79 精霊共闘





「あるじさま、あやつを倒す作戦はあるか?」


得体の知れない巨人の兵士が、天幕村を襲ってきた。襲撃がたまたまか意図的かはわからないけれど、巨大な敵だ。サフィリアの弟分の火の精霊たちと、魔法部隊が足止めをしているけれど、相手が巨大すぎて効果が薄い。何しろ、森の木でも巨人の兵士の脛ほどしかないのだ。


わたしは天幕村の人たちに避難を命じてから、バウに乗って参戦のために巨人の兵士へ向かう。その途中で、わたしの後ろに乗るサフィリアが聞いてきた。



「作戦というほどのものは無いけれど・・・」わたしは考えながら答える。「まず、ハンスたちを見つけて撤退してもらう。そのあと、残ったみんなで魔法で攻撃する。あれだけの巨体だから、致命傷ダメージを与えられる魔法は限られると思うの。焼いたり爆発させても、ほんの一部だけになりそうだから・・・。


紫色魔法ーー雷系の魔法を中心に攻めようと考えているわ。あれの見た目は人間と同じだから、急所も似ていると思うの」


「んむ、わかった。ならば攻撃する隙を作る必要があるの」


途中で、ハンスたち魔法部隊を見つけた。


彼らは射線が通る開けた地に散開していたので、簡単に見つかった。何しろ夜闇のなかで魔砲が閃いているのだから、発射元をたどるのは容易かった。


夜に森に入るのはそれはそれで危険だし、なにより巨人兵士は彼らの抵抗をさほど気にしていないから、攻撃を優先した結果らしい。こうして無事だということは、判断が正しかったということだ。


魔法部隊の無事を確認し、撤退の指示を伝える。彼らはわたしの登場に驚いていたが、天幕村の人たちが避難を始めたことを聞いて、安堵の表情をしていた。


「リュミフォンセ様はどうなさるので? ・・・はっきり言って、あの巨人兵士は人間のちからでどうにかなるとは思えませんよ」


魔砲を撃ち続けていたのだろう、汗みずくのハンスが尋ねてきた。


「足止めをするわ。彼女たちと一緒に」


言って、後ろのサフィリアに視線をやる。


「なるほど、精霊のサフィたんと一緒なら、あの巨人兵士もどうにかなるかも知れませんね。どうかご無事で!」


「おう、任せるのじゃ! ハンスたんも気をつけるのじゃぞ!」


たん? ・・・どうやらサフィリアはわたしの知らないハンスを知っているみたい。


「ところでリュミフォンセ様。お乗りになっているその大狼は、いったいなんです?」


・・・まあ、バウは気になるわよね。


「ええと・・・いまとても忙しいのだけど、気になる?」


「ものすごく気になります。僕、ときどきものすごくこだわちゃうんです。靴紐の結び目のかたちとか。うまく結べていないともう1日中気持ちが悪くて」


それは結びなおせばいいと思うけれど・・・とにかく、ハンス相手にスルーは難しそうだ。


「暗黒狼よ。精霊の眷属なの」


その説明でハンスは納得しなかったようだけど、バウが牙をむき出しにひと唸りしたら、黙って敬礼の姿勢を取った。わたしは区切りとみて、黒く滑らかな毛皮の首筋を軽く叩き、バウを走らせた。


見送る姿勢のハンスの姿が後ろに流れ、一瞬で小さくなる。そして、大きな巨人の兵士ーーそしてそれと戦う、小さな炎の巨人へと向かう。


火の精霊たちの集合体ーー小さな炎の巨人は、相手に比べて小さな体を活かして、敏捷に飛び回って戦っていた。兵士の巨大槍をかわすと、両手から幾筋もの火線を飛ばし、巨人兵士にぶつけ、炸裂させる。


火線は腿から草摺、胴丸まで撃ち込まれたけれど、巨人兵士の動きは止まらない。蹴り上げられた巨大な足ーーいっしょに木や岩の地面にある障害物が飛んでくるーーをかわし、あるいは燃やし尽くし、小さな炎の巨人は、そびえる巨大な敵と距離をおく。


そのあいだに、わたしたちは彼に並んだ。


「援軍に来たぞ、おぬしら!」


『おお、これはサフィリアの姉御に・・・リュミフォンセの大姉御おおあねごまで! 助かるっす!』


小さな火の巨人は、嬉しそうに言った。彼らは5つ子の火の精霊の集合体ということだけど、意識はひとつなのか、意思疎通はスムーズだ。


けれど、『大姉御おおあねご』・・・。この呼ばれ方には、いつもながら釈然としないものがある。まあでも、慕って言ってきてくれているのだから、訂正させるのも悪いわよね?


わたしたちは二、三言で状況を交換しあう。


「では、わらわが奴の体勢を崩す。あるじさま、そのあと・・・」


「全員が一斉に攻撃。これでいい?」


「ガッテンじゃ!」『承知』『了解っす!』


チーム精霊の返答。そして襲ってきた巨人兵士の槍の穂先をかわして、散開する。


サフィリアは、バウの背から飛び降りる。そのときわたしたちは、すでに地上15メートル位まで登っていたけれど、お構いなしの融通無碍だ。落ちるようにして銀髪をなびかせて地面へ向かう。


わたしは魔法を使い、魔法の力場を周囲にーー特に上方に一斉に展開した。


「バウ、お願い」


『我に任せろ』


バウは大狼の四肢を存分に使いながら、空中にばらまいた魔法の力場を足場にして、わたしを乗せて、どんどんと高く登っていく。夜気に流れる自分の白い息に気づき、上空の寒さを防ぐために、わたしは魔法障壁も張った。


ほぼ同時に、巨人の兵士を襲った20筋近い火線が炸裂する。小さな炎の巨人はこれまでと同じように巨人の兵士の足元に留まり、牽制をしてくれているのだ。


あたりを照らすまばゆい炎の爆発が下に小さくなり、反対に天空の月が大きくなる。わたしたちは巨人兵士の顔の近くまで上昇してきた。巨人兵士は、腕や足がむき出しの鎧姿なのに、顔の全面は金属のすだれのようなものに覆われている。


なので表情はわからない。ただごうぅごうぅという風の音がして、それが巨大な生き物が奏でる呼吸音だとわかるには少し時間がかかった。けれどそれはわたしたちにとっては良い情報だ。巨大だけれども、体の構造は人体に近いということだから。


巨人の兵士は、わたしとバウにほとんど注意を払わない。下の小さな炎の巨人に夢中だ。きっとわたしたちを羽虫かなにかだと思っているのだろう。スケール感はそのくらいだし。


ふむ、好都合ね。


このままでも不意の一撃を入れられそうだったけれど、サフィリアの動きを待つ。地上付近では、大きく水のエテルナが動いていて、大魔法が準備されている。


「ーーーー!」


エテルナの動きで、サフィリアの魔法が発動したのがわかる。


同時、巨人の兵士がずぅんと音を立てて、片膝をついた。サイズが大きいので、森の木をなぎ倒しながらだ。


地上では、森が突如できた沼に飲み込まれていた。


そしてその沼に、巨人の兵士の左足が膝までずっぽりと埋まっている。


自然、わたしたちは巨人兵士を見下ろす位置関係になる。


サフィリアはみごとにやってくれた。


ここだ。


わたしは体内で練り込んでいたエテルナを魔法の準備のために展開する。今回はバウの魔法も合わせて、全力の協力魔法だ。



協力魔法を発動させるための特大の詠唱紋が、一回転する。


「同時発動ーー混色魔法『虚王黒雷龍』!」


轟雷を巨大な黒龍に具現化した魔法。狙うのは胴丸のない首元ーーからその奥にあるはずの、心臓だ。


魔法の黒龍は、体勢を崩している巨人兵士の喉元に襲いかかり、容赦なく指向性を持つ大容量の電撃を浴びせかける。同時、サフィリアの無数の水の刃が巨人の足を切り刻み、顎を打ち上げるような角度で、パッファムたちの豪炎の火球が爆発する。


巨人の兵士はさらに体勢を崩した。片手を地面につき、さらに槍の石突を杖のように使い、だがかろうじて倒れてはいない。


効いている・・・! あの巨体にも、魔法は通じるのだ。


巨人兵士の体力は底なしのようで、一撃では倒せなかったけれど、もう2、3発撃ち込むことができれば、倒すことができそうだ。


「バウ、もう一撃よ」


『承知』


わたしたちは上空の位置取りは変えぬまま、もう一撃を放つために、エテルナを急ぎ準備する。


そのとき、巨人の兵士は咆哮をあげた。


危機を察知して、わたしたちを萎縮させようとしたのか、それとも自らの力を振り絞ろうとしたのか。


巨人兵士のいらつきとともに、巨大槍が突然振り上げられた。


「! バウ、回避をーー」


だが、大きな塔のごとき槍に起こされた勢風が、叩きつけられた。


わたしたちは、がくんと体勢を崩した。それはほんの刹那のこと。


けれど、その刹那に向けて。巨大槍の穂先が、容赦なくわたしたちに襲いかかる!








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