願いをさえずる鳥のうた

新巻へもん

はじまり

 今日も空高いお日様がじりじりと照り付けていた。海に向かって開けたテラスで日よけの下にドレークさんが陣取っている。母さんは僕がドレークさんのところに来るのにあまりいい顔をしないけど、僕はドレークさんとその話が大好きだった。

「ねえ。海の話を聞かせてよ」


 ドレークさんは、最初はうるさそうにしていても、最後は根負けして色々なことを話してくれるんだ。ラム酒で喉を潤してから、片目をつぶるとしゃがれ声を出す。

「そうさなあ。俺がまだ若い頃の話なんだがよ。幽霊船に出会っちまったんだ。さすがにこの俺様もぶるっちまったぜ。なんてったって、出会ったら……」


 幽霊船や、人食い人種の住む島、人魚のいる入り江、呪われた金貨と不死の海賊。ドレークおじさんの話を聞いて僕は胸を高鳴らせた。大きくなったら僕も船に乗って、7つの海を自分の目で確かめるんだ。それを聞いておじさんは愉快そうに笑う。

「この間、彷徨う骸骨の話を聞いて震えあがっていたのは誰だっけ?」

「怖くなんかないもん」


 とたんにおじさんの後ろの止まり木にいたブランカが僕の言葉をまねる。

「怖くなんかないもん。怖くなんかないもん」

 僕はばかにされたような気がして、真っ白なキバタンに向かって指を突きつける。

「うるさい」

「うるさい。うるさい。ジョンはうるさい」


 ドレークおじさんは口を開けて大笑いをする。

「ははは。こいつはこうみえて賢いんだ。とても長生きだしな」

 オウムの仲間のキバタンはおじさんが海に出ていた頃に、遠くの島から連れ帰ったらしい。確かに色々と僕の知らない言葉もしゃべれるし歌もうたえる。


「おじさんまでっ!」

 僕がぷりぷりと怒ってみせると、おじさんは僕の頭をわしゃわしゃとかき回す。

「冗談だよ。そうだ。お詫びに、もう一つ面白い話をきかせて……」

 ドレークおじさんの言葉が不意に途切れる。


「ジョン。悪いが話はまた今度だ」

 おじさんの視線の方を見ると、目つきの鋭い水夫ふうの格好をした3人組がいた。おじさんは僕を手招きすると懐から銀貨を取り出す。口の端でそっと、ハリーを呼んで来い、と言った。


 声に出しては、

「ぼうず。客に出す酒を買ってきてくれ」

 おじさんが水夫たちに見えないように片目をつぶった。

「うん」


 僕は町まで駆け出した。坂道を転ぶように下っていき、市場を通り抜けてポートブラックサンドの総督府まで息を切らせながらたどり着く。運がいいことに詰め所にはハリーが居た。ハリーは本当はハラダという名前なのだが呼びにくいのでハリーと呼ばれている。平べったい顔つきのハリーは眠そうな目をして、けだるげに椅子に座っていた。


「ハリー。一緒に来て」

「なんだ。ジョンじゃないか。どうした?」

「ドレークおじさんが、ハリーを呼んで来いって言ったんだ。なんか感じの悪い3人組が来てさ。イヤな予感がするんだ。お願い」


「一応、勤務中なんだがなあ」

 黒い髪の毛をボリボリとかきながらハリーは立ち上がった。テーブルに置いてあった水差しから水をコップに入れて僕に手渡す。僕が飲み干すと、壁際に置いてあった2本の細身の剣を腰のベルトに差した。


「後から来い」

 ハリーは普段の姿から想像のつかない颯爽とした姿で丘の上に向かって走り出した。

「待ってよ」


 ハリーの後を追いかけるが見る見るうちに引き離された。坂をぜいぜいと上がっていくとブランカが飛んできて僕の肩に止まる。爪が食い込んで痛い。

「ドレークおじさんはどうしたの?」

「危ない。危ない」


 僕は気が気でなかった。あえぎあえぎ走っていくとようやくおじさんの家が見えてくる。テラスに回ってみると血だらけのおじさんをハリーが介抱しているところだった。口から血の泡を吐いたドレークおじさんは僕の姿を見ると弱々しい笑みを浮かべる。


「おお。ジョンか」

 ドレークおじさんは意外としっかりした声で言う。

「いいか。大事なことを言うぞ。わしはな、実はある島に莫大な財宝を隠してある。そこへたどり着くためのヒントは、ブランカに覚えさせてあるんじゃ」


 僕はおじさんがおかしくなったのかと思ってしまう。悠々自適の生活はしていたが、ドレークさんはそんなに裕福そうには見えなかった。

「まあ、信じられんじゃろうな。だが、わしが刺されたのが何よりの証拠。あいつらに先んじて財宝を手に入れるがいい」


「でも……」

「ジョン。いいか。これを持っていけ。覚えたら燃やして捨てるんだ」

「これは?」

「宝のありかを示す歌の初めの部分さ。正しい場所で歌えば、そいつが続きを歌いだす」


 震える手で渡す書き付けには意味不明な言葉が書いてある。

「2匹の狼が住む丘に?」

 僕が最初の句を読み上げるとブランカが歌いだす。

「ヨーホー。大金持ちになりてえか? 耳を澄まして聞きやがれ。2匹の狼が住む丘に皇帝野郎が住んでいた。12番目の息子が眠る夜、コンサーガの上の十字架に……」


 コンサーガ島はなんとなく分かったが、他はなんのことだかさっぱりだった。

「ペドロ先生を仲間にするんだ。あいつは医者としての腕前は半人前だが、頭はとびきりいい。俺の歌の謎も解けるだろうよ」

「ドレークさんも一緒に行こう」


「ダメだ。俺は足をやられた。あいつらが仲間を連れて戻ってくる前にさっさといけ。ぼうず。世界の海を見て回るんだろ。港にいる号に声をかけな。どこでも連れてってくれるぞ」

 ドレークさんは首から下げていた古い金貨のついたペンダントを外すと僕の首にかけてくれる。


「これで、俺はいつでもおめえと一緒だ」

 ぐずぐずする僕の肩にハリーの手が置かれる。

「行こう。ドレークさんの好意を無駄にするな」

「さあ。ぐずぐずするな。ぼうず。おめえも男だろ」


 にやっと笑うドレークさんの大きな手を握って別れを告げた。僕らは再び町に向かって駆け出す。まずはペドロ先生の家に向かう。この時間ならシエスタをしているはずだ。


 これが僕の冒険の始まり。

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