68 レオンの提言





「ーー次は、お金の話です」


わたしは、リンゲンの統治に関するレオンの提言を聞いていた。


お話が難しいね。


でも左右にはチェセとアセレアがいて同じ話を聞いてくれているので、今はわからなくてもあとで聞けば大丈夫!と開き直って聞いている。


思えば、これもひとつの令嬢力か・・・。


そう思えば、表情にも余裕が出るというもの。


もうやってきている冬。レオンのお話の合間、ときおりぱちりと爆ぜる暖炉の薪の音。それに耳を傾ける余裕すらあるよ。


「これも魔王軍に由来する話ですが・・・、各地で諸侯が魔王軍と戦っているため、各領地で軍費が飛躍的に増大しています。


負けが込んでいるわけではありませんが、勝敗とは別に、兵やに武器防具を買い与え、衣食住を与えて日々養い、さらには軍用鱗馬ケル騎走鳥獣ウリッシュのついえを支払うーー軍の維持だけでも、莫大なお金がかかるためです。


実は一部の諸侯は、すでに借財をして魔王軍と戦っているのが現状です。フジャス商会からも、幾人かの諸侯に融資を行っています」


わたしの方を見て、チェセが頷いてくれた。


レオンの言うことはそのとおり! ということだろう。


諸侯の皆さんは借金をしながら魔王軍と戦っているのか・・・。


わたしたちの前に立つ新補佐役の男性は、淡々と提言を続ける。


「しかし、諸侯軍が魔王軍に勝っても、借財はまかなえません。


モンスターを倒すと魂結晶が手に入りますが、今の魔王軍を倒してもクズ結晶しか手に入りません。それでも皆少しでもお金に変えようとしているので、供給過多でクズ結晶の市場価格は暴落しており、買い取りを拒否する店も出てきているほどです。


勝って領土が手に入る戦いではなく、戦えば戦うほど赤字が増える。それが諸侯の現状です。


フジャス商会は、時代に配慮して付き合いの範囲で融資を行っていますが、しかし戻ってくるあてのない融資には限界があります。それは他の商会も同じでしょう。このままでは、諸侯と商会、揃って破産するかも知れないということです」


そうなんだ、そこまで財政が厳しいんだ・・・。


「たとえば・・・・手前の試算では、ロンファーレンス家の今年の軍事費は、金貨15万枚にのぼる見通しです」


日本円だと・・・じゅうごおくえん!?


「これは食料の高騰なども織り込み高めに弾いた数値です。これを補填するのは春の税金を待たなければいけませんが・・・春の税金、つまり収入も減る見通しです。


推測試算では、税収は常ならば金貨8〜10万枚ほど。しかし、魔王軍の襲撃が続いているので都市の物流は滞り、商人同士の売り買いも停滞、家計の消費も落ち込んでいます。経済が停滞することで、十分の一税取引税は減額。都市の人頭税も、支払えない者が出てくるでしょう」


どれくらいの減収なるんだろう・・・。という言葉は飲み込んで、レオンの次の言葉を待つ。


「おそらく例年の5割ほどが収入となります。こちらはもっとも少ない数を推測値に採用すると、金貨4万枚。軍事費だけの支出の差し引きで、最悪でおよそ金貨11万枚の赤字となります。


これはロンファーレンス家ほどの富家の蓄財であれば、賄える額ではあります」


あ、大丈夫なんだ・・・。ものすごい額だと思ったけれど、さすがウチは王国で3本の指に入る大家。質実剛健が売りだと聞くけど、実際お金持ちなんだね。


「しかし問題は、ロンファーレンス公爵家のような裕福な諸侯以外では、赤字を蓄財で賄えない場合が出てくるということです。


来年も魔王軍は戦力を維持する可能性が高いですが、諸侯は金銭的な問題から、戦線を縮小せざるを得ないでしょう。


そして、戦いが長びけば長引くほど、この傾向は強まると推測されます。


実は、魔王軍のとの戦いは、お金の戦い、つまりは各諸侯の経済力の戦いでもあるのです」


「でもそれは、リンゲン固有の問題ではなく、この王国全体の問題でしょう?」


そこで口を挟んだのは、わたしではなくチェセだ。


「そのとおりです。ただ戦線の縮小は、地方から中央に向けて行われるのが通常です。

戦線の縮小となれば、僻地のリンゲンは、真っ先に縮小の対象となるでしょう」


「縮小される可能性があるの・・・? リンゲンが魔王軍に取られると、王都が危なくなるのでしょう?」


わたしの疑問に答えてくれたのは、アセレアだった。内容が軍事に渡る内容だったからだろう。


「命令があれば、我々はロンファへ撤退せざるを得ないでしょう。リンゲンを経由して王都に向かうと想定されていた魔王軍は、王都の水際で迎え撃つ作戦に変更されることになります」


「敵がいるのに、放棄するの? わたしたちはそれで良いとして、リンゲンに住む人達はどうするの?」


重ねるわたしの疑問に、アセレアは渋面で答える。


「訓練された軍隊も、冒険者も、武器や食料がなければ戦えません。軍事拠点としては放棄することになります。住民は、そのときの状況次第ですが・・・おそらく彼ら自身の判断に任されることになると思います。この街に残るか、あるいは街を放棄して、どこか別の場所に行くか・・・」


「防衛してくれる人がいないのに、街に残ることはできないわ。子供もお年寄りも居て、別の街に行ける人ばかりではないのに・・・」


避難している途中の住民たちが襲撃を受けることだってありうる。細い森の道々に、累々と転がる食い荒らされた骸を、幻視する。


『自分たちの大切なもののために、最後まで戦うの者は、自分たちでなければいけない。大切なものを守るという責任を、決して他人に任せてはならない』


新たに自警団の団長になったモルシェの言葉を思い出す。


そうか、わたしたちは、援軍に来て勝手に良いことをしたつもりでいたけれど、自分たちの都合で帰っていくこともありうるのか・・・。


「ーーですので『急所』と申し上げました」


静かなレオンの言葉。水を打ったように、その場が、わたしの苛立った感情が静まっていく。


いまは未来の可能性の話をしている。まだわたしたちは、その不幸な未来を、避けられるかも知れないーー。


・・・・・・。


「それで、貴方は、その不幸な未来を打破するために、どんなことを考えて来てくれたの?」


しばらくの沈黙のあと、わたしはレオンに尋ねた。


こんなことを言うということは、きっと対策案も合わせて考えて来ているのだろう。


レオンは答えず、ぱんぱんと手を2回ほど叩いた。


「「失礼致します」」


ノックの後に、部屋の扉が開かれ、レオンの付き人の男女が入ってくる。そして、二人がそれぞれに持った紙束を、わたしの執務机の上においた。


どさり、どさりと。


座ったわたしの視点から見上げるほどの紙束の塔。


何かを聞く前に、レオンが口を開く。内容が予想できて、いまはその優秀さが腹立たしい。


「リンゲンの殖産案です。お目通しください。ご承認をいただいたものから、順次実行に移して参ります」


わたしの令嬢力を持ってですら、さすがに作った微笑みが引きつらざるを得なかった。




■□■




とうぜん、こんな書類の山を、わたしだけで目を通して判断できるわけがなくーー。


発起人であるレオンに、優先順位の高そうなものから、案件の概要を次々と説明させ続ける。その中で良さそうなものを、みんなの議論を通してピックアップしていくーーというやり方を取ることになった。


なので、日を改めて、関係者に向けて会議を招集した。


名付けて『リンゲンの将来を考えよう 殖産施策の会議』だ。


いやいや、まあそうだよ。こんな分厚いーー? いや、塔? みたいな提案書ーー建白書? を全部自分で読んで判断する統治者なんて、相当な名君だよ。


わたしは名君じゃないからね! 同じものを求めないで欲しい。


わたしはただの少女ーーそう、いたいけな少女なのだから。


いまの季節だったら、無邪気に外遊びをして、雪が降ったら雪合戦をするのだ。きゃっきゃうふふと。飽きたら屋内に戻って、あかあかとした暖炉の前で、大きな犬と一緒に熱い甘い飲み物で身体を温める。すると疲れが襲ってきてまぶたがだんだんと重くなり、うたた寝しているところに、誰かがそっと毛布をかけてくれるーーそんな世間の荒波から護られるべき、無邪気な存在のはずだ。



「ーーという案です」


レオンの長弁が終わる。


「おもしろそうね」


うわのそらだったくせに、わかった風な口を利くわたしである。


「森の恵みのなかで、没食子もっしょくしーーインクの材料の採取強化は良いかも知れませんね。報告書を書く頻度はあがっているので、インクの需要は上がり気味ですから」


「先程の提案でフジャス商会のリンゲン支店の強化をしましたから、フジャス商会で没食子の買い取りを大々的に行いましょう。目端の利く街人は、森の採取に向かうでしょう」


「こうなると護衛役の自警団を取り込んだのが効いてきますね。住民も負担少なく森の採取に参加できます。リンゲンの森は、まだ豊かですから、大きな収穫が期待できます」


「他にも、毛皮、肉、木材、薪炭などの買い取り価格をあげましょう。冒険者も小遣い稼ぎに動けば、収穫量もあがるでしょう」


「資金は充分か? それに、冒険者ギルドとも事前の調整が必要か」


「先行投資になりますが、それよりもまず、街人の経済活動の動機付けが最優先ですよ。危機感を煽っての動機づけよりも、利で釣ったほうが健全で長続きしますからね」


「冒険者ギルドでは、暴力で取り分を奪う無法者が出ないように規則ルールづくりを進めましょう」




『リンゲンの将来を考えよう 殖産施策の会議』には、多くの人を集めてもらっている。


発案者であるレオンと付き人はもちろん、アセレアだけでなく騎士団から事務に長けた数人、政庁と冒険者ギルドからも人を出してもらっている。


わたしの隣にはチェセとサフィリアが、膝の上には小狼姿のバウが控えているけれど、バウは興味深そうに聞き、チェセは控えながらもときおり議論に参加し、サフィリアは・・・まあ、立ったまま寝ている。しかたないね。


そんななかで、わたしはひとつの資料ーー『最重要』と赤い印が押されている紙束を拾い上げ、視線を落とす。








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