67 補佐任用





最後まで立ち向かってきたのはモルシェであったし、『若さと志に期待して』、彼女に自警団の団長職を引き継いでもらうことにした。


以後、ロンファーレンス家は彼女を自警団の団長として支援することになる。


「団の活動を許していただけるだけでなく、民の活動を守る任務まで与えていただけるとは・・・

頂いた使命と志を果たすべく、リンゲン自警団『黄金葉戦士団』一同、粉骨砕身、励むことを誓います!」


魔法の炎が消えた訓練場に片膝をつき、モルシェがわたしたちに宣誓してくれた。


自警団の副団長と切込隊長は、わたしにあっさり打倒されたのがよほど効いたのか、わたしたちの決定に異議も申さず、ただひたすらに平伏し、受け入れてくれた。


レオンの当初の案通り、自警団『黄金葉戦士団』は霞姫騎士団の下部組織として、街の住民が森での採取活動など街から出て活動するときなどに、住民の護衛活動などの任務を引き受けてもらう。


お金は住民から共済金として騎士団が集めたものを、働きに応じて『黄金葉戦士団』に支払うこととした。とはいいつつ、戦いの準備は物入りなのはわかっているし、彼らの困窮が極まりつつあるということだったので、今回は支払いの前貸しというかたちでお金を渡すことになった。あとの細かい実務は、レオンが付き人とともに処理してくれるだろう。


陳情を持ち込んだメイド、サフィリアは、新団長となったモルシェと友達なので、あとの近況も細かく聞けた。


今回の費用前払いと新たな任務によって、彼女の家だけでなく戦士団の皆さんの暮らし向きは下落に歯止めがかかり、けっこう元気にやっていけていると聞いた。モルシェ自身も若年の新団長ながら、徐々に団員の人たちに認められつつあるらしい。


この陳情はすべてまるく収まって、大変良い出来だったと思う。




■□■




「それで、チェセに紹介してもらったレオンだけど、彼にわたしのリンゲン統治の補佐を引き受けてもらいたいと思うの」


自警団との訓練場での話し合いから明けた次の日。


宿にあるわたしの仮の執務室で、わたしと、チェセ、そしてアセレアとで話をしていた。


「補佐を入れるのは結構だと思いますが」そう言ったのはアセレアだった。「あの男で本当に大丈夫でしょうか?」


「でも彼は、わたしたちではさばけなかった陳情を、見事にさばいて、将来の問題を未然に防いだわ。いま、リンゲンでは統治や問題解決に長けた人材はいないから、彼には期待したいのだけれど」


わたしがそういうと、ふむ、とアセレアは唇を曲げた。


「能力は認めます。商人というから腰が抜けたやからかとーーすまんなチェセーーまあそう思いましたが、意外と肝も座っている。けれど、人あたりが商人とは思えないほど悪い」


軍人であるアセレアは、相も変わらず歯に衣を着せぬ正直な意見だ。彼女は彼女で人のことを言えないほど軋轢を生むこともあるけれど、これはこれでうまくやれている部類なのかしら。


「・・・彼に会ったのは久しぶりなのですが、前よりはとげとげしい雰囲気は減ったと思います」

そう言ったのはチェセだ。レオンは、彼女の紹介ーーより厳密には、彼女を介したフジャス商会からの紹介である。


「彼のような人をフジャス商会から寄越してきたのは、私の条件が原因だと思います。『とにかく切れ者で、かつ物怖じしない、貴族にも直言できる人間。それ意外の欠点は、目をつぶる』ーーと」


うーん、思い切った条件だ。でもその条件なら、レオンが来たのは頷ける。


「なぜそんな条件に?」


わたしの代わりに、アセレアが聞いてくれた。もっともな疑問だと思う。


「行政手法に通じた商人は必然的に商人としても優秀でないといけません。リュミフォンセ様の補佐役であれば、それこそ最優秀である必要があります。


けれど、大貴族であるリュミフォンセ様に忖度するたぐいの優秀さは、ここではいらないーーなぜなら、忖度していたら何も進まなくなるからです。調整型ではなく、強引で物事を解決する人材が必要だと考えましたので。


調整の部分は、私が担えばいいーーと、そんな考えもありました」


「あいつはどんな素性の人間なのだ? 商人の良いところの子弟では、あんなふうには育たんだろう」



アセレアが聞いた。彼女はあまり彼のことが好きではないようだ。


そういえば、面接ではフジャス商会での功績を語ってくれたが、レオンは彼自身の生い立ちは話さなかったような気がする。


「フジャス商会のさる支店長が、彼が子供の頃に拾って育てたというです。拾われたときは、彼は10歳ほどで、傭兵団にいたとか」


「傭兵?」


意外だったのか、アセレアが片眉を跳ね上げる。わたしも意外だ。


チェセは背筋を伸ばし、お腹に両手を添えるかしこまった姿勢で話を続ける。


「戦争孤児だったのだと思います。そういう子が、働き手として傭兵団に拾われるという話はままありますから。その傭兵団の下働きから逃げ出したときに、偶然出会った商会の支店長が、彼のその気はしを評価して、以来彼を拾って育てたのです。


商会のなかの競争は、私が言うのもなんですが、熾烈です。才能ばかりではなく、彼自身も大変な努力をしたと聞いています。昼は商会で下働きをして、夜は眠らずに、双月の明かりで猛勉強をしていたとか・・・」


「なるほどな。その素性であれば、商会のなかの立場も悪かったろう。そこから努力し、実力を認められて叩き上げたのだから、相当なものだということか。一種の傑物かもしれんな」


評価を上方修正したらしいアセレアが顎に手をあてて呟く。その言葉に、チェセはかすかに頷いた。


「・・・うまく使う必要があるかとは思いますが、しかし今の『リンゲンの苦境』には、彼が必要になると思います」


ーーリンゲンの苦境?


魔王軍を追い払って、防衛戦は終わったのに?


チェセの言葉のなかに、ひっかかる言葉があったけれど、わたしはとりあえず頷いておく。


「まあフジャス商会の看板を背負って来ているし、そうそう変なこともせんだろう。私が目を光らせておいて、妙な気配があったら叩き出せばいい」


竹を割ったような、アセレアの言葉。それはわたしたちの合意になった。


つまり、ここに、レオンの補佐採用が決まったのだった。


「それに、私の咄嗟の知恵で、リュミフォンセ様の力も見せつけておいた。奴の知恵であれば、下手なことをすれば痛い目に会うのだということがわかっただろう・・・チェセ、あいつの驚いた顔を見たことがあるか? 実は先日な・・・」


いたずらっ子の顔で、アセレアが昨日の『自警団への試験』についてチェセに話をし出した。


ああ、あのときのアセレアの『考えがある』って、そういうことだったのね・・・。


そして、わたしが自警団兵士3人を相手取って倒してしまったというくだりで、わたしはチェセの熱狂的な絶賛を浴びることになったのだった。





■□■





「リンゲンの急所は、『食料とお金』です」


補佐役としての採用をレオンを呼び出して伝えたところ、リンゲンの統治について、さっそく提言があるということで聞いて見たら、この一言から始まった。


補佐採用を喜ぶよりも、自分のホームである商会への報告よりも、何よりも先に、これからの仕事への提言なのだから、きっとこの人は、根っからの仕事人間なのだ。


気負っているわけでもない。焦りがあるわけでもない。


レオンの表情は、まるで鉄仮面のようで、口調は淡々としていた。


やるべきことは山のようにあり、それをこなすには感情を入れる隙間なんてない。効率的に能率的にやるべきことをこなさなければいけない。それには必要なこと以外の無駄は一切排除すべきーーそんな感じだ。


「続けてください。まずは貴方の話をすべて聞きましょう」


わたしは、机に肘を乗せ、顎の前で手を組み、彼の話を促す。


この場には、前と同じように、執務机に座るわたしと、向かいに立つレオンの他に、わたしの左右にチェセとアセレアが居る。


すっと短くレオンが息を吸った。


「夏より、魔王軍が王国各地で広範囲に国土を荒らし続けています。ご存知のように、戦いは西部だけでなく、北部、東部、南部。そして王都のある中央にまで及んでいます。


王国の穀物地帯である東部でも生産が落ち込んだことが響き、今年の秋小麦の生産量は、王国内で均すと、例年の6割程度になりそうだとフジャス商会で試算結果が出ています。この量は、今年を乗り切るには備蓄で補える量ですが、すでに麦相場では、先物価格は上昇を始めています。


価格上昇の理由としては、魔王軍の襲撃が続く限り、次の収穫にも影響が出るだろうということです。近い将来、麦だけでなくすべての穀物価格は急騰し、さらには大都市で買い占めが起こるでしょう。


そうなれば、この冬あるいは春に、リンゲンで食料が不足しても、外部から新たに食料が入ってこないことになります。


住民が飢え、さらなる問題が起こるでしょう。飢えは生き死にに直結するゆゆしき問題です。そのため、リンゲンは早急に食料を確保する必要があります。これがまずひとつ」


わたしたちは、宣言どおり黙ってレオンのお話を聞いている。


・・・っていうか、お話、難しくない?


わたしは令嬢力でわかった振りをしているけれど・・・あとでチェセに聞けば大丈夫かしら。


そんなことを考えているうちに、レオンは話を先に進めるようだ。


まあ、最初にすべて話してくださいって言っちゃったから、仕方がないね。


とにかく、リンゲンの食料が足りなくなるから目先でも増産が必要、っと、わたしは心のメモに書き残す。


「ーー次は、お金の話です」







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