134 箱庭の戦い①







仲間のはずの翼竜を犠牲にして、その翼に身を隠す、人型のモンスター。


魔王とおぼしきその存在は、視力を魔法で強化したわたしには、ふてぶてしく笑っているように見えた。


魔王は貼り付けたような笑みで、その身を、墜ちていくに任せているーー。


それは、降りた場所になにか用事があるということ?


わたしは一瞬で思考する。空中で翼竜たちが混乱し墜落している。つまり翼竜の群れの無力化に成功した。勇者、メアリさん、そしてバウに乗ったわたしとオーギュ様は、手が空いている。つまり、まだこちらの攻撃のターン!


魔王がなにか企てていようとも、追撃してそのたくらみをつぶすのが正解!


「黒色魔法ーー『黒槍』」


わたしが使うのは、もっとも得意な魔法。手を振り上げ、詠唱紋を回転させる。


「造形『突撃槍ロンス』ーー十二連!」


魔法で作った黒槍を巨大化して騎士の持つ突撃槍に変化させ、それを連続して撃ち出す!


どどどうぅぅっ! と音を立てて下方へ撃ち出した槍群は、魔王とおぼしき存在が隠れていた翼竜の一体を貫き。穴だらけにして虹色の泡に変えた。


だが、魔王とおぼしき存在はまだ生きている。そのまま落下速度をあげていく。手応えは薄い・・・かわされた?


「魔王か! オレが追う!」


声と同時、宙を蹴ってまるで飛び込みのように、下方へ飛び出したのは、勇者ルークだ。


聖剣を構え、流星のように加速する。


やはりあれは魔王だった。それはそれとして、あんな速度で地面に突っ込んだら、ルークは大変なんじゃ? 制動する手段を持っているのかしら?


「ルーク! ・・・援護に向かいます!」


一方でメアリさんはわたしにも声をかけつつ、足場を作りながら確実に、律動的に、それでも結構な速さで降りていく。


わたしも援護のために、バウを促して降りていこうとするとーー。


「リュミフォンセ様! 後ろです! ーーー『雷突』!」


後ろに乗るオーギュ様が声をあげる。続けてぱぁんと音が鳴る。雷が炸裂したのだ。


振り返ってみれば、わたしたちをバウごとひと噛みにできそうな巨大百足が、すぐそこまで迫ってきていた。


どんな変異なのか、透明な羽根を備えて空を飛んでいる。まったく気配を感じなかった。そういう特殊能力かしら。


バウも気づくのが遅れたようで、あやういところで百足の顎を飛んでかわす。がちん、と空打ちした金属質の音が、この巨大百足の危険度を伝えてくれる。余裕でわたしたちを輪切りにするちからを持っている。


わたしは魔法を準備する。振った腕のさきに詠唱紋がともるけれど、発動にはもう一瞬が必要。バウは体勢を立て直す時間がかかる。まだ間合いが近い。もう一撃、巨大百足の攻撃を覚悟する。


「『重交雷突』!」


けれど、オーギュ様の攻撃が先だった。二重の雷撃が、彼の刺突剣の先からほとばしる。


その雷撃は、最初の雷と同じように、頑丈すぎる百足の甲殻にはじかれるーーはずだったけれど。


雷は円弧を描いて回り込み、百足の背中に着弾する。


同時、ずるりと百足の体勢が崩れた。


左右のバランスを失い、左半身をよじるようにして引き上げようともがく空飛び百足。


その時間は数秒もなかったけれど、充分な時間だった。


わたしとバウはそれぞれ詠唱紋を回転させ、魂力を練り込んだ魔法を行使する。


「『緑鎖緊縛』!」(『黒刃竜巻』)


宙に浮かぶ巨大百足を風の鎖で縛り上げ、さらにバウの魔法の黒い刃が渦を巻いて巨大百足の節を切り刻む。


どす黒い紫色の体液を撒き散らし、羽根つき巨大百足は地面へと墜落し、そして虹色の泡に変わる。


「ふう、うまくいきましたね」


下方から立ち上ってくる虹色の泡の流れ。オーギュ様の言葉に、わたしはあぶないところでした、と答える。


部分麻痺ーー。オーギュ様の雷撃は、巨大百足の左側の羽根の付け根を、少しの時間だけ麻痺させた。だから巨大百足は空中でバランスを崩して、わたしたちへの攻撃をする時間を失った。状況をよく観察した、有効な攻撃。すばらしい機転だわ。


「助かりました。ありがとうございます」


「非力の身ですが、貴女にそう言っていただけると、いくばくか救われますね」


「・・・魔王を追っても?」


「もちろん。そのためにこの場にいますからね」


どういう精神構造か、オーギュ様の声は、こんな厳しい戦いのときでも余裕がある。これがすべての人の上に立つべく育てられた人か。


わたしは心の中で感心しながら、下を見る。風が熱気に乱れて吹き上げて、わたしの前髪をなぶる。


魔王と接敵するよりもずっと前に発動していた魔王の特技『大凶宴』の効果で、眼下の崖に囲まれた箱庭には、周辺にいた巨大虫型モンスターがぞくぞくと集まってきていた。


上空に居ると、集約された気味の悪い叫び声が聞こえてくる。


そのモンスターに満ちつつある箱庭の一部に、巨大な水の華が咲いている。あれはサフィリアの防御結界魔法だ。その水の華を簡易の砦として使いながら、巨大なモンスターと戦っているらしい。


水の華の周囲で水の刃が煌めくと巨木のような胴体が切断され、激流の波濤が、中型モンスターの群れを押し流す。水のフィールドはどんどんと広がり、薄く箱庭全体を覆いつつある。サフィリアが有利なように、水地形に変更しているみたい。


さらに仔細にみれば、巨大モンスター同士で戦っている場面もある。なるほど、魔王の特技が、モンスターの理性を失わせて狂戦士化するというのは間違いないらしい。良いことばかりでもないようね。


そしてわたしは、眼下に広がる混乱のなかにいるはずの、魔王をさらに探す。


すると、白い光が数度瞬くようにきらめき、何かが勢いよく吹っ飛んでいくのが見えた。


白い光は飛んだ何かを追いかけるように動き、さらに剣閃がひらめいたところで、今度は逆に白い光のかたまりーー勇者ルークが吹っ飛んでいく。


杖を振り抜いたかたちでその場に留まる人型のモンスター。あれが魔王。


「・・・?」


わたしは遠視の魔法で視力を強化しながら、魔王の姿を観察する。


そして気づいた。


違う。その姿は、前に戦った推定魔王と違う。


前の推定魔王の外見は、金属のような黒い肌、浮き上がる血管、真紅の単眼のなかにある一対の妖しい黒瞳。


でも、いまの魔王の見た目はまるで一ツ目竜を人型に仕立て上げたようなものだった。上背は4メートルほどで、肌ーーというよりきめ細かい肌のような質感すらある鱗の色は白い。頭は竜の形をしており、その中央に赤い瞳がぎらついている。指も爪も長く、指を揃えればロングソードの刃ほどはありそうだ。


その長い指で器用に背丈ほどの長杖をーー岩から削り出したような荒々しい濃灰色の杖を、振り回す。


突然、その杖を、竜巻が発生するほどの速度で、体の正面で旋回させたので驚いたけれど、硬質な音が響いてなにかが連続ではじけ飛んだことで、起こったことを理解する。


あれは、メアリさんの投擲刀だ。メアリさんが遠距離投擲を仕掛け、杖の回転は、魔王の防御行動だったのだ。


投擲は魔王に見事に弾かれたものの、手練の彼女が正面からの単発攻撃で終わるはずがない。必ず次の手を探っているーー。そう思って探すと、モンスターの陰に隠れるようにして、魔王に接近しているメアリさんが居た。


魔王は、火風混色の魔法で、周囲のモンスターごと焼きながら、範囲攻撃を仕掛ける。


そんな雑な攻撃が、しなやかに高速移動するメアリさんに当たるわけもない。うまくモンスターを壁として利用して魔法の熱波を避けながら、さらに距離を詰めていく。


ここでの援護は価値がある。そう判断したわたしは空中にとどまりながら、魔法を使って攻撃する。


「混色魔法ーー『驟氷岩纏雷』!」


隕石雨のごとく空から魔王に向かって、雷をまとう氷の岩をこれでもかと降らせる。地面に墜ちた氷の岩は、半壊して冷気と雷をあたりに撒き散らす。冷気と雷を浴びれば動きが止まるし、たとえ魔王がそれを防いだとしても、行動が制限されることには変わりない。


周囲のモンスターを倒し、動きをとめ、さらには、直撃はできなかったものの、魔王の動きも鈍らせる。


そして意図通りに稼いだ時間で、メアリさんが魔王への接近を終えた。


投擲刀を空間に展開し、罠設置と攻撃準備を終える。


ほぼ同時に、矢のような速度で舞い戻った白い光ーールークが。


メアリさんの攻撃に呼応するように、魔王に斬撃を浴びせた。


ぎぎぃいいん!


魔王はいかめしい杖でその斬撃を防ぐ。


しかし勇者は力押しで魔王をよろめかせたところに、メアリさんの投擲した刃が全方向から魔王を襲う。


数多の鋭い刃が乱れ飛び、少なくない刃が魔王に届く。


そこにさらに勇者が踏み込んでたたみかける。


うん、いい調子だ・・・!


わたしは掩護魔法の準備をしながら、完全に守勢となった魔王を観察する。勇者の閃きのような連撃。メアリさんの全方向攻撃。それらを魔王は良くしのいでいる。


けれど、でも、魔王の動きが不自然に消極的すぎるような・・・?


そう思っていると、地面が橙色に淡く光り始めているのが見えた。


箱庭に押し寄せてきている、巨大虫型モンスターたちの陰に見える発光体。見えにくいけれど、あれは箱庭に置かれた柱石が光っているんだ。上空からみれば、それが何かの魔法陣を描いていることはわかる。


なんの魔法陣かはわからない。けれど、この時宜で光りだしたということは。


魔王がしようとしていることと、関係あるということ?









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