65 面接





リンゲンの領主補助代行として、わたしはリンゲンの執務室にいた。


執務室といっても仮ぐらしの宿の一部屋。白い暖炉には小さな火が熾っていて、部屋を温めている。


執務机の椅子に座ったままのわたし、左右には控えるチェセとアセレア。


そしてわたしの正面には一人の補佐役候補ーーチェセが実家のフジャス商会から推薦してもらった、レオンといういかにも大商会の商人然とした男性と、その付き人の男女の、合わせて3人が居る。


わたしの補佐役として相応しいかどうか面接をしているのだけれど、正直、どうやって面接をしたらいいかわからない。なのでわたしは、抱えている問題のひとつを相談することにした。その相談結果で、補佐をしてもらうかどうかを決めるのだ。


なのでわたしは、彼に説明した。サフィリアが持ち込んできた案件、リンゲンの自警団『黄金葉戦士団』の生活苦境についてと、その対応についてだ。


「どうしたら一番いいかしら?」


わたしは率直に聞く。格好つける必要もない。というか、つけられもしないし。


わたしはしょせんお嬢様で、統治どころか商売もやったことがない。前世日本でも、企業のなかで決まったルーティーンの事務仕事ばかりだった。陳情の扱いなんて、正直なところ、まったくお手上げなのだ。


レオンは気負いなく、けれど自然な感じで背筋をのばし、なめらかに語り始める。


「何かを押せば、返って来る力が働きます。何かをすれば必ず反対の作用が起こります。政策でも同じです。どこかを良くすれば、どこかしわ寄せは行く。それゆえに、すべての民の陳情を受け入れることは不可能です」


ふむ。


『みんなが賛成する政治はない』ということね。満場一致で決まることなんて現実にはない。


物語にですら、必ず敵役がいるもの。それはわかる気がする。


でも、いきなりそこを言うんだ・・・。


「リンゲンにてリュミフォンセ様の霞姫騎士団が発足したことで、リンゲンの警備隊が役割を失い、苦境にあるのは存じています。新しい組織が起これば、無能な組織が放逐されるのは自然なことです」


「・・・・・・」


ずいぶんとずけずけと言う人だ。


わたしが軽く眉をひそめたのがわからなかったわけではないだろうけれど、レオンは続けて語る。


「リンゲンを救ったロンファーレンス家に、彼ら自警団をどうにかする責任はないでしょう。しかし、自警団は曲がりなりにも地域に根づいてきた武装組織。なのでこれの不満を放置すると、不測の事態があるかも知れません。したがって速やかに対処する必要があります」


自警団『黄金葉戦士団』の苦境をスルーするのはよろしくないと。


理由はどうあれ、それには賛成だわ。


「処置の仕方にはいくつかあります。まずひとつには、新組織の『霞姫騎士団』に彼ら自警団を取り込む。あるいは逆に、あえて自警団を放置して反発心を高めるよう誘導し、蜂起させたところを討滅する」


「後者は私好みだな」


アセレアが腕を組んだ姿勢で、機嫌良さそうに言う。ちょっと黙っててちょうだい。


レオンはコホンと咳払いをひとつ挟んで、話を続ける。眼鏡越しの目はまっすぐにわたしを捉えたままだ。


「最後が現実的な案になりますが・・・騎士団の仕事の一部を、自警団に委託するのです。つまり、自警団を下部組織として活用します」


ほう? なんか平和的な案が出てきたよ。


「リンゲンの住民を守るために、魔王軍の撃退の他に、小規模ですが武力が必要な活動があります。街道を含む街周辺の定期的な哨戒と、そして森の恵みを採取する者の護衛活動です」


森の恵み・・・木材の伐採や、薪や薬草、木の実の採取のことかしら。狩りもそのなかに入るかも知れない。


「これらは騎士団で受けるには、小さすぎる仕事です。冒険者への依頼となることもありますが、いまは騎士団に所属した冒険者へ給金を支払うことになっているので、これらの仕事の受け手も減るはずです。自警団がこうした活動に動けば、住民の採取活動が衰えることがありませんし、騎士団が仲介して安定した費用を支払うようになれば、自警団としても損はないはずです」


良さそうな案だ。思って周囲を見ると、チェセもアセレアも悪い反応はしていない。


「ただひとつ、問題があります」


もんだい? わたしは軽く首をかしげ、彼の目を見返し、先を促す。


「自警団の団長が、この2ヶ月ほど前にモンスターとの戦いで命を落としたと聞いてます。

その後、自警団の長が定まっておらず、内紛状態にあり、まともに機能していないと聞きます。おそらく小さな家族的な組織で、規律ではなく人格で統治していたので、後任を決める手続きが途絶えてしまっているのでしょう」


小さな組織を巡るごたごたに、彼らへ共済金を払う住民側が、嫌気をさしてしまったのが背景にあるはずです。ーーとレオンは続けた。


「リュミフォンセ様が仲介し、この長を決めるのを手助けするのがよろしいでしょう。そして仕事を騎士団が仲介すれば、あとの物事は自然に回っていくはずですーー多くの者に、『利』がある話ですので」


「ーーお話、わかりました。大変結構だと思います」


わたしはレオンの案を採用することにした。彼ーーレオンが、リンゲンの自警団事情にまで精通していたのは驚きだが、大商会というのは、いろいろな情報が巨細漏らさず入ってくるものらしい。


自警団のごたごたも、住民では誰でも知っていることなのだろう。


それを完璧に把握し即答して見せるレオンは、確かに優秀みたい。正直、わたしはびっくりしたよ。


そのレオンが言うには、自警団の長の候補者の情報まではさすがにいますぐには持っていないけれど、すぐに調べられるというので、お任せることにした。


翌日、リンゲンの代官から、本件については関わらず、リュミフォンセの処置に任せるも苦しからずーーという旨の回答の手紙をもらったので、この問題は、わたしたちで解決することにした。





■□■




ある晴れた日、リンゲンにある訓練場を、レオンの指示でわたしは訪れた。護衛としてアセレアもついてきている。軽鎧に腰に長剣を佩いて、いつもよりも武装が厳重だ。


その訓練場の場で、自警団の代表者候補たちに集まってもらい、代表者を決める話し合いをすることになっていたのだ。


「寒々としていますね・・・火ぐらい入れてくれればいいのに」


アセレアは手を何度も握ったり開いたりしながら、そうこぼした。この人は、わたしと一緒だとすごくリラックスしているわね。


白い石造りの訓練場は、採光と風通しを優先して建てられており、回廊が入れ子になっている。柱の外から外光が入ってくるので明るいけれど、初冬には外気が厳しすぎる。わたしは黒色の毛皮の外套を着たままで訓練場に立っている。


そして、その訓練場に2人の男と、1人の若い女性ーー少女といっても良いかもしれないーーが入ってきた。


彼ら彼女らのことは、レオンから予め情報をもらっていた。


2人の男は、自警団の副団長と、先鋒隊の隊長だ。ふたりとも団の活動に功績があるものの、副団長はお金に吝嗇であり、先鋒隊の隊長は、腕っぷしに自信があってなんでも喧嘩で解決しようとする乱暴者のため、ふたりとも団員の支持はいまいちなのだという。


そしてもうひとりのごく若い女性。この人は、モンスターとの戦いで亡くなった団長の娘なのだという。新入り団員として入って間もないころに、父の非業の現場にも立ち会ったらしい。つらかったことだろう。


「モルシェ=デンナと申します」


おどおどと、その子は言った。齢は17歳。対して男性側の候補の2人も簡単に自己紹介してもらって、彼らは40歳後半。彼女の父親の同僚なのだから、年の差は当然か。


モルシェと名乗った団長の娘である彼女は、豊満な体を無理やり皮の胸当てに収め、目尻のさがった、濃緑色の大きな瞳を、きょどきょどと周囲に走らせている。緊張しているのだろうけれど、どことなく小動物っぽい。戦士というよりも、守ってもらう側の女性というほうが、イメージに近い。


「モルシェは、何故、自警団の団長になろうと思ったの?」


不思議だったので、わたしは聞いた。


「わっ・・・私が、自警団の団長になりたいのは、父さん・・・父を、尊敬しているからです! 父は、強くて誠実で公平で・・・! わたしの自慢でした。その父が受け持った伝統ある自警団をもり立てるのが、私の願いだからです!」


「へっ」「無理ムリ」


ふたりの男から発せられたつぶやきはごく小さかったのだが、存外良く聞こえた。それをかき消すように、モルシェが豊かな胸を押さえて、声を高めて訴える。


「100余りの家が所属する『黄金葉の戦士団』も、いまは登録団員は30名程度に過ぎません。自警団と言っても、とてもちっぽけな存在です。

けれど、自分の土地を守るのは、自分の土地に生きてきた者でなければなりません。父もーーそう教えてくれました。

自分たちの大切なもののために、最後まで戦うの者は、自分たちでなければいけない。大切なものを守るという責任を、決して他人に任せてはならないと・・・。

その志を果たす自警団を続け、街を何十年後も守っていくために、私は団長になりたいのです」


なるほど。それは彼女の言う通りだろう。


そして、3人それぞれが自分が団長位を引き継ぐのにどれだけ相応しいかを訴え、議論した。どれもそれなりに正当性がありそうに聞こえるが、口ではなんとでも言えるのがつらいところだ。というか、ここの議論でかたが付くようであれば、仲裁が必要な事態にはなっていなかっただろう。


議論が一通り一巡し、みなが意見を述べ終えたころに、奥からレオンが出てきた。


先に来ていたのに出てこなかったのは、考えがあったのだろう。後ろには先日の男女の付き人も付き従っている。


なんか・・・わたしよりもあっちのほうが・・・大物っぽくない・・・? 演出的に・・・。


彼は、わたしたちとモルシェたちの間に自然に入り込むと、モルシェたちに向かって声をあげた。


「聞け。お前たち。私はロンファーレンス家の補佐を仰せつかっている、レオンである。今から申すことは、公爵家ご令嬢であり、リンゲンの代官代行補佐を務められるリュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス様のお言葉であると心得よ」


その居丈高な言い方は、行政官が民に布告するときに似ていた。けれど、この芝居の効果は抜群だった。さっきまで言い争いをしていた3人ともレオンの芝居の威厳に打たれ、膝をついて平伏してしまった。


そしてレオンは、自警団が魔王軍からリンゲンを守れず、さらにはまとまって本来の任務をこなせていないことを、わたしが憂いていると切々と訴える。


「魔王軍に抗しえない自警団など、解散させて然るべきだが、リュミフォンセ様はその御慈悲により、霞姫騎士団で後援したいとのご意志だ。ついては、その方らから1名、霞姫騎士団で支援する者を選ぶ。そして、その者を新団長とし、自警団を盛り上げていくことを命ずる」

「「ははっ」」「はいっ!」


平伏したまま、3人は声をあげる。


よしこれで、誰を支援するか、こちらが決める流れになった。実は事前の協議で、誰を支援するかは決めていたのだ。それは団長の娘のモルシェである。武芸の腕よりも、清廉で公平な人柄を重視すべきというのがレオンの意見だった。


前の団長もとても人格者で公平な人だったらしいし、自警団の団長は、武力よりも民に信用され尊敬を受けることが大事だ。なんとなれば、団員に対しては住民からの共済金を預かり、公平に分配するのが長の一番大事な役目。ひいてはそれが組織存続の要になるからだ。


とは言え、何も試さなくては、他の二人は納得すまい。


そこで、アセレアが3人と試合をして適当にあしらい、なんとか理由をつけて他の二人を落とす段取りになっている。


アセレアは勇猛で二つ名持ちの騎士、どう考えても自警団の兵士に遅れを取ることはないだろう。


そういう意図があったからこそ、訓練場での面談の運びになったのだ。


さあ、わたしが頭のなかで段取りを確認しているあいだに、レオンの言葉が終わった。


そして段取り通り、アセレアが一歩前に出て声をあげる。


「自警団の団長には、それなりの強さが求められる。そなたらの武芸の腕前を、リュミフォンセ様じきじきにお試しくださる。栄誉に思い、全霊で期待に応えよ!」


「「「・・・・・・」」」



・・・・・・。


ん?


アセレア、セリフ間違ってるよ?


戦うのはわたしじゃなくて、貴女でしょ!!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る