52 宣伝部隊






「せんでんぶたい?」


アセレアからの申し出を聞いているなかで、聞いたことがない単語があった。わたしは思わず聞き返す。


「はい、『宣伝部隊』です。

戦いの結果の意義を民衆に正しく伝え、士気をあげたり募兵を円滑に行うための後方補助部隊のことをそう呼びます」


季節はすっかり秋めいてきている。魔王軍と人間の戦いは、魔王軍の圧倒的な物量があるにもかかわらず、戦況は一進一退、膠着状態だった。なんでも魔王軍が攻め寄せてきても、統制された動きを見せるものの、肝心の軍本体は低位から中位モンスターから構成されているので、防衛する人間側もなんとか凌げのだそうだ。


魔王軍は兵卒よりも指揮官のほうが優秀、ということだね。普通は逆だと思うけれど・・・。


視点を変えてみると、魔王軍が手持ちの戦力をうまく使ってやりくりしているようにもみえる。


「それで、わたしが宣伝隊に加わる?」


「そうです。ある土地に派兵するための援護部隊を編成しなければいけないのですが、いかんせん集まりが悪く・・・、お手をわずらわせてしまい申し訳ありませんが、リュミフォンセ様のお力をお借りしたいのです」


「ある土地にというのは・・・」


「リンゲンです」


ああ、言っては悪いけれど、公爵領のなかでもとくに田舎だものね。


「リンゲン自体は古戦場と古砦があるだけの今は寂れた地域ですが、ウドナ河の源流があります。そして、その大河は王都や諸都市につながっているのです」


「・・・人間は河を通れないけれど、モンスターは河を道にできる、とそういうことかしら?」


そのとおりです、とアセレアは頷いた。


ウドナ河は王国を東流する大河だ。川沿いに都市も多いし、王都から先は南部へと続いている。各都市はその河を水源として取水し、上下水道に活用している。


ウドナ河は整備が進んでいないので、人間が通行できるのは王都周辺から南部の中流の一部から下流だけだ。上流部分は充分な深さがなかったり、険しい瀬になっていたりして、船の通行ができなくなっている。リンゲンまで遡ることができないのだ。


けれど、人間よりも過酷な環境に適応できるモンスターなら、ウドナ河は彼ら専用の高速道路となりうる。前世で言えば高速道路の入り口が隣にできるようなもので、モンスターがリンゲンに拠点を築いたら、王都を自由に攻められるということだろう。


心配はまだある。各都市はウドナ河の水を生活用水に使っているので、汚染されると大変だろう。すさまじい湧量を誇る大河だけれど、数だけは多いモンスターだ、どのような手段を持っているのかわからない。


リンゲンは僻地だけれど戦略的に重要。なるほど、理解した。


本来は機動防衛軍が対応すべきなのだろうけれど、遠隔地へ戦力を割くと簡単に戻ってこれないので、新たな戦力を募集したい。これもわかる。


そしてリンゲンは戦略的に重要だけど、僻地だからみな積極的に行きたがらない。


結果、防衛する戦力を募集しても集まらない。


なるほど、よくわかる。


そこで宣伝部隊を作って、募集を加速しようというわけだけど・・・。


首をかしげる。


「どうして、わたし?」


わたしが募集を手伝ったところで、人が来るとは思えないけれど。どこかでそんな好感度ポイントを稼いだかしら。


そんなふうに疑問に思っていると、やれやれいう様子でアセレアが補足してくれた。


「銀葉祭からですよ。あのときから、リュミフォンセ様が、とても可憐で美しいと民のあいだで評判になったのです」


「えっ・・・そうなの?」


銀葉祭のとき、パレードを見るために特別席に座って姿をさらしたんだった。あのとき・・・わたし、なにを考えていたかしら。


確かメアリさんが出ていくことにショックを受けて、心ここにあらずだった気がする・・・。あと勇者を消・・・コホン、説得する方法なんかを考えていたような・・・どちらにしろ、あまり記憶がない。


「祭りの次の日から、吟遊詩人がリュミフォンセ様を称える新曲を作って辻で歌ったり、姿絵が小物店で売り出されたり、街の娘たちが衣装を真似したり」


「そうなの?!」


この世界には肖像権とかないんだろうか。ないんだろうな。


「『夜の闇に溶ける濡羽の黒髪、灯りに輝く透き通る肌、夢を映す遠くけぶる灰の瞳。フルトゥラドール山車の華やぎ、優雅な調べ、祭りの喧騒。まぼろしの銀葉の祭夜に降りた可憐な大輪のつぼみーー其は灰瞳姫・・・』」


突然足で調子を取りながらアルトボイスで歌いだしたアセレア。なかなかにいい声。


「ーーこれが巷で言われているリュミフォンセ様の評判のひとつです」


「人違いじゃないの?!」


思わずツッコミを入れてしまった。聞いていて恥ずかしいくらいの美化っぷりだ。


「『知らぬは本人ばかり』とはよく言ったものです」


「呆れてため息をつかれるほどなの!?」


「そういうわけで、巷で人気のリュミフォンセお嬢様が募兵をすれば、リンゲン行きの冒険者などあっという間に定員に達するに違いない、というのが騎士団の総意です」


「扱いが大げさすぎると思うの!」


「あ、そうですね。総意ではなく期待ですね。そういうわけで皆の期待を一身に背負って、リュミフォンセ様には宣伝部隊に身を投じてもらいたいのです」


「・・・アセレアって、実はわたしのこと、嫌い?」


「いいえ、まったくそんなことはありません。むしろ、お嬢様は聡明ですので好きです」


「そ、そうなの・・・?」


「まあ、リュミフォンセ様と相対していると、好きな子ほどいじめていた幼少のみぎりを思い出すことがありますが」


「いじめているっていう自覚はあるんだ!」


いいえ昔のことを思い出すと言ったまでです、としれっと言うアセレアに、わたしはまたへそを曲げそうになった。




■□■




言われ方は散々だったけれど、時間がないのはわかったし、わたしの微力が役に立つなら・・・ということで、わたしは宣伝部隊に加わることになった。


とはいえ、出番は多くない。ロンファの広場の一角に組み上げた即席の舞台の上に立って、募集が始まる前に、道行く人に募集の必要性を訴えて、「みなさんひとりひとりの力が必要です。助けていただける方はお力を貸してください。どうかお願い致します」と言うだけだ。


挨拶の前に、騎士の一人から『灰瞳姫らしくお願いします』とかお願いされたけど、灰瞳姫らしくとは。灰瞳姫はわたしのことだけど、灰瞳姫はみんながつけたあだ名だ。灰瞳姫は、わたしの中にいるのか、それともみんなの中にこそ居るのか。


考えてもわからない。なかなか哲学的な課題だった。


この世界にはTVもネットもラジオも無いので、宣伝はもっぱらチラシと、いわゆるチンドン屋さんだ。派手な格好をした人たちが手風琴と鐘太鼓の鳴り物を鳴らし、街を練り歩いて募集を知らせる。


その甲斐あってか、募集会場には参加したい人たちがずらりと列を並べた。


受付をするのは騎士団の事務職員と、冒険者ギルドの職員が手分けをしているけれど、どこかほっとした表情をしている。目標の人数に届きそうなのだろう。よかったね。



わたしが臨時の控室として使っているケル車のなかでくつろいでいると、アセレアが失礼しますとコンパートメントに入ってきた。


「リュミフォンセ様のご協力のおかげで、募集人数は作戦クエストに必要な人数に達しそうで、むしろ選別が必要になりそうなくらいです。ありがとうございます」


軽く頭をさげるアセレアに、わたしは頷く。


「ここから見ていても、応募者の列がずっと続いているもの。みんなに受け入れてもらえて、なによりだわ」


「それで、リュミフォンセ様・・・」

「なに?」


いやな予感がする。


アセレアがにじりような、距離感をはかる雰囲気を出したときは、たいがいがお願いごとだ。


これまで、良いように挑発、あるいは懇願されて、わたしは結局アセレアのお願いを聞いてしまっている。なんというか、我ながら自分がちょろい娘みたいでいやなんだけど・・・。


「冒険者たちだけの部隊では指揮するものがいないので、騎士団も部隊を割いて同行するのですが、各方面から、リンゲン行きに、リュミフォンセ様に同行して欲しい、という声がありまして・・・」


「えっ、それは・・・」


わたしは言葉をすぐに返せずに、思考を巡らせる。本来なら軍人でも無いわたしは同行を即座に断るところなのだけれど、今はお祖父様が不在でかつ非常時だということで、わたし自身の行動については、可能な限りわたし自身の意向を重視して良いということになっている。


貴族という責任ある立場であれば、平時では非常識なことであっても、それを乗り越えた判断が必要だろうという考え方が根底にある。


とは言え、わたしが、公都ロンファを離れて、僻地リンゲンに同行するのは大きな判断だ。


お祖父様がいないいま、ロンファーレンス家のものが公都ロンファから出払ってもいいのかという問題や、そもそもわたしがリンゲンに同行しても大したことはできないという問題もある。


総合すると、行くべきではないということになるけれど・・・。


でも即答では、みんなの心証が良くないような気がした。アセレアもわたしに来てほしいはずだ。なぜなら、わたしの護衛兼指揮官として大手を振ってリンゲンへ行けるからだ。わたしがいかなければ、護衛の仕事を一時的に別の人に渡すのだから、リンゲン行きに何かしらの制限がついても不思議じゃない。


気を遣っていろいろと考えてしまうあたり、わたしはなかなかに優柔不断だ。


「パースにのちほど諮ってみるわ。それで良いかしら」


パースとは、執事長、いまは職名を変えて、家宰のおじいさんの名前だ。お祖父様不在の政務は、現在、彼が一手に引き受けてくれている。


わかりましたと頷いた赤髪のアセレア。その目が期待に満ちている。


わたしは、アセレアに言った自分自身の言葉を思い出す。


『もちろん、わたしの力が必要であれば、手を貸すことを厭うわけではありませんけど』


言っちゃったから仕方ないけど・・・。


いたいけな少女わたしを戦場に連れて行こうとするのは、できれば許して欲しいのだけど・・・。






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