143 貴女に期待している







わたしは左手ゆんでに魔法の弓を生み出し。すでに生み出していた、ある魔法を具現化した黒い捻り矢を、弦につがえる。


(へえ。それは面白いな。やってみるといい)


頭のなかに、ルーナリィの声が響く。


これだけの動きで、わたしがいま考えた作戦の全部が見通せたのかしら。


何もかもがお見通し、みたいな口ぶりも気分が良くない。


いやになるくらい戦いの経験値が高いのね。


先代魔王の肩書は、伊達じゃないのかも。


何を考えているか当ててみせろ、なんて軽口も叩くことなく。わたしは念話を振り切って、行動あるのみ。まずは乗っているバウに指示を出す。


「バウ、あの一ツ目竜の魔王の動きを追ってーーなるべく進行方向と平行に捉えられるように」


(わかった、あるじ。ゆくぞ)


たっ、と空中で音がするわけではないけれど。


バウの四肢が虚空を蹴って、急滑降で魔王と勇者ルークとメアリさんの縦横無尽な動きをする戦いを追い始める。



ルーナリィとリシャルの参戦に驚いたのか、魔王と勇者ルークの戦闘は、じつはいっとき、止まったりしていたけれど、再び激しく動き出していた。


彼らの魔法と攻撃が幾重にも交差し、襲いかかってくる巨大虫型モンスターの合間を縫いながら、勇者の剣と魔王の杖とが激しく打ち合わされる。


わたしたちはその戦いを空から追っているのに、それでさえ景色がめまぐるしく変わる。


地面を立体的に機動しながら戦う当事者たちは、なおさらだろう。


支援を受け持つメアリさんが、投擲刀の全方位攻撃で一ツ目竜の魔王を牽制したところに、勇者ルークが特技を使って鋭く斬りかかる。


魔王は魔法攻撃でそれらを凌ぐと、逆に多方向への反撃を放つ。勇者ルークは爆発を伴った広範囲攻撃をかわし、さらに背後からの虫型モンスターの咬み付きもかわして一旦距離を取る。


メアリさんは前に出ることで魔王の攻撃をかわし、かつ一撃を入れることに成功したが、浅い。さらに時間差の衝撃波に跳ね飛ばされたーー罠魔法かしら? カバーに入った勇者によって、追撃は防がれた。体勢を立て直したメアリさんは、魔王の進路に投擲刀を配置して、移動経路を絞らせる。


相当高度な戦闘における読解力が要求される戦いだ。


多少の基礎能力の差があっても、熟練した戦闘経験値の前には無意味だと痛感させれられる。



(もっと近づいたほうがいいか? あるじ)


「この距離で良いわ。あまり近づき過ぎても、警戒されるから」


距離にしたら、150歩から200歩ほどの距離だ。この距離なら、位置しているだけで魔王の注意を削れる。そのぶん、勇者の援護になるという目算だ。


一見互角のようだけれど、広く見れば、勇者ルークとメアリさんの攻撃が、少しずつあたるようになってきているように思う。人型の一ツ目竜といった立ち姿の魔王は、魔法を巧みに使いつつ、ごつごつした鉱物のような杖を振り回しているけれど、防御の精度が下がってきている。


わたしめがけて襲ってくる周囲の虫型モンスターのはバウに任せ、わたしはその一ツ目竜の魔王の動きとーー列石柱の輝きに注目する。


橙色の輝きがさきほどよりもより一層、強くなってきた。


ーーそろそろかしら。


わたしは弓手を張ってつがえた矢を引き絞り。


遠く離れた、激しく動く白い肌の一ツ目の魔王に狙いを定める。


魔王の動きが硬直する一瞬を先読みし。


わたしは顎に触れた右手を、軽く弾く。


捻じれ矢はひょうと風を巻いて突き抜け。


がつんと一ツ目竜の魔王に命中した。


魔法が発動する。


・・・・・・。


一ツ目の顔面であっても、魔王の驚愕が伝わってくる。


目を大きく見開いて、魔王はわたしを見た。


きっと、わたしがしたことの意味を取りかねているーーとか、そんなところか。



そこへ、すたたたん。とメアリさんの投擲刀が魔王に突き刺さる。


わたしの矢に驚いて、動きを止めたのは、魔王のミスだ。


その魔王の隙を、勇者たちが逃すはずはない。


迷いが許されるレベルの戦場じゃないのだから。


続けて、魔王に向けて、勇者ルークの全力を籠めた聖剣が、一筋の光条となって振り下ろされた。


一ツ目竜の魔王がついに体勢を崩した。


しかし、同時に、箱庭に広がる列石柱が、にわかに力強い光を放ちだす。


橙色の光が地面一帯を駆け、浸すように広がる。そして、何もかもを覆い隠す強い橙色の光となる。


前の周と同じ現象。ーーいよいよ、天つ神が現れる。


わたしは目をかばいながら、バウに上昇するように指示を出す。虫型モンスターには視覚が退化し光を感じない種類もいるので、不意をうたれないための対策だ。


そして光が収まり、すべてが落ち着いたときにはーー。


もう三度目の会敵となる、天つ神を宿した魔王が、箱庭の焼け焦げた地面の上に立っていた。


2メートルほどの人のような体に、竜の三角の頭。金属のような光沢な黒色の肌に、浮き出た血管。


そして、特徴的な、真紅の単眼のなかにある一対の妖しい黒瞳。


(そいつから離れてーーそいつは魔王だけど、もう魔王じゃないの!)


わたしは、念話を勇者ルークとメアリさんに飛ばす。何が起こったのか、把握できていない様子の二人だったけれど、戦いの勘がそうしろと告げるのか、詳細を聞き直すこともなく、ふたりとも天つ神の魔王からばっと距離を取った。


だが、天つ神の魔王の真紅の単眼も、一対の凶々しい黒瞳も、勇者たちを見ていなかった。わたしを見ているわけでもない。


視点は、空の一点に注がれていた。


空気を震わすような、低い音の混合発話が響き渡る。


『なぜこんなところに居る! 神喰いめ!』


天つ神の魔王が、罵るように詰問する。


そして、かの魔王の鋭い視線の先にいたのはーー宙に立つルーナリィだった。


その横に、いつの間に移動したのか、まるで騎士が控えるようにリシャルが宙に浮遊している。


『神喰い』・・・不吉そうな名前だし、やらかしているみたいだし、やっぱりルーナリィを指しているんだろうなぁ・・・。


問われたルーナリィが、混合発話で語りかける。


『ここは私が生まれた世界。むしろそちらが闖入者だろう?』


『傲岸不遜の痴れ者め。地の神の仇、ここで討ってくれるわ!!』


ごく短いモーションで繰り出された次に続いた出来事は、わたしから見ればほぼ不意打ちだった。


吠えるように叫んだ天つ神の魔王は、ルーナリィの方向、虚空に向かって爪を振り上げる!


と同時、巨大な鏡の盾がたくさんルーナリィの前に並ぶ。


次の瞬間には結果が訪れていた。鏡の盾が砕け、一方で、激しい音と土砂を撒き散らし、大地が幾筋も深く抉られた。巻き込まれた大型虫型モンスターたちが引きちぎられて虹色の泡に変わり、虹色の粒が空中を漂う。


上空で佇むルーナリィは、身じろぎもせず、涼しい顔で顔にかかった自分の髪を払った。


どうやらあの鏡の盾は、一度きり相手の攻撃を跳ね返す効果らしい。


『慎ましいのね。もっと全力で来たら良かったのに』


跳ね返した攻撃は、天つ神の魔王には当たらなかった。代わりに周囲の虫型モンスターが数を減らしただけだ。サフィリアたちがいる水の華の砦は、そもそもこの場からは少し離れている。勇者ルークとメアリさんもーー距離を取っていたのが幸いして、無事だったようだ。


『ならば、これをくれてやろう』


天つ神の魔王の全身に牙が開きーーそこから、青い触手が出てくる。触手にも口があり、改めてみても気味の悪い触手はあっという間に増殖し、魔王本体を覆い隠し、渦を巻く。城のように大きい、触手の繭が早くも出来上がった。


前の周回のときにやられた、魔法を喰らう触手だ。


膨大な物量で大河のような触手は周辺にどんどん広がり、わたしたちのほうにも広がってきた。わたしが警戒のレベルを引き上げたそのとき、ルーナリィの言葉が聞こえた。魔王にではなく、わたしたちに向けたものなのだろう。


『この青いやつは「魂喰らいの暴食」だ。こいつは魂力エテルナを喰らう。ゆえに魔法は効きが悪いが、魔法によって起こした物理現象なら別だ。黄色魔法が使えるなら、地面から岩を整形して飛ばしてやればそれなりに効く』


わたしのほうへ広がってきていた触手に向けて、言われた通りに黄色魔法で岩を飛ばしてやると、触手にダメージを与え、ちぎることができた。たしかにそれなりに効くみたい。とはいえ、物量がとんでもないので、大河と戦っているような気分になる。


けれどそんな大河も、空からの半月の斬撃によってすぱすぱと切り刻まれだした。


リシャルが、斬撃による物理攻撃を始めたのだ。


やはり、直接的な物理攻撃があの触手には一番効く。というよりも、リシャルの攻撃がすごすぎるのかしら・・・。前の周回では、現勇者のルークが飲み込まれてしまった触手の物量攻撃をものともしない。触手の大河による浸食は完全に食い止め、続けてまるで野菜かなにかのように、本体っぽい触手の繭までもを切り刻んでいく。


けれど、天つ神の魔王も攻撃手段も、触手による飽和攻撃だけではなかった。


数多の触手を捻り束ね、切り取られた触手を互いに食べーー吸収して、さらに強くおぞましい触手を作り。それを繰り返して、どんどん強力な触手を作り出していく。


触手は統合を続け、繭はなくなり、天つ神の魔王の本体も露出した。そして。


ばちん。


ついに、リシャルの聖剣を、天つ神の魔王のおぞましい強化触手が受け止めた。


一瞬。その場にいる関係者の視線の交錯。


この場の戦力が拮抗したことを確認しあう。


そこからだ。


先代勇者リシャルと、天つ神の魔王との一騎打ちが始まった。


最終的に8本となった強化触手を華麗な剣技でさばきながら、リシャルは本体への攻撃の隙を伺う。けれど天つ神の魔王の触手さばきも尋常ではなく精度が高く、リシャルを上下前後左右、どの方向からも攻撃する。


けれど、それらの強化触手の攻撃をさばくリシャルの表情には、遠目だけど余裕がうかがえた。でもさばいた拍子に地面に激突した強化触手によって、土砂が空まで吹き上げ、衝撃波が発生している。とんでもない威力。つまり8本の触手のが攻撃をする数だけ衝撃波がでるということでーー。


攻撃を打ち合うふたりを中心に、まるで球状の竜巻ができているみたいだ。援護しようにも、魔法が通用しないのは変わらないし、あれだけ余波の威力が激しいと、巻き込まれた時点で即死もあり得る。


そして、援護がどうのとすら言っていられない事態になってきたーー。考えてみれば当たり前だが、戦うふたりは移動する。移動すれば周囲に大破壊が訪れる。それもこの世界の最高戦速でだ。


巻き込まれないように、わたしは距離を取らざるを得なかったーーけれど、巻き込まれた虫型モンスターは悲惨だ。余波を受ければそこにある地面ごと砕け飛び散り、直撃を受ければ蒸発する。


しかも、攻撃余波の範囲を予測することは難しいーー。ほんの一瞬で大きく動く。


そして、破壊の余波がわたしを襲おうとしたとき、立ちはだかるようにわたしの前に5重の石壁が地面からそそり立った。


5枚の石壁はすべて砕けてしまったけれど、わたしはなんとか無事だった。


リシャルが天つ神の魔王を再びひきつけ抑え込んでくれたのか、戦いの余波ーー絶対的な破壊の渦もまた離れていく。


気づけば、わたしとバウの隣に、ルーナリィが腕を組んで浮かんでいた。


いまの石壁による防御はルーナリィのおかげね。いつの間に、とは思うけれど、もうバランサーたちについては、不思議に思うことがあっても、こだわる意味も無い気がした。


ルーナリィは、わたしのほうを見るでもなく、リシャルと天つ神の魔王の戦いを観察するようにじっと見守っている。その方向からは目を逸らさず、彼女はわたしに言った。


「お友達のことは、貴女で守っておくことだ。それくらいはできるだろう」


言われて、わたしが後ろを振り返ると、サフィリアが構築した水の華の砦がすぐ近くにあった。


だんだんと後退していくうちに、いつの間にかこんなところまで退いていたんだ。ぜんぜん気が付かなかった。


となれば、ルーナリィはわたしだけでなく、みんなのことも守ってくれたことになる。


・・・・・・。


なんとなく素直にお礼が言えず、わたしは別のことを言う。


「戦いは、互いに決め手に欠けるみたい。なんとか支援できないかしら?」


「リシャルが天つ神の憑依体に大きな被害を与えれば、魂は分離するだろう。そのとき、引き剥がされた天つ神の魂を逃さずに仕留めるのが私の役割だ。私は大きく動けないな」


組んだ腕を、右手の指でとんとんと叩くルーナリィ。冷静な口調、研究者モードが続いている様子だけど、いらだっているみたい。


「もし・・・わたしが、天つ神の魔王に隙を作れば、戦況は変わるかしら?」


わたしがそう言うと、ルーナリィは激戦の渦から目を離すことはなかったけれど、しかしそれでも目端でちらりとわたしを見た。


「もちろん。わずかな隙でも、リシャルなら絶対に逃さない。そのまま勝負を決めてくれることも期待できる。これは、そういう戦いだ」


淡々と可能性を話しているようで、リシャルーーお父様への絶対の信頼が覗ける言葉だった。


「じゃあ、わたしが天つ神に隙を作るわ。この世界のことは、この世界の者でーー。そうでしょう?」


ルーナリィは、再びわたしに目端だけを寄越した。


できるのか? と聞かれるかと思ったけれどーー。


「そうか。頼んだ」


意外にも、返ってきたのは無条件の肯定だった。


そのとき、戦いの渦が、200メートルくらいの直線を一気に移動し、その直線に沿って連続して爆発が起こる。轟音と激しくまばゆい光が続き、その爆発に巻き込まれたモンスターと地形が、大量に蒸発し、砕け、歪む。


なっ・・・なんなのあれ。


わたしは呆然としたが、ルーナリィは、ひとつ戦いの段階をあげたようだな、とこともなげに言った。


そして、今の起こったことが、まるで鳥が横切っていったわねぐらいの平静さでルーナリィは続ける。


「貴女に期待している」


わたしが言い出したことだけど・・・ちょ・・・ちょっと、心の準備をする時間をもらおうかしら?












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