83 鉱床と水路





「では、まずは現場の確認から始めましょう」


昨日の「わたし褒め殺し」会議の最後に、レオンがこう言って、場を締めくくった。ボルテージがあがった場に冷水を浴びせかけたのが彼らしいけれど、でも小さな確認を積み重ねていかないとものごとが前に進んでいかないというのはわかる。




そういうわけで、この日は、赤色魂結晶の鉱床の確認からおこなった。わたしに関係者が同行するというかたちで、ぞろぞろと引き連れて現場を訪れる。


爆ぜ実の山の中腹にある洞窟、その中にある土を一枚ぺろりとめくった下には、半透明の赤いガラスのようなーー大小の結晶が、床一面に岩に埋もれ広がっていた。


「はぁー。綺麗ね」


わたしに出来たことは、頭の悪そうなコメントを残しただけただった。


なお、同行してくれた鉱床堀りに知見があるという冒険者の話だと、おそらくこの鉱床は爆ぜ実の山全域に広がっており、『露天掘り』ができるのではないかということだった。


埋蔵量はどうも途方もないらしい。ということだけはわかる。


この赤色魂結晶の鉱脈に適応して、『爆ぜ実の木』という珍妙な植物が生まれていていたのだろう。


うん。結晶は綺麗だけど、実感がまるでわかないのは、これからどうしていいのか、わたしがまったくわからないからだと思う。


ところで、これはもともと火精霊パッファムたちがお宝にしていたものだ。あるじとして献上を受けたので、わたしのものなのは間違いないのだけれど、過分な気がする。


「ほんとうにいいの? これだけのものをいただいてしまっても。すごく価値のあるものみたい」

同行していたパッファムに、わたしはつい聞いてしまった。


「もう大姉御に差し上げたものなので、返されるのは寂しいっス。僕らには特に使いみちが無いので、ニンゲンたちがうまく使えるなら、そうして欲しいっス」


尋ねてみると、燃える少年の外見のパッファムからは爽やかな返事が返ってきた。ではこれは気持ちよく受け取らせてもらうことにした。


けれど、あまりに悪いので、なにかお返しは考えよう。


「欲しいものがあったらなんでも言ってね。できるだけ頑張るから」


「ほしいもの・・・すぐには思いつかなっスけど。でも、僕らずっと兄弟しかいなかったんで、お姉ちゃんたちができて正直嬉しいっス。だからもう、ほしいもの、もらっちゃってるかもしれないっス」


ズキュゥゥゥン! と音がした気がした。


可愛い! この弟、可愛い!


お姉ちゃん! すごくいい響き!


わたしが悶ているあいだに、話が終わったと見たレオンは、早速人夫と技術者を手配し、人を募集する算段をあっという間につけてしまった。同時に持ち出しなどが無いよう、信頼できる見張り役を設けるなどの手を配った。


「ここにはひとつの村ーーいえ、街ができるでしょう」


とレオンが言ったけど、大げさだと思う。




午後、同行する関係者の顔ぶれを一部入れ替え、移動してウドナ河の大瀬に来た。


白波が立つ岩場のど真ん中に、10メートル弱ほどの幅の水の流れが、まっすぐ通っている。


ーーうん、あれはもう『水路』と呼ぶしか無い。


その風景は、水路が作られるところを見ていたわたしでも、異常に見える。


それほどに綺麗な出来栄えだった。


半信半疑で着いてきた関係者も、目の前の光景を見てぽかーんとしている。


「本当に、ウドナ河が開かれていますね・・・」


呆れたように隣で呟くのは、アセレアだ。特殊能力ユニークアビリティ『鷹の千里眼』を起動させて、かなり遠くまで見ているようだ。見える範囲では、問題なく開通しているというのが彼女の言であった。


わたしたちから少し離れたところで、衝撃から素早く立ち直ったレオンが、あれこれと技師や人夫に指示を飛ばしている。本当に水路が開通しているかどうか、確かめるための調査隊という名の『探検隊』を出そうとしている。いったいどこから調達してきたのか、小舟が手回しよく3艘用意されていた。櫂で漕いでいく式のものだ。


水路は見た目が開通しているように見えても、ところどころ浅かったり、水の流れが急になっているところがあれば、船が通行できない恐れがあり、そうなれば水路としては機能しなくなる。

そんな不具合が水路にないか、実地に調べると言うのだ。


「彼らには王都まで行ってもらい、また帰ってきてもらいます」


自身の長衣を地面に引きずることなく絶妙につまみあげ。人夫への指示を終えたあとに、こちらにやってきたレオンが言った。小舟に乗り込む人員を見れば、腕利きと言われる冒険者の顔も見える。


「地形が変わったことで、モンスターも出るかも知れません。どれほど備えても不測の事態はありますから、選り抜きの冒険者も護衛として同行してもらいます


地形の確認、安全の確認、それから途中で休憩できる場所があるかの確認。完全に安全が確認できるまで使わないーーなどと言うつもりはありませんが、危険度は把握しておきます」


淡々としたレオンの説明に、わたしは頷く。専門家が準備するような段階になれば、わたしが口を出すこともない。彼は説明を終えると身を翻し、調査隊への細々とした指示出しに戻っていった。


「けれどーー本当に、この水路は『天使』が作ったのですか?」


そう聞いてきたのはアセレアだ。わたしは頷く。


「そうなの。言っているわたしも信じられないけれど。昼間にこれを見るのは初めてだけど、とんでもないものを作ってくれたと思うわ・・・でも逆に、『天使』以外のなにが作ったというなら、信じられる?」


「・・・・・・」


アセレアは沈黙。それが答えだった。


ざあざあと岩場に水が砕ける音が響いている。そのなかで、音がしない箇所が、『天使』ーー調律者バランサーのふたりが作った、水路だ。


まるで河の中に、もうひとつの川ができたような趣き。その箇所だけ静かに流れているということは、それなりの深さもあるのだろう。見た目では流れの速さもわからない。


水場ということもあって、破壊の生々しさは水に覆われてしまっている。


「しかし、どうしてまた、『天使』はウドナ河を開鑿かいさくしてくれたんでしょうかね?」


「・・・それは、わたしがお願いしたから、だと思う」


アセレアの疑問に、わたしが答える。続ける。


「わたしがウドナ河の『大瀬』を砕こうと、精霊たちと一緒に魔法を使っていたの。そうしたら、その力におびきよせられるようにして、『天使』がやってきたの。そして、わたしが『天使』にお願いすると、『大瀬』の開鑿をしてくれたの・・・魔法みたいなもので」


「お願い・・・それに・・・魔法みたいなもの?」


渋面になるアセレア。なんです、それ。


「わたしにもよくわからないわ。光の刃が降って、岩を砂に変わって・・・。気づいたら、岩場はこうなっていたの」


見れば、先行調査の3艘の小舟は、ウドナ河の流れに乗り出していた。流れに逆らいながら中央部へと進み、『水路』に1艘ずつ入ろうとしているところだった。


「それに、どうして『天使』はリュミフォンセ様のお願いを聞いてくれたのですか? 対価に何か要求されませんでしたか?」


「対価は・・・いいえ。なにも。わたしにも、今回のことは、いったい何がどうだったのか、よくわかっていないの」


調律者の白外套の人ーー『月詠』さまは、わたしを攻撃したお詫び、だと言っていたけれど。でも、やってもらったことに比べると、釣り合っていないようにも思える。けれどわたし死にかけたのよね。うーん、やっぱりそれなら釣り合うのかしら。


「それでは、リュミフォンセ様の『お願い』で、この『水路』はできたということですか。いやはや、なんとも・・・こう言ってしまっては、失礼ですが」


そう言って、アセレアは首を振る。


「いろいろおかしいですよね?」


気持ちはわかる。夢みたいな話なのに、驚くべきことに、現実には結果がある。


「そうなのよ」


わたしは頷く。


「「・・・・・・。」」


ふたり揃って沈黙。


眼の前のウドナ河は、陽光にきらめき。満々と水をたたえて、西に向かって流れている。


「リュミフォンセ様。提案なのですが、水路が突然できたことへの対外的な説明は、『天変地異』ということにしませんか?」


「賛成します。そうしましょう」


そうして、事実の変更が決まったそのころには、調査の小舟の1艘が、勇敢にも水路に突入していた。遠目にはおもちゃのように映るその船は、調査の人たちを乗せて、まるで滑るようにして流れを下っていった。





■□■




それから1週間で、調査の小舟は戻ってきた。3艘すべてが無事な姿での帰還だという。ただ水路の流れが早いため、帰りの上りは、櫂や竿では登れないらしい。そのため、河馬獣イポポに引かせて来たというのだ。


河馬獣イポポがなんなのか知らないわたしだったけれど、現代日本でいうところのカバのような外見をした4足の動物らしい。河に住み、賢くて力が強く、気性が穏やかで扱いやすいのだという。水路が発達しているところでは、この河馬獣イポポにくつわと手綱をつけて、船を引かせることは結構あるんだって。


そのレオンの報告を、わたしはリンゲンの仮住まいにある執務室で聞いた。


「これにより『水路』の安全性が確認できました。これでロンファを始めとする西部の主要都市、それに王都と取引が可能になります」


小さな鼻眼鏡をいじりながら言うレオンの声は、平静を装いながらも喜色がにじみ出ていた。


この人が鉄面皮だというのは、ひょっとしたらわたしたちの勝手な決めつけで、実は感情の動きを隠すのは下手なほうなのではないだろうか。と、最近わたしは思う。


「それで、早速、船と河馬獣を調達することにしました。さらには適切な箇所に船着き場を新設していきます。さしあたっては、リンゲンと爆ぜ実の山に建造予定です。別途申請の書類を回しますので、のちほどご承認ください。


わたしが頷く間もなく、レオンは次の報告書をめくっていた。有能なのはわかるけれど、ついていくのが大変だ。


「次のご報告です。食料を増産するための『常温畑じょうおんばたけ』の目処が立ちましたので、こちらも後ほど書類を回します。栄養価の高い南瓜芋ポティロを優先して育てていく予定です」


「『常温畑』・・・とはなんだったかしら」


「新たに採掘した赤色魂結晶を使って、冬でも土を温かい温度に保ちつつ、作物を育てます。そういう畑を『常温畑』と呼ぶことにしました。


土地を温めるだけでなく、雪よけの筵小屋などの小細工も準備します。手間暇はかかりますが、冬の間でも作物を栽培できることになります。この計画がうまくいけば、食料問題にも一定の目処をつけることができます」


ふうん、すごい。


とわたしは感嘆の息をもらす。前世日本で言うビニールハウスみたいなものになるのかな。


「鉱床の発見のおかげで、赤色魂結晶が、リンゲンでは容易に安価に手に入るようになりました。直接販売するだけでなく、これから興そうとしているリンゲンの産業にも応用でき、できること選択肢が広がりました。


応用案を募りつつ、案を実現できる魂結晶加工の職人や技師もリンゲンに呼び寄せる算段を取りました」


すごい。どんどん話が大きくなってる。


「実績を出すのはまだまだこれからではありますが・・・。『食料とお金』。リンゲンの危機は、乗り越える目処が立ったと言ってもいいでしょう」


『食料とお金』。それは、レオンを補佐役に任命するときに、彼が提言した「リンゲンの急所」だ。


思えば、彼の提言からいろいろなことが始まっているなあ。


「・・・それもリュミフォンセ様のおかげです。私を含め、住民はこぞって貴女様に感謝を捧げるでしょう」


「え?」


わたしは聞き直した。というのも、レオンの声が急に小さくなって、よく聞こえなかったからだ。

けれど、レオンは、次の予定があると口早に言っただけだった。そしてうやうやしく頭を下げて、彼は執務室を後にした。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る