73 『星影の女』




「いまの、『世界の終わりっぽい大破壊』は、あなたがやったのよね?」


ウドナ河、大瀬の始まりのところにある河岸。時刻は夜。天気はーー快晴、ところにより驟雨。


予想外の空からの問いかけに、わたしはすぐに言葉を返せずにいた。


質問の主は女性だ。


虎のような白い獣の背に腰掛け、星空を背に、豊かな髪をなびかせてこちらを見下ろしている。


服装は裾の長いドレスで、それはこの状況に似合っていると言えるのか。少なくとも、野外で散策するときよりも豪華な部屋のなかで着るようなもので、それが、星影の彼女の、不思議で神秘的な雰囲気を出していた。


星空をーーつまり光を背にしているので、影になってしまって顔かたちはわからないが、顔のかたちからは美人だと思う。


けれど顔の上半分は、それが一番の特徴なのだけれどーー貴族の舞踏会で使う、パビョンを模した仮面をつけていた。


「あなたは、だれ?」


わたしは聞いた。こんなところに突如として現れた仮面の女性。あやしすぎる。


ーーのだけれど、何故か、懐かしいような。それでいてーーなんだろう、ものすごく嫌悪感を感じるような。


これまでにない、初めて味わう不思議な感覚だった。


星空に浮かぶようにたゆたう仮面の女は、長く豊かな髪を払うと、つややかな唇を開く。


「あら、あなたが先に聞いちゃうのぉ? ま、良いけどね。私は、そうね、『三界さんかい』を守るため、次元を越えて戦う、献身的な『正義の調律者バランサー』よ。今夜は、そうね、星がキレイだから『星影の麗人』って呼んでちょうだいな。すごいエテルナの反応を感知したから、こうして次元を跳躍して跳んできたってわけ」


「さんかい・・・? せいぎのばらんさー・・・?」


初めてのワードがぽんぽん飛んできて、とまどうわたし。


それに星影の麗人って・・・自分で麗人って名乗っちゃうんだ。


「そぉーよぉー。たとえば、世間を混乱させないように、ついさっきの爆発をこの一帯に収めるための『結界』を張ったりとか、ねぇ。そのくらいわぁ、気を使うわけ。『正義の調律者バランサー』としては。

気づいてる? このあたりに人は住んでいないけれど、もうちょっと上流にね、いま天幕村が出来て人がたむろしているのよ?」


それは知っている。というか、わたしはその天幕村から来たのだ。


「ーーで。可愛いお嬢さん、あなたは誰? いまの破壊行為の目的を、そろそろ教えてくれないかしらぁ?」


ほんの少し。


ほんの少しだけ、『星影の麗人』は本気になったのだろう。


けれど、それだけでびりびりと『圧』を感じた。


隣の警戒姿勢だったバウが、圧を受けて反射的に飛び出そうとしたのを、わたしは大狼の肩に触れることで押さえる。触れる自身のてのひら、止どまった黒い大狼から伝わってくるのは、戦意とーー怯え?


わたしは静かに息を吐き、気を鎮めて答える。


「わたしは、『リンゲンの住民』。そしてーーさっきの魔法の目的は、ウドナ河の開鑿かいさくよ」


「はて・・・かいさく?」


星影の仮面の彼女は、細い指を顎に当てて、こてん、と首を横に倒す。


「河を切り開いて、船を通せるようにすることよ。具体的には、ウドナ河の大瀬を砕いて、通路を開くの」


「なぁーるほど。それで、さっき大瀬に向かって魔法を撃ち込んでいたのねぇ。さっきのあなたのすっごい魔法で、1里近くは穴が開いたわよ。一撃で全線開通ってわけにはいかなかったけれど、なるほどねぇー」


ころころと、笑うように星影の仮面の彼女は語る。


「でも・・・さっきの『あなたは誰』っていう質問に、まだ答えてもらっていないのよねぇ・・・。ただの『リンゲンの住民』じゃあ、あんな強烈な魔法が使えるわけないもの」


「ーーーー。それを言うなら、『正義の調律者バランサー』について、もう少し詳しく聞きたいわ。空間魔法なんて幻の魔法を軽々しく使える、貴女こそーーなにものなの?」


ぴりぴりと、場の緊張感があがる。


その空気に耐えきれなくなったのか、声を出したのは意外、星影の仮面の彼女が腰掛ける、空飛ぶ白い虎さんだった。


『小娘よ! 我が君わがきみの問いかけなのだ! 速やかに誠実に答えよ、無礼であろう!』

喋れたんだ! という驚きもあったけれど、考えてみたらバウも喋れるし、見た目が獣だから喋れないと判断するのは間違いなのだろう。


とはいえ、獣の声帯では人語は発声しにくいのか、念話と物理的な発声の混合発話ミックスだ。聞き取りやすいようにしたのだろう配慮に、知性を感じる。


白い虎さんは続ける。


『それに・・・お前、『黒の』! こんなところでお前にまみえようとは思わなんだぞ、何を企んでおる!』


その言葉はバウに向けられたもののようだった。えっ、バウ、知り合いなの?


同じことを星影の彼女も考えたようだった。おしりの下の白い虎さんに向かって、問いかける。


「あらぁ。ゴロゴちゃん、なにか知っているの? お友達かしらぁ?」


『我が君、彼奴らの前でその呼び方は・・・。ゴホン。そこな大狼の『黒の』とは、魔王トーナメントで覇を競い研鑽しあったた仲でござってな。奴は予選トーナメントで姿を消してそのあとはとんと音沙汰を聞かなかったのですが、まさかこのような僻地で相まみえようとは思いませなんだ』


『ふん。青白虎あおびゃっこーーいや、『青の』。そういうお前は、てっきり今代魔王の経験値に消えたものだと思っていたぞ。おまえこそ女の尻にしかれ、何をしているのだ』


バウが混合発話ミックスで会話に割って入る。


青白虎ってーーたしか、行方不明になっていたバウの好敵手ライバルさんだよね? ずいぶんと前にそう聞いたことがある。生きていたんだ、よかったねぇ・・・って、再会を喜ぶ場面じゃあないかしら。


『お前に言われるいわれはないわ。だがしぶとく生き残っていたのは慮外だった。だが・・・我がことなど、今は関係なきこと! さっさと我が主の問いに答えよ、小娘!』


「答えないとしたら、どうなるのかしら?」わたしは敢えて強気に出る。「初対面の相手に、そうぺらぺらこちらの事情を明かす義理はないと思うのだけれど」


「どうするかは、お話を聞いて決めるのよぉ」おっとりと、星影の仮面。「お嬢さん、貴女の言うことはもっともだけどーーこちらも忙しいのよねぇ。今だって、次元の狭間に閉じ込めた勇者ちゃんたちをほっぽりだして来ているんだから」


えっ・・・いま、この女、『閉じ込めた勇者』と言った?


わたしの頭の中を、今日の勇者新時報の情報が駆け巡るーー『勇者一党パーティ、二週間以上、音信不通』。それは迷宮ダンジョン踏査では当たり前のことだと考えていたけれどーー。

「ねぇ貴女・・・。『勇者一党』を、いま・・・どうしているの?」


悪い想像が頭の中を駆け巡る。


この星影の仮面の女は、間違いなく相当な実力者だ。わたしは位階レベル90を越えているけれど、ひょっとしたら星影の仮面の女のほうが格上なのかも知れない。


今の勇者一党パーティが敵う相手ではない。


もし、勇者一行が、この女に囚われているのだとしたら。


ーーとても危険な状況に置かれているのではないだろうか。


わたしは、勇者ーーというよりも、彼に寄り添う、金髪のメイドの後ろ姿を幻視する。


「あらぁ? そういうお嬢さんは、『勇者』と関係あるのかしら?」


相変わらずはぐらかしてくる女。


さっきからお互いに核心に近づかないし、お互いに素性を明かさない。何故ならーー最初から、直感しているからだ、お互いに。


「それからね。何のつもりかしら、それ」


わたしは、両足を開いて立って両手を突き出し、魂力エテルナを集中させていた。魔法を使う、一歩手前。


敵対的行為だと言われても、もう言い訳できない。


ーー直感はずっと言っている。『この女は危険だ。敵だ』と。


「お話合いは終わり・・・そういうことで、良いのかしらぁ?」


おっとりとした声は、夜風に乗って無慈悲に響く。


ぞくりと。背筋に寒気がさした。無邪気な殺気を向けられて、わたしの警戒は急激に高まる。


先手を、取るべきだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る