81 報告会
ぱちりーーと目を開けると、見慣れない天蓋が見えた。
わたしは昨晩、爆ぜ実の山の傍に築いた天幕村に戻り、わたしのためにしつらえられた天幕で眠った。
天幕の中は炭火が入れられており、寒さは感じず心地よい暖かさを保っている。わたしはむくりと寝台の上で起き上がり、寝起きの頭でしばらくぼうっとしていると、衝立の向こうから
「リュミフォンセ様、お目覚めですか?」
「ええ、おはよう、チェセ」
意識が戻るにつれて、昨晩のことが思い出される。まるで夢のような出来事だったけれど、あれは現実なのだと・・・壁にかけられた、電撃によってところどころ焼け焦げてぼろぼろになってしまった外套を見て思う。
わたしの感覚が正しければ、もうお昼近い時刻のはずだ。
今日のこれからのことを思うと、少し憂鬱ではある。
顔を洗うための水の入った金盥を持ってきたチェセにお礼を言うと、温められた水で、わたしは顔を洗った。
「朝食は召されますか? 軽く?」
「ええ。軽くでお願い。ここで食べるわ」
とろけた
意外とお腹が空いていたらしく、ぺろりと朝食を平らげてしまったわたし。食後に熱い
一方で、わたしが朝食のあいだ、隣で控えてくれているチェセ。その栗色の瞳がうっすらと憂いを帯びている。
・・・・・・。
チェセが何を話したいのか、そしてわたしが何を話すべきか、わかっているけれど・・・。
なんとなく切り出しにくいのは、わたしに罪悪感があるからか。薄黒い何かがべとりと心にまとわりついて、気持ちよく動けない。
なので、代わりに別のことから始めることにした。
「この
そうわたしが言うと、チェセは軽く微笑んで話してくれた。
「蜂蜜を変えたのです。リンゲンのさる養蜂業者のもので、なんでも蜂が集める種類の花が他と違うのだとか。複雑で華やかな香りが楽しいんです」
「うん、とっても美味しい。チェセが選んでくれたのね。ありがとう」
「喜んでいただけて嬉しいです。この蜂蜜はきっとお好きだと思ったので。今日は
「それは美味しそうね! ぜひ味わってみたいわ」
「ええ。ご準備致します。・・・ところで、リュミフォンセ様」
なにかしら? というような微笑みをわたしは作る。
「昨晩、どこに行かれていたのか、伺ってもよろしいですか?」
そう。わたしは昨晩、チェセに黙ってこっそり天幕を抜け出て、ウドナ河の大瀬を砕きに出かけたのだ。そのあと、あれやこれやと頭を悩ませる出来事が立て続けに起こった。
チェセに対しては、巨人兵士が現れたときに、当のわたしが行方不明だったことが一番申し訳ない。
主君のわたしを連れて一刻も早く逃げなければいけないときに、実はわたし居所不明でしたーーってうことだから、そのときのチェセの動揺は激しいものだったと思う。それでも動揺を押し殺し、冷静にレオンから配下を借りて、わたしの捜索に当たってくれたと聞いている。
わたしは、昨晩、勝手に抜け出したことを謝った。
その謝罪は受け取ります、とチェセは言ってくれた。でも、けれど、と彼女は続けた。
「どうして・・・私に何も言ってくれなかったのですか?」
「それは・・・言っても許してもらえないと思ったから」
「それは当然です。危ないですから。でも・・・仔狼のバウが、大きな狼になれるということも、秘密にされていたんですよね」
「・・・・・・」
「リュミフォンセ様が、秘密主義だということは知っています。前任のメアリさんにもそう聞いていましたから。けれど、もう少し、私のことを信じてはいただけないでしょうか?」
秘密主義・・・。そう言われても仕方ないか。
「チェセのことを信じていないわけじゃないの。ただ話してしまったら驚かせたりして、余計迷惑をかけてしまうと思って・・・」
・・・けっきょく、話さなくても迷惑をかけてしまった、と。
「・・・その。ごめんなさい・・・」
「その謝罪も受け取ります。・・・でも、リュミフォンセ様。まだお話していないこと、あるんですよね?」
「・・・・・・。はい。あります」
はわー。という感じでチェセはしばらく上を向いたあと。諦めはんぶんで、言ってくれた。
「謝ってはくれるのに教えてくれない・・・。リュミフォンセ様の、そういうかたくななところも。好きですよ」
・・・ご面倒をおかけします。
わたしのことながら、面倒くさい女だと思いながら、まだ話していないことのひとつを披露する。
「ところで、ウドナ河を開鑿のことだけど」
「はい。リュミフォンセ様がこだわってらした件ですね。棄てるはずの爆ぜ実を使って、大瀬を破壊しようという案・・・」
「ちょっとやり方は変わってしまったのだけれど。ウドナ河の開鑿、昨晩、終わったの」
「ふふっ」チェセは可愛らしく笑った。「開鑿なんて、普通でも数年がかりの大事業ですのに、ウドナの大瀬を開くとなれば、それこそ10年以上、のべ数万人がかかわる歴史的事業です。それが一晩でなんて・・・、その、ご冗談ですよね? ね?」
ほほほ、とわたしは笑う。
きっと冗談だったほうが良かったよね。あまりに非常識だもの。
■□■
朝食を摂ったあと、わたしはチェセとともに、天幕村で一番大きな天幕へと向かった。
そこでこれから、昨晩の出来事ーー『巨人兵士撃退』を皆で情報共有するための報告会だ。
天幕の入り口に垂れ下がった布をめくって中に入ると、主要な人物はすでに揃っていた。
わたしが一番最後だというわけだ。
天幕の中央には方卓があり、先に来ていた人たちはわたしの登場で立ち上がった。そのなかを、わたしは促されて進み、上座に座る。そして方卓につく人たちを順々に見遣る。
メンバーは、昨晩ここに着いたアセレア、その向かいに補佐役のレオン、騎士団部隊長のハンス、冒険者のまとめ役の戦士ブゥラン。チェセはわたしを座らせたあとに、アセレアの隣の席に腰をおろした。
そして、精霊たちもこの場にいる。下座のほうに座るのは、メイド兼護衛役のサフィリア、仔狼姿になったバウ、そして火精霊の末っ子パッファムである。
この場は昨晩の事情を確認する、情報共有の場としてこの場が設けられた。
報告書をまとめる必要もあり、巨人の兵士がいなくなって良かったね、で終われないのが辛いところだ。
「みなさん、まずは無事でなによりです。こうして誰一人欠けることなく顔をあわせられること、うれしく思います」
わたしは口火を切った。続ける。
「わたしは明け方には疲労の極みにあり、お話できませんでしたが・・・一眠りをして、いまはすっかり元気です」
そう言ってあたりを見回した。わたしの言葉は、席上の緊張をほぐすのには役に立ったらしい。みな、安心したような表情を見せてくれる。わたしは一番近くに座るアセレアを見る。
「アセレア、昨晩はリンゲンからははるばるご苦労さまでした」
「任務ですから。つらいということはありません」
綺麗な微笑を浮かべ、アセレアは言う。
昨晩夜遅くに巨人襲来の急報をリンゲンで受け、それから夜通し駆けて明け方にここ天幕村にたどり着いた彼女だ。疲れていないということはないだろうけれど、本人は平気は顔だ。軍人なので鍛え方が違うということだろうか。
「リュミフォンセ様も、もう体調はよろしいようで何よりです。昨晩は顔色も真っ青で、心配致しました」
そう、昨日は巨人兵士を倒したあと、天幕村に戻ってすぐ、わたしは気を失うように眠りに落ちてしまったのだ。一日のうちに大魔法を連発していたし、想像を越えることばかり起こって、体だけでなく精神も疲れていたのだと思う。
「それでは、情報を共有しましょう。昨晩現れた『天衝く巨人兵士』と、それを倒した『光』について」
みなの話をまとめると、こうだ。
それは本当に突然だったという。昨晩は満月の日だった。白い月明かりに助けられて、宴会を楽しんでいた天幕村の人たちが、ふと暗くなったことに気づく。どうせ双月が雲に隠れたのだろうと思い、空を見上げてみるとーー、そこには天をつくような巨人の兵士が居て、月の光を遮るようにして、天幕村に影を落としていたのだという。
光も音もーーなんの兆候もなく、その巨人兵士は突然現れた。
だが、巨人の兵士は、天幕村を襲いに来たとしたというよりは、きょろきょろとして、なにかを探しているようであったという。それは天幕村の者たちに幸いした。対応を決め、行動するための時間ができたからだ。
だが、天衝く巨人兵士と命名されるような巨体だ。一歩歩くごとに、森が砕ける。天幕村の人々に生命の危機だという恐怖が走りった。
天幕村も踏み潰されるかもしれないと肝を潰した天幕村の人たちは、まず、騎士団で対応を検討した。責任者たるレオンとハンスの協議でとりあえず退避が決まり、状況の周知と次の行動を迅速に広めることができた。しっかりとした行動指針があったことが、村の人間の恐慌を防いだという見立てだ。
一方で、火の精霊パッフィムの参戦承諾を得たため、半信半疑ながらも、巨人の足止め部隊も出すことにした。リンゲンのアセレアへ『鳩』が飛んだのは、この決断の少し前だ。
そしてお付きのメイドーーチェセのことだーーがわたしの不在に気づき、捜索隊が組まれた。けれど最高の貴人であるわたしが不在であるため、全退避をぎりぎりまで遅らせることになった。
それからしばらくして、黒い大狼に乗ったわたしが現れた。
これで天幕村の人々は全退避を開始。リンゲンに向けて、街道を西方へと皆が走った。
避難途中で、巨人兵士が光の乱舞によって滅多打ちにされるのを、多くの人が目撃している。そして巨大な光の柱が落ち、巨人の兵士はその姿を消した。この前後で、避難者たちはリンゲンから急行してきたアセレア率いる先行隊に保護された。
ーーそういう顛末である。『突然あらわれた天衝く巨人兵士が、謎の光によって消された』。
これが多くの人が知る『事実』である。
皆は、もっとも近くで戦っていた精霊たちとわたしが、『光』の正体を知っていると思っている。それを話すために、この場があるとすら思っているかも知れない。
わたしはため息をひとつつき。
ほんとうにわたしもよくわからないの、と前置きして、事情を話した。
と言っても、その事情とは、『月詠』さまに頼まれた通りのものだ。
(ーー申し訳ないのだけれど、皆に聞かれたら『天使の仕業だと』そういう話をしてもらえると助かる)
「『天使』・・・ですか。『天使』が、『黄昏の楽園』からやってきた巨人兵士を倒した、と」
渋面で言うアセレア。その表情は作ったものではないだろう。だって話しているわたしも荒唐無稽だと思うから。
天使とは、この世界では創造神の使いとして語られる。けれど創造神の伝承ですら曖昧で、天使の存在も民間信仰にとどまる、つまりおとぎ話の存在なのだ。むしろ天使を名乗るモンスターのほうが馴染みが深い。
「わからないことばかりだけど・・・・・・、『天使』が現れる条件は教えてもらったわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます