74 追いかけっこ
「お話合いは終わり・・・そういうことで、良いのかしらぁ?」
宙に浮く白い虎、それに腰掛ける星影の仮面の女の、その言葉と同時。
わたしは魔法を発動させながら、大きく踏み込んでいる。
この星影の女の実力は未知数、けれどとても危険な匂いがする。
先手を取って戦わなければいけないと直感が訴えたのだ。もし直感が間違っていたら、あとで謝り倒せばいい。
わたしは、走り込むーー白い虎、星影の女の真下へ。ここが死角のはずだ。
「黒槍ーー三六〇連」
詠唱紋が一周。空中に闇の力を凝縮した魔法の槍が浮かぶ。わたしの得意魔法だ。
槍を一気に展開する。
「球陣」
黒槍が、星影の女を中心に、前後左右上下、みっしりと球を描くように並べられる。
『ーーーッ!!!』
息を飲んだ音を出したのは、星影の女が腰掛けるように乗る、青白虎。
「
わたしは容赦なく攻撃に移る。球状の黒槍が、中心の一点ーーつまり、星影の女に向かって一斉に襲いかかる!
どががががががっーーと槍が隙間なく突き刺さる音。
比喩ではなく、空の上に黒槍が突き刺さり、集まって出来た黒い球が出現した。
手応えは、あったけど・・・。
(あるじ!)
だがその場に留まっているのも危ない。飛び込んできたバウ、わたしはその鼻に跳ね上げられるようにして大狼の背にまたがる。わたしを載せたバウは、真っ暗なウドナの大流のなかのひとつの突き出た岩へと降り立つ。
「びっくりしたわぁ。初手から、完全に
星影の女の、気楽な声が風に鳴る。
わたしの黒槍がばらばらと落ちて、消える。
あとに残ったのは、半透明な巨大な拳と、それに包まれる星影の女と青白虎だった。
半透明の巨大な拳はまるで異世界の大神のそれ。お腹の底を掴まれるような威圧を感じる。あれがわたしの魔法を防いだのだろうけれど、いったい、あれは、なに?
わたしの疑問は視線だけで伝わったというように、星影の主従がわざわざ説明してくれる。
「ああこれ? まあ初めて見れば、不思議かしら・・・。あえていうなら、私なりの『びっくり
『我が君、それでは知らぬものには伝わらぬと思いますが・・・』
白虎が指摘してくれるが、星影の仮面はどこ吹く風、余裕ある笑みでこちらを見下ろしている。
左腕は義腕・・・注意してみれば、星影の女のドレスの左袖が、いまは何も入っていないように、ぺたりと潰れ、風になぶられている。
「少しは私のことを理解してくれたかしら? まあ、わかったからどうだってこともないけれど・・・。とりあえずまずは」
なんでもない仕草だ。星影の女が、ただ残った右手を上に掲げただけ。
ただそれだけで、星影の女の頭上に、巨大な魔法の斧刃が出現していた。
黒光りするそれは、家ぐらいまっぷたつにできそうな大きさだ。
その刃の陰に、月が星が、隠れてしまっている。
今のは魔法。世界のエテルナが動いた痕が感じられる。それは確かだ。
ただそれが、とんでもなく、知覚できないほど早いーー!
「おかえししなくちゃね。そーれ」
「バウ、遠くへ跳んで、できるだけ遠くへ!!」
わたしは乗るバウに指示をしながら、魔法障壁を張ろうとする。
魔法の武器は、ただの武器ではなく、例外なくなんらかの魔法が、武器のかたちをかたどって具現化したものだ。
「いったい何なの! いきなり出てきて、このおんな!」
逃げながら、思わず罵倒が出る。義腕まったく関係ないし!
異常な事態に命の危機に、上品さを保つための令嬢力が、限界を振り切れてしまった。
振り下ろされた巨大な斧刃は、ウドナの流れをたやすく割り。岩の河底に深く斬撃を落とした。
ふたつの大波が起こり、わたしたちが居た岩など、刃が届く前に塵になる。余波で砕けてしまったのだ。
恐ろしいのは次だ。斬撃の届いた地の底から、吹き出すような爆風。それは河底をふたたび砕き、ウドナの大河を、玩具のようになぶる。わたしたちは大瀬のほうへと逃げたが、大瀬の入り口も余波によって一部がまた砕けた。
わたしたちはふっとばされるようにしながら逃げ、展開する全力の
(サフィリア・・・居るのね?)
水の障壁を起動してくれたのは、サフィリアだ。いま、どこにいるのかはわからない。水精霊だから、きっとウドナの流れの中に身を隠しているのだろう。水の中にいるのだから無事だと信じたいけれど、あの威力だ、下手な巻き込まれ方をしたらどうなるかわからない。合流すべきかどうか、判断に迷う。
「まだまだ行くわよぉぉ・・・そぉ〜れっ」
「ーーーー!」
降ってくるのは星影の女の声。対するわたしの反応は、声にならない。
今度はいくつものーー見えただけでも5つの。
さっきと変わらぬ大きさの、家砕きの巨大な斧刃が、連続して、折り重なるように落ちてくる。
斧刃が届かなくとも、強烈な風圧だけで吹きれてしまいそうだ。
バウが、反応できないわたしの想いを汲んでくれ、大瀬を下流へと全力で飛ぶように逃げた。さっきの不意打ちと違うのは準備する時間があったのか、影に潜って移動する『影潜り』も使って逃げる。
景色が判別できないほど早く後ろに消えて、先程よりもさらに速い。影に潜り続けていれば安全そうに思えるけれど、影に潜ると、斧刃の落下地点がわからなくなる。ーー巨大な斧刃は場を壊す。なので影の世界にも影響が出る。だから影に潜り続けられないのは、考えてみれば当たり前なのか。地上と影の世界を行ったり来たりしながら、バウはじぐざぐに動いて距離を取る。
けれど、わたしたちは星影の女を引き離せなかった。あの女が乗り物にしている青白虎は、バウのライバルというくらいだから、移動速度は互角なのね。
あの威力で攻撃されて、逃げ切れないとなると・・・こ、これは死ぬかも・・・。
なんとかして弱点を見つけないといけないけれど、まったくそれが見つからない。あれだけの威力の魔法を放っていたら、普通ならすぐに
斬撃と衝撃のエネルギーで、ウドナの流れが水蒸気になってあたりに立ち込める。視界は非常に悪い。けれど、相手はお構いなしに魔法の巨大な斧刃を降らせてくる。
「黒槍・・・二百八十連 魚鱗陣」
・・・・・・とにかく反撃しないと糸口も見えない。
逃げるバウの背の上で、わたしは魔法を展開する。黒槍を小集団に分け、逃げるわたしたちの周囲に魚の鱗のように広く配置する。
「
黒槍の小集団のいくつかが、陣となって空へと向かって射出される。これは他人のエテルナに反応して、順々に撃ち込んでいく罠だ。水蒸気で見えないが、エテルナで感知するところによれば、その先に星影の女が居るはずだ。
風を巻いて打ち上がった黒槍だけど、手応えはない。
しかしこれは揺さぶりだ。わたしは次の魔法を準備する。
「黒槍・・・
わたしは可能な限りの速度で魔法の黒槍を精製して、敵のエテルナの動きを頼りに狙いをつけて、黒槍を空に連続で機関銃のように撃ち込む。一方で先に設置した魚鱗陣から黒槍の小集団を飛ばし、位置をずらした時間差攻撃も重ねる。
黒槍が次々と水蒸気を切り裂いて上空へと突進する。
速射と緩急をつけた時間差攻撃。どうだ!
これでもかと黒槍を撃ち込み、そして爆発させる。けれど、手応えがない。
それどころか。新たな巨大斧刃が、水蒸気を切り裂いて降ってきた。
速射していた黒槍が、巨大斧の刃で弾かれる。狙いを定めて黒槍を速射して爆発させても、巨大斧の落下は止まらない。元の魔法の威力が違うのだ。
ちょ、10倍がえしなんて、洒落てるじゃない!
バウが更に加速してくれる。巨大斧の衝撃はなんとか振り切った。けれど、配置していた魚鱗陣の黒槍の罠は、潰されてすべてかき消えた。
轟音と巻き上がった水を、新たに展開した魔法障壁で弾きながら、さらに距離を取るべく、バウに急いでもらい、逃げる。
けれど、相手の気配は離れる様子がない。
相手の星影の仮面の女も、わたしと同じく魔法師の系統のように思う。
信じがたいけれど、魔法同士のぶつけ合いでは、どうやらかなわないようだ。
であれば、近距離戦闘で隙を狙ってみる? 駄目だ、戦闘経験は向こうのほうがありそうだ。あるいは、『魔法師殺し』と言われる狙撃ができれば理想的だけど、その技能も技量も、わたしにはない。
選択肢はーー逃げの一手。
そうだ、サフィリアと合流できれば、『水渡り』で逃げられるかも知れない。人間のわたしが『水渡り』をやるのは命懸けだけど、差し迫った現状からみれば、一か八かも悪い手ではない。けれど問題は、サフィリアとどうやって合流するか・・・・。
(あるじ、来る!)
そのバウの念話と同時に、エテルナの動きの異変はわたしも感づいた。直ちに魔法障壁を強化し、ショックに耐えるべく、身を伏せてバウの毛皮の背中にしがみつく。
次の瞬間。
轟雷があたりを包んだ。巨大な雷鎚の龍の、群れーー?
どのくらい広範囲なのか予測もつかないけれど、わたしたちの動きを止めるために、あの女が魔法の種類を変えてきたのだとわかった。いかづちは、巨大斧刃よりも圧倒的に速い。
ウドナの流れが電気分解を起こし気体になり連鎖爆発を起こし、いく筋もの龍の体、網の目のように広がる紫電が、岩を空気を世界を叩き砕く。
まばゆい視界は白く塗りつぶされ、残虐な破壊音が鼓膜を撃つ。
轟雷はやがて二重に備えていたわたしの魔法障壁を貫き、わたしとバウを襲う。
「がっ・・・!」
障壁に加えて全身をエテルナで覆っていたにもかかわらず、それらを突き抜けてきた電撃。
感電のショックで身体が硬直する。
数瞬ーーいや、数秒だろうか? 意識が飛んでいた。
気づけばーーわたしはまだ黒い大狼ーーバウの背にしがみついていたけれど、バウは大瀬の大岩のひとつに伏せるように倒れて、動かない。生きてはいるようだけれど、大電流に感電して、筋肉が動かせないのだ。
「あーーぅ、バウ・・・?」
わたしはバウの意識を確かめようと、黒い毛皮を叩くが、わたしのその力はあまりにも弱い。魔法の電流がまだ身体に残り、しびれて動けない。
そして、風が舞い降りる。
目の動きだけで見上げてみれば、星影の仮面の女が、白い虎に腰掛けて、地に伏すわたしたちを、数メートル上から見下ろしていた。
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