戦争が分かつ二人の運命「寝台29号 Le Lit 29」①
また普仏戦争にちなんだ短編を取り上げていいですか?
「寝台29号」
寝台列車の話ではありません。ベッドの番号。それは何か。
キャプテン・エピヴァンはとにかくいい男です。軍服の似合う男。胸板に自信があって、でも腰はキュッと細くて、いつも自分の体形を気にしている。髪はブロンドで、立派なひげを蓄えている。そうそう、この時代は男にとってひげはマストアイテムです。モーパッサン自身、立派なひげをタップリ生やしてます。どうだ俺セクシーだろ、とでも言いたげなナルシズムを感じます。このナルシズムはおそらくキャプテン・エピヴァンに投影されています。
街を歩けば誰もが振り返ります。同僚の士官は「こいつと飲むと女をみんな持ってかれるからつまんねえ」と思ってます。色っぽいカミさんを持ってる店の主人はエピヴァンが来るとカミさんを店の奥に隠します。まあ、言ってみれば歩くフェロモンですね。
そんな風ですから、新しく配置されたルーアン(この街よく出てきます)でも彼はモテモテです。で、街一番の美女でお金持ちの愛人をやっているイルマ嬢のハートを射止めます。イルマ嬢はお金持ちからエピヴァンに乗り換え、ふたりは見せびらかすみたいにルーアンのあちこちに出没します。
エピヴァンは美しいイルマが自慢で、同僚にいつも「実はイルマがさあ……」「イルマがこんなこと言ったよ」「昨日イルマと食事してね……」と、訊いてもいないのに彼女自慢をします。うっとうしい。
しかしそんな二人につらい別れが訪れます。普仏戦争が起こって、エピヴァンの軍隊は前線に行かなければいけなくなるのです。イルマは出征の朝までエピヴァンのために涙し、「あなたきっと勲章をもらうわ」なんて健気に送り出します。
その後戦争は終結。エピヴァンはみごと勲章をもらい、ルーアンに戻り、イルマを探しますが、イルマは行方不明になっています。死亡者リストにも載ってません。俺のイルマは一体どこに、と思っていると、一通の手紙が届きます。イルマからでした。
「私は入院しています。重い病気なの。お見舞いに来てくださる?」
病院(オピタル)というのがですね、今と違って、誰もが入院する場所じゃないんです。貧乏人が収容されるような場所なんです。だからエピヴァンは心配して駆けつけます。すると、彼女は「梅毒」の病棟にいて、ベッド番号は29。これがタイトルです。
この惨めな病棟の様子をモーパッサンは丁寧に描写します。並んだ寝台に同じ病気の女たちが寝かされ、病気の匂いが漂ってきそうな部屋で、エピヴァンは変わり果てたイルマを目にしてショックを受けます。もう末期なんです。
イルマはエピヴァンがいない間にプロイセンがルーアンを征服したこと、そして自分も兵隊によって征服され、梅毒をうつされたことを告白します。
「逢えて嬉しいわ。また来週も来てね」
でももう昔の面影などないイルマのそばにいるのが苦痛で、エピヴァンはほんの申し訳程度に彼女にキスをし、逃げるように病室を出て大きく呼吸をするのです。
恋人が梅毒だなんて知れたら恥だとばかりに、エピヴァンは同僚に彼女は肺を悪くしてる、なんて嘘をつきます。でもすぐにバレちゃいます。
「お前の恋人はお前の留守中プロイセン兵と寝まくってたらしいよ」
同僚は日ごろのお返しにと本当のことを教えます。エピヴァンは自分が大好きですから、侮辱されることが耐えられません。自分の名誉を傷つけられたと思っているので、彼女から手紙が来ても破り捨て、一切会いに行かないようになります。
で、ついに彼女が危篤だという報せが届きます。
ダメだ、あらすじで終わってしまった。一話でまとめるはずだったのに。
すみません。次につづきます。
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