第5話

『なんでそうなるっ⁉』

「なんでそうなるっ⁉」

唐突に自分の声に重なって聞こえた凛と良く通る声にハッとした時、どこからかふわりと私を包み込むように白い着物を着た男が私の傍に舞い降りた。

『お前はまたっ、放っておけば私の心をかき乱すことばかりっ…!』

男はグイっと私の体を引き寄せ、美嶋春姫から私を引き離すように少し距離を取る。

『なにをした、言え。』

そう言って男は片手で私の両頬をギュッと掴み、険しい顔で私を見つめた。

(えっ⁉私が悪い前提っ⁉)

「いひゃ~、あんた、みてたれしょーが!わたてぃは、むざいじゃあー!」

(てゆーか、あんた私が推しを追いかけてたとこから全部見てたろっ!)

そう、実はこの男、美嶋春姫が森に逃げ込んだ段階で既に私と合流しており、私が彼を見失わない様に誘導してくれていたのだ。もちろん、あの神社での重力攻撃もこの男の力である。

おちょぼ口のままで私は懸命に言葉を発語する。

『見てはいた、だが豚同士の会話など全て聞いている訳がないだろう。』

「ええ?もしかして、はるちゃんもぶただったぬぉ?んふんふ。」

嬉しそうに下品な笑いをこぼす私の言葉を、男は表情を一切変えず聞いていたが、次第にスルスルと短く切った筈の髪が伸び、元の長さまで戻ってしまった。

『……………そんなに嬉しいか?』

「うん、うれひい。らって、おひぃ(※推し)といっひょとか、までぃでえろい(※エモい)もん。」

『……………。』

男は怒りに目を赤く点滅させながら更にギュッと私の頬を掴む手に力を込める。

その力の強さと、男の目の色に流石に私も危機感を感じた。

「んむむむむ~!むぅ~~~‼」

緊迫した(私だけが)状況に言葉にならない声を出し、取り敢えず男の手から逃れようとジタバタと体を動かしてみるが、全く歯が立たない。

そんな私達を、というか険しい顔で私の顔を掴んでいる美しい男を美嶋春姫は何故かキラキラと生き生きとした表情で見つめていた。

『なにを見ている、不愉快だ。』

男は美嶋春姫に刺すような鋭い視線と、冷たく棘のある言葉を放ったが、美嶋春姫はまるでそんな言葉など聞こえていないかのように一歩男に近づいた。

「あなたがさっきの神様ですか!」

「えぇ?」

『……………?』

彼の言葉に思わず低レベルな攻防を続けていた私達の動きが止まった。

『……なんの話だ?』

「神様、知り合いだったんですか⁉馬鹿ぁ!ずるいぞ!」

「いや、違うんだ。君が現れる少し前に、突然この人が現れて、俺にはまだ役目が残っているって死のうとしていた俺を止めてくれたんだ。」

「え、そうなの⁉」

美嶋春姫の説明に私は信じられないという顔で、男の美しい顔を見上げるが、男の顔は今までに見たことも無いほど、驚きと恐怖で固まっていた。

私の顔を掴んでいた手の力は抜け、するりと離れていく。

「神様?」

『それは…私ではない…。そいつはどこへ消えた?』

いつも威張り散らした男の声が震えているのが分かる。

「分かりません、気が付いた時には目の前からいなくなっていました。俺はてっきり、その子と俺を出合わせる為に俺はあなたに止められたんだと…あなたによく似ていたので…。」

『……………。』

男は美嶋春姫の声を聞きながらさらに顔をしかめた。

「え、でもだからって好きでもない人にプロポーズするのは違うと思いますよ。」

(……この人どんだけ流されやすいんだ…。)

美嶋春姫は首を傾げながらキョトンとした顔で私を見た。

「?俺は君が好きだよ。」

(はっ⁉)

『なにぃっ⁉』

彼の再びの告白に、さっきまで黙っていた男が瞬時にまるで水を掛けられたように反応し、美嶋春姫から私を隠す様に後ろから私を抱きしめる様にしてその綺麗な白い着物の袖で覆った。

「んぶっ。」

私は私を覆おうとする男の腕の隙間から何とか顔を出して彼に向かって指を差す。

「嘘つけぇ‼好きになる場面無かっただろっ⁉」

「場面?そんなのなくても、好きになったんだもん。」

「好きになったんだもん⁉」

『好きになったんだもん⁉』

あまりにも予想をはるかに超える展開に、再び私と男の声がシンクロする。

「馬鹿たれぇー‼そんな軽い感じで人生の大事な分岐をサラッと決めるなぁ!あんたは俳優なんだぞ!本当に好きな相手と結婚したいって話だったらファンとして応援します、むしろスゲー賛成。だけどさ!‟私”はダメだ‼はるちゃん目を覚ませ、そして考え直せ!つか一旦家帰れ!そんでシャワー浴びれば冷静になれるから!大丈夫、私はあと二週間で死ぬし、どこかに漏れる心配もないから!帰ろ!」

「…………あと二週間?どういうこと?」

今の今までニコニコと微笑んでいた美嶋春姫の顔が一気に戸惑いで陰る。

「私の寿命です、ほらさっき血、出してたでしょ。」

「え、でも…こんなに元気そうなのに…。」

「うん、我慢してるからね。」

「結婚しよう。」

「しねーよ!話聞いてたか⁉」

「俺は構わない、君と君の残りの時間を過ごしたいんだ。」

凛々しくもすっきりとした形の眉を僅かに下げて微笑み、男に囚われている私へと手を伸ばす美嶋春姫。

(んんんんんんんんんん~~~~~!!!!!!これだよ!こーゆーことだよ!ザっ、ロマンティック!素晴らしい!!!!!!もう120点!!!!!!このメンヘラ神様とは大違いよっ‼さすが私の推し!)

不覚にも萌えポイントを付かれた私の心は揺らいだ。

まさか残り二週間の命で自分が結婚するなど考えすらなかったが故に、しかも相手がかねてから追いかけて来た推し俳優という、来世いや、来来世でもきっとないだろう。少し流されやすく、騙され安そうな感じではあるが、性格も悪い訳ではないし、なにより残り二週間毎日、画面を通してでなくリアルの推しを見れるというのは何よりの利点だ。

(う~ん、最初は驚き過ぎて突き放しちゃったけど、よく考えてみれば、このメンヘラ神様といるよりもっと平和で人間らしい生活が送れるのでは…。)と私がふわっと考えた瞬間、目の前に見覚えのある黒い靄が現れ、次の瞬間に私は男の腕に抱かれる子豚になっていた。

「ぷぎっ⁉」

(またっ⁉)

『小僧、お前の役目は終わった。もう死んで良いぞ、残念だがこの子豚は私の供物で、私のものだ。お前の手の届く範疇にはない、最後にこれでもくれてやろう。』

そう言って男はサラサラと体を桜の花びらに変化させながらポイっと美嶋春姫に向かって投げつけたのは汚い声で「ぷぎぃ~、プギィープギャ~~~‼」と繰り返し鳴くピンク色のフェルトで作られた小さな豚のマスコットだった。

「ぷぎぷぎぷぎっ⁉」

(※なんだアレは⁉)

『私が作った、お前が眠っている間にな。』

「ぷぎっ⁉」

「あ、あの!待ってくださいお願いです!最後に、最後に君の名前だけでも…!」

やかましい鳴き声を上げる豚のマスコットを空中でキャッチした美嶋春姫は、男に抱かれたまま徐々に空へと登っていく、私(子豚)を見つめ、懇願するように言った。

その切実な声に感化され、私も懸命に男の腕から体を乗り出して美嶋春姫を見つめる。

「ぷぎ、ぷぎぷぎぃ~!」

(はるちゃん、ありがとう!楽しかったよ~!)

豚語が通じる訳がないが、私は最後に精一杯の感謝を叫んだ。しかし案の定彼には伝わらず、下からは「ごめん、何て言ってるか分かんない~!でも俺はまた会えるって信じてるから~!来世も来来世も、俺は君を探し続けるよぉ~!」というまたもや乙女ゲーヲタク心を貫かれ、盛り上がって「ぷぎぃ~!」(私も信じてるわぁ~!)と返してしまった。

もちろん、その瞬間に男の腕に更にギュッと私の体を押さえ付けられ一瞬「ぐえっ。」とえづく。

サラサラと空高く舞った桜の花びらは美嶋春姫の愛おしい人(豚)を乗せて風と共に去っていってしまった。美嶋春姫はその様子を絶望とは違うが、とても悲しい様な、悔しい様な複雑な感情で見送った。

どこの誰かも分からない彼女(豚)を想い、美嶋春姫は色黒の頬にスッと涙を流した。もう会えないもどかしさと悲しみが心の半分を占めてたが、不思議なことにもう半分は彼女(豚)との再会を夢見てワクワクとしていた。

唯一残る彼女(豚)の思い出の豚のマスコットを見つめ、彼はあることを決意した。

「よし、やるぞ…。」


それから約一年後、美嶋春姫が脚本、演出を手掛けた舞台「僕の運命の人は豚でした」が大ヒットし、映画化も決定した。そしてこの舞台の公演期間中、毎日のように観客の一部が失神するという謎の現象も起きたが、その原因は全く掴めずに終わった。この現象について後に美嶋春姫はインタビューで「きっとあの子が見に来てくれたんだ。」と意味深なコメントをし、そのスピリチュアルなキャラで更に注目が集まったとさ、ちゃんちゃん。











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かわいそうな子豚と神の最期の一ヶ月。 ださい里衣 @momopp0404

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