98 叙勲式 次の幕





「ロンファーレンス=リンゲン一代公。それがしは中央に領地をいただく・・・というものです。なんという美しさでしょう。本日は貴女様にお目通りがかない・・・」

「素晴らしい式典でございました。そのお若さで叙勲の栄誉を享けるとはなんたる晴れがましさ。その場に居合わせたわたくしも僥倖にて・・・」

「見事なお召し物ですね。深森の淑女ドラフォレットと呼ばれる貴女様に相応しい。いったいどちらでそれを・・・」



控え室となった『鏡の間』に入ってきた方々は、叙勲式に参加していた貴族の面々だった。非公式の会談ということだろうけれど、衝立から半身を出しただけのわたしに、こう一斉にこられては何がなんだかわからない。みなが先を争うようにしているので、一種のパニックになっているのだ。


まずは落ち着かせるーーことが第一だけど、どの人も高位貴族だ。あまり下手な真似はできない。わたしの家臣たちも、身分差のために手を出しかねているようだ。視線でお祖父様か伯母様がいないか探すが、見当たらない。


わたしがなんとかしなきゃ。けれど、どうしよう。魔法でふっとばすのは・・・なしだよね。うん、わかってる。椅子の下で寝ていた仔狼のバウが、こんなときだけこっちを見たよ。


次から次へと男女問わずわいわいがやがや挨拶をされるが、数が多すぎて対応できない。


そこへ、鏡の間に若い青年が入ってきた。金髪碧眼、金紐がついた見事な青い上着にすらりとした体を包んでいる。


「王国貴族の諸卿よ。非公式の場とはいえ、棄てるべきではない慎みがあるだろう。リンゲンの姫はお困りだぞ」


うろたえるわたしたちを見かねてか、皆を注意する声をあげてくれたその人を、わたしは姿絵で知っている。第二王子のオーギュ様だった。


けれど、オーギュ様のその言葉だけでは、貴族は止まらなかった。


なので、彼は、手に持っていた儀礼用の細剣の鞘先を、ごっごっと床に打ち付けた。


床を叩く音で、鏡の間に入ってきた貴族たちは、ようやく落ち着きを取り戻してきた。そして第二王子オーギュ様の後ろに、長身の男性ーー辺境伯子ヴィクト様と、第三王子フェル様がやってきていた。


ーーわたしは、その三人を見て、お祖父様のお話を思い出す。




「諸勢力が、王子それぞれを、別々に支持しておるゆえ面倒じゃーー。わしが把握した情報を教えておく」


先日の庭でのお茶会の場。あまり好きではない話題を話すからか、お祖父様は不機嫌を誤魔化すように、次々に固焼菓子ビスキュイに手を伸ばし、それを噛み砕きながら話してくれた。


「支持勢力にはいろいろあるが・・・まず、彼らの身内である王族。中央貴族。そして東部、南部、北部。最後にわしたちの西部・・・だ」


わたしは頭の中に地図を思い浮かべる。王族・中央貴族の2重丸を、各地方の4つの丸が取り巻いている姿が、わたしなりのイメージだ。


「王の側近となる最も重要な勢力、王族は、第二王子を支持している。血縁で言えば、第二王子が正式な王太子になるべきで、それ以外は認めるべきではないーーというのが彼らの基本的な立場じゃ。第二王子は母腹も王族だからといのがその理由じゃ。まあ、血筋を否定するのは自己否定につながるからの。当然か」


王族は、第二王子を支持、とわたしは頭のメモに書き留める。


「第二王子はまだ学院におるからということもあるが、あまり貴族たちとつながりがない。一方で、第一王子は、貴族たちと社交の場でよく繋がり、人気がある。母親ゆずりか、役者顔負けの顔と夜会などでの粋なふるまいで、特に中央貴族たちの心を掴んでいる。中央貴族は自然、第一王子を支持だ。

そして東部については言うまでもない。娘をひとり、第一王子に嫁がせているからの。さらに南部も第一王子支持の構えと聞いている」


中央、東部、南部は第一王子を支持、と。


「こうまでくれば、なぜ第三王子と北部が連名でそなたに狩りの招待状を出したのか、わかるじゃろう。もったいつけずに答えを言うか。ーーそうじゃ。北部は第三王子の支持を決めたーーというよりも、同盟をしたと聞こえてきておる。同盟というからには、第三王子と辺境伯の立場は対等。逆に、第三王子の立ち位置の弱さが見えるな」


なるほど。北部は第三王子を支持。


「わかりました、お祖父様ーー。それでは、わたしたち西部は、どなたを支持すればよろしいのでしょう」


それじゃ、とお祖父様は指で卓をたぁんと叩いた。


「わしの考えはすでに言った。現王の世がまだまだ続くというのに、将来の跡継ぎ争いなど、『愚の骨頂』。魔王軍討伐、復興。まだやることはいくらでもある。

ーー西部は、どの王子も支持しない。王が決まったあとに、王になった者を、支持するのみよ」


そのことは、確かにお祖父様は仰っていた。つまり、特定の王子は支持しないと。


「超然と振る舞うのじゃ、リュミィ。誰が誰を支持しようが、関係ない。ただただ正しきが行われるようにする。それが西部の貴族の在り方じゃ」





超然と振る舞え・・・。正しきが行われるように・・・。


わたしはお祖父様の言葉を思い出す。


そして、この場、貴族たちが押しかけて来た場でどう振る舞うべきかを考える・・・。


ああー、ダメ! ぜんっぜん思い浮かばない! お祖父様の指示、あまりにも抽象的すぎる!


わたしが心のなかで頭を抱えて悩む間にも、ごっごっごっご、という間に響く音に、多くの貴族が動きを止めて、音の源ーー第二王子、オーギュ様のほうを見ている。


「改めて言う。諸卿よ、静まれ。青き血を持つ者の慎みを、貴方がたにも求めたい」


その言葉は、貴族たちに今度こそ伝わったようだった。先程までの熱狂が消え、場が静まり返った。


これでなんとか場が静まって、お話ができそうーー。わたしがほっと胸を撫で下ろした、そのときだった。


「やあやあ、どうしたんだい。まるでお通夜のような静けさじゃないか」


よく通る快活そうな声で話しながらやってきたのは、長身で金髪黒目の青年。第一王子、セブール様だ。


「ひょっとして、ここで誰か死んだ? そういえば最近出たのオグの小説でそんな筋があったね。君、読んだ? まだ? 読んだほうがいい、あれは傑作だ」


ぽんと貴族のひとりの肩を叩くセブール様。黒の上着、黒の長靴。話しながらも大股な歩みは止めない。


そしてオーギュ様のところで、歩を止めた。兄とは言え、頭ひとつ分、セブール様のほうが高い。


「これはどうしたことか? ここは殺人現場で、君が殺害犯かな?」


「・・・私は、皆を静かにさせただけだ」


いらだちを抑えるように、オーギュ様が言った。


「『静かにさせた』。おお、こわ。まるで君が皆を殺してしまったみたいだね」


大仰に身震いをする、セブール様。その芝居めいた動きを見て、くすくす笑う者もいる。


「・・・兄上。ここには何をしにいらした?」


「んん? それを聞くかね?」


まわりくどい言い方をするなと言わんばかりに、自分の歯をすりつぶしそうな様子でうめくオーギュ様と、芝居を演じるかのような余裕のあるセブール様。このふたりの位置関係は、短いこの時間でも察せられた。


セブール様は、ひらと手を振った。


「決まっておるだろう。森深い精霊のいます遥源郷ティル・ナ・ノーグより下界に降り立った深森の淑女ドラフォレットに、『求婚』するためだ」


はっ?


何かとんでもないことを聞いた気がする。


わたしが自分の耳の機能を疑っているあいだに、セブール様はわたしの前まで、先ほどと同じ大股歩きで近づき、そして片膝をついた。


「美しきリュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス=リンゲン嬢。私はセブール=パドール。姓は異なりますが、この王国の第一王子としてこの場に居ます。貴女は私のことを知らぬでしょうが、私は貴女のことをずっと前から知っていた。天使の配剤で、ようやくこうして巡り会うことができた。なので心にあたためていた思いをいま、伝えます。


・・・貴女に、私の妻となっていただきたい」


ざわっ・・・とその場にいた貴族たちがざわめく。


わたしは心底驚いたけれど、日頃鍛えた令嬢力のたまもので、表面上は平静に見えたはずだ。


わたしは微笑みを隠すように、手で口元を翳しながら、言う。


「まあ。はじめまして、セブール様。けれど、セブール様には、すでに愛しい奥様がいらっしゃるのではなくて?」


会心の返しだと思ったけれど、そこはセブール様は宮廷巧者だった。


「この国の法は、王子が、貴族が、ふたりの妻を娶ることを禁じておりませんし、そして人が人を愛することは、法で禁じることもできません」


「それではセブール様は、わたしを第二夫人としてお望みだと?」


「愛の前には、そのような区別は無用のこと。けれど、そうですね。もし貴女が望むならば、貴女を正妃として迎えることもまた、法は禁じてはいません」


その場の貴族たちのざわめきが、どよめきに変わった。なんとなれば、今の第一夫人を第二夫人に格下げして、わたしを第一夫人として妻に迎える気があると言ったようなものだからだ。


第二夫人として迎えたいという申し出なら、公爵家格を理由に、拒否することができた。けれど、その理由は先回りして潰された。


セブール様は・・・、本心はまだ奥がありそうだけど、この申し出自体は本気だ。


「初対面の淑女に、なんと破廉恥な! この振る舞いは、父上にもご報告致しますぞ、兄上!」


怒りの声をあげたのは、オーギュ様だ。


彼は怒りに燃える目で兄を刺すように睨んだあと、わたしに静かに目礼して、青い上着を翻し、鏡の間を出ていってしまった。


続けて、辺境伯子と第三王子も、わたしに目礼をして退出する。・・・確かに、この場は第一王子に荒らされてしまっているから、お互い挨拶は日を改めたほうが良さそうだ。


第一王子セブール様は、片膝をついた姿勢のまま、やれやれという仕草をしてみせる。


「どうやらやりすぎたようだ。父上に怒られに行ってくるよ」


長い脚で立ち上がりざま、すっとわたしの耳元へ顔を近づけ、小声で彼は囁いた。


「王妃という立場に興味はあるかい? 森の小王妃レネット


わたしがはっと顔をあげると、彼は一歩分、離れた距離にいる。わたしの視線を、まっすぐに見返してくる。


「言っておくが、私は本気だ。貴女を妻にし、私は次の王になる」


そして彼も踵を返し、貴族たちのどよめきを残したまま、この『鏡の間』から退出していった。







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