142 零れ出る秘密②






わたしと両親である元勇者リシャルと元魔王ルーナリィは、枯れ谷のなかにある、崖に囲まれた箱庭のようなところにやってきた。


空から見下ろすと、様子がよく分かる。


箱庭には魔王の『大凶宴』によって呼び寄せられたのだろう、巨大虫型モンスターがひしめいている。そのなかにぽつんと咲く巨大な青い華は、サフィリアの防御魔法だ。おそらくあそこに勇者以外の皆がいるのだと思う。よく見れば、その上空を鷹が一羽旋回を続けている。


さて、現勇者と現魔王は・・・と思って探すと、白い光が閃き、爆発が起こっている場所を発見した。


続けて何かを追うようにして白い光が移動し、さらに幾条ものいろとりどりの光の軌跡が追撃を仕掛けている。あれは、ルークとメアリさんが、現魔王を追って戦っているのだ。


バウの首元にひとり腰掛けるわたしは、元勇者リシャルと元魔王ルーナリィの様子はどうかと振り返る。


空中歩法で宙を進むリシャルが、再び仮面をつけて星影の女となったルーナリィをお姫様だっこして、この箱庭まで来ていた。


これは実は出発時にルーナリィが、「だっこで連れてきて欲しい」と駄々をこねただけだ。たしかに今回、乗り物となる青百虎を連れてきていないし、飛翔魔法も疲れるという主張もわからなくも無いのだけれど・・・。


「それにぃ、だってほらぁ、私、片腕が義腕でしょう? 飛翔魔法を使っても、うまく平衡が取れないのぉ」


ルーナリィのもうひとつの顔、リシャルへの甘えた調子の言葉にイラっときたわたしである。絶対ウソでしょ、それ。


しかし結果としてルーナリィの言い分が通った。そしてリシャルにお姫様抱っこでここまで連れてきてもらったルーナリィはにこにこと上機嫌であるし、リシャルはこういうのに慣れているのか、苦笑するぐらいで済んでいる。


カップルのいちゃいちゃっぷりというのは、それが他人だったら、苦笑ぐらいで済ませられるけれど、それが実の親だということになると、見ててつらい。けっこうつらい。


なんかこう、体中がぞわぞわするのである。


なので、なるべく視界に入れないようにしているわたしであるけれど、コミュニケーションを取る時はさすがに視界に入れないわけにはいかない。というか、もう目的地についたのだから、ルーナリィは降りればいいと思う。


「わたしたちは、勇者やみんなの戦いを支援しようと思うけれど、あなた方は・・・」


と、わたしが水を向けると、


「僕らは、こちらの世界の戦いに干渉するのは、できるだけ避けたいからね。天つ神が降臨したら参戦するよ」


そんなリシャルの答え。まあこれは予想できていたから、別に良いのだけれど。


「じゃあしばらくのあいだ、頑張ってねぇ」


お姫様抱っこの姿勢のまま、ひらひらと手を振ってくるルーナリィ。あれは左手だから、義腕のほうのはずだけれど、よほど精巧な魔道具なのか、質感も肉体そのものみたいだ。


なんというか、いちいち人の神経を逆撫でしないと気がすまないのだろうか。


しかしここで突っかかっても仕方がない。わたしは片手をあげて了解の意志を告げ、前の周回を思い出しながら、バウに指示を出す。


「まずはサフィリアたちを支援するわ。空から広範囲魔法をいくつか放って敵の数を減らす。そのあとに空を飛べるモンスターがわたしたちに向けて集まってくるから、退避しながら魔王に迫るわよ」


(激しい戦いになりそうだ)


そしてバウが上空から黒雷を雨と降らせ。わたしは落ちると凍気が爆砕する氷塊を降らせる。


地上にひしめく巨大虫型モンスターに向けて、それらを撃ち込むことで、敵の数を減らしてサフィリアたちの負担を減らすのだ。


4、5発放ったところで、飛行するタイプの虫型モンスターが集まってきた。今で地上に降りていたものも飛び始めたので、まるでモンスターの雲に包まれたようになった。

バウが爆発魔法を使って蹴散らすが、とても追いつかない。


「まずはもっと上方へ逃げて。敵をなるべくまとめたいわ」


(・・・御意!)


バウは素直に上方へ向かって駆け上がる。基本的には魔法で力場を作って、それを足場にして駆け上がるという方式なので、原理的にはどこまでも行ける。雲を超える高さまでくると、さすがに羽根の羽ばたきでは追いついてこれない虫型モンスターも出始める。


そこに。


「混色魔法ーー雷重網墜!」


重力と雷の網の魔法を落としてやる。巨大虫型モンスターを地面に落としてやることで、他のモンスターを巻き添えにして墜ちていく。さらに電撃によって羽根の動きを一時的に麻痺させることで、効果を高める。この部分麻痺は、二周目のオーギュ様の真似だ。


ごうん・・・


重々しい音を立てて、巨大虫型モンスターたちが落下し、虹色の泡に変わるけれど、それでもまだ群れの一部でしかない。


もう少し減らさないと、勇者の支援には行けないけれど・・・。


そこへ、わたしの頭に声が響く。念話だ。


(予定変更だ。空飛ぶやつらを、こちらに連れて来い)


頭に直接響いたのはルーナリィの声。何かが切り替わったらしく、さきほどまでの甘えた声ではなく、低い声バージョンだ。


なんだろう、と一瞬思うけれど、わたしのエテルナ量も残りが厳しい。雑魚敵を数を引き受けてくれるなら、ありがたい。


わたしはバウに、ルーナリィとリシャルが居るところまで全速で駆け抜けるように指示を出す。言いながら遠目にみれば、さすがにルーナリィはお姫様抱っこされるのをやめていた。


バウは素直に上昇をやめ、飛び降りるように自由落下を始める。さらにプラスして手足を駆けるように動かして、下降ーーいや墜落速度を上げる!


「うわわ、はやいはやいはやいっ!」


(大丈夫だあるじ、振り落ちることはない)


バウの発言の真意は、バウは闇魔法を使ってわたしを半分影に入れているので、わたしがバウの背中から落ちることがない、ということなのだけれど、やるならやると言ってーーいや、指示したの、わたしだったわ!


わたしたちの急下降に、空を飛ぶ虫型モンスターたちはついてこれない。けれど執念は大したもので、交通渋滞のように互いにがつがつぶつかりながらも、まだ目の色を変えて追ってくる。


そしてバウは途中で方向転換をして、ルーナリィの脇を豪速で駆け抜ける!


「ご苦労」


すれ違いざま、わずかに聞こえたのはその声。そして彼女はすぃっと手を振った。


魔法は使ったのだろうけれど、駆け抜けただけのわたしからは認識できなかった。


けれど、ルーナリィの手の先、空間が捻じれ、100メートルほどに長く裂けてーーそして、大爆発が起こった。


空間の歪みに巻き込まれたモンスターはそのまま肉ーー甲や節を砕かれ絶命し、そして空間の切れ目に沿って続いた大爆発で、多くのモンスターがまた消滅する。


大爆発の連発を運良く逃れた後続のモンスターも、今度は流星群のような白い輝く斬撃を受けて、地に墜ちていく・・・。リシャルによって、空中の雑魚モンスターがあっという間に掃討された。


そして、箱庭に並べられた列柱石が、橙色の光を放ち始めた。橙色の光が極限まで高まったときにこの仕掛けが発動し、目標の天つ神が降臨することになるのだけれど・・・。


その光が強くなるのが、前の周回のときよりも早い気がする。



わたしが疑問に思っていると、またルーナリィの念話がわたしの頭の中に響く。


(一応説明しておこう。推測できているだろうが、まずあの橙色の光を放つ列石は魔導装置だ。あれは、『次元を裏返す』ためのものだ。あれで天つ神を呼ぶ。そしてあれを動かすには、大量のエテルナと魂が、この場で消費されることが必要だ。手っ取り早く手順を進めるために、私達も参戦することにした)


大量のエテルナと魂が、この場で消費されることが必要・・・つまり、あの列石柱を起動させるには、この場で激しい戦いをしなくてはいけないってこと?


戦いで死んでいくモンスター、あるいはわたしたちの魂も、装置を動かすためのエネルギー源になっているってことになる。もっとわかりやすく言えば、いけにえを捧げることで動くのだ。なんて非倫理的な装置。


なんにしろ、バランサーのふたりが早々に参戦してくれれば、わたしたちの犠牲は少なくなるので、歓迎だ。


(そう。それは良かったわ。・・・次元を裏返す?)


前言を翻して参戦した理由はわかったけれど、理解できなかった単語を、わたしは念話で聞き返す。


思うのだけれど、ルーナリィが低く早口になるときは、何かを解説するときが多い。なので、これを研究者モードと名付けることにした。対して、ゆっくりとした話し方をするときは、ルーナリィの素が出ているとき、ということになる。


研究者モードのルーナリィは、すぐさま解説を続けてくれる。


(大きな魂に次元を渡らせるには大きな穴が必要になる。大きな穴を開けるには、大きな力が必要になる。だが次元を裏返すというのなら、破壊しない分、必要な力を大きく減らすことができる。そういう意味で、ここの装置は良い工夫だと評価できる。だが、こうして多くのモンスターと攻撃魔法を生贄に捧げても、ひっくり返せる時間はごく短い。一瞬と言っていいだろう)


(・・・ふぅん)


相槌を打つわたし。その一方で、わたしはここでの戦いの意味を考えていた。


わたしは大爆発から逃れてモンスターからも逃れて空を飛んでいる、鷹のいーちゃんを見る。


ここでの戦い自体が、天つ神を呼ぶための装置になっているというのは、わたしは想定できなかった。でも、あの鷹は、すべてを知った上で、勇者とわたしを、魔王が来る場所につれてきたのかも知れない。そうなれば、天つ神をあちらの世界から呼び寄せることが、鷹の目的だったのでは。


ーーいや穿ちすぎか、とわたしは思い直す。


もし勇者がここに来なければ、魔王はモンスターを呼び寄せて、自分でモンスターを殺し、いけにえに捧げ、天つ神を召喚することになっていたのではないだろうか。


いーちゃんがシノンを通して語った言葉。


『世界を渡るものに気をつけよ、この世界を奪われないために』


これにきっと、嘘はない。


鷹のいーちゃんは、必要なカードを揃えたうえで、わたしたちが最善の未来を選び取ることを、期待しているはずだ。


天つ神の召喚自体を防ぐこと、それができなければ、被害が広がる前に、ここで天つ神と魔王を討ち取ること。それが鷹の考えている計画なのではないかしら。


そこまで考えて、わたしは自分の物思いを打ち切り、ルーナリィの話に集中する。


研究者モードのルーナリィは、とても貴重で重要なことを話してくれている。けれど、基礎知識がないわたしは彼女の話がどこにいくのか、なんの目的で話をしているのか、つかむのに必死だ。


(次元を裏返す一瞬、裏返す向こう側の魂をこちらに持ってこれる。けれどそれは一瞬なので、通常ならば魂もまた向こう側に戻っていく。それを防ぐために、こちらの世界に魂を固定させる必要がある。

船で言えば、嵐に揉まれる船を、目標の港に入った一瞬で、碇を海に放り込んで船の動きを縫い止めるようなものだ)


(魂を固定する?)


(天つ神の魂を、こちらの世界に固定させる碇の役割を果たすのが、現魔王の『肉体と魂』ーー依代となる『命そのもの』だ。


列石の魔導回路には、次元境界面の反転だけじゃなく、魂同士の固着を強めるための魂成形の技術も入っている。それを実用水準まで引き上げているのは興味深い・・・)


(・・・つまり?)


話は興味深いけれど、戦闘は今も続行中だ。魔導技術論も結構だけれど、結論が欲しい。


(つまり、天つ神は、次元を裏返す一瞬で魂をこちらに寄越し、こちらの現魔王というと融合するということだ。その分、天つ神は。我々に勝算ができる、というわけだ)


(・・・・・・。)


前に戦ったときは、とても弱くなったようにはぜんぜん感じなかったけれど。バランサー基準で言えば、そういうことになるのかしら。


要するに、わたしの想像も及ばない次元での、戦いがあるのはわかった。そして助っ人が勝算ありというのならば、それに従うしかない。


下を見れば、橙色の光がどんどん強くなっている。


天つ神がこちらの世界に来たら、わたしのできることはないのだろうか・・・。


いや。ふと思いつく。そしてルーナリィに聞いてみる。


(魔王と天つ神の魂のつながりをなんとかしたら、力は弱まるのかしら?)


(次元の反転が戻ったあとも、天つ神の魂は、しばらくは次元の復元力に引かれている状態になる。

その状態で魂の固着が弱まれば、天つ神が戦いどころではなくなる可能性は、十分にあるだろうな。嵐の海に突き落とすようなものだ)


・・・。ふむ。なるほど。


話を聞いて、わたしにひとつ考えが浮かんだ。


確実とは言えないけれど、やってみる価値はあるかしら。


得心したわたしは、エテルナを操ると、詠唱紋を描き。


魔法の捻り矢を指先に、虚空から生み出した。







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