49 第四の試験(よそうがい)






わたしのステイタスカードに、『魔王の落とし子』の表示があるとわかったのが3年前。


その表記と違わず、わたしには年齢に見合わない高位階レベルを得ていた。そして、魔法の才能、特に闇の黒色魔法の才能があることもわかった。わたしが単独で倒してきたモンスターたちは、本当は騎士団や冒険者の一党が念入りに準備をして戦うような相手だということも、成長するなかでだんだんわかってきた。


そういう経験からわかったのは、『自分の力を隠す』というわたしの方針は間違っていなかった、ということだ。


力の原因を探られて、実は前代魔王の娘だなんていうことがわかったら、公爵令嬢という地位なんてわたしを守るのになんの役にも立たなかっただろう。人間の敵だと認定されて、お祖父様に守ってもらうどころか、逆に、お祖父様には、連座で迷惑をかけていた可能性すらある。


現魔王による人間への被害を思えば、村を街を焼かれたーー大事な人たちを失った感情を思えば、わたしが何の罪を犯していないことは充分な理由にはなりえない気がする。恨みをぶつける身代わりに、我ながら、わたしは実にちょうどいい存在だと思う。


民衆に罵声を浴びかけられはずかしめられ、石を投げつけられながら、生きながら火に焼かれるーー。そんな死に方、想像するだにぞっとしない。


だからわたしは、これからも魔王の落とし子であることを隠しぬく。これは最優先事項だ。


その一方で、自分の持っている力を完全に隠し切ることは難しい。ふとした瞬間に、漏れ出てしまうのが力というものだから。


なので、わたしは周りに『才能のある魔法師ーーあくまで人間的な範囲で』という印象を植え付けることに腐心してきた。


魔法の才能があることは隠さない。ただそれをすべて出し切りはしない。


上手な嘘をつくコツは、すべて嘘を語るのではなく、本当のことにほんの少し嘘を混ぜることだ。


今のところ、わたしの嘘はうまく行っている。いまは旅立ってしまったメアリさんが何かしら気づいているのかもと思うことはあったけれど、彼女もわたしが魔王の関係者というところまではたどり着かないだろう。


でも『自分の力を隠す』ということは、自分を決して主役にしないということだ。


だからわたしの人生は、脇役に徹するもの、ということになる。


主役は常に別にいるーーたとえば、勇者ルーク=ロックとか。


だからわたしが魔王城に乗り込んで、現魔王を討伐するのは違うのだ。それは主役の振る舞いであって、脇役のわたしの役割ではない。


それが寂しいとも思わない。単に思うのは、この世は舞台だということ。


誰もが与えられた役を演じている。地位と役割ステイタスに応じて。




■□■




「ーー第四の試験。これが最後の試験です」


おごそかに試験を後付けしてきた、赤髪の護衛騎士。振る舞いがあまりにも自然なために、彼女の条件が完全に後付けであることに、ツッコミを入れる隙がなかった。


今からわたしが条件違反を言い立てるにはタイミングがおそすぎるし、勢いというか相手の虚をついて話を進めてしまうのは、ある意味アセレアのすごい特技だと思う・・・恐ろしい子!


「よろしいですか? リュミフォンセ様。体調などに問題なければ、移動しましょう」


「えっ・・・うん」


よろしいですかと聞いたくせに、こちらの返事を待たずに歩きだす赤髪のアセレア。わたしも思わず素の反応が覗く。サフィリアといい、わたしの周りにもだんだんマイペースな従者が増えてきた。メイドのチェセみたいに際限なくわたしを甘やかしてくれるのもどうかと思っていたけれど、マイペースな従者は御すのが大変だ。


そこでわたしは気づく。


「アセレア! まだハンスが気がついていないけれど、いいの?」


そこでアセレアは振り返り、『そういえばそういうのが居た』というようにわずかに柳眉を寄せ、少し考える素振りを見せたあと、


「リュミフォンセ様。騎士は日頃主君を守るために己を鍛えます。ロンファーレンス騎士団ともあれば、敵だけでなく風雪にもたやすく耐えるもの。彼は怪我もないですし、そこに転が・・・寝かせて休ませておいても、問題ありません」


「・・・・・・」


そうは言っても、彼を叩きのめしてしまったのはわたしだ。放っておいて良いと言われても、そういうわけにはいかない気がする。わたしは一瞬の逡巡のあと、彼が寒くならないように、風で囲った火球を魔法で生み出して、彼の傍に残した。熾り火の代わりで、これで風邪をひくことはないだろう。


そうしてアセレアに追いつくと、赤髪の護衛騎士は怜悧そうな瞳をこちらに向けた。


「リュミフォンセ様は、お優しいのですね」


「・・・・・・」


わたしが優しいというよりも、アセレアが冷たいように思えたのだけれど、これが騎士の文化なのかも知れない。よくわからないので、わたしは正直な想いを伝えることにした。


「彼を気絶させてしまったのはわたしです。気をかけるのは当然です」


「すでに癒やしを与えています。彼にはすでに過分に報いていると思いますが・・・」


「そうかも知れません。けれど、彼を巻き込んでしまったのも元はと言えばわたしですし、放っておくのは心苦しいの」


ふむ、とアセレアは歩きながら白いおとがいに指をかける。


「あれですか、弱いのに何か気になるというやつですか。庇護欲がかきたてられて気になる、ということを感じやすい女性がいると聞いたことがあります」


「そんな話になるの?! 彼はいったい、普段どんな扱いを受けているの?」


わたしは彼女の横を歩きながら否定する。


「わたしの反応は、意識の戻らない怪我人に対する普通の反応だと思うのですけれど・・・」


そうですか、わかりまししたとアセレアが引き取って、話は終わった。


どうなんだろう、この反応はアセレアだけの特別なものなのか、騎士団全体のものなのか、それとも彼ーー打倒された不幸なハンスに特別な事情があるのか・・・。気になるけれど、いま掘り下げたら何か変なことになるような気がするし、また別に良い機会があったら、聞いてみることにしよう。


わたしは心の中で一応の結論をつけて、意識を切り替える。



それよりも、第四の試験だ。


アセレアが出してくる試験なのだから、きっとアセレアとの模擬戦なのだろう。


それも普通の模擬戦ではなく、特殊な条件下での模擬戦になるのでは。わざわざ場所を移すのはそのせいだろうか。少なくともその心構えをしておいたほうが良さそうだ。


アセレアーーわたしの護衛騎士は、女性でありながら、騎士団の中でも最精鋭だと聞いている。そして、二つ名を持つ(ネームド)騎士だ。二つ名は相当優秀な戦果をあげないとつかないものなので、決して内輪だけの評価にとどまらないということだ。


本当は第一の戦力として前線で戦うのが彼女の希望なのだけれど、最も腕利きの女性ということでわたしの護衛に抜擢されてしまったという事情を持つ。年齢のわりに早い昇進はそのことの埋め合わせ的な配慮があるとも聞いたことがある。彼女もそれは納得済みのことだと聞いていたけれど、外面はともかく、内心はまた違うのかも知れない。


戦いの技量だけでなく、氷のように常に冷静沈着。戦場を俯瞰し、もっとも効率的な手段を的確に判断・選択し、勝ちをもぎとる優秀な騎士。それが彼女の評判だ。


問題は、その優秀な騎士と模擬戦をしたときに、わたしはどこまで実力を出してもいいものか、ということ。


まさか魔王の落とし子を疑われるような戦いかたができるはずもないけれど、手加減をして勝てる相手なのだろうか。何事もなく終わればいいな、と思いながら歩いていくと、アセレアは前庭からどんどん外れていく。


魔法障壁が地面に施された試合場にできるエリアから外れ、お屋敷の横手に入る。ここからは石畳がなくなり、固くかためられた土の地面になる。花壇もあり見た目も美しいけれど、わたしもあまり入ったことのない、使用人の皆が住んでいる棟がある方向だ。


アセレアが手加減しても歩くのが早いので、自然とわたしがちょこちょこ早足で追いかけるような格好になる。


「ねえ、アセレア。どこに向かっているの?」


「もちろん、第四の試験ができる場所です。お望みの通りです。もうすぐ着きます」


わたしの質問に淡々と答えるアセレア。


やがてお屋敷の厩舎が見えてきた。一部とはいえ、騎士団の騎獣を収納するので、大きなスペースがある。清潔にしているが消しきれない獣の匂いが、風に乗って流れてくる。ついでに、ぎしゃーくるくーという鳴き声も。


厩舎まで来ると、壮年と少年の馬丁が飛び出してきた。ふたりとも見覚えがある。湖畔のピクニックで顔を合わせた二人だ。アセレアが顔見知りのようで、前に出て短く言葉をかわすと、二人の馬丁は慌てて厩舎の中に戻り、そしてまた再び出てくる。


連れてきたのは、二足で走る大型鳥獣ーー『ウリッシュ』だ。


「それでは、第四の試験です、リュミフォンセ様」


わたしは唾を飲み込み、彼女の言葉に聞き入る。


「貴女には、この騎獣を乗りこなしていただきます」


「えっーー」


お嬢様であるわたしは、普段の移動はケル車で、そういえば騎獣に乗ったことがない。


てっきり趣向をこらした模擬戦だと思っていたのにーーこれは、よそうがい!




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