160 報告会②






「そうそう、オーギュ様との婚約に際して、条件をひとつ忘れておりました」



ぽんっ。とわたしは手のひらを拳で打った。


魔王との戦いのあと、戦場最寄りの村の宿のロビー。


今後のことを話し合っていたときのことだ。


「じょ・・・条件ですか?」


片頬をひきつらせ、なんとなく顔色が悪くなったオーギュ様。


ああそうか。思い当たって、わたしは言い添える。


「そうですね、婚約を承諾したあとに条件というのはおかしいですね。うん、そうですね、お願いとか、おねだりと言いますか、そのようなものです」


けれどオーギュ様の表情は変わらず冴えない。どことなく怯えているようにも見える。彼はすーはーと大きく息を吸って吐いたあとに、話を聞く姿勢を取った。


「伺いましょう。リュミフォンセ様のことですから、素敵な婚約指輪が欲しいとか、その、普通のものではないのですよね?」


何をもって普通かはわかりませんが、欲しい指輪があったら自分で買います。そう応えると、オーギュ様はああやっぱりなと覚悟を決めたような顔になった。


「ええ、そういうものではありません。確かにオーギュ様にしかお願いできないことなので、普通のお願いではないのかも知れませんが」


わたしは一度傾げた首を戻し、両手を胸の前で指を交差させてきゅっと握る。


闇市場マルシェノワルからの一切の流通取引を、国法によって禁じてもらいたいのです」




・・・・・・。


このときはただ、婚約者の可愛らしいお願いの範囲だと、そう思っていた。


けれど、それがのちのち、あんなおおごとになるだなんて思ってもみなかった。





■□■





「婚約者には、大きな宝石のついた立派な指輪をねだられていたほうが、オーギュ殿下もどれほど気が楽だったでしょうね」


わたしがひと通りの報告を終えたあとに、ラディア伯母様は細く息を吐いて、そしてお茶を一口含んだ。小さな焼き菓子が乗っていた皿は、空になっている。


わたしが報告したのは、オーギュ様との婚約と、闇市場を禁じてもらいたいというおねだりの話。


そのなかで、闇市場の禁止について言われたのは、意外な思いがした。


闇市場自体は、現在でも合法なものではない。ただ、闇市場から入手したものでも、商人がさらに転売したものについて、買い手がもともとの入手先を知らない限り、違法にはならない。つまり、闇市場と買い手の間にひとり商人が入ってあとは買い手がシラをきってしまえば、そこでの取引は合法なものとして扱われてしまうのだ。事実、シノンといーちゃんはそのように取引されたと思われる。


わたしは、正当性を言い募る。


「時精霊とその宿り木となっていた狩人の子が、闇市場の者によってかどかわされて、王都の夜会で見世物になっていたのです。彼らはなんの咎を犯したわけでもなく、奴隷として自らを売ったわけでもありません。それなのに彼女たちが持つ生来の権利を当然に奪われるのです。その現場を、わたしは見ました。


このようなことは、あるべき正義にもとるのではありませんか。かどかわされた者の権利が守られない、国法になっているのなら、それを変えるによって守るべきです」


さらに、とわたしは言葉をつなげる。


「今回の魔王討伐では、精霊たちの働きが大きいものでした。ここに座るサフィリアの働きがなければ魔王は倒せませんでしたし、犠牲も大きかったでしょう。オーギュ様も、時精霊の助けを借りて未来視の能力によって戦ったのです。我々人間としては、精霊たちのこの勲功に報いるよう動くべきです」


「正義と報恩か・・・」お祖父様が、重々しく呟く。「たしかに、精霊の権利というものは、国法にはいっさい規定されておらぬ。おらぬが、リュミィの言うことはもっともだ。我々人間は精霊たちの加護を受けておきながら、一方で彼らを便利使いし、存在を軽んじており、儂もそれは問題じゃと思っていた・・・見事じゃぞリュミィ。その歳でよくぞそこまで想到した。精霊とともにあり続けた、そなただからこそ言えることじゃ」


わたしの演説はお祖父様の心琴に触れたらしく、涙ぐんだ目頭をお祖父様はその太い指で揉むようにして押さえている。やった!


いつもはこういう席ではうわの空のサフィリアは、明るい表情でふむふむと何度も頷いている。ヴィクト様もわたしの意見に賛成だ。


そうして、伯母様はどうかと思い視線を巡らせれば、この座のなかで一番の政治巧者は、難しい顔をして動きを止めていた。そして、艷やかな唇が短い言葉を放つ。


「いまのお話。第二王子殿下には?」


「伝えました。賛同していただき、約束は守るとおっしゃっていただきました」


そう、とラディア伯母様は短くつぶやき。


そして、一服させてもらっても? とその座の皆に許可を求めた。この世界は、現世日本のように煙草にうるさいわけではない。そもそも煙草はほぼこの国では高級な輸入品でめったに目にすることがない。


どうぞと勧めると、伯母様は自分の侍女に持ってこさせた瀟洒な煙管に枯れた煙草草を詰め、火種に当て、そしてふうっと紫煙を吐いた。甘い匂いがあたりにただよう。


そもそもの状況を整理しましょうか。ラディア伯母様は語りはじめた。


「何を考えるときも、忘れてはならない問題がひとつあるわ。それは、第一王子と第二王子が、王位継承権をーー王太子の座を巡って争っていること。


これは実は、旧来の相続法と新法の違いに由来するの。旧来の相続法は、各長ーー今で言う上級貴族たちが認めた者が王になることと定められている。一方で、新法の方では、王の長子が王となるとされているの。ただし、長子が王位にふさわしくないと判断されれば、その次の子に、其の子もふさわしくないとされれば、さらに次に。


けれどどちらの法律でも、母親が正妻かどうかについては書かれていない。だからその時代に生きるものが判断をくださなければいけない。最終的には王のお考え次第だけれど・・・そのお考えを周囲がどうにか操ろうと考えるのが政治。・・・混乱の種ね」


すっと上品に煙管の吸口に唇をつけ、伯母様は紫煙をくゆらせる。


「さて、魔王討伐に加わったことで、第二王子殿下の声名は急激に高まるでしょう。その声を王は無視できずに、第二王子殿下を王太子に指名するかも知れない。けれど第一王子殿下もただ黙ってはいないでしょうから、なにかしらの争いが起こると考えるのが妥当」


それがどんなものになるか、まだわからないけれど。そう言って、ラディア伯母様はわたしを静かに見据える。ただ静かに見られているだけなのに、威圧のある視線だ。どんな強力なモンスターと対峙したときとも違う、別種の威圧感。


「そのときに、リュミフォンセ。貴女の提唱した『闇市場に関わることを禁止すること』は、王太子決定争いの、主要な対立軸になるでしょうね」


「そ、そうなのですか?」


「ええ。貴女が想像しているよりもずっと、闇市場から利益を得ている者は多いはずよ。私もすべては把握していないけれど。それに、精霊の権利は国法典に記載されていない。闇市場から利益を得ていないものでも、貴族ではないものの権利を追加し、現状適法な貴族の利益を奪う新法は、保守派に強く反対されると思われるわ」


「・・・・・・」


「まず闇市場とつながりが深いと思われる東部、南部。そして中央の好事家たち。さらに頭ガチガチの保守派、枢機卿フルーリーとその取り巻き連中。前半は、第一王子殿下の支持者と重なるわね」


ふぅっと紫煙を吐き出したあと、伯母様は、煙管を侍女が持つ煙草盆に打ち付ける。


かんっと小気味よい音がなり、灰となった煙草草が落ちる。


「対するは、第二王子とその支持者たち・・・。民は魔王討伐に尽力した第二王子を支持するでしょうし、むろん西部は味方するけれど・・・そのときの旗頭で矢面に立つのは、提唱者であり、王太子候補の婚約者である貴女よ。リュミフォンセ。その覚悟はあって?」










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