133 再戦のはじまり
魔王は、翼竜の群れにまぎれて飛行しているという。
その情報を裏付ける速度で、巨大な
そろそろ魔王もわたしたちにーー勇者の存在に、気づいていてもおかしくない。けれど接近を隠す気は無いらしい。むしろ威嚇するように、魔王はエテルナの気配を強めている。
「初撃を地上で受けるのは不利っス。オレたちは空で迎え撃ちます」
勇者は宣言するように言うと、雰囲気が変わってしまった、どことなく澱んだ空をキッと鋭く見上げると、地面を蹴った。
さすがに勇者ともなると、空中歩法を完璧に嗜んでいる。さきほど披露してくれたのと同じように、見えない空気の塊を蹴るようにして、勇者はあっという間に空中へと登っていく。
「オーギュ様、ヴィクト様はともに、ここに残って戦っていただくことになりました。リュミフォンセ様はどうなされますか? サフィリアさんの話では、リュミフォンセ様ともうひとりくらいならば、ここから離脱することも可能だということです」
暗にシノンを連れてここから逃げろとわたしに言っているのね・・・。でも。
わたしの瞳のなかに、彼女の黄金色の瞳が映る。
「みくびらないで、メアリ。ロンファーレンスの家名は、戦うべきときに戦場から去れるような、はかないものじゃないの」
「それは軽んじるつもりは毛ほども御座いません。ですが・・・」
「心配してくれているのよね。ありがとう。けれど、わたしは大丈夫よ。心強い精霊たちがついていてくれるから・・・わたしの身は、わたしで護れる。メアリは貴女がやるべきことに専念して」
メアリさんはためらうような間を置いた。けれど彼女の黄金色の瞳は揺らがない。彼女自身の意志が強いだけでなく、相手の意志も尊重してくれる人だ。
「かならず、御身を一番に大事にすると誓ってください。もしリュミィ様に何かあれば、私は耐えられません」
「・・・ええ、誓うわ。メアリ、貴女も、必ず無事で」
そのあとはお互いが言葉には出さずに頷き合う。言葉にして誓えば、きっとそれは反故になる。自分のことだけを考えられるような精神構造を、わたしたちは持っていない。
ただお互いの無事を祈るための、想いのこもった空疎な言葉に過ぎないのだということを、お互いにわかっている。メアリさんも、わたしのそれを許してくれたとーーそう思う。
メアリさんは魔法で小さな力場を作り、空中に展開すると、それを足がかりにして身軽に跳躍。上空へと向かう。勇者を支援するためだ。そして。
「・・・バウ!」
わたしがその名を呼んだだけで、彼はわたしが望んでいることを了解してくれた。一瞬で仔狼の姿から牛ほどの巨大狼の姿に変わり、わたしを乗せる準備が整う。
わたしは一瞬目を閉じる。
さっきーー便宜上、初回というけれどーー初回の推定魔王との戦いでは、勇者とメアリさんを失ったあとだった。そして、わたしから攻撃を仕掛けることなく、終わってしまった。今回は、わたしが勇者とともに戦うことで、活路が開けるかも知れないーー。
わたしは静かに意を決める。
そして、わたしがいつもどおりに横座りにバウに腰掛け、そしてバウが空に舞い上がろうとしたとき、すらりとした肢体がバウの背に飛び乗ってきた。視界の端に見えたのは流れる金髪。
「オーギュさま?」
わたしは驚いて振り向くと、そこにはバウの背にまたがるオーギュ様がいた。だがバウは既に上空に昇り始めている。バウも乗ってきた貴公子を高所から振り落とさないくらいの分別はある。
「こ・・・これは思ったよりも高いな。リュミフォンセ様は、よく平気ですね」
「慣れておりますから・・・。それよりもオーギュ様、上空では魔王を迎え撃ちますのでとても危険ですよ」
わたしがそう言うと、オーギュ様は一瞬だけきょとんとした表情をして、それからははっと吹き出した。
「かなわないですね、リュミフォンセ様には。その危険な場所に向かうのは、貴女も同じでしょうに」
「そ、それはそうなのですけれど・・・。わたしは・・・その・・・な、慣れていますから」
「慣れているのですか?」
オーギュ様はそう聞き返すと、真下を覗き込むようにして見た。わたしもつられてその視線を追う。
すでに緑の箱庭は下に遠く、周囲を取り囲む枯れ谷よりも高いところにいる。例えるなら王都のお城の天辺から地上までと、同じほどの高さまでは来ているかしら。落ちたらただではすまない高さなのは間違いない。
下に見えるごま粒のような点は、サフィリアとヴィクト様だろうか。ふたりには、倒れたままのシノンを守ってもらうことになる。この3人が今回は地上組ということになる。
下を見ていたオーギュ様は軽く身を震わせて、バウの背に座り直すと、わたしを見て。どこかぎこちない笑いをつくる。
「空を飛ぶというのは、優雅なようでいて、なるほど慣れるまではなかなか肝が冷えるものですね」
いけない。オーギュ様のなかで、わたしの精神がごんぶとである印象が強まっている気がする。わたしはたおやかな令嬢・・・であるはずだ。
「ば、バウはまったく背を揺らさずに動けるんです。すごいのですよ。この仔でなければ、とても安心して空を飛べません」
「ですが、これから魔王との戦いに赴くわけですよね。それも慣れていらっしゃるのですか?」
「・・・さすがにそれは、はじめてです」
では、私と同じだ。オーギュ様はそう言って笑った。
わたしもつられて笑う。そう言われてみれば、はじめて同士ということで、条件は対等といえるかも。少しだけど、笑って緊張がほぐれたような気がする。
「リュミフォンセ様。この戦いが終わったら、妻として、私と一緒になっていただけませんか?」
オーギュ様のその言葉はとても自然に差し込まれて、つい引き込まれて頷きそうになった。それを押し留めて、わたしは言う。
「・・・いま、なんと? いえ、戦いの前にそのような言葉は不吉と申します。また改めて、伺いましょう」
「これは。なんともつれない方だ」
そう言うオーギュ様は、どこか楽しげに頬を歪める。こうして見ると、本気かどうか、見た目からでは判断できない。
でもこの時間を巡るのが2回目になるわたしは、彼の本気具合はわかっているけれど・・・。
ここでわたしから色よい返事ができるほど、心が整理できたわけでもない。うーん。わたしってば優柔不断な女だなあ・・・。
そうこうして想いを巡らせているうちに、勇者とメアリさんとの合流を果たした。
オーギュ様との会話は、それで終わりで、彼も特に引きずっているように見えない。
わたしの緊張をほぐす目的の会話だったのかしら。それにしてはずいぶんと変化球が効いていたけれど。
とにかく、もう戦いモードだ。空気はすでにこのうえなく張り詰めている。
勇者が最前線に立ち、その後ろにメアリさん、その後ろにわたしたちが位置する。前衛、中衛、後衛だ。
メアリさんはバウに乗って空にあがってきたわたしを見て、やはり来てしまいましたねとでも言いたそうな表情をしたけれど、あえて言葉を止めるようにして、また前方へと顔を向けた。
前方ーー勇者ルークが鋭い視線を向け続ける先に、巨大なエテルナの気配が近づいてきている。
やがて、小さな黒い点が青い空、白い雲を背景に見え始める。
翼竜の群れだ。ーー30頭は見える。
やはり移動が速い。もう視認できる範囲に入った。こうなれば、接敵まであっという間だ。
初手、動いたのはメアリさんだった。
空中で小さな力場にメイドスカートをなびかせて立ち。
彼女は遠く来る敵群を見据えながら。
それらを迎え撃つーーいえ、先制の攻撃の体勢を取る。
「投擲術 『長駆閃光』」
ふっ、と白い輝く投擲刀が彼女の右手の指先に現れる。
「双手」
それが両手に現れ、そのまま彼女は両手を掲げると。
ーーまるで分身のように、投擲刀が増えていく。
両手の指先から肘まで、投擲刀がびっしりと揃う。
「六十四刀ーー投出」
手先、手のひら、手首、小手、肘をすべて使って。
大きく腕を振り、メアリさんが投擲刀の柄を押し出すと同時。
どっ。
光とともに、空に横線を描くように幾筋もの白い輝きが飛翔する。
連撃のはずなのに、射出の音が一度しか聞こえなかった。もはや達人の域だ。
高速で飛ぶ刃群は、高速で迫り来る翼竜を迎え撃つかたちになった。
けれど驚くことに、翼竜の群れに飛び込む寸前で、投擲刀は微妙に方向を変えた。
あるものは斜め上方に、下方に、あるいは左右に振れて。
回避行動を取った翼竜を先回りし。
そして確実に翼竜の翼に命中していく。
どどっどどっどどどどどどどどっどどどど・・・。
効果は抜群だった。翼を貫かれた翼竜たちは急速に減速した。
飛翔のコントロールを失い、ローリングしたり仲間にぶつかったり、群れのかたちを保てなくなった。
翼竜の翼は薄膜で出来ていて、あまり頑丈ではなく、破れれば飛行にただちに影響が出る。
メアリさんは狙ってこれを? 翼が急所だとわかっていても、そう簡単に狙えるものじゃない。彼女を評するには、達人という言葉じゃ足りなくなっているわ!
「聖剣技ーー『聖雷樹槍』!」
そして同じく空中に留まっていたルークが、剣を横振りに一閃。白い光が膨らみ、大樹の根のような斬撃のエネルギーがめきめきっと空中に飛び出す。それがメアリさんの攻撃を逃れ、直進を保っていた翼竜の群れをからめとるように正面から迎え撃つ。
ルークの聖剣技は、翼竜の群れにはとどめのようになった。ほぼ全個体が動きの自由を失った。すぐに虹色の泡に変わることはなくても、飛行を乱し、次々に地面へと翼竜が墜落していく。
あざやか・・・。勇者一党、すごい。
でもこれで終わったわけじゃない。魔王・・・魔王は?
混乱し、文字通り乱舞する翼竜の群れの中で感知しにくいけれど、大きなエテルナの気配は消えていない。
わたしは、魔王の気配を探りながら、魔法で視力を強化して、いまだ見つからない魔王を探す。
そして、落ちていく数頭の翼竜の陰に、人型のモンスターが居るのを発見した。
身を隠すため、鳴きながら落ちる翼竜の翼を躊躇なく折り、その身に巻き付けている人型のそれ。
遠いはずなのに、なぜか目が合ったような気がした。
そこに見えた表情が、ふてぶてしい笑いに見えて。
なぜか終わりのなかの始まりに迷い込んだことを、予感させた。
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