144 水の華での作戦会議①






バウに乗ったわたしが水の華に近づくと、花弁の一部に、にょっと穴が空いた。


招かれるようにして、わたしたちはそこから水の華の内部へと入る。


内部は空洞で、ドーム状になっている。幾重にも重なった水の花弁が防壁となって内側を囲んでいて、それが半透明で光を通すので、内部は水の中のように薄青く、光の波紋に揺らめいている。


何も無ければ幻想的な光景ではあるけれど、いまはそうも言っていられる状況じゃないのはわかっている。それは内部にいる面々も同じだと思う。


「リュミフォンセ様! ご無事で!」


口々にわたしを気遣う声。逆に皆が無事なようで、わたしもほっとする。


中にいるのは、オーギュ様、ヴィクト様、サフィリア。シノンはまだ回復していないらしく、真ん中に寝かされている。


それから、勇者ルークとメアリさんも、この場にいた。戦いの様相があまりにも変わったので、一度戦場から離脱し、様子見がてら、ここで再出撃のために体勢を整えていたということだ。


「外の様子は、いまはどうなっているのでしょう? とんでもない戦いになってしまっているようですが・・・リュミフォンセ様が見てきたことを、教えていただけますか」


オーギュ様が丁寧に聞いてくる。わたしはもちろんと頷いた。


「おそらくご存知だと思いますが、魔王が、今までを越えて、さらにひどく強くなってしまいました。いま、助っ人にお願いして、戦ってもらっているところです。わたしが聞いたところでは、魔王は、異世界の存在と融合したことで、力を大幅に伸ばしたそうです」


天つ神とか調律者とか、そういう言葉を省いて要点を言うと、こういうことになるだろう。


なるほどとオーギュ様は頷いて、


「助っ人というのは・・・どういう人たちなのですか? リュミフォンセ様が連れてきたと、ルーク殿に伺いましたが・・・」


そしてオーギュ様は、響いてくる爆音にちらと意識を向けた。この方は品の良い人だから言い方が回りくどいだけで、本当はこう言いたいはずだ。『どう見ても尋常じゃないあいつらは、何者なのか』と。


まあ、当然の疑問だよね。


わたしは頷くと、まずはと勇者ルークに視線を向ける。


「わかりました。知っている限りお話しますけれど、わたしもすべてがわかっているわけではないのです・・・。まずはルークがどのように説明したのか、教えていただけますか?」


そう水を向けると、ルークが話し出してくれた。


「あの人達は、2年前に、迷宮ダンジョンの最深部で出会った人たちッス。オレたち勇者一党が弱すぎると言って、稽古をつけてくれたッス。ふたりとも最後まで名乗ってくれなかったんですけど、白外套の男のひとが良く面倒を見てくれる優しい人で、オレたちは勝手に『師匠』って呼んでました」


ふむふむ。なるほど。


「ただ・・・一党の仲間の話だと、師匠の素性は推測ができているっス。おそらく、先代勇者のリシャルだろう、と・・・。聞いても本人は笑ってはぐらかされたッスけど」


リシャルは身バレしているのか。世間では過去の人扱いだけれど、勇者として旅をしていたんだから、姿かたちを知っている人がいても、まったく不思議じゃないよね。


「女の人の方は、修行での接点も少なくて、ちゃんと話したことがないので、実は良く知らないッス。手練の魔法師みたいだと思っていたッスけど」


ルーナリィは、勇者たちに名乗りもしなかったのか。まあ、元魔王だもんね。


「二年前に稽古をつけてもらってからは、会うことはなかったっス。俺たちも旅を続けて戦いに忙しかったし、向こうも行方不明だったんで。また同じ迷宮に潜ったときには、師匠たちはねぐらを変えていて、最深部には何も残ってなかったッス」


ルークは、そこでわたしのほうをみた。


「リュミフォンセ様。あの人たちは、どういう人なんですか? あれから、どうやってあの人たちを説得したんスか?」


勇者だけでなく、皆がわたしに視線を向ける。そりゃあそうだよね。


一度深く息を吐いて。それから新しい空気で肺を満たして、わたしは話し出した。



「・・・あの人たちの正体を、知っているわけでは実はないのです。わたしもーー2年前に初めて会って、いままでそれっきりだったので」


わたしはいきなりぼかして説明する。


「ただ2年前に、『困ったときに彼らを呼ぶ方法』を教えてもらいました。今回、それを利用して、彼らを呼び寄せたのです。魔王との戦いが激しいものになることは予想できましたし、彼らが絶大な力を持っていることは、知っていましたからーー」


そうですかと頷いたのはオーギュ様だ。


「正体はわからねど、彼らは、我々に協力してくれるということですね? まずは味方に数えても良いわけですか?」


ええ、とわたしは答える。


「・・・限定付きですけれど。少なくとも、この戦いで、彼らがわたしたちに敵対することはありません」


わたしの答えに、オーギュ様の笑顔が曇る。


「まずは敵でないことを聞いて安心しました。見る限り、個人で王国兵団に匹敵する戦力だ。先代勇者であるなら納得ですが・・・敵になることなど、想定することですら勘弁してもらいたいですね。・・・ところで、彼らの参戦には、どのような条件がついているのです?」


わたしは異世界の存在のことにも重ねて触れて説明する。


「魔王は、異なる世界の存在のちからを借りて、自身を強化しています。正確には、自分の体を依代にして、異なる世界の存在を憑依させているのです。彼ら助っ人たちの目的は、その『異なる世界の存在』を討ち滅ぼすこと。なので、異なる世界の存在を引き剥がしたあとに残る、依代たる魔王は・・・」


わたしはルークへと視線を向ける。


「勇者ルーク。やはり貴方に討ってもらわなければなりません」


勇者ルークは、晴れやかな表情で頷いた。


「了解したっス。師匠たちはずっと魔王の脅威には無頓着だったので、今回の参戦は不思議だったんスけど、話を聞いてなんかわかりました。オレはオレの仕事をきちっとやるッス」


やる気が高まってきたのか、勇者はぐっと拳を握る。頼もしい。


「それで、その異なる世界の存在とやらは、どうやると魔王から引き剥がせるのですか? 算段はついているですか?」


そう質問したのは、少し後ろにいたヴィクト様だ。二体の精霊を外壁の役割をする水の花弁に張り付かせ、外を警戒させながら話を聞いている。


そう。それが問題で、難題だ。


思いながら、わたしは答える。


「これも聞いた話ですけれど、いまの状態の魔王に、大きな被害を与えると、引き剥がせるらしいですーーいまは、大きな被害を与えようとしている最中ですね。その支援をしなければいけないのですがーー」


そのときだった。


ごがあぁああん! と激しい音がして、水の花弁の砦が揺れる。


音がした上方を見れば、水の華の上部の花弁が吹き飛んでいる。全部ではないけれど、それでもここは安全ではないらしい。


激しい風が内部に吹き込んでくるけれど、追撃がこないところを見ると、おそらくリシャルと天つ神の魔王の戦いの流れ弾が、たまたま命中した、というところだろう・・・。


「どっちが先に大きな被害を受けるか、勝負というところッスね・・・」


大穴を見上げながら、勇者ルークがつぶやく。


サフィリアが急ぎ花弁を増やして水の華を修復すると、爆風の流入は徐々に弱まっていく。


そのとき、修復の隙間、小さく開いた穴を利用して、ひらりと舞い降りてきたのは、一羽の鷹だった。




■□■





時の精霊とおぼしき鷹は、水の華の中を、壁面を滑るようにして、皆の頭上をくるくると飛ぶ。


わたし、勇者ルーク、オーギュ様、ヴィクト様、メアリさん。それに、サフィリアとバウ。


何かを見定めるように回ったあとに、鷹は、オーギュ様の前で、滞空する。


「なっ・・・なんだ?」


顔をかばうように前に出したオーギュ様の腕に、


「ちょうどよい」


と言ったわけではなかったけれど、そんな感じに翼を一度空打ちして、鷹は、金髪の王子の腕にとまった。


そして、鷹はオーギュ様の瞳を覗き込んだかと思うと、ときが止まったかのように、お互いにぴたりと動きを止めた。


これは・・・放置しても大丈夫なの?


みなわたしと同じ思いらしく、それぞれが武器に手を伸ばしながらも、具体的な行動に出ることをためらっている。


エテルナが複雑に動き、鷹のそれとオーギュ様のそれが入り混じっている。


そして、オーギュ様の青い瞳から、焦点が一瞬失われた。


『半同期完了。吾が名は、イー・ジィ・クァン。一にして全を知る者』


混声発話。それがオーギュ様の口から出る。これは、鷹の意志・・・?


どう動くべきかを迷っている間もなく、オーギュ様は自分の口を手で抑えた。


「いま、私は何か言いましたか・・・? いや、言いましたね。けれど、私の意志ではないのです」


つぶやくような、問いかけるような言葉。


「それは、その鷹の・・・?」


質問したのは勇者ルークだった。


「そのようです。頭の中に、声が・・・声というよりも理解が直接伝わるという感じですが。少しのあいだ、意識を混信させる、と・・・。そして、能力を貸すので役立ててくれ、ということです」


「・・・能力とは、なんの能力でしょう?」


わたしが聞いた。鷹のいーちゃんの・・・本当の名前はイー・ジィ・クァンというみたいだけど。


おそらく時の精霊である鷹の能力であれば、時間に関係する能力だ。


オーギュ様は、具合が悪いのか、額を押さえてふらついた。


いま意識を混ぜるといったけれど、それは双方に負担がかかるんじゃないかしら?


けれど足に力を籠めて、体をまっすぐに立て直すと、彼はひとつ息を吐いたあとに、答えててくれた。


「『少し先の未来を視る能力』・・・言葉が正しければ、『未来視』の能力ですね」










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る