80 黄昏の楽園の兵士






わたしたちのもとに、塔のような巨大な槍が下から迫る。


突風のような風圧が押し付けられ、体勢が崩れた。


わたしと、わたしが乗る大狼のバウも、とっさに動けない。


半孤を描く槍の軌道、それは完全にわたしたちに命中する軌道だった。


もうかわせない。


わたしが観念するのは早かった。けれどやれることはやりきる主義だ。


魔法のための魂力エテルナを練り込む。


巨大槍は、建物にも等しい重量物。わたしの魔法で、果たして防御できるだろうか?


全力で盾の魔法を構築し、発動させようとした次の刹那ーー。


だがわたしたちは無事だった。


すぐには何が起こったかはわからなかった。


けれど事実として、すぐ間近に迫っていた巨大槍は、弾かれて軌道を変え。乱風を起こしながら落ちていく。




そして、わたしたちの目の前に、見覚えのある背中の白外套が、ばさばさとひるがえっていた。




「やあ。また会えたね。思っていたよりも、かなりすぐだったけれど」


「あなたはーー!」



あの衝撃的な出来事は、そうそう忘れない。ウドナ大河の大瀬を切り裂いた、白外套の男性ひとーー調律者バランサーを名乗る白外套をまとった男性だ。


彼は振り抜いた姿勢だった剣を下におろし、こちらを肩越しに見やる。


とんでもなく動きが速いのか、それともなにかトリックがあるのかわからないけれどーー巨人兵士の槍を弾いてわたしたちを助けてくれたのは、この人だ。当たり前に宙に浮いているし。


「『黄昏の楽園』の兵士がひとり、出現予定座標からずれてしまってね。迷惑をかけてしまったようだ。すまないね」


「あなたは、いったいーー」


どうやって一瞬で現れたのか。あの巨大な槍をただの剣の一振りで弾いたのか。どうやってわたしの危機を知ったのか。何故助けてくれるのか。それらを含めて、あなたはいったい何者なのか。


調律者バランサーだという説明だけでは納得できない。けれどあまりに聞きたいことが多すぎて、うまく言葉が出てこなかった。


『ゴォォオォぉオオオぉぉぉ!!!!』


突如、地面に片膝をついている巨人兵士が咆哮をあげた。


顔を上にーーつまりこちらに向けている。先程までみられなかった、敵意を容赦なくぶつけてくる。


巨人の兵士にとって、今までは敵との戦いではなかったのだろう。ただうるさい虫を払おうとした、そのくらいの意味しかなかった。それが、白外套の男性が現れて、明らかに態度が変わった。敵の存在を認定したのだ。


上を向いたことで、巨人兵士の顔を隠す鋼鉄のすだれが乱れ、中の顔が見える。


「ひっ・・・」


思わず短い悲鳴が出た。その中身は表面をこそぎおとされた、人の顔だった。まぶたも鼻もない。血走った丸い眼窩に、ただただ狂気が宿っている。わたしたちは顔面はあまり攻撃していないので、もともとだったということだ。


「やれやれ。もう足に来ているだろうに、まだまだ戦意が滾っているらしい」


ため息をつくように、しかしどこか嬉しそうに呟き、白外套の男性はふわりと巨人の兵士に向かって降下を始める。


「『楽園』の者とはいえ、戦士たるものそうでなくては」


風になぶられるゆっくりと降下する白外套に向かって。巨人の兵士は、片手で持っていた槍の柄を両手で持ち直すと、気合と豪風とともに、鋭く突きこんでくる!


「聖体技ーー『閃瞬撃』」


白外套の男性が、呟いた気がした。


続いたそれは、不思議な光景だった。


一瞬の光が破裂したかと思うと、巨大な槍が吹き飛ばされた。人型の光の塊が揺らめいて動き、巨人の兵士の腹のところへ移動し、強く輝く。


ただそれだけで、巨人が体をくの字にして、体勢を崩す。だが次には人型の光は巨人兵士の背中に回り、光を強めると、巨人は無理やり仰け反らせた姿勢になる。


次は右脇。みぞおち。背中。左肩。右頬。顎。


人型の光は、強烈な衝撃を容赦なく巨人の兵士を見舞う。


『ゴフゥゥゴフぅぅゥゥゥ』


滅多打ちにされた巨人の兵士は地面に膝をつき。煙のごとき、白い息を吐いた。槍を杖にし、左手で足元の森を掴んで、鬼気迫る戦意で、それでも地に伏すことはなかった。顔のすだれの奥の眼球をぐるぐると動かし、破壊の意志を湛えている。


だが、巨人の彼は、人型の光の動きを、もう追えていない。


光の塊が、夜空を背景にして、とととんと軽い調子で上昇しーー巨人兵士の真上を取った。


「体は動かずとも心は猛るか。その意気や見事。ーーだがもう安らかに眠れ」


白外套の男性の言葉が、誰に聞かせるものでもなくこぼれる。彼は空中で、鞘に収めた剣の柄を握った。あれは『居合』の姿勢だ。そして体を入れ替えて、真下に向けて斬撃を放つ姿勢を取る。


ほんの一瞬で、強烈な”力”が剣に集まる。光の輝きが一層強くなる。


「ーー聖剣技『銀月一閃・連珠れんじゅ』」


大きな光の柱が落ちた。


そうとしか表現できない光景だった。


光の柱は巨人の兵士を飲み込み。柱の中で、小さな白い光球の爆発がいくつも巻き起こる。


激しい光の輝きが夜空の暗さを吹き飛ばし、あたりを真っ白に照らしあげた。


やがて光球の爆発のなかで、巨人の兵士が力尽き。体を、存在を、虹色の泡へと変える。


立ち上る虹色の泡が、白い光に照らされる夜空に立ち上り消えていく。


わたしはそこまでの成り行きを、ただ上空から眺めていることしかできなかった。




■□■




「あの・・・助けていただき、ありがとうございました」


わたしはバウを急かして、夜空に浮かぶ白外套の男性に並んで言った。


星空の闇は少しずつ薄くなり、朝が近いことを教えてくれる。


急いで話をしなければ、彼はまたすぐに、露のごとく消えてしまうと思ったのだ。


「お礼を言わなければならないのは、こちらの方だ。『黄昏の楽園の兵士』の次元跳躍のずれを、事前に把握しきれなかったのだからね・・・。君が戦ってくれなければ、あの天幕村に少なくない被害が出ていただろう。助かったよ。ありがとう」


「今のが、『黄昏の楽園』の者なのですか? 彼らの目的はいったい? そして貴方がた調律者バランサーとは、いったい何者なんですか?」


「質問が、もりだくさんだ」


白外套の男性は、おどけるように言った。


「そうだね・・・。あまり上手く答えられないけれど、『この世界』ははるか昔から、ひっそりと侵略の危機にさらされているんだ」


「『黄昏の楽園』からの侵略者?」


「その通り。そして侵略のその度に、『この世界』の最高戦力が、ひっそりと彼らを撃退してきた・・・。『黄昏の楽園』の者は、大きくて、とても強い。だから『この世界』の混乱を避けるために、侵略されているという事実すら隠しながらね」


「これほどの襲撃を、隠し通せるとは思えませんけれど・・・?」


「そうだね。そこには工夫があるよ。住民の記憶をいじったり、戦場を空間結界で隔離したり、あるいは、『大精霊』や『天使』のしわざにしたりね」


『天使』・・・・・得体のしれぬ、超常の存在で、奇跡の存在。言い訳としては、都合が良いのかも知れない。


「ここに現れた巨人兵士は例外的な出現エンカウントだったから、空間結界や記憶操作が得手の仲間を連れてこれなくてね。申し訳ないのだけれど、皆に聞かれたら『天使の仕業だと』、そういう話をしてもらえると助かる」


わたしは頷き、


「『黄昏の楽園』は、これからも攻めてくるんですか・・・?」


「彼らは気まぐれだからね。言い切ることはできないけれど・・・。けれど、経験則では、『大きな力』が行使されると、彼らは『こちらの世界』に現れることが多くなる。大きな戦争とか、巨大な魔法とか、そういうものだね」


そう言われて、わたしははたと思いつく。


「ひょっとして、今回、ここに巨人の兵士が現れたのは、わたしのせいでしょうか・・・?」


ウドナ河を開鑿しようとして、全集中・全力の魔法を使ったことを思い出したのだ。


けれど、白外套の男性は首を横に振った。


「僕らが今回『こちらの世界』に来たのは確かにそれがきっかけだけど、『楽園の兵士』がこちらに来たのは・・・言いにくいけれど、『星影の麗人』の禁呪の影響がきっと大きいかな。結界外に力がはみ出てしまったからね」


なるほど、あの仮面の女のせいか! 


と、わたしが怒りを燃やすあいだも、白外套の男性は話を続けている。


「ウドナ河下流では『楽園の兵士』が4体出た。ただちに結界で隔離して、いまは『星影の麗人』が処置している。僕は『はぐれ兵士』を処置しに来たということさ」


なんと、同じ巨人兵士が別のところでは4体出たという。本気になっていない1体でもわたしたちでは扱いかねたのに、4体を一人で相手するとは、調律者バランサーの戦闘力はやはり凄まじい。


風に乗って、人の声が聞こえ始める。みれば、天幕村の篝火がどんどんと増やされ、まるで昼のようになっている。巨人の兵士が消えたことで、避難していた人たちが戻ってきたのだ。


「・・・少し長居しすぎたかな。話し過ぎたかも知れない。じゃあ、僕はもうーー」


「あ、あの・・・!」わたしは無作法にも白外套の彼の言葉を遮って言った。「貴方を、どうお呼びすればいいか、教えていただけませんか? ・・・名前を明かせないのはわかっています。けれど・・・せめて、どう呼びかけたらいいか、教えてください」


白外套の彼は、一瞬きょとんとした表情のあと、何かを考えるように視線を動かした。その先には、山の端にかかり落ちつつある、双子の月。


「では、『月詠つくよみ』と。そう呼んでくださいーーまた会うことができた、そのときには」


「『月詠』・・・さま」


『月詠』はにこり微笑むと。これまでのように、ふっとかき消えた。


彼がいなくなり、天空の冷たい夜風に、わたしはぶるりと体を震わせた。


雲のない夜空、眼下の森には、夜露が白くきらめいている。








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