167 手紙で届く報告書




わたしの朝は手紙から始まる。


と言ってもいいくらいに、毎朝たくさんの手紙が届く。朝食を終えて執務机に座ると、侍女頭にして事務方も務めるチェセが、たくさんの選別済みの手紙を銀盆に載せて現れるのである。内容は、リンゲンの事業や政務に関する相談や報告・・・ほぼ仕事に関する手紙だ。


そして、今朝もそのようにして一日が始まった。差し込む朝日に照らされる手紙の群れから、薄茶色の封筒を見つけ、それをまず抜き取った。これは自警団の団長に戻ったモルシェからの報告書だ。


一年前にリンゲンに同行してきたシノンと、彼女を守ると主張している命の精霊クローディアだが、いろいろあったが、モルシェのデンナ家で同居生活を送ってもらっている。


シノンは現在、リンゲンの自警団の弓使いとして活躍している。自警団の皆ともうまくやれているようで、何よりだ。性格も明るく活発になったと聞く。やはり人は環境によって変わるものだ。


そして、命の精霊クローディア。見た目は、妖しい色気がある麗しい中性的な長身の女性。中身は突然現れた大精霊だ。四天王と自称しているし、おそらくだが、サフィリアよりも強力な精霊だと思われる。


シノンを守るのが目的だとクローディア本人は話すが、なぜシノンを守るのかその理由は頑として話そうとしない。もともと人の世で生きてきた精霊ではないので、こちらの常識と合わず、何を考えているかわからない不気味さはいまだ残っている。


なので、彼女が何を企んでいるかを日々の生活を観察し真実を暴くこと。さらに暴走することは無いか監視することーーという崇高かつ重大な目的のために、モルシェから報告書を送ってもらっているのだが・・・。


わたしはふむふむと報告書に目を通して。


ほぅと息をついて窓を見る。


今週もすごく平和だった。完。


・・・具体的には、今回のはこんな報告書だった。


クローディアはモルシェの幼い弟妹の面倒を見ていたのだが、そのなかで下の双子の姉弟がわんぱくざかり。クローディアは双子に耳や髪をさんざん引っ張られて、半泣きになって機嫌を損ねてしまった。この精霊は、機嫌が悪くなると自室に引きこもる癖がある。けれど、昼食に、彼女の好物であるチーズのとろけたのを出したら機嫌を直して部屋から出てきた。めでたしめでたし、という報告だ。


なおサイドストーリーとして、この双子には同年代の幼馴染がおり、どうにかこの幼馴染と仲良くなりたいのだが、誤って幼馴染の宝物の人形を壊してしまい、それを素材を集めて一生懸命直すことに成功した。また仲直りしようと幼馴染の元に向かったが、そこにいじわるな男の子が登場し・・・さてどうなる? つづく。みたいなことも書かれている。


これまで、クローディアには特筆すべき動きが無い。彼女はシノンとともに自警団の仕事を手伝ったり、ときおりわたしも面会しているのだが、これといって怪しい動きや変化がない。そのため、おそらく、わたしもそうだが、報告書の内容が退屈だとモルシェも思ったのだろう。そしたらいつのころからか、報告書にモルシェ家のミニホームドラマがつくようになった。


わたしも堅苦しい報告書ばかり読むのは苦痛なので、息抜きとしてホームドラマ付きを許容して報告書を読んでいたが、いまでは毎週届くそれを楽しみにするようになってしまった。娯楽に飢えているわたしである。


報告書は、もちろん最初の頃は真面目だった。


おかげでクローディアの能力についてはだいたい掴んでいる。


まず、彼女は土に潜ったり木に同化したり、杜を作ったりできる。これはヴィエナの渉外館で見たとおりだ。それから、魔法耐性の高い植物を『自身の体から』生むことができ、その植物を通して相手の精気を吸い取ったり、逆に分け与えたりできる。


ヴィエナで警護の人があっけなくやられたのは、この能力によるものだったらしい。なお、精気の受け渡しの一方の相手方が『大地』なので、クローディアは『ほぼ無限に』精気の吸い取り、受け渡しができると推察できる。


土や植物をベースに、魔法生物を組成・生み出すこともできる。その能力で戦闘用ゴーレムを作ったり、また複数の土兎を作り出して、探索に使ったこともあったらしい。


ゴーレムは自動でまる1日、建設作業の手伝いをしたというので、ある程度自律的な思考を持ち、耐久性が高く、精緻に動ける高級な魔法生物を創れるようだ。


自警団での戦闘では、モンスターを操って動きを止めるだけでなく、モルシェの弟妹をなだめるために皿や鍋や釜に命を与えてダンスを踊らせたという報告もある。創生や操作に長けている精霊だといえるだろう。


もし、この大精霊が能力を十全に発揮して魔法生物の兵団でも整えて襲ってくれば、わたしは相当に苦戦するだろうし、正面切って向かって来なくても、撹乱や諜報のようなスパイ行為をかなり効率よく行うだろう。


ただ、この大精霊は、そういうことを得意とする性格でないこともわかっている。


こういう報告もある。


デンナ家居候初日、シノンとクローディアは、モルシェの大家族と引き合わされた。シノンはしっかりと大家族に馴染んだけれど、クローディアは人が怖い子供が苦手と言い出し、半泣きになり、べそをかいて、そして子供のように部屋に引きこもってしまった。


シノンがクローディアを説得ーー被保護者が保護者を説得するという行為によって、クローディアは部屋から出てきたのだが・・・。それからしばらくは、シノンの後ろにいて、廊下を歩くときもシノンの後ろに隠れて、なるべく子どもたちと接する機会を減らそうとしていたらしい。


クローディアの見た目は見栄えのする立派な大人なので、その彼女が長身を折り曲げて涙ぐみながら、普通の少女に過ぎないシノンの後ろに隠れて移動する姿は、なかなか珍妙な姿であったらしい。


さすがにシノンの負担が大きいので、シノンともルシェで、クローディアの説得と訓練を試み、一大企画をして、子供に慣れてもらったのだという。そのおかげで、今ではクローディアも独りで行動できるぐらいには改善している。


それでもというか、そのおかげでというべきかーー今では子どもたちの良いおもちゃ、もとい良い遊び相手としてクローディアは認識されており、よく子供の相手をさせられているーーデンナ家の家訓のひとつは働かざるもの食うべからずであるーーとのことだ。


いたずら好きの子どもたちにいじられすぎた翌日には、やっぱり部屋に引きこもり、シノンの自警団の仕事にもついていかないことも、ままあるらしい。


こうした報告から、いくつかのことが推察できる。


クローディアは、シノンを守るためだと主張して、どこぞよりやって来ている。なのに部屋に引きこもっていては、彼女本来の使命も放棄しているんじゃないの? ーーと思わなくもないけれど、まあ、彼女はそういう性格パーソナリテなのである。とりあえず、任務遂行能力は低い。


それから、子どもたちにやられてやり返さないというのは、かなりおとなしいか、あるいは優しい性格なのではないか。攻撃性もかなり低いと評価できる。


一方で、褒めるとどこまでも調子に乗ってしまうタイプだということもわかっている。素の実力はとんでもなく高いために、一度調子に乗ると、ブレーキをかけることが難しい。


こんな報告もあった。


自警団に木材調達の仕事があり(本質的に自警団はなんでも屋なのだ)、森の一角の伐採をクローディアにお願いしたことがあった。本来なら大人数人がかりで取り組む仕事だったが、クローディアは土からゴーレムを数体生み出すと、木を引っこ抜いてまわり、一日がかりの仕事をわずか数分で済ませてしまったのだ。


そこまでは良かったのだけれど、すごいすごいと褒められたところで調子に乗って、なぜかゴーレムを追加で生み出し、頼んでもいないのに、予定の5倍の区画の木を抜き去ってしまった。その時間もやっぱりわずか数分だったという。


木を抜いた区画には運悪くというか、私有地も含まれており、リンゲン政庁から損害を被った地主さんへ賠償金を支払うことになって行政案件化してしまった。別の複数の行政ルートからもわたしのところに報告書があがってきたので、事件はよく覚えている。


まとめると、こうだ。


クローディアは、人見知りの引きこもりで大人しく基本的には安全だが、世間知らずで粗雑でオーバースペック。ただし、外見はすこぶる良い精霊・・・と言ったところだろうか。


持っている能力を上手に使えばとんでもないことができそうだけれど、その道筋は誰かが指示してあげる必要がありそうだ。


逆に言えば、かの精霊に指示を出す存在が居る場合、彼女は脅威になり得るということだ。と、わたしは分析している。


しかし、クローディアに誰かが指示をしているという様子はなく、連絡を取り合っている様子もなく、人間と違って自儘な精霊が組織的に動くということはあまり無いことだし、クローディアは単独で動いているという結論に傾いている。そのため、彼女への警戒心は日を追うごとに下がっているのだ。


そして、話が最初に戻るのだけれど、ずんずん下がっていく命の大精霊への警戒心に反比例して、モルシェの報告書のドラマ性があがっているというのが、いまの現状だ。


そして、モルシェは、報告書を通して、さりげなく私信めいたものを付け足し、わたしとオーギュ様の最近の関係を聞き出そうとしてくる。教えていただける範囲で良いのですけれどと断っているが、まるで、ネタ探しでもしているかのようだ。


最初は恋愛話が好きなだけかと思っていたけれど、ひょっとして、モルシェは、作家でも目指すことを考えているのかもしれない。ホームドラマも結構面白いし、わりあいと才能があるかも知れないわね・・・。


来週の続きが気になるなあと思いながら、モルシェの報告書を畳んでいると、


「はい、サフィリア様にもお手紙ですよ」


「ありがとう・・・なのじゃ」


チェセが、いつの間にか部屋に来ていたサフィリアに、手紙を渡しているのが目に入った。簡素だが白い上質な紙を使った手紙だ。


いつもの方からですね、とチェセがささやくと、サフィリアは、はにかむように顔を上気させて頷くと、そして受け取った手紙を大事そうに懐にしまった。


そして、わたしが見ていることに気づくと、サフィリアは、


「おはよう、ございます」


と、つたなくも淑女の礼をした。


「おはよう。今日も良い朝ね」わたしは手紙を読む手を休め、サフィリアに挨拶を返す。「朝の講義まではまだ時間があるのでしょう? 先に手紙を読んで来ても良いわよ」


わたしがそう言うと、サフィリアはぱっと表情を輝かせ。


「ん・・・んむ・・・そうか。なっ、ならばな、お言葉に甘えるとしようかのう。では、しばし失礼す・・・致します、なのじゃ」


わたしに向けて一礼をすると踵を返し、サフィリアは急ぎ足で執務室を出ていった。あとにぱたぱたと廊下を軽く駆ける音が遠ざかっていく。


その様子をにまにまとした表情で見送っていたチェセが、


「本当に、可愛らしく変わられましたね」


「そうねぇ」


わたしも同意する。


実は、この1年でいろいろな意味で一番変わったのは、サフィリアだった。








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