135 箱庭の戦い②







眼下に広がる崖に囲われた箱庭。石柱が規則を持って並び、柔らかな草で覆われていたその空間は、いまや凶暴化した巨大虫型モンスターに満ちている。


おぞましい光景の中に場違いにある巨大な水の華は、水の大精霊の魔法によるものだ。さらには魔法による水の薄膜が地面に広がり、地形をまるで湿地ように変えってしまっている。その薄膜から立ち上がる水の鎌、あるいは水竜巻が、巨大虫型モンスターを屠り続けている。


けれど、巨大なモンスターたちもやられる一方ではなく、けたたましい鳴き声をあげて、足を失ってもあるいは顔を半分吹き飛ばされても、まさに狂戦士のごとく、果敢に水の華に攻撃を続けている。


そのまっただなかで、魔王とふたりだけの勇者一党が、鋭い攻防を繰り広げている。


白閃が煌めくと衝撃波とともに破壊が訪れ、同時に無数の投擲刀が流星のように乱舞する。魔王と勇者たちの戦場は数瞬ごとに移動し、そのたびに周囲のモンスターを巻き込んでいる。


わたしは空に浮かぶ大狼に乗り、第二王子とともに、そうした戦況を見下ろしている。


「すさまじい景色だ・・・」


わたしの背後、ぼそりとつぶやくのはオーギュ様だ。その言葉には完全に同意だけれど、わたしはもっと気になることがあった。


崖に囲まれた草原の箱庭。そこに置かれた列石柱が、橙色の燐光を宿している。


その燐光はモンスターたちの陰になって見えにくいけれど、確実に広がり、強まっているように思えた。


思ったことをオーギュ様に話すと、確かに変だと同意してくれた。


「けれど、橙色に光るあれは、なんでしょう? なにかの魔法陣でありそうですが・・・魔法師のリュミフォンセ様はわかりますか?」


「いいえ。ですが、あれが大規模なものであることだけはわかります。魔王が来たのとときを同じくして、動き出したように思います・・・バウ、あの列石柱を壊せる?」


(試そう)


わたしが乗る黒狼のバウは、幾筋もの黒雷を地面に向けて落とす。黒雷はモンスターを貫き間接に、または橙色の燐光を強める石柱に直撃した。


けれど、石柱には傷ひとつつかなかった。大型のモンスターがのしかかっても砕けるところか倒れてもいないのだから、この結果は予想できたけれど。


むしろ、いまの攻撃は悪い方向に動いた。


いままでこちらに気づいていなかった巨大虫型モンスターたちの気を引いてしまったのだ。羽根を持ち空を飛べるモンスターたちが、こちらに殺到してくる。


(やれやれだわ)


(思うのだが、あるじ、雑魚モンスターに対してのんびり構えすぎではないか?)


わたしとの念話だと多弁になるバウだ。


バウが広範囲の炎の旋風を放って空に浮かんできたモンスターたちを倒すも、敵の量が多い。あっという間に全周囲を囲まれてしまった。こうなってくると、空を占める優位が失われてしまう。


とにかく、同じところに留まっているのは危ない。それはバウも同じ結論だったようで、わたしが指示する前に、囲みを破って移動する。


そうして、雲霞のごとき虫型モンスターを引き連れて、わたしたちは空を逃げ回ることになった。


バウが二発、爆発魔法を放ち、追ってきていたモンスターを焼き、なんとか一息つける間をつくってくれた。


余韻の熱風のなかで、わたしは魂力エテルナで弓を作り出す。それと同時、魔法を具現化し、矢も作り出して弦につがえる。


「リュミフォンセ様、なにを?!」


バウの魔法に重ねて、雷魔法を放って追いすがるモンスターたちの羽根を焼き落としながら、オーギュ様が聞いてくる。


「勇者を支援して、魔王を倒します。この状況を作り出しているのは魔王ですから、魔王を仕留めるのが一番の早道です」


「こっ・・・この状況で、魔王を狙うのですか? 追ってきている敵ではなく?」


うーん、最重要標的を優先して狙うのは、自然な戦略だと思うけれどな。


細かい説明はせず、わたしはただ、はいそうですとだけ答える。


「バウ、魔王を追って」


(・・・! 難しいが、やってみよう)


ぐん、とバウが加速する。


わたしは手順どおり遠視の魔法も発動して、魂力で瞳を覆って視力を強化する。


頻繁に戦場を変える魔王は、勇者の攻撃でふっとばされたり、勇者の攻撃を避けるために必要以上に間合いを広くしている。


直接対決を避けて、時間を稼いでいるということは、なにか別の狙いがあるということ。橙色に輝く列石柱による魔法陣と関わりがあるという疑いは、わたしのなかで確信に変わる。


橙色の燐光は、箱庭の面積の3分の2に届くだろうか。この大規模な魔法を・・・そもそも魔法なのかしら? とにかく、これを、ますます発動させるわけにはいかなくなった。


バウが空の高所へ駆け上がったところにUターンを決めて、落下速度を移動速度に上乗せして、虫型モンスターの隙間を無理やり通り抜けていく。風魔法をまとうように使って、強行突破だ。どんどん魔王に近づくことができている。バウ、お手柄だ。


そのときの魔王は、勇者を正面に受け止めながら、後退していた。ふりでなければ、余裕が無いのように見える。


バウに乗ったわたしたちが強行突破をしている最中、空を飛ぶモンスターの爪が水平に振られ、わたしの腕を掠めた。それに構わず、わたしは横座りの姿勢のまま、弓手を伸ばして弦をしぼり、矢先を動かして狙いをつける。魔法の矢羽が、頬に当たる。


遠くに見える魔王が、腰だめに杖を構え、振り抜いて勇者の攻撃をかろうじて跳ね返した。その踏ん張ったあとの一瞬の硬直。


わたしは、右手の指先を弾くように放す。


魔法の矢は、弾性にはじかれて飛びぬき。


空間を、モンスターたちの間を、風のあいだをすり抜け長駆する。


遠駆けした矢が魔王に命中すると同時。


拘束魔法が展開される。


わたしが矢に具現化した元魔法は、地属性の超重力の手指。


「・・・・・・!!!」


距離があって聞こえないはずの魔王の声が、聞こえたような気がした。


魔法の超重力によって、魔王が押し付けられた地面が同心状にひび割れる。


うめき声すらも重力によって押さえつけられているかのよう。


戦っていた勇者は一瞬戸惑いを見せたが、すぐにわたしの支援だとわかったようだ。ともに戦っていたメアリさんに指示を出し、一斉攻撃に移る。


「ーーーー!」


ここからでは距離があり、誰の声もはっきりとは聞こえない。けれど、勇者とメアリさんの膨らんだエテルナと光、攻撃の量が。それが戦いを決めるための、全力の攻撃ということを伺わせてくれる。


これで仕留めきれなくても、魔王の体力を大きく削ることができる。戦いの大勢は決まっただろう。


わたしが安堵とともに、小さく息をこぼした、そのときだった。


列石柱の光がにわかに強く輝いた。


橙色の光が地面一帯を浸すように広がり、強い光が爆発するようにあたりを圧する。


わたしは眩しくて思わず目をかばう。


けれど、巨大虫型モンスターのなかには、光を感じない種類もいる。空気の微妙な振動や匂いを頼りにしてわたしたちに迫ってきたモンスターを、バウが強い爆発魔法で追い払う。


強い光と爆音と爆風。これで周囲の状況はまったくわからなくなった。


わたしもモンスターの気配を感じたところに魔法を何発か撃ち込む。


けれど、周囲の状況がわからなくては、それ以上にできることはなかった。


できたのは、同士討ちが無いように、味方からなるべく離れるよう、バウに指示を出したことぐらいだった。


そして光が収まり、すべてが落ち着いたときにはーー。


地面が無くなり、巨大なすり鉢型のクレーターが出来ていた。





■□■





さきほどまでは、柔らかな緑の草が萌える箱庭。


今は、破壊の痕が生々しい、すり鉢状の大穴が空いていた。


大きさは、箱庭の3分の1を占めるだろうか。


中心点は、勇者とメアリさんが魔王と戦っていた場所だ。


良い想像をすれば、あの穴は勇者とメアリさんの攻撃によって出来たもので、魔王はすでに消し飛んでいる。


でもそうだとするとーー、あの穴の中心に居る奴はなに?


身長は2メートルほど。人のような体に、竜の如き三角の頭。まるで金属のような光沢な黒色の肌。全身に浮き出る血管。いまは、顔の上半分、縦に、一筋の線が走っている。


あれはーー推定魔王だ。のときに、わたしたちを殺した存在と同じ姿。


見ようによっては、魔王の元の姿に似ていなくもない。体を押し込めて縮めて、肌を黒く塗って、別の生き物の要素を足せば、あのようになるかも知れない。


列石柱の橙色の光はすっかり消えていた。石はところどころ砕け、もう普通の石と変わるところがない。あの魔法陣は発動し、魔王を強化し、そして役割を終えたーーいうことかしら?


クレーターから離れた位置にあった、サフィリアの砦のような水の華は無事だ。だからサフィリアとヴィクト様、そしてシノンはまだ無事だろう。わたしたちと同様、クレーターに巻き込まれずに済んだ。


なのでわたしは、姿の見えない勇者ルークと、メアリさんのエテルナを探る。探知の範囲を大きく広げると、ごく弱々しいけれど、エテルナの波動を感じて、ほっと胸を撫で下ろす。姿を隠そうとしているのか、重傷を負っているのか定かではないけれど、ふたりはまだ生きている。


そして、推定魔王の強さを、魂力エテルナを測ろうとして、違和感を感じる。


あの推定魔王から、エテルナの大きさを感じないのだ。奇妙に思って、さらに探知の精度をあげようとしてーーわたしは気づいた。


あの推定魔王の魂力が巨大すぎて、探知するセンサーが飽和してしまったのだ。


だから何も感じない。


地平の丸みのように、大きすぎるものは、目の前にあっても見えない。大きすぎる音は聞こえない。


巨大すぎる力も、魂も。よほど注意しなければ測れない。


「・・・・・・」


わたしは、うかつに勇者とメアリさんを助けにいけなくなったことを知る。


バウに腰掛けるわたしは、次の指示に迷う。


そうしているうちに、推定魔王の顔にある単眼が開き。


わたしのほうを向いた。









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