第六章 新天地リンゲン

64 領主補助代行




新しい場所の、新しい生活。



公爵領の西の隅っこにある片田舎、『鳥しか通わぬ地』リンゲンで、わたしーーリュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス公爵令嬢のそれは始まった。


お祖父様から手紙で任命された『領主補助代行』としての新しい仕事。


それが上乗せされて、わたしの生活は様変わりだ。


肩書がついたって、何をしたらいいのか、何ができるのかもさっぱりとわからない。


何もかも手探り、何もかも未経験。


とはいえ、統治の仕事にはすでにリンゲンの代官がいる。わたしが領主補助代行の役職を受けるにあたり、どう仕事を分け合うかを相談したところ、こう手紙が返ってきた。



『臣はロンファーレンス家に任命された身。リュミフォンセ様のなさろうことに、異存などあろうはずもありません。むしろ新しい時代には、臣のような古いものではなく、新しいものの考え方が必要なのです!

このような大難の時代に、リュミフォンセ様がリンゲンにおいでになったことは、天の御意志に相違ありません。臣はすべて貴女様の御意志に従います』


なるほど。忠誠嬉しく思います・・・


・・・ってこういうのを望んでいたわけじゃないの!


これ、言葉はきれいだけどわたしに丸投げするって意味だよねぇ!


もっとこう、のんびりとしたスローライフってやつをですね、味わって見たかったわけなんですけど!



どう考えたって、子供のわたしはお飾りであるべきでしょ?


なのになんでわたしが承認しなければいけない書類が毎日回ってくるの?


むむぅ、むむむぅー。


なのに、わたしの文句と意志をまったく関係なく、周囲はどんどん動いていく。


季節だってそのひとつ。いつの間にか変わり目はやってきて、秋が終わろうとしている。


リンゲンの街は、冬支度が本格的に始まり、冷たくも慌ただしい空気に包まれている。




■□■




領主の仕事ーーつまりは領主補佐代行の仕事というのは、まあ簡単に言うと統治の仕事だ。


立法も司法も行政もとにかくまるっとまとめてきれいにごった煮。


それを『統治』と言っているーーのだと思う。


そして、そういう仕事には、書類がつきものだ。


組織を動かすにも、なにか手続きをするにも、何もかもがーー書類で回っているのだ。


なので、処理すべき書類の量がとんでもなく多い。


うまく書類仕事から逃げているアセレアですら、日々それなりの量をこなしている。そこにつけ『領主補助代行』というわけがわからない肩書の公爵令嬢、つまりわたしのことだけれどーーどう考えたってお飾りなのに、なぜか署名を要求される書類がたくさんある。


気になるのは、その種類と数が日に日に増えていることだ。


わたしの机に積み上げられていく書類の山(署名する書類の他に、内容を説明する分厚い資料がついているのだ)。


どんどん高くなっていくそれに涙目だったものだけれど、それがもうこれ以上積み上げられない高さになったときは、逆にちょっと安心した。もうこれが高くなることはないのだと。けれど、その奇妙な安心すらつき砕くことには、なんのことはない、書類の山はひとつからふたつになったのだ。


・・・わたし、お飾りだよね? 誰かそうだよって言ってよ優しくして!



でも誰も優しくしてくれない。


いや対応は優しいのだけれど、済まなそうにけれど容赦なく、わたしの机の上に書類を積み上げていく。


なんでも。


新たに『霞姫騎士団』が出来て、それにともない街の仕組みを変えなければいけないのだそうだ。だからわたしの承認が必要なんだってーーアセレアがわたしと目を合わせずに説明してくれた。


涙目ジト目で相手をじっと見るわたしの「相手の良心に訴えよう作戦」は、残念ながら成果をあげることができていない・・・。


そんなこんなな日常だ。


ささやかな変化だけど、しなければならない署名が多いから、速く書けるように署名を工夫するようになった。最初は名前を一文字ずつ書いていた。次に草書体のような崩し字になり、今は、イニシャルだけを記す略字がわたしの署名になった。これは成長なのだろうか・・・。



ところで、わたしが書類仕事ーー冒険者の依頼クエスト募集や街の人の外出許可、警備計画やら郊外警邏の申請や承認や報告書の作成だーーをする一方で、他の人に何をもらっていたかというと。


アセレアとチェセには、書類仕事を一緒にしてもらっている。ふたりとも本来の仕事もあるのだけれど、チェセの知見は貴重だし、アセレアはそもそも騎士団がらみの仕事を持ち込んできているのだから、わたしに丸投げされては割に合わない。


仮住まいの宿には、わたしの執務室ができ。わたしの執務机の左右にチェセとアセレアがいるーーというのが、日常になってきた。


そしてバウ。先の廃砦戦を通して、冒険者たちの中心的な存在になったらしいバウには、人間の姿のままでいてもらって、冒険者に混じってもらうことをお願いしている。主な仕事は、情報収集と意見の調整だ。自由な気風で制御しにくい冒険者たちを、それとなく誘導してもらっている。


サフィリアには、普段のメイド仕事とは別に、街に出てもらって情報集め、具体的には市井の噂集めをお願いしていた。


サフィリアはああいう性格なので、初めての人でもすぐに仲良くなれる。だから街のウワサや評判などの情報を口コミで拾ってきてもらうことにしたのだ。というかお使いに行ってもらうと、なにかしら噂話を仕入れてくるので、これは適任と仕事にしてもらったのだ。


テレビもネットは当然、おろか新聞もないこの街では、情報収集は口コミに頼るしかない。報告としてあがってくる情報の他に、街の噂話は意外と真実を突いている。サフィリアはリンゲンでの交友関係がずいぶんと広がっているようだ。



■□■



ーーということで前置きが長くなっちゃったけれど、そういう事情なので、サフィリアが転がり込むように部屋に入ってきて、「お金を配ってたもれ!」と嘆願してきたいまも、それなりの事情と背景があるのだろうと思った。


とりあえず彼女をどうどうと落ち着かせて、順々に問いただす。


するとサフィリアが話す事情がだんだんとわかってきた。



「リンゲンにはの、もともと『自警団』というものがあったらしいのじゃ」


街に住む人達のなかで、狩人や元冒険者など、多少なりとも腕に覚えがある人達を集め、街の周りに集まるモンスターを定期的に討伐し、街の安全を確保するーーという集団があったらしい。


意外にも歴史のある組織で、世代が代わって自警団が廃れ人が減ったり兼業を許したりするなかで、戦力を維持するために専業武人であり続け、地元の尊敬を受け続けていた家々があるらしい。王国の貴族には取り入れられていないので、地元の名士、郷士のようなものなのだろう。


けれど数を頼みにする今代の魔王軍と相性が悪く、もともと少なかった自警団の数を減らして勢力を弱めたところに、止めを刺したのは、皮肉にもリンゲンの援軍としてやって来た、わたしたちリンゲン遠征部隊ーーうん、今は改名して『霞姫騎士団』ーーなのだというのだ。


自警団ではモンスターにまともに抵抗もできなかったのに、霞姫騎士団が街に攻めてくるモンスターを退け、さらに廃砦に立て籠もった魔王軍も追い払ったのだから、住民の気持ちが離れるのも無理はない。今年から、住民は自警団ーー『黄金葉戦士団』という名前らしいーーへの共済金きょうさいきんの拠出を、拒否したというのだ。


リンゲンの自警団『黄金葉戦士団』の家々にも生活がある。冬を前にいきなり唯一の収入を絶たれては、確かに死活問題だろう。


「んむーーそれでその、そやつらはの、あるじさまに責任を取ってもらいたいとゆっておるのじゃ」


「せきにん」


思わずオウム返しに声が出た。あんまり好きな言葉じゃない。


けれど、助けに来てモンスターを追い払って・・・わたしにどんな責任があるのか・・・えーと、とにかく、相手の要求はなんなのだろう。


「うーん。よくわからぬが。その娘はモルシェという名前でな。なんでもこのままでは冬が越せないからご先祖さまから伝わった銀の食器を売ることになるし、下の弟妹たちに新年の晴れ着も買ってやれなくて親戚に面目も立たぬし、お金ももう目一杯に借りてしまって利息を払うのに精一杯じゃし・・・そんな話を聞かされたのじゃ、もう涙なしには聞けぬ話でのう・・・」


サフィリアは全力百面相で熱演実際に涙を流してまで語ってくれたところで悪いのだけれど、一言でいってしまえば、その人達は生活に困っているらしい。


「貧しい人向けの炊き出しを増やせばいいのかしら?」


モンスターに家族を奪われ、寡婦となった人やその子どもたち、一人では生活できない老人たちなどへの支援として、リンゲンでも小規模ではあるが炊き出しを行っている。


何気なく言って見回したとき、答えてくれたのはアセレアだった。


「民からの陳情は、リンゲンの代官に回すようにしては?」


そう、わたしの他にこれまでこの街を治めていた代官が居る。お祖父様からの指示は、『リンゲンの代官の足りないところを補い、導き、共に力を合わせてリンゲンの街を治めること』だった。


リンゲンの代官がすでに手をつけている領分をおかすのは、よろしくないだろう。


「サフィのお話してくれたことは、ひとまずリンゲンの代官に知らせるわ」


そうしてわたしが手紙を書きはじめたところで、そばに控えていたチェセが告げる。


「リュミフォンセ様。お忙しいところすみませんが、来客のお時間でございます」


「えーと、誰だったかしら?」


面会の予定は、チェセが朝一番に予定表を渡してくれるようになっている。わたしは書類の山から予定表を探している間に、チェセが教えてくれる。


「リュミフォンセ様が執務をされるために、補佐する者が必要かと思い、勝手ながら適任者を実家に依頼しておりました。その補佐候補が面談に参っております」


チェセの実家は、フジャス商会という王国中に支店を持つ大商会だ。


「面談? 面接ってこと?」


「そうなります・・・待たせておいて、あとになさいますか?」


「いいえ、会いましょう。応接室に行けばいいかしら?」


「仮暮らしの場ですし、この場に呼ぶのでいかがでしょう。相手は平民でリュミフォンセ様は大貴族で格上です。構わないかと」


この場・・・わたしが執務机の椅子にふんぞり返ったまま、補助者候補に会ってもいいものだろうか。などと考えるちょっとのあいだに、チェセはその人を呼びに言ってしまった。


展開が早い。なんとなくすごく仕事をしている気分になる。




「ーーレオンと申します。そして後ろに控えます二人はーー」


やって来たのは、くるくるとした茶の短い髪、小さな眼鏡を鼻にのせた男性だった。齢のころは30歳をすこし過ぎたあたりだろうか。


怜悧そうな緑の瞳を細めてこちらを見ている。格好は東方風の長衣に、小脇に抱えているのは商人風の膨らんだ布帽子だ。平民というには動きやすさよりも風格があって、いかにも大商会の支配人、という感じがする。


その後ろに控える男女がいて、その二人も紹介してくれた。レオンの仕事を助けるために、付き人として連れてきたのだという。ふたりとも同じような格好をしていて、ぱりっとした白いシャツに熨斗のしのきいた黒ズボンで、しっかりとしている印象を受ける。


面接って、何を聞けばいいのだろう? と考えている間に、レオンはてきぱきと自己紹介を進める。話す内容は、フジャス商会でやっていることだ。彼は西部の複数の支店を束ねる代表支店の支配人の経験があり、毎年収穫される小麦などの穀物の先物と実取引、武具糧秣などの大商いを手がけたらしい。


よくわからないけれど、すごそう。


はしこく細かく動く商人というよりも、机上でいろいろなものを動かして、大金を稼ぐのに向いた人材であるようだ。


「リュミフォンセ様ーーそうお呼びしても失礼ではありませんか?」


構いません、とレオンの申し出に許可を出す。続けて、彼は、ひとつ質問するこにも許可を求めた。


平民は本来、貴族に対し問いかけられたこと以外を話すのは不敬にあたるので、そのための確認だろう。わたしはもちろん差し許す。


「リュミフォンセ様は、補佐役に何を望まれますか?」


穏やかな口調ではあるが、まっすぐな鋭い視線をこちらに向けて、聞いてくるレオン。まるでわたしが面接されているみたいだ。


「率直で役に立つ助言と実務です。この街を治めるために、必要なことを教えてもらえる人を探しています。貴方は、わたしにそうした助けをいただけるでしょうか?」


わたしが答えると、レオンは少し間を置き、そして顔色も変えずに言った。


わたくしは商人です。商人が詳しいのは『利』です。統治における補佐役の役割は、このリンゲンという街に『利』をもたらすことと解しております。『利』についてであれば、私はリュミフォンセ様にとってお役に立たぬということはあり得ないでしょう」


穏やかな声音。わかりにくい言い回しだけど、ものすごい自信家みたい。


ーーそうだ。思いついたわ。


先程サフィリアから持ち込まれた陳情について、この人に相談してみよう。


回答が良さそうなら、この人にやってもらえばいい。さらに結果が良ければ、採用決定。


うん、いい方法じゃない?










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