82 褒め殺し





『天使』が現れる条件は教えてもらったわ。


昨晩の出来事を共有する報告会。わたしはそう言った。


この情報はみなの気を引けたようで、注目がわたしに集まるのを感じる。


「教えてもらった、とは? それはどなたからでしょうか」


細かい言葉を捉えたのはレオンだ。わたしは素直に答える。


「『天使』を名乗る本人からよ。少しだけだけど、お話ができたの」


ざわ、とその場がざわめく。


「その『天使』は、どんな姿をしていたのですか?」


これは皆から同じような質問があった。わたしは肩をすくめ、光そのものの姿だったということにした。『月詠さま』とは、調律者バランサーのことは話さないと約束したから、調律者たちの情報は隠す。


けれど、これからのことに関わる部分は、皆にお話ししておかなければいけない。


それでもわたしが本題を話し始めると、みな集中してくれた。


「『天使』が現れる条件。ひとつには、あの『天衝く巨人兵士』のような超常の者が、それらをを討つために『天使』も現れる。


もうひとつは、この世界で『大きなちから』が発生したとき。この大きな力が発生することが、あの『天衝く巨人兵士』のような者が来る条件らしいから、天使も『大きなちからの発生』を見張っている。


『大きなちからが発生したとき』の定義はーー、一番わかりやすいのは大魔法を使ったときだけど、大多数の力がぶつかりあう戦争なども、該当することがあるらしいわ」


ふぅむ、とアセレアが唸った。


「出現条件の情報はありがたいですね。我々は今後、『天衝く巨人兵士』とふたたび出会ったときは、無理に戦わず『天使』が彼らを追って現れるのを待ったほうが良いということになる・・・状況がそれを許すかどうかは別として、ですが」


アセレアの言葉に、ハンスが大きく頷く。


「完全に同意します。昨晩、巨人兵士に魔砲を撃ち込みましたが、ほとんど効いている様子がありませんでしたーー攻城級の魔法が通用しないのですよ? 『天衝く巨人兵士』に、人間がまともに立ち向かうのは無謀です」


「精霊級の魔法なら通じるのか?」


アセレアが、ハンスを見ながら聞いたが、ハンスは自身の視線を、精霊たちが座る一角に向けた。それは本人たちに聞いたほうがいいでしょう、ということだろう。


視線を受けて、口を開いたのはサフィリアだ。


「わらわの得意は水魔法じゃからな。あれほどの大物を相手取るにはちと相性が悪いな。それでも分厚い皮膚を切り裂いてやったが。弟分の火魔法は・・・あれは相性ではなく、出力不足じゃの。修練が足りん」


面目ない、と頭を下げる火精霊パッファム。けれど昨晩においては、彼が体を張ったのでみなが活動する時間を稼げたのだ。この場では彼が功績一等賞だろう。


わたしがそう取りなすと、パッフィムは感激して頭を下げた。


「ん・・・? わらわが話したほうがいいのか?」隣の黒い仔狼と何やら意思疎通していたサフィリアが確認するようにつぶやいたあと、皆を見回して言った。「あるじさまとここなロウプで放った雷魔法は、ちゃんと効いたようじゃ。巨人兵士の体の構造は人間に近いようじゃぞ」


「話が逸れますが・・・そこの仔狼は、自由に体の大きさを変えられるだけではなく、精霊級の魔法も使えるのですか?」


質問したのはレオンだった。彼は昨晩、大狼姿のバウに会っている。


「こやつは暗黒狼テェネブ・ロウプという闇精霊の眷属じゃからな。とうぜん、魔法は得手じゃ・・・ま、わらわほどではないがな」


ふふん、と得意げなサフィリア。机の上にちょこんと座っているバウとは言えば、ぱたりと不満そうに小さなしっぽを振っただけだ。どうやら、彼はこの場では喋らないキャラを通すようだ。


「なるほど・・・保有戦力については、よくわかりました。今後の戦闘方針に反映致しましょう。もっとも、あの巨人の兵士には二度と会わないことを祈りたいですが」


アセレアが口にした言葉が、一応の結論になったようだ。


その空気を捉えて、チェセが次の話題に移る。


「お聞きします。リュミフォンセ様は、昨晩はそもそもいずこに?」


昨晩の出来事を整理するために関係者が集まった席上で、栗色の髪のチェセがわたしに尋ねた。


「ウドナ河の開鑿に行かれたということですがーー詳細を教えていただけないのは、いまの『天使』の話と関わりがあるのでしょうか?」


『天使』のワードに反応してか、みなが一斉にわたしを見る。


ーーこれも、話さないわけにはいかない案件だわね。


わたしは小さく息を吐いた。


「まず、昨日は、夜中に天幕を抜け出して、ウドナ河の大瀬を破壊できないかを試しに行きました。サフィリアとバウと一緒にこっそりと。・・・・・・ごめんなさい。


それで、わたしたちで魔法を使って、ウドナ河の開鑿を試みたのだけどーーうまくいかなくて。

けれど・・・」


「『天使』が現れたのですか?」


食いつき気味に言ったのはハンスだ。


わたしは頷く。


「それで、どうなったので?」


そう言ったのは、戦士ブゥランだ。話の先が気になるらしく、まるで子供のようにそわそわと、いかつい体を動かしている。


わたしは深く息を吸い込んで、厳かに言った。


「『天使』は異世界の魔法を使ってーー、ウドナ河の岩場の大瀬を、あっという間に開鑿してしまったの」


「「「・・・・・・・・・」」」


いやいやいやいやーーという皆さんの心の声が、聞こえてくるようだった。


そう、チェセがさっきわたしの天幕にいるときに言ったように、ウドナ河の開鑿は後期10年以上、人夫はのべ数万人、工費は金貨数十万枚ーー。いくら『天使』とは言え、たった一晩で有名な険峻な岩場、ウドナ河の『大瀬』を開鑿、一晩で開通するなど、冗談としか思えないだろう。


だが、純粋な人たちがいた。いてくれた。


「ええっ! なんてこったい! すごい!」「そりゃあ、奇跡ってやつですよ奇跡!」


ブゥランとハンスが身を乗り出してきた。


よかった。乗ってくれる人が居て。あまりにも荒唐無稽な話だから、説得に骨が折れるかと思っていたよ。


「ーーそう、そう! 信じられない出来事だろうけれど、一方で、とても素晴らしい出来事なの。わかってくれるのね。嬉しいわ」


方卓に両肘をつき、きりっとした顔で、わたしは言った。


「「・・・・・・・・・」」


そんなわけないでしょう、という心の声が聞こえてきた気がするが、わたしは敢えて令嬢力で黙殺する。


がんばって黙殺していると、ついにレオンが納得してくれた。


「ーー良いでしょう。皆さんは開鑿の過程のほうに興味があるようですが・・・ここでリュミフォンセ様が嘘や妄言を話す意味がない。現地を確認すれば済む話で、私にとっては『開鑿されたウドナ河』という結果が重要です。


本当であれば、このうえない吉報、奇跡・・・。民衆の反応を制御する必要がありますが、それはこれから考えましょう」


実にレオンらしい納得の仕方だった。


一度瞑目したあと、彼は続ける。


「それから、私からも報告があるのですが、よろしいでしょうか?」


どうぞ、とわたしは促す。


一方で皆はまだ話し足りないのか不満そうな空気があったけれど、あまりたくさん話すと、わたしのぼろが出ちゃうからね。レオンのせっかちさが今はありがたい。


「昨日、火の精霊のパッファム殿たちから、爆ぜ実の山のにある赤色魂結晶が献上されたというので、昨晩、現物を確認しました。巨大結晶柱のひとつふたつを想像していたのですが」


くぃ、と彼は鼻の上の小さな眼鏡を、もったいつけるように押し上げた。


「ーー結論から言えば、献上されたのは『大規模な魂結晶の鉱床』でした。それも良質の。


皆さんご存知かと思いますが、熱を司る赤色魂結晶は、製鉄、金属精錬、大規模暖房や火炎武器に使われます。需要が高いため、高値で取引される商品です。つまり、我々はとてつもない財宝を得たことになります」


くい、くいと気ぜわしげにレオンが鼻眼鏡の位置を三度直した。


「採掘してリンゲンの開発に使ってよし。もしくは人海戦術で森の細路でロンファに運んで売り捌いても、少なくない利益が出る見通しでしたが・・・。


もし、先程のリュミフォンセ様の仰るようにウドナ河を使った水運で運べるならば、採掘した赤色魂結晶を、王都でも大量にさばけることになります。


折からの魔王軍による戦乱で、王都での良質な赤色結晶の需要は高止まりし、価格も高騰しています。ーー我々は、計り知れない利益を得ることができます」


「それは、どのくらいの利益なの?」


聞いたのはチェセだった。商人の血が騒ぐのだろうか、珍しく声がかすれていた。


「冒険者のなかに結晶掘りに詳しい者がいまして、その者に埋蔵量を試算してもらいました。試算にはかなりの幅がありますがーーもっとも少なかった場合でも、金貨百万枚分はゆうに超えます」


ほう、と一座が色めき立った。


前世日本だと・・・最低で数百億円ってこと?!


「こりゃぁすごい! 『天使様』のお力でウドナ河が船で通れるようになって、さらに魂結晶の鉱床が見つかるだとう! うまく行き過ぎだ!」


感極まってぺしんぺしんと角ばった自分の額を叩いてブゥラン。それにみな賛同する。


「確かに、にわかには信じがたいことばかりですが・・・でも昨晩は巨人の兵士を『天使』が退けましたし、もはや何が常識なのかわかりませんね」


「思ってみれば、リンゲンに騎士団引き連れて入り、魔王軍を退け住民を守り、精霊を従わせる」


「新たな現地の人材を取り入れて、殖産策も手早く興して」


「まだ幼いのに書類仕事もみごとにこなされる!」


いえアセレア、書類仕事は貴女がこなしてちょうだい。


心のなかで最後に発言したアセレアにツッコミをいれていると、皆がわたしに視線を向けていた。


「リュミフォンセ様は、本当にすごいです。貴女様が私達の主人であることを、誇りに思います」


そうチェセが言ってくれた。


いやすごいのはみんなの力があるからだし、たまたまってところも多いと思うのだけれどーー。


と言ったものの、わたしはその場で褒め殺しの目にあったのだった。





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