50 ウリッシュを乗りこなそう




騎走鳥獣ウリッシュとは、この世界に生息する二足歩行の大きい獣である。大きなくちばしと長く頑丈な足を持つ。前世で言えばダチョウに近いけれど、あの生き物よりは頭が大きく、首まで羽毛で覆われているし、目はくりくりしてて可愛らしい。色はスズメみたいに茶色の斑。翼は退化していて短いけれど、短距離ならば飛べる種類も居るらしい。


人がこの騎走鳥獣ウリッシュを飼いならすのは、ひとえに移動のためだ。


強い蹴爪けづめで地をかける騎走鳥獣ウリッシュは、地上の移動では最高速度で移動できる動物だ。荒れた地形も苦にしないため、起伏に激しい山岳地帯や足場の悪い森林も縦横無尽に駆け回ることができる。けれど一人乗りが原則だ。骨格が頑丈でないので、荷物を運ぶのにはあまり向いていない。


同じように、移動に使う動物にはケルという動物もいる。こちらは四ツ足で頑丈なので、車を引っ張れるなど用途が広い。力は強いが速度は騎走鳥獣ウリッシュほどではない。騎走鳥獣ウリッシュが10だとすれば、ケルは6ほどのスピードだ。


前世日本で喩えていえば、ケルが四輪駆動車なら、ウリッシュはオフロードバイク、といったところだろうか。


そんなウリッシュだが、可愛らしい見た目に反して気性が荒い。なので乗りこなすにはかなりの技量が必要だと聞いている。



そんなウリッシュが、いま、わたしの目の前にいる。


くるる、くるる、と喉をならすウリッシュ。馬丁に手綱を握られており、くちばしを撫でられるとくすぐったそうに目を細める。かわいい。そしてわたしの隣に立つ赤髪のアセレアに向かって喉を鳴らして甘えている・・・。かわいい。ちなみに、この子、わたしのほうには目もくれない。



「第四の試験は、このウリッシュを乗りこなしていただきます」


アセレアがわたしに向けて改めて言う。


「騎士はこのウリッシュに乗ります。移動に使うだけでなく、生死をかけた戦場いくさばにも共に向かう相棒でもあります。騎士を率いる隊長ともあれば、乗りこなせるのは必須の資格といえるでしょう・・・リュミフォンセ様はご自分のウリッシュはお持ちですか?」


「・・・いいえ」


乗るのも初めてなのに、自分のウリッシュなんてあろうはずもなく。


「では、わたしのウリッシュをお貸しします。男嫌いですがいい子ですので、比較的乗りやすいかと思います」


アセレアの丁寧な口調と態度。けれど決定事項につけ入る隙は与えないという意志が見える。


わたしはアセレアの評判を思い出す。


『氷のように常に冷静沈着。戦場を俯瞰し、もっとも効率的な手段を的確に判断・選択し、勝ちをもぎとる優秀な騎士』


・・・なるほど、たしかにその評判はあたっていそうだ。


模擬戦という方式じゃなくて、わたしが経験したことのない騎乗で試験をするなんて・・・。もちろんこれはハンスの模擬戦の直後に思いついたことなんだろう。事前の説明が曖昧だったことも含めて、彼女の戦略のうち・・・なのかも。


てごわい。


「いかがされました、リュミフォンセ様? かなりお時間も取らせてしまいましたし、ご都合が悪ければ後日にいたしますか?」


そう言って延期を提案してくるアセレア。これはわたしにとって逃げ道だ。後日ということにして、約束自体をうやむやにしようとする意図だろう。


わたしに明らかに不利な条件を振っておいて、撤退させる道も提示する・・・。本当、戦略家なのね。


けれど、彼女の掌のうえは業腹だわ。


わたしは首を横にふる。


「いいえ、アセレア。わたしがウリッシュに乗れるか、試していただくわ」




■□■




場所を移して、騎行練習場にやってきた。砂が撒かれたそこは、柵内に囲われた場所で、一周は200メートルくらいだろうか。


わたしはさすがに乗馬スタイルに着替えてきた。ズボンを穿いて、髪もまとめて三つ編みだ。とはいえ上品なスカート姿のお嬢様暮らしが長かったので、ズボンが新鮮に感じられる。


「それでは、この柵内をウリッシュに乗って一周できれば、試験は合格といたしましょう」


アセレアの説明に、わたしは頷いた。過去に動物に乗った記憶をたぐってみたけれど、前世日本でポニーに乗ったのと、現世でバウの背中に乗ったことがあるだけだった。ポニーは牧場のおじさんが手綱を引いていたし、バウは意思疎通ができたし、なんとわたしには自力で動物に乗った経験が無かったよ!


格好つけて試験に挑んでいるけど、わたし、結構ピンチかも知れない。


まあ、無策ではない。着替えに行った間に、それなりに対策は準備した。あとはその策がどれだけそれが通じるかというところだけど・・・。


わたしがちらりとウリッシュを見る。相変わらずこちらを見ようともしないけど・・・。騎乗する上で大切なのは、動物との信頼関係、意思疎通だと聞いたことがある。


「アセレア、このウリッシュの・・・この子の名前はなんていうの?」


「ウルです」


淡々とアセレアは教えてくれた。


ウリッシュ対策そのいち。まずは意思疎通をはかり良好な関係を構築するーー。


「ウル、よろしくね?」


・・・・・・。


声をかけたが、ウルからは反応はない。


うっ、対策がいきなりしっぱい? いえいえ、そんなわけにはーー。


わたしが続けて声をかけようとしたとき、


「よっ」


軽く声を出して、アセレアが段々になっている箱をウルの足元に置いた。わたしは気勢をくじかれた。


これは何? と視線だけで問うと、


「踏み台です。さすがに必要でしょう?」


言われて眼の前にいるウルをまじまじと見る。ウルの背には鞍とあぶみが乗っているけれど、鞍はわたしが手を伸ばしたところよりも高いし、鐙はわたしの顔の高さだ。確かに、わたしのジャンプ力ではとても乗れない。踏み台でもなければ。


「・・・・・・ありがとう」


ありがたく踏み台を使わせてもらって、わたしはまずウルの背に乗る試みから始める。


両手で鞍を掴んで、わたしは身体を引き上げようとする・・・けれども、なかなかあがらない。踏み台を蹴っても、高さが足りないのだ。二度三度と挑戦していると、ウルが嫌がるように身体を激しく震わせた。


「きゃっ・・・!」


「あぶない。お気をつけて」


振り落とされたところを、アセレアにふわりと受け止められる。


そのままだったら地面に背中を打ち付けていた。本当にあぶなかった。


「ウリッシュは横に体重をかけると嫌がるんですよ。ですから、あまり体重をかけないようにしながら、一気に飛び乗るんです。このように」


言いながら、アセレアは鞍を押し下げるようにして華麗に跳躍。同時に鐙に足を入れて、気づけばすとんとウルの鞍の上に収まっていた。そしてそのまま輪乗りをしてみせる。ウルとアセレアは、スキップから短い横飛びを繰り返して、まるでダンスでも踊るように見事に同期した動きを見せて、人馬一体。いや、人鳥一体か。そんな動きをしてみせる。


「どうです? もう一度乗ってみますか?」


「ええ、もちろん。・・・でも、今度は違うやり方を試してみてもいいかしら?」


アセレアがウルから降りる。


わたしは入れ替わりにウルに近づくと、緑のエテルナを操作し、脚力を強化し、風を足元に集め。魔法を発動させる。


ぽふんっ。


という音と同時に、わたしの身体は躍り上がっていた。充分に調整された魔法で浮き上がった身体は、そのまま見事ウルの鞍の上に着地したーーと思った矢先。


「!!!???」


ぐるんっ、と世界が反転する。地面と空が交互に巡る。揺らされた内蔵が位置がおかしいことを訴えてくる。空に打ち上げられたと気がついたのは、もう落下を始めたあとだ。


「ーーーー!」


アセレアが何かを叫んでいる。


わたしは頭から地面に近づいていくーー! そして。


ふっ、とわたしの意識が途切れる。暗闇が訪れる。


そしてその暗闇が解けたとき、わたしの両足はしっかりと地面についていた。まるで前世で見た体操選手のように綺麗に両足をそろえ、両手は水平にぴんと広がっている。


「リュミフォンセ様! ご無事ですか?」


柵を軽く飛び越え、焦ったアセレアが練習場の中に入ってわたしのところへ駆けてくる。


どくんどくんと動悸が激しい。わたしの背中に冷たい汗が伝う。けれどわたしは無理やりに微笑んで言った。


「ええ、大丈夫よ。へいき」


「肝を冷やしました・・・お嬢様が鞍に降りた瞬間、ウルに空へ跳ね飛ばされたのですから。着地の直前、軽業師のようにすごい体捌きでした・・・リュミフォンセ様は、意外な特技をお持ちですね」


「ひとは追い込まれると、意外な特技が絞り出されてくるものよ。貴女もそうではなくて?」


アセレアに向かって一般論を述べながら、わたしが足元を見下ろすと、そこは砂地だった。


練習場の中央よりのところに落とされたようだ。前後関係から推測するに、わたしがちょうど鞍に降りたところで、驚いたウルがわたしを跳ね飛ばしたときに、わたしは相当空高く打ち上げられたみたいだ。しかしわたしは見事に着地に成功した。すたーん! と。


もちろん、ろくに体術訓練も受けていないわたしが、空中に投げ出されたのに無事に着地できたのには、からくりがある。


わたしは、精神支配の魔法ーーかつてメアリさんにかけたものと同じーーあの魔法を、わたし自身にかけたのだ。


あの魔法には、術者がすべて行動を指定しなくても、半自動で対象を自衛行動させる効果がある。その効果を利用して、普段のわたしではできない緊急回避を可能にしたのだ。


接近戦対策として、体術を一時的に向上させる方策として編み出した、新しい魔法の使い方。


けれどこの魔法には重大な欠点があって、魔法をかけた対象は一時的に意識を失ってしまうのだ。それはわたし自身を対象とした場合も、例外にはならない。


実際に使ってみて思ったけど、これ、かなり怖い。いきなり意識が飛んじゃうんだから。事前の操作指示がうまくはまれば良いけれど、外れた場合にどうなるかわからない。ことによると自爆するような結果に終わるかも知れない。


だから最後の切り札にしていたのだけれど・・・しかし、ウリッシュに乗るために、切り札をこんなに早々に使うことになるとは思わなかった・・・。


ウリッシュ、ウル。おそるべし!




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