99 狩り 王都郊外の森にて①






王都の郊外に、見事な森が広がっていた。あんなに人口が多い街に隣接しているのに、どうも森が豊かだと思ったら、ここは王家所有の森で、森への入場が制限されているらしい。普段は警備兵が巡回し、小さな詰め所もある。


薪も木の実も動物もーーこの世界では、管理され所有に値する資源だ。森もよく見れば陽が入るように枝木は適度に間引きされ、下草はきちんと刈られている。手入れされているのだ。


自然にあるものはありのままで皆のもの、というそんな前世日本の都会の感覚でいたら、すぐに捕まって罰せられてしまいそうだ。


今日は、森のすぐ傍の開けた平原に幔幕が張られ、屋外用の椅子と机が置かれている。そこにカジュアルに着飾った貴族の女性陣がたむろしているのだ。わたしも、その中のひとり。森のひだまりとお茶の香りを楽しみながら、お喋りに勤しむという優雅な時間。


わたしは、辺境伯子ヴィクト様と第三王子フェル様が主催する、狩りにやってきていた。



狩りに招待された女性陣を取り囲む幔幕は、一部低くなっているところがあり、そこから男性陣の様子を見ることができる。男性陣は軽武装して騎走鳥獣ウリッシュにまたがり、談笑しながら手元の弓を軽く弾いている。


その男性陣たちを見ながら、女性陣があれこれと論評する。距離があるので聞こえはしないが、きっと男性陣も同じだろう。


これから男性陣が獲物を追って狩りをして、得た獲物は女性たちに献上する。そこをきっかけに会話が始まり、双方が好ましく思えば、お付き合いが始まるーーこともある、とか。そういう感じの場である。


男性陣が10人ほど、女性陣も同数かそれよりも少し多いくらいだ。それぞれが側仕えや護衛を連れてきており、全体では100名弱はいるだろうか。


貴族の遊びの場ではあるが、遊びの場は仕事の場でもある。


中央での貴族の仕事といえば、お付き合いと情報収集だ。このあたりはリンゲンとは違う。


「・・・ほほ、まったく興味深いことですわね。ところで・・・一代公いちだいこう様は、第一王子様に求婚されたと伺いましたが?」


わたしの隣に座ってずっと喋っていた貴族令嬢が、お喋りの合間にくるりと話題を転じて、わたしの反応をじっとみる。わずかな動揺も見逃さないかまえだ。


一代公とは、わたしの呼び名だ。最初はわかりにくかったが、初対面のひとだらけの場で、ほいほいファーストネームを呼ばれるのも気分が良くなかっただろう。なのでしょうじき、肩書ができて良かったと思っている。


「そうですわね。自覚はないのですが、その・・・男女の機微と言われるものに、疎いようなのです。わたくしは今まで森深い街で過ごしてきておりますから。求婚と言われても、あれは第一王子様の一流の冗談だったのかもと思っているところです」


人が集まる場に来れば、第一王子の求婚について、必ず聞かれる。なので、事前に相談をして、模範解答を作っておいた。「わたしってば恋愛ってよくわからないし、ひょっとしたらあれは冗談だったんじゃない? とにかくわかりませーん」と誤魔化す手だ。



■□■



「・・・男女の機微に疎いである必要はないかと思います。リュミフォンセ様がそうした機微に疎いのは事実かと・・・。そんなに意外そうな顔をしないでください。まさかご自覚がなかったのですか?」


そう失礼なことを言ってのけたのは、記憶のなかのアセレアだった。


ときはさかのぼり、王都のロンファーレンス別邸。


その場は、わたしの許嫁について話し合う場だった。これからどうするべきか、どう振る舞うべきか。


お祖父様も伯母様もいらっしゃったのだけど、話がまとまらず、長くなって場がだれてきてために、休憩を入れたところだった。お祖父様は庭に散策に出てしまったし、伯母様は化粧直しだ。



わたしは話合いをしていた卓に残り、開かれた窓から見える見事な緑の庭園をなんとなく眺めながら、護衛として横に立つアセレアを始めとした家臣たちと、話し合いを続けていた。


王城の鏡の間における『第一王子の求婚劇』は、わたしだけでなく、お祖父様や伯母様、ロンファーレンス家の皆に動揺を与えた。


貴族の結婚は、家同士のつながりを作るためのもの。あるいは、味方になる陣営を決めるためのものとも言える。さらに言えば、敵対する陣営を決める決断でもある。なので、これはわたしだけの問題ではない。西部最高家格の公爵家たる、ロンファーレンス家の問題だ。


そして、この事件の影響でいえば、わたしたちを除けば、第一王子派の貴族たちの動揺がもっとも激しかったらしい。第二王子と第三王子の争いだと思って遠くから見ていれば、突然の第一王子の婚約戦参戦。彼らには、第一王子と親しい貴族すら、事前に何も知らされていなかったらしい。


第一王子らしい、派手な演出の見世物・・・とばかり言ってられないのは、第一王子夫人と、その実家である東部のポタジュネット公爵家だ。


第一王子は、現在夫人であるポタジュネット公爵家の姫を、第二夫人に格下げしても構わないと公の場で発言したのだから、夫人のみならず公爵家への侮辱、軽侮ととられてもおかしくない。


伯母様が教えてくれたところによれば、ポタジュネットの姫は、ディアヌ=ポタジュネットという名前の、黒の髪と赤みがかった茶色の瞳が特徴の才色兼備の女性だという。威勢を誇る東部公爵家で蝶よ花よと最新の英才教育を与えられて育てられ、見事王家の世継候補の妻におさまった人だ。どのみち生半可な人ではない。


ポタジュネット公爵家の期待の星とも言える人を、夫たる第一王子が軽く扱う素振りを見せたのは、東部公爵との連携を軽く見ているーーつまり東部公爵を力不足だと見ているとも受け取れるので、それだけで政治的な事件なのだ。


ポタジュネット公爵家は、いまのところ表面上平静を保っている。けれど、「高慢で誇り高いポタジュネット公爵ならば、邸内でこの恥辱に怒り狂っているだろう」ーーというのが公爵同士の付き合いを持つ、お祖父様の言だ。


「だが、ポタジュネット公が、表立って王家や王子に文句を言えるとも思えん。されば、逆恨みしてロンファーレンス家のものに害を為すものもいるかも知れぬ。もともと東と西の公爵家は不仲ゆえ、東の家長が指示せずとも、その家臣が暴走するやも知れぬ。我が家の家臣の全員に、警戒し備え、身を慎むよう指示をしておけ」


とまでお祖父様は指示した。まさかそんなことが・・・とは思うが、アセレアを始めとした家臣たちには念を押してある。


「もちろん、リュミフォンセ様は、我が身を賭してお守りします。なので、リュミフォンセ様も、軽率な行動は避けられますよう」


護衛として王都に来ているアセレアは、そう言って逆にわたしに釘を刺しにきた。軽率ななんとやらに身に覚えがないわけではないわたしは、わかっているわと小さく唇をとがらせた。


「けれど、これからどうしたらいいのでしょうね?」


思わしげに、呟くように聞いてきたのは、お茶を取り替えてくれているチェセだ。


「第一王子の求婚を断れればいいのでしょうけれど。でも、そもそも王族の求婚を、どのような理由でことわるか、それだけでも難題です。別のお相手を決めるのが一番簡単ですが、現時点で相手も絞れていません。


公爵様は、単に求婚を断ったときに、第一王子がどう動くかを予想しようとされていますが、『びっくり王子ソッピィ』の動向が読めずに苦慮されているご様子ですね」


お茶を載せた銀細工のついた台車を押しながら、レーゼが言った。


第一王子セブール様は、派手好きで皆が驚くようなことを好むと事前情報では知ってはいた。けれど、結婚のような重要で政治的な案件で、こうした奇手に出てくるとは誰も想像していなかった。彼は食わせ者なのか、それとも何も考えていないのか。判断がつかない。


「お話を聞く限り、第一王子の目的は、リュミフォンセ様を娶られることで、王位の座を固めることでしょうか。西部のロンファーレンス家の評価が、それほど高いということですよね?」


うーんとうなりながら今日は侍女メイド役のモルシェが言うと、卓の上を清め終えたチェセが、栗色の髪を揺らして付け加えた。


「リュミフォンセ様の名声と、リンゲンとアーゼルの鉱山から得られる収益も、計算に入っていてもおかしくないと思います。それだけ揃えば、確かに第一王子が次の王座を得る可能性は跳ね上がります。


そこまで考えると、たとえ東部のポタジュネット家と不仲になっても、リュミフォンセ様を手に入れたいと第一王子が考えられたとしても、不思議ではありません。


それに、第一王子の求婚は、他の婚約者候補への強力な牽制になりました。事実、本来の婚約者候補の方々は、リュミフォンセ様が控える鏡の間に足を運ばれながら、第一王子の求婚のあとは、リュミフォンセ様と挨拶も交わさずに退出されましたから」


「ふむ。となると、リュミフォンセ様は、第一王子と結婚せざるを得なくなるかも知れませんな」


そんな不吉な未来予測を、遠慮なく述べたのは、アセレアだ。わたしが驚きに目を見開いて、赤髪の護衛騎士を見遣る。彼女は続けた。


「もし、第二王子を始めとした他の婚約者候補たちが、第一王子に遠慮してしまえば、リュミフォンセ様に家格の合う婚約者候補は他にいなくなります。


皆無ではないでしょうけれど、条件は大きく下がるでしょう。条件の下がった相手と結婚するくらいならば、第一王子とともに玉座を目指すほうがマシかも知れません」


「・・・・・・」


わたしは黙り込む。そのとおりかも知れないと思ったからだ。


「ーーリュミフォンセ様は、第一王子との結婚と、王妃の座を望まれますか?」


アセレアがわたしに問う声が、やけに遠くから響いて来るような気がした。






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