66 試し試され






「自警団の我々の・・・」

「武芸の腕前を試す・・・」

「リュミフォンセ様 直々に・・・?」


ぽかんとした表情で、モルシェ以下、自警団の3人が、3人の前に立つアセレアと、わたしを見ている。


くっ、令嬢力、発動ーー!


アセレアの『自警団の武芸の腕前を試すのはリュミフォンセ様』宣言のおかげで、あやうくわたしまで呆けた顔をするところだった。それを鉄壁の令嬢力で抑え込むことに成功した。


モルシェだってたいがい若いと思うけれど、わたし、この世界では彼女よりも年下の、子供だからね? それが自警団の武芸の腕前を試すっておかしいでしょ?


ほら、あのレオンですら、驚いた顔してるじゃない。


あの人もあんな顔するんだ・・・って思っている場合じゃないし。


「アセレア?」


冗談よね、という強い思いを籠めた令嬢微笑を、とんでもないことを言い出したわたしの護衛騎士の背中に送る。


だが、アセレアは振り返ると、爽やかに笑って親指を立ててみせた。


うん違う。それは期待した反応じゃないよ。


だがアセレアはすすっとわたしのほうへ近づき、耳元でささやく。


(私に考えがあります。うまく戦って勝ってください)


(相手は兵士でしょ?! わたしじゃ負けちゃうじゃない)


(大丈夫です。リュミフォンセ様は、うちのハンス中隊長に勝ったじゃないですか・・・軽く圧倒してましたけど、ハンスは結構強いんですよ? リュミフォンセ様なら、あの兵士もどきたちが束になっても負けませんよ)


そう言って、アセレアは身体を起こし、わたしから離れる。


「模擬戦は、派手めにお願いしますよ。万が一、危ないと思えば私が助けます」


アセレアはわたしにそう言いおいて、今度は自警団3人へと振り返る。


「さあ、ここは訓練場だ。得物は隅に立てかけてあるやつを自由に取れ。リュミフォンセ様は魔法師だ。3人がかりでも構わんぞ!」


子供相手に、自警団とは言え兵士3人がかりだと言われたのだ。さすがに矜持が傷つけられたか、さっきまで平伏していた自警団3人のーーモルシェですらーー顔色が変わる。


「そんな。3人がかりじゃ、わたし、壊されちゃうわ・・・」


わたしが言うと、何故か顔を赤くした自警団の副団長が、


「そ、そうですな。この条件はあまりにも我々に有利すぎると思いますので、1対1でも・・・」

「うーん、でも、そうですね。わたしはあまり体力がないし、3戦するよりも1戦のほうが都合がいいので、やっぱりアセレアの提案どおりに3対1でお願いします」


そうわたしが申し出ると、自警団の3人だけでなく、レオンもーーアセレアですらーーあっけに取られたような顔をしていた。


はっ。


しまった。これはなにかやらかした感じだわ。




■□■




結局、3対1での模擬戦を行うことにした。自警団の面々は、それぞれ訓練場の得物を持った。


自警団の副団長と切込み隊長は木剣。モルシェは短槍を模した棒ーー木槍である。


木とは言え、当たれば骨が折れることがあるし、当たりどころが悪ければ死ぬことだってある。


一方でわたしは魔法師なので、手加減するけれど、訓練も戦場でも魔法には違いない。なので、相手も結構怖いだろうと思う。ここはお互い様ということで。


「ほ、本当に、この形式でよろしいので・・・?」


訓練場で向かい会うひとり、自警団副団長の男が、審判役となったアセレアへ視線を向けて問いかける。


その疑問は皆が持っていたもののようで、自警団の面々だけでなく、レオンとその付き人たちも半信半疑といった様子でアセレアを見ていた。


当のアセレアは涼しい顔で、しかしわたしに確認するようにほんの少しだけ目配せすると、胸を張った。


「無論だ。だが、臆したのであれば、棄権してもかまわんぞ。これは試験なのだから、望まぬ者に強制するものではない」


「・・・わかりました。騎士に及ばずとはいえ、我らも武人。幼き方、それも貴人を撃つなど本意ではありませんが、試験といわれるならば致し方ありませんな」


アセレアの挑発的な物言いに触発されたか、自警団の切込隊長が木剣を構える。構えは八双のような下段。


逆にアセレアはその反応に満足したようで、自警団の3人とわたしの間から移動し、動線を空ける。


そして、たかだかと挙げた手を振り下ろす。


「始め!」


合図と同時に、自警団の切込隊長と副団長とが突進をかけてきた。その後ろに、少し遅れて全団長の娘モルシェ。


剣士としての、魔法師への対応では正しい。様子見などせずに距離を詰め、魔法を使う前に相手を倒すのが常道だ。


だからわたしも対策する。エテルナを右手に集め、魔法を発動する。


「赤色魔法 火球、散!」


はやいっーー!?


それは誰の声だったか。わからないが、わたしは炎の散弾を訓練場の床に撒き散らす。


炎が壁となって自警団の3人の進路を阻み、足を止めさせる。


モルシェは炎に阻まれ足を止めたが、先行していた自警団副団長と切込隊長は、さっと二手にわかれて炎を回り込んできた。わたしの左右から同時に挟み撃ちでもするように動いてくる。判断が早い。ふむ、連携は思っていたほど悪くないね。


思っている間に、二筋の木剣の軌道がわたしに迫る!


(黒色魔法 精神支配!)


ふっと意識が遠のき、身体だけが動く感覚。


そして意識が戻ったとき、二人の男が木剣を振り外して体勢を崩しているのが目に入った。


「か、かわされた?」「我らの必殺の技なのに!」


精神支配の魔法を自分自身にかけて、自動で身体を動かし、相手の攻撃をかわしたのだ。精神支配下の対象が、半自動で脅威を回避する魔法特性を利用している。わたしが自分でかわそうと思っても、うまく身体を動かせないので、この魔法を使った。


もっとも、ほぼ安全だとわかっていても、やはり戦いの途中で意識が飛ぶのは怖いものだ。この方法には欠点があって、精神支配を自分自身にかけると、魔法が発動している間は、意識が飛んでしまうということだ。格下にしか使えない技だと思う。


間髪入れずに、わたしは近距離攻撃用の魔法を発動する。


「黒翼!」


ぶわさっ、と背中から生える魔法の翼。


そして魔法の発動とともに、わたしは一回転。


二人の男ーー自警団副団長と切込隊長は、魔法の黒い翼に弾かれる。二人はそれぞれ訓練場の隅まで跳ね飛ばされて、床に転がった。立ち上がっても来ず、ぴくりとも動かない。どうやらあれで気絶したようだ。


さて、これであとひとりーー。


「黄色魔法 飛岩石!」


これはわたしの魔法ではない。わたしに向けた攻撃魔法だ。


真正面から飛び出してきた魔法の岩石。


それを、わたしはまだ発現していた魔法の翼で軽々と受け止め、地面に落とした。


・・・ん? 妙なエテルナの動きを感じる・・・。


違和感を感じ、とっさに足元に落ちた岩石を、魔法の翼で跳ね飛ばす。


すんでの差で、岩石から魔法の木の枝が爆発でもするように突き出した。


二段構えの攻撃。危なかった。罠魔法ってやつだね。


「くそぅ!」


悔しがる声。さっきの魔法を放ったのはモルシェだ。槍を扱うけれど、魔法も使うーー魔法戦士なのね。


わたしの魔法の翼が時間の経過で消えた。


それを好機と見たかわからないけれど、モルシェは諦めることなく、こちらに向かって駆けてくる。


けれど最初に訓練場にばらまいた炎が消えていないので、足場は悪い。


それでもどうにか、彼女はわたしに向けて木槍を突きこんでくる。


鋭くはあるけれど、射程が遠い。わたしは大きく一歩後退し、余裕を持ってそれを避けた。


モルシェはわたしを追いかけ、直線的に前に出てくる。


ん、足元注意、だよ。


「まだまーーっきゃああああっ!」


可愛らしい悲鳴をあげて、モルシェが風に巻き上げられ、後方に向けて吹き飛ぶ。そして床に落ちると、きゅうとその場に転がった。


わたしが仕掛けておいた罠魔法ーー起風の魔法陣を踏んだのだ。床に残る炎で見にくかったのだろう。


ぱんぱんとコートについた埃を、わたしは払う。


「それまで!」


すべてが終わり、アセレアが嬉しそうに宣言する。


その様子を、レオンは努めて無表情を装い見ていたが、口を固く引き締めながらも、表情筋がぴくりぴくりとうごく。がんばっていたけれど、驚愕と動揺が隠しきれていなかった。










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