78 巨人
「すまなんだ、あるじさま・・・なにも、なにも出来なかったッ! わらわは・・・わらわは・・・わらわは役立たずじゃッ! 腐った小魚! カビカビの
ウドナの大瀬にある岩場。戦いの最中にはぐれてしまったサフィリアが合流してきた。
彼女の得意な治癒魔法で、わたしとバウは、ダメージの残る体を回復してもらった。
星影の仮面の女の攻撃は、広範囲の無差別攻撃だった。サフィリアも服がぼろぼろで、決して無事ではなかったようだけれど、どうにか生き延びてくれたらしい。
「いいのよサフィリア。それより、貴女が生きていてくれて良かったわ」
「うぅ・・・ぐすっ、あるじさまぁ・・・」
「あの場は貴女が居ても、状況はあまり変わらなかったから」
「!!!」
それほどに星影の女との力は飛び抜けていた。
冷静に思い返すと、彼女のあの力なら、今代魔王なんて簡単に倒せるのではないだろうか。いや、それとも、わたしの魔王への評価が低すぎるのだろうか?
でも可能性としては前者のような気がする。魔王と勇者、モンスターと人間が争うのは、あくまで『この世界の都合』。だから、彼ら
それは充分に有り得る仮説だ。彼らが敵とするのは、なんと言っていたか・・・。
そう、『黄昏の楽園の支配者』。
会話の中に頻繁に『この世界』という言葉が出てきたことから考えても、この世界とは『別の世界』が別の次元にあって、そこからの侵略者をひっそりと防いでいる・・・みたいなイメージなのかしら。
となると、わたしの前世日本とは別の世界も、ここには存在することになる。わたしが思うよりも、この異世界の構造というのは複雑なのかも知れない。
『あの・・・あるじ』
バウに呼びかけられて、わたしははっと物思いから戻った。バウはまだ、大きな黒狼の姿だ。大きな尻尾がばさばさ揺れる。
「あ、ごめんなさい。考え事をしていたわ。なにかしら?」
『そこの・・・水精霊を、さすがに慰めてやってくれまいか。我は言葉を持たん・・・』
え? と思ってサフィリアのほうを見れば、水色の瞳から、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしている。
「ふぐぅ・・・う・・・ぐすっ・・・やっぱりあるじさまは最初からわらわのことを・・・ぅうう・・・うええぇぇん」
「サフィ?」
泣き出してしまったメイド姿の水精霊。真珠のような涙がつぎつぎと溢れ出てくる。
突然なんでこんなに泣くのだろうと、わたしはいま程のやり取りを思い出す。そして、思い至る。ひょっとして、わたしの言葉が『最初から期待なんてしていなかった』という意味に受け取られたのでは・・・?
「あ、あれはね、違うのよサフィ。そういう意味じゃなくてね」
わたわたしながら、わたしはサフィリアをなだめにかかる。うまく説明できなかったあげくにさらに大泣きされて。彼女に泣き止んでもらうまで、たっぷりと時間がかかってしまった。
とにもかくにも、これであとは天幕村に帰って眠るだけだ。
今日はいろいろあった。本当にいろいろあって、頭がおかしくなりそう。でもこれだけいろいろあったのだから、さすがにもう何もないだろうと。
そう思っていたこともありました。でも悪いことほど一緒に起こるのってなんでなの?
■□■
こっそりと爆ぜ実の山の天幕村に戻ろうと思っていたのだけど、それは叶わなかった。
「うそぅ・・・天幕村、襲われてるじゃない・・・」
出てくるときは、モンスターの気配などなかった。魔王軍が近づいているという情報もなかった。いやそういう次元の問題ではない。いま森を足蹴にしながら天幕村へ向かおうとしているのは。天を突くような巨人、だったのだ。
「あれ・・・モンスターかしら? それにしてはおかしいというか・・・」
「けれど、あれは精霊でもなさそうじゃ。エテルナの構造が違う」
わたしの後ろに座る、いまは泣き止んでいるサフィリアが言う。帰りは大狼のバウに、わたしとサフィリア、二人乗りして帰ってきていた。
ちなみに、バウとサフィリアは仲があまり良くないので、行きのときはお互いに乗ろう乗せようという空気もなかった。帰りは泣くサフィリアを気遣ったのか、バウが彼女に乗れと促し、彼女も反抗もせずにそれにしたがった。いろいろあったけれど、ふたりが仲良くなるのは良い兆候かと思う。
まあほっこり心温まる可愛い話はおいておいて・・・あの『巨人』はいったいどこから湧いてきたのだろう。
感じとしては、昔戦った
走るバウの背から、遠目に巨人を観察する。あの巨人、お城よりも大きい・・・前に戦った、サフィの龍バージョンよりも高い。巨人の高さは80メートルはあるだろうか。森の木々など、せいぜい巨人の膝を隠すほどでしかない。
けれどその大きな足が動くと、足元の森がばきばきと砕ける。そして手には、槍をひと竿、握っている。ぶうんと振られる動きはそれは巨大だからゆっくりに見えるだけで、間近ならばとんでもない速度なのだろう。
異様なのは頭部だ。巨人が頭につけているのは、兜というよりも、黒い袋。いくつもの短冊鉄板を鎖でつなげて出来ている、首から上の顔も頭も覆い尽くすそれは、まるで拘束具のようにも見えた。とにかく不吉な感じがする出で立ちだ。
その不吉な巨人兵士に対し、天幕村からはすでに防戦の戦力が出ているみたいだった。
迎え撃っているのは、数人の魔法部隊による魔砲。どうんどうんと散発的に魔砲が当たっている。
それと・・・、火の巨人?
いやこちらの火の巨人は10メートル程度の大きさで、敵である巨人の兵士とはずいぶんと大きさに差がある。しかし巨大な人ということで、他に言いようもない。あえて言うなら、大きな巨人と小さな巨人の大決戦、というおもむきだろうか。
「あれは、パッファムたちの秘奥義、『火精霊結合・合体形態』ではないか」
パッファムとは、最近サフィリアが弟分にした、火の5つ子精霊のひとりだ。末っ子だがしっかり者なので、一番名前があがる。彼らが天幕村を守るために戦ってくれていたのね。
火精霊の小さな合体巨人は、両腕を激しく燃え上がらせ、火の球にして相手にぶつけている。巨人の兵士は熱いらしく嫌がってはいるが、
・・・・・・。
思考は一瞬だった。わたしは決断する。
「バウ、先に天幕村に向かって! みんなを逃さなきゃ!」
『・・・承知した』
わたしを乗せるバウは、大きく飛びあがると、わたしたちを乗せたまま、まるで重さなどないように、森の樹冠の上に登る。
そして、音もなく加速する。
天幕村は、思ったよりも混乱していなかった。
レオンによって人夫はひとところに集められ、冒険者と騎士団の指揮は、戦士ブゥランがとっていた。そして副隊長のハンスが、魔砲を使えるものを率いて、散開しているらしい。
「ひめ様!! ・・・と、そのバカでかい狼はいったい? モンスターですか?」
文字通り飛び込むように天幕村に飛び込んできたバウに乗るわたしたちを見て、冒険者のまとめ役の戦士ブゥランが、かすれ気味の大きな地声で言う。
「いまは説明しているあまり無いの。気にしないで」
「気にしないでって・・・
いろいろ言いたいことがありそうだが、さすが
わたしはバウの首に乗ったまま、彼に指示する。
「この天幕村は一時放棄して、人夫や非戦闘員の皆さんを、リンゲンに向けて逃してください。道中モンスターが出るかも知れませんので、皆さんで守ってあげてください」
「わかりやした。しかし、ノワルのやつが居ないんでさぁ、こんな大事なときに! 奴がいれば良い知恵を出してくれたでしょうに」
ノワルとは、バウの人間形態のときに使う名前だ。当人はいま、大狼の姿でわたしを運んでくれている。いなくて当然だろう。
「・・・彼には、わたしから別のお願いをさせてもらっています。彼は合流できないと思いますが、貴方の指示で最善を導いてください」
「承知しやした・・・左胸の魂にかけて。ーーーオラァ、野郎ども、
応ッとときの声があがる。なんだか士気があがったみたい。普段は行儀のよい騎士団の人たちも、率いられる人に合わせて対応を変えているみたい。柔軟な運用で大変結構。
あと、わたしは姫じゃないんだけど・・・。まあいいか。
ばたばたと、しかし隊伍を組んで動き出した人の群れ。そのなかを商人帽の長衣姿がこちらに歩いてくる。レオンだ。
「レオン・・・貴方も避難をお願いします。ところで、チェセはどこにいるか知っている?」
「リュミフォンセ様。彼女は、貴女を探している任務についています。緊急時には、最も高貴な人物の安全が最優先になります。けれど、その人物がこっそり抜け出しているようでは仕方がない」
声に表れたのは、小さな棘だったけれど、それでも彼の怒気は察せられた。彼は、怒っているのだ。わたしの軽率な行動に対して。
「・・・ごめんなさい」
「謝罪するのであれば、ぜひとも
こんなときでもレオンは正しい。頭にくるけど、正しい。
「・・・では、チェセに伝えてください。今すぐ逃げて、と。そしてレオン、貴方も皆と一緒に逃げてください」
「リュミフォンセ様は、ご一緒ではないので?」
「わたしは、あの巨人兵士を足止めします」
レオンは目を見開いたあと、あれを・・・というかたちに口を動かしたが、すぐにかぶりを振った。
「私の領域は政務です。モンスターと戦うことについては素人です。貴方様のご指示に従います。チェセ殿には信頼できる配下に捜索を手伝わせていますから、その者を介して貴女のご指示すぐに伝えましょう」
「ありがとう」
領分をわきまえて外さない彼との話は早くて、本当に助かる。
「それからひとつご報告を」レオンは滑らかに付け加える。「あの巨人が現れてすぐに、チェセ殿は、
「・・・わかったわ。お互い無事に会いましょう」
話は終わった。わたしは騎乗する大狼の大きな三角の耳に触れると、バウはわたしの意を察して身を翻した。
「ご武運を」
レオンの言葉を、わたしは背で受けた。
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