53 リンゲン行き、決まりました





公都ロンファでの募集の結果、リンゲン行きの冒険者の数は選別もして150名。


これに騎士団50名を加えて、200名の部隊でリンゲンに防衛部隊として入ることになった。


これがリンゲン遠征部隊だ。


遠征と防衛を兼ねた部隊にわたしが付いていくかどうか、がいまの問題だ。わたしはあまり気が進まないけれど、遠征部隊からは付いて来て欲しいという声が大きい。家宰のパースに相談したら、『リュミフォンセ様のご意志に従われますよう』と丸投げされてしまった。


こう言われると遠征行きを断りずらい雰囲気が出てしまった。なるべくなら行きたくないけど、どうしても行きたくない、というわけでもない・・・。そういうわけで、目下のわたしはお悩み中だ。


ところで、リンゲン遠征部隊を出してしまう分、ロンファの防備が弱くなるという問題があった。


そのため、近隣諸侯に少しずつ援軍を頼み、混成部隊を編成することになった。


常在ではないけれど、緊急時にはロンファに優先して派兵してくれるという約束で、500名の混成部隊を臨時で作った。それで全体の防衛バランスをとったかたちだ。


もっともこの混成部隊は名簿上のことなので、実際にモンスターが攻めてきたとき、どうなるかはわからない。ちゃんとした戦力としては期待出来ないかも知れない。あくまで一応の措置と割り切って、あまり期待しないほうが良いかも知れないと考えていた。



そんな格好で、騎士団からリンゲン行きの人員が選ばれ、慌ただしく遠征の準備が進むなか。


臨時の混成部隊の代表を名乗る貴族の男性が、お屋敷に面会に訪れた。


家宰のパース、わたし、護衛兼副団長のアセレアで出迎える。その男性はステーブと名乗った。


「グホホホ。デーガ伯爵が三男、ステーブ=デーガと申します。このたび、8貴族から推薦を受け、ロンファ防衛の混成部隊の隊長に相成りました。以後、お見知りおきを」


めぼしい高位貴族で戦えるものは、すでに前線に出て魔王軍と戦っている。そのため、今回リンゲン遠征部隊の隊長となったのは、貴族ではあるけれど、部屋住みでまだ前線に出ていない人から選ばれている。


ステーブ=デーガと名乗った人物は、齢は20代後半ぐらいであろうのに、だいぶいろんなところにお肉がついている人だった。いま身につけているだぼっとした服装だけでは誤魔化し切れてない。そして笑い方がちょっと個性的すぎる。


「ワタクシは実戦派でしてな。狩りに出た際に偶然出会ったモンスター、一角鼠を屠ったこともあるのです」


実戦派の人が、脂ぎった顔に、体中に脂肪をまとっていることもないと思う。どうみても日々の美食と不摂生がたたっているのだろうけれど、それを指摘したところで何もならない。大事なのはこの客人の向こう側にいる、有事の際の戦力なのだから。


互いに面通しをすれば、特段用事もない。わたしたちは相槌をうちながら、にこやかに彼の世間話に応じる。ちょくちょく挟まる自慢話がうっとおしいけれど、助けてもらうことがあるかもしれない人物と友好関係は大事だ。


「エルージア伯爵とも家ぐるみで懇意にさせておりましてな。エルージア伯爵夫人からは、ロンファーレンス家を支えてくれるよう、かねてより頼まれてもいたのです。心はそのつもりでも、グホホ、これまではできることが少なく、心苦しい思いをしていましたが・・・」


エルージア伯爵夫人とは、わたしの伯母にあたる、ラディアおばさまのことだ。数少ない血縁者である。このひと、おばさまと付き合いがあるんだ。


「こうして公爵家をお助けする機会が訪れて、グホホ、光栄のいたりでございます。聞けば屋敷の護衛の数も減らすということ。さぞ心細いことでしょう」


護衛兼副団長のアセレアが、ロンファ遠征隊を隊長として率いることになった。さらに防衛のためにと常駐していたお屋敷の騎士も、半分がリンゲン遠征部隊に加わることになったのだ。護衛騎士が半分に減っても体裁は整うということなので、わたしとしては異存を唱えようもない。


「なに、本当にいざという事態になれば、我々お屋敷組がロンファに駆け込めばいいだけの話で御座います。民が先の見えぬ戦いに直面しているのに、我々だけが騎士たちに囲まれているわけにもいきますまい。心配はご無用です」


今は家宰のパースがそう答えると、客人はここぞというふうに身を乗り出した。


「グホホ。貴家の護衛も、格式を考えればね、人数が足りぬなどということもございましょう。緊急時だけ、お助けするということでは、私共もエルージア伯爵夫人にいかにも面目が立たない。なので、普段のこちらの護衛についても、我々がお手伝いも致しましょう」


えっ? この客人とお仲間が、護衛の名目でお屋敷に日常的に出入りするってこと?


表面では微笑みを保ちながら、それはいやだなぁ、なんとか断れないかなぁとわたしが頭を回していると、白髪のパースが口を開いた。


「・・・しかし、皆様も魔王軍との戦いやら何やらで、お忙しいのでは? 当家としても、皆様のお手をわずらわせるのはいかにも心苦しい」


白髪の家宰が静かに言う。意訳すれば、遠回しにお断りしているんだよね。護衛と言ってもそれなりの良家の子息。平時に来れば気を使うものね。


「なに、お気を使っていただくのはですな、ありがたいですが、そのような心遣いこそ無用のこと。グホホ。このような非常時、西部の貴族同士でな、助け合っていくべきですからな」


「・・・左様ですな」


「父である伯爵からも、エルージア伯爵夫人からも、西部の雄である貴家をお助けするようにと言われます。グホホ。もちろん護衛だけでなく、いろいろな場面で支援をさせてもらいますゆえ、護衛の提案はそのひとつ、とお考えくださればよろしい」


「ーーわかりました。そちらのご負担にならないということであれば、お願いすることもあるでしょう」


ああ、家宰さんが受け入れてしまった・・・!


エルージア伯爵夫人、つまりラディアおばさまは次期公爵が内定している。その意向をうまく持ち出されては、拒否しにくいよね。話している内容はまったく善意の申し出だし・・・。


その後もきりの良いところまで雑談をする。


「我々は今後も良い関係を保ちたいものですな・・・では、玄関までお送りしましょう」


会話を切り上げ、こちらへと家宰のパースが帰るように先導する。客人も気が済んだのか、立ち上がりながらそつなく別れの挨拶を口にする。


わたしも立ち上がり見送りのために歩き出すと、客人のステーブがわたしの隣に並び立った。


「ちまたで、『未来の王国一等の美姫』と評判のリュミフォンセ様にお目通りが叶い・・・グホッ、大変に光栄ですよ」


「まあそんな。お上手ですね」


ぞわぞわする肌を静かな気合で押さえながら、わたしはおっとりと微笑む。


「グホホ、いえいえ。実際に拝見して、世間の言葉とはあてにならないものだと思いました。実際のリュミフォンセ様は、評判よりもさらに美しい」


手が、わたしの背に触れる。悲鳴が喉まで駆け上がり背筋がさらにぞわりとしたが、公爵令嬢の鉄仮面ぢからにより、なんとか笑みを保つ。いやほんと、わたしすごい。自分を褒めてあげたい。


「成長されてもさぞ美しいのでしょうが」客人ステーブは声を潜める。「この美しいつぼみのこのまま、成長が止められたら、どんなにいいか・・・」


背中の手がすすすと動き、わたしの腰、そしてその下の曲線をつるっと撫でた。撫でられた。


あ、限界だ。


そのあとの思考はあまり覚えていない。


かぁっと顔が熱くなり、頭の中が白く弾ける。


気づけば魔法の黒杖を手の中に呼び出し、隣を歩く豚の足を思いっきり払っていた。


二足歩行の両足をすくい上げるように払ったため、ステーブは顔面から飛び込むようにして廊下の床にキスする羽目になった。


「グヒッィ!?」


奇妙な悲鳴に、先導していたパースとアセレアが振り返る。そのときにはわたしは魔法の黒杖を消している。出していた時間は刹那、確実に1秒は無かったはずだ。


この世界にスロービデオがあれば、巻き戻して確認できる傭兵もいただろうけれど、この世界にそんなものはない。


「ステーブ殿?」


「大丈夫ですか?」


家宰と護衛騎士は、床に顔面を押し付けた姿勢でうずくまる客人を振り返る。


「グホ、なにがに、づまづいたようです・・・」


客人は鼻を両手で押さえながら顔をあげる。ぼたぼたと鼻血が垂れている。


「まあ。お気をつけください」


しれっとわたしは言う。


「よそ見をされていると、危ないですからね?」


グホグホとうめきながら、客人は立ち上がって頷いた。そして鼻血を押さえながら別れの挨拶をして、その日は引き取って行った。




けれど、しつこいことに、その次の次の日に、ステーブがまたやって来た。今度は似たような貴族の部屋住み子弟を5人引き連れて、護衛役のお手伝いとして、だ。


アセレアの代わりということで、わたしの護衛役をするのだと語っていた。下心的なものが動機であることはあけすけだった。わたしとしても、彼らの熱意に反比例するように、肌に浮かぶさぶいぼが止まらない。


魔王軍よりも、なんなら貴方がたのほうがよほど危険だと思っていますよと言ってやりたかったし、白髪の家宰にそれをずばっと言って欲しかったけれど、お祖父様が不在で権威が足りないうえに、相手にそれぞれ家の後ろ盾があり、表立って断りにくい。


なんやかやと理由をつけ、その日は彼らにわたしから離れてもらったけれど、これと同じことを今後もしばらく続けていかなければと思うと、大変気が滅入ることだった。


お祖父様が戻られれば状況は改善される。けれど、頼みの綱のお祖父様の予定が、なにぶん戦いに関わることなので、先が見えない。


こうなればいっそ・・・皆さんに帰路に行方不明になっていただくことまで、わたしは考えた。バウやサフィリアにお願いすれば証拠など残すまい。


けれど、さすがに思いとどまった。


そのあたりまで手を染めると、本当に魔王っぽくなってしまう。足をひっかけて転ばせるぐらいが限界だ。




ーーしかたない。非常手段だ。





そして、わたしは、お屋敷で遠征軍の出立準備をしているアセレアのところに相談に行った。


あのステーブたちをかわす手段は、もうひとつある。


それには彼女の意見が必要だった。


「ねえ、アセレア。仮にね。わたしも・・・リンゲン遠征部隊に加わるとしたら、どう思う?」


そう、わたしがお屋敷から離れれば、あの変な貴族の人たちとかかわらずに済む。


わたしの言葉を聞いて、そして、赤髪のアセレアは、今年一番の嬉しそうな笑顔を浮かべた。


それはとても良い笑顔で。


なんでそんなに嬉しそうなの? と思わず問い詰めそうになった。


『事情が許せばリンゲンに行く』旨、事前に言質を与えていたので、すごくあっさりと手続きは進んだ。家宰のパースも、『貴族としてのわたしの意志を尊重する』という立場からすぐに許可を出し、段取りも整えてくれた。


とまあ、このようにして、なかば不本意ながらも、わたしのリンゲン行きが決まったのであった。まる。












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