159 報告会①








「リュミフォンセ・・・貴女、フラれたの?」


「へあぁっ?」


準備が整い、部屋を出たところで、わたしはラディア伯母様と出会った。そして開口一番の会話がこれである。びっくりして変な声でた。


ラディア伯母様は、少し前にこのヴィエナにあるフジャス商会の渉外館に到着したものの、面会の時間はまだなので、少し外の風に当たっていたのだという。


伯母様は今日は青いドレスに、いつものように綺麗で豊かな黒髪ブルネットを頭頂でまとめた、豪奢な髪型だ。まるで塔のようだと誰かが言っていた気がする。もちろん美しいけれど。


わたしは白を基調とした動きやすいドレスに、緑の短外套をまとっている。膝丈のブーツも白だ。いつものひらひらした服ではなく、冒険者を意識した格好になった。幾度かの試着と侍女たちとの協議の結果である。協議というか、ほぼチェセの独壇場ではあったけれど・・・。


いや、外見はいまはあまり関係ない。ついさっき、わたしはレーゼに恋愛力の低さについて指摘されて、さらにしばらくレクチャーを受けたばかりのところで、伯母様の第一声は効いた。


「なっ・・・なんのことでしょう。はっ! まさかオーギュ様が早くも婚約破棄を申し立てられたのですか? わたしが『殿方を立てるさしすせそ』が出来てなかったのがまずかったのでしょうか?! それとも『らりるれろ』のほうですか?!」


「まって。なんのおはなし?」


「いえ、ラディア伯母様が、わたしがフラれたとおっしゃったので・・・」


お互いに首を傾げ合う。


「とりあえず、私が言いたかったのは・・・あれよ」


と、ラディア伯母様が、手に持っていた扇子で指し示したのは、建物の中庭。そこには、体格の良い黒髪の貴公子と銀髪の少女が仲良くお話している。言わずと知れたヴィクト様とサフィリアだ。


「ああ。ヴィクト様は、つい昨日の戦いで大怪我を負われたのですよ。その傷をサフィリアが治療してくれたんです。胴体が3つに分かれるくらいの怪我だと聞いているので、治療後の予後観察も兼ねているのではないでしょうか」


「貴女には、あれが医者と患者の距離に見えるの? どうみたって、付き合いたての恋人同士みたいな睦まじさじゃない」


呆れたように言われた。


えー・・・。そうなの? そういうもの? はっ、そういえば。


「いやでも。ヴィクト様はわたしの婚約者候補だったんですよ?」


「知っているわ。だからフラれたのって聞いたのよ」


な、なるほど・・・。


「いえ、でも、わたしはオーギュ様からの求婚を受け入れたので、どっちかというとフラれたというか、フッたほうでして・・・」


と、はっきり言ったつもりだったけれど、最後はごにょごにょになってしまった。


「ふぅんそう。じゃああれは、その後のことだから問題ないと。辺境伯子のヴィクトと言えば、武辺で硬派な好男子と聞いていたけれど、そうでもないのかしら? まあ、失恋の特効薬は新しい恋だとも言うし。どう思って?」


えっと。えっと。


「どう・・・と言われましても」


「ふむ」ラディア伯母様は扇子を開き、ぱたぱたと二、三度、襟元に風を入れて。「煮え切らないこと。仮にも彼の求婚を受けたのでしょう? その人に自分の侍女を口説かれても何も感じないの?」


「ですが・・・決着した話ですし、その後のことに、わたしが口を挟むのはどうかと。もし、の話ですが、ふたりが好き合っているのなら、本人たち良ければそれで良いのではないでしょうか」


「そう。ならば結構」ぱちっと扇子を閉じる伯母様。「貴女が淡泊な性質たちだということがわかってよかったわ。急に色気づいて家を飛び出されても困るから」


ところで、と伯母様は言葉を挟んだ。


「いまオーギュ殿下の求婚を受け入れたと言ったかしら? 貴女、王城の夜会から派手に逃げ出してきたと聞いたけれど。詳細は報告会で聞かせてくれるのね?」


それは確かに今回の報告のメインだ。わたしは頷いた。





■□■





お祖父様との面談する部屋に入ったとき、わたしは息を飲んだ。


ロの字型の商館の一階の広い角部屋。毛足の長い絨毯が敷かれたその部屋の、中央にある円卓に銀細工の五重の塔が置かれ、その各段に白いレースの敷き紙が置かれ、さらに艶々とした小さく可愛らしい焼き菓子が並べられていたからだ。


椅子は五脚。お祖父様と伯母様、そしてヴィクト様とサフィリアとわたしが座る。仔狼姿のバウは、わたしの足元に伏せた。


侍女たちが入ってきて、配膳の準備をする。その途中で、チェセがわたしに向けて目配せをしてくれて、この趣向の意図を察する。


わたしは席を立ち、お祖父様の近くに寄る。


「お祖父様。どれがお好みですか?」


ふむ、と呟くお祖父様。甘党ではないはずなので、わたしは侍女にどれが甘くないものかを聞いて教えてもらう。


「これはいかがでしょう。ショコラットが全面にかけられていますが、甘さは抑えてあるそうです。金箔があしらわれているのも美しいですね。ヴィエナの名物だとか」


じゃあそれを頼む、とお祖父様の答えを確認して、わたしが手づから挟みでそのショコラットの焼き菓子をお祖父様の皿に載せる。


それぞれに焼菓子とお茶が行き渡り、そして会談が始まる。


チェセはこの場がわたしが怒られる場だと予想していたので、こうして甘味で皆を和ませる段取りを取ったのだろう。実にありがたい。


まあ最終的には怒られる場では無くなったけれどね。


わたしは、簡潔にあったことを報告する。まずふたつの話題だ。王子主催の王城夜会を抜け出した経緯。そして、その王子と勇者とともに、魔王を倒したこと。


報告の途中で、お祖父様は何かを言いたそうにしていたが、まずはわたしが報告を終えるのをじっと待ってくれた。伯母様も同様だ。そして報告が終わったとき、お祖父様は天井に向かってふぅーーと大きく息を吐いた。


「リュミィには驚かせられっぱなしじゃが、今回は特に話が大きいの。何から言えばいいのかわからんわい」


そう言いながら、さすがにお祖父様は人を統べる側に居つづけている人だ。まずはわたしたちの魔王との戦いを労い、王子との婚約という使命を果たしたわたしを褒めてくれた。けれど王族と反目して王城を抜けた浅慮は注意を受けた。


「勇者が魔王を討伐したという速報は聞いておる。そのことに、リュミィ、そなたが関わっているということはしょせん噂じゃと思っていたが、事実だとはな・・・」


嘆息混じりのお祖父様に、わたしは訂正しつつ補足する。


「魔王と直接剣を交えたのは勇者ルークです。討伐を果たしたのも。わたしは周りで別のモンスターと戦っていたくらいです」


「しかし、ともに戦ったのは事実じゃ。第二王子のオーギュ殿下と北の若き英雄と名高いヴィクト殿が参戦されていたというのも驚きじゃ。これは民が喜ぶじゃろうの・・・。じゃが、まずはねぎらいが先か。危険な戦いからよくぞ無事に戻った。お二方や精霊たちの加護によるものじゃろう」


お祖父様はヴィクト様とサフィリアにも礼を述べる。それについては、とヴィクト様が恐縮したように言う。


「リュミフォンセ様の冷静沈着な戦いぶりは、熟練の戦士のそれそのものでした・・・私は恥ずかしながら、逆に守られる立場でありました。それに、リュミフォンセ様の使役する水精霊のサフィリア殿に命を救ってもらい・・・お二人は私の命の恩人です」 


その発言に、お祖父様と伯母様は、一瞬きょとんとした顔をしたが、それはお世辞だと理解したようだった。


はっはっは。ご謙遜を。


そんな風にふたりは笑い、それを強いて訂正する必要もなかったので、座は穏やかに進んだ。食べているお菓子などについて話をして、そして話題は次に移る。


わたしはお茶の入った器を置くと、お祖父様へと視線を巡らせる。


「さて、さらにもうひとつ、ご報告です。魔王との戦いのなかで、第二王子であられるオーギュ殿下の婚約のお申し出をいただきましたので、わたしは承諾の返事を致しました」


「ぶふぉっ!?」


お祖父様は飲みかけていたお茶が気管に入ったらしく、ひどくむせて、わたしは慌ててしまった。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る