ですぐに読めないかもしれません( ´艸`)
その本の最後に、柊さんが最初に解説されていた短編小説「脂肪の塊」他に長編小説「ベラミ」「ピエールとジャン」「死のごとし強し」紀行文「氷の上」の本も紹介されていました。
これから、柊さんの解説で出てくる作品もあるかもしてませんが、ちょっとここに書かせて頂きました。
長々とすみません。
作者からの返信
この美のこさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
かたや体裁と名誉、かたや絶望を逆手に取ったレジスタンス。対照的な生き方(あるいは死に方)がくっきりと表れた話ですね。戦争は人の本質を如実にさらけ出すのかも知れません。
タイトルにも注目して下さるとは嬉しいです。29という番号だけがついたベッド、これも何とも言えない冷たさ、哀しさが出ていますよね。
図書館で探されたんですね! そういうお話を聞くと嬉しくなります^^ あーでも短篇集はないんですね……
「女の一生」はモーパッサンの代名詞みたいな作品ですよね。長編ではありますが、ジェットコースタードラマみたいで、読んだらハマりますよ(笑)特に主人公の夫と息子がもう……。実は、今拝読しているこの美のこさんのエッセイに重なるものがあります……。もしご興味があればぜひ。
挙げられたモーパッサンの長編小説はどれも面白いです。「べラミ」は悪い男がのし上がるアンチヒーローみたいな面白さ、「ピエールとジャン」は兄弟の確執、「死のごとく強し」は老境の恋、みんなテーマが違いますが、人間の描写が深く、しかも読みやすいです。
でもモーパッサンの短編はそれがもっと凝縮されている気がします。そこら辺を紹介していけたらと思っています。
こちらこそ長くなりました。終わらなくなってしまうのでこの辺で(^^;
柊さまの創作の一端を感じました。人間の光と影の描写は
こんな作品達を読んで来られて培われて来たのですね。
本当の誇りとは何か本当の誉れは何か。梅毒に侵されながらも
戦った誇らしい姿が美しく輝いて見えました。
まだ作品読んでもいないのに、感動してしまいました。
素晴らしい解説ありがとうございます❣️
作者からの返信
未熟な紹介にも関わらずここまでしっかりと内容を読み取っていただき、光栄です。読み返しても端折っている感がやはり否めないんですが、そう言って頂けると有り難いですね。
昔から読んでいた訳ではないのですが、一度ハマると次々に読みたくなります。光と闇、闇の方が多いですが、その中に優しさや慈悲の目が感じられるところが好きですね。
こちらこそお読みくださってありがとうございます!
女性の強さと行動力を感じました。
エピヴァンだけでなく、そのへんの男性なんかにはとても真似できない復讐劇。
彼女の叫びを聞いて、エピヴァンが心を痛めたのかどうか……。
痛めてないならどうしようもない弱者、痛めたならば物事を表側だけしかみない愚者。
そんな風に感じました。柊さんの語りがやっぱり素晴らしいです!
作者からの返信
サクヤさん、こちらも読み進めて下さって感激です!
この女性は強いですね。まさに命を捨ててのレジスタンス。
エピヴァンのような人って変わらないような気がするんですよね。いっときは心を痛めるかも知れませんが、時が経てば忘れてしまうのかなあなんて思います。
語りを褒めて下さり光栄です。楽しんで頂けると書き甲斐があります。ありがとうございます。
ありがとうございます。鳥肌が立つような、壮絶です。
自らを、如何にして生きるか。
体裁と見てくれ。他人からの評価。
自分との対話。信念と決意。
そもそも、我々ひとりひとりが生きていくことに、どれ程の価値が、意味があるのか。いや、無いのであればこそ、自らが定められる。定めるべきである。対比された二人。どちらが、その生を全うしたといえるのか。
いま、時間が無くて無くて困っているのですが、読みたいリストに一作追加されました!
ありがとうございますっ!
作者からの返信
呪文堂さん、コメントありがとうございます。この要約した紹介文の中からここまでしっかりと汲み取って頂けるのは、書き手としては光栄きわまりないです。コメントに感動してしまいました。この二人の対比はどう生きるかという根源の部分まで掘り下げてありますね。短い話の中に凝縮させる手腕がすごい。個人的にとても好きな作品です。
イルマもすごい女性ですね。梅毒をうつすことで敵を倒そうとするなんて。壮絶ですね。
それによってエピヴァンの体裁とカッコばかりの生き様があばかれる感じでしょうね。
とても面白いです。こんなふうに分かりやすく話を紹介することは、なかなかいいものですね。
私の映画レビューももう少し丁寧に物語を紹介した方がいいかもしれない。
そんなことを感じました。
作者からの返信
こちらは短いですがかなりインパクトの強い作品です。イルマはまさに体を張っていますね。痛々しいです。だからこそ仰るようにうわべばかりのエピヴァンの姿がさらされるという。
紹介するうえでどこを拾ってどこを切るかは難しいですね。モーパッサンはオチが大事なので全部ネタバレしています。知った上で原作を読んでも大丈夫だと思います。それだけ原作の文章がいいです。
映画は文章だけではない複合芸術なので紹介するのがもっと難しそうですね。でも御作はとても興味をそそります。
男女の差を考えさせられる話ですね…
男性は社会的動物とよく言われますが、このエピヴァンはまさに綺麗な女性は自分を大きく見せるマスコットだと思っている男性でしょうか
イルマはそんなエピヴァンを可愛い男だと思っていたのでしょう…
この二人なら戦争で離ればなれにならなくてもいつかは別れていた気もしますが、どうでしょうねぇ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
エピヴァンは自己愛のかたまりなので、つまるところ町一番の美女を手に入れた自分が好きだったんでしょう。イルマは多分椿姫みたいな高級娼婦なんですが、金持ちから軍人にランクダウンしているので本当に愛していたのだろうと思います。この話は男女の差が分かりやすく表れていますね。モーパッサンは男に厳しいと思います。
鳥肌がたちました。
作者からの返信
この話はとても短いですが壮絶です。読みごたえがあります。
柊さん、こんばんは。
「寝台29号」……最初にタイトルを見た時には、やはり寝台列車の席番号だと思いました。でも違って、病院の寝台に割り当てられた番号でしたね。
「これは私の復讐なの」以降、明かされたイルマの気持ちが壮絶に、重低音で響いてくるかのようでした。イルマは高等な術で戦ったと言わんばかりで……実際は自分を惨めに思ったら負けだと奮い立たせていたのかもしれない(>_<)
ところで、モーパッサン先生は確かにカッコイイ容貌をしておられますね! 髭がマストアイテムの時代、さぞかしモテモテだったでしょうね。
ところで私も、谷崎潤一郎先生と言えば『痴人の愛』しか読んでいないんです! 頽廃的ですよね。大正時代には、きっと「隠す色気」があったのだと思います。現代は「あからさま」になりすぎて色気が損なわれている時代なのかもしれませんね。
作者からの返信
ひいなさん、コメントありがとうございます。
イルマの気持ち、仰る通りだと思います。自分を惨めだと思ってしまったら負け。文字通り命をかけてギリギリの気持ちで闘っていたんでしょうね。重低音で響くというのもそういう人間の凄味を感じます。
先生ハンサムですよね!あの髭のせいで現代ではアレですけど、精悍な顔立ちをしてると思います。スポーツマンだし、モテたのも分かります。
ひと昔前の「隠す色気」は読者に想像させる分、より効果的なのかも。はっきり見せてしまうとそこで終わってしまいますもんね。ひいなさんの物語に登場する少年たちにもどこかしら匂い立つものがありますね。ただの美しさではない魅力を纏っていると思います。
イルマの言葉が壮絶ですね。
もう、プロイセン兵への復讐というよりエピヴァンへの復讐になってしまっているような…。
復讐を忘れられたら、幸せになる道もあったかもしれない…でも、イルマ自身が自分の意思でやり遂げた感もあり。
こんな話を考えつくなんて、やっぱりモーパッサンは凄いですね!
作者からの返信
イルマのセリフは刺さります。身も心も壊れそうなところで自分だけのレジスタンスをしていた、恐ろしく強い女性だと思います。うわべだけを見て軽蔑するエピヴァンに、「あなたは敵が侵入することさえ防げなかった」とぴしゃりというところが好きで。そんな男が勲章をもらう皮肉な現実と、信念を貫いた女が死ぬ運命と。これは短いけど壮絶な話です。
重たい話が続いたのでこのあとはバリエーションを増やしていくつもりです。
ご感想嬉しいです、ありがとうございます ^^
すごく面白い小説ですね。
全然、知りませんでした。
モーパッサンの怖いくらい突き放した視線が、たまりません。
食わず嫌いで、何となく避けていましたが、読んでみようかな?
それにしても、素晴らしい小説案内です。
一つ一つ、丁寧に読ませていただきます。
作者からの返信
たてのつくしさん、お越し下さりありがとうございます。
「脂肪のかたまり」などは有名ですが、短編集の中にはほかにもいい作品がたくさんあるので、なるべくバリエーションが豊富になるように選んでいます。
モーパッサンの突き放した視線の中に人間味を感じるところが好きです。
嬉しいコメント励みになります。興味を持たれたタイトルからでもお読みいただければ幸いです。