48 わたしを試しなさい





アセレアに無力なお嬢様だと揶揄された。わたしはおかんむりだよ。


子供っぽい? まあ、実際、まだ子供ですもん!


だからわたしは、卓上の地図を挟んで向かいに立つ赤髪のアセレアに向かって、言った。


「良いでしょう。その機動防御部隊の新設と、隊長。引き受けます」


「リュミフォンセ様。それは、あくまでも冗談だと・・・」


「あら、アセレア。二つ名持ちネームドの騎士が、虚言を用いるのですか? 騎士に二言はないのではなくって?」


「・・・・・・」


アセレアは、わたしを怒らせたことを察したらしい。すこし真面目に、問題点を指摘する。


「落ち着いてください。部隊新設は、そう簡単にできませんよ。権限が必要です」


「いいえ? 貴女は副騎士団長の一人に昇格したと聞きました。ならば、非常時指揮権を持っているはず。それを発動し、わたしを隊長に任じてくださればいいはずです」


うっ、と一瞬アセレアはひるんだように見えたが、けれど面倒くさそうに眉を一度ひそめて、すぐに立て直した。


「現在は、近辺にモンスターの襲撃はありません。非常時ではないので、その指揮権の発動はできません」


「いつ、どういう状況が非常時かの解釈も含めて、貴女の権限のはずです」


わたしは、アセレアが置いた地図、そして並べられた白と黒の駒を視線で指し示す。


「先制的防御、という選択肢もあるのでしょう?」


モンスターの布陣位置で攻撃の準備と解釈し、陣地防御では不利なため、防御のために敵地を戦場にするために、先制攻撃をするーーそんな選択肢がある。と、軍学でわたしは学んでいる。お祖父様が騎士団長を兼ねているので、いろいろお勉強をしているのですよ。


アセレアは苦いものを含んだように息を吐く。


「・・・軍事は政治と違います。状況の解釈は正確に。心の襞、言葉の綾の外に、軍事はあります。現在は先制的防御が許される状況はありません。戦力を迂闊に裂けば、その隙を狙われます」


「では、約束で構いません。”そのとき” が来れば、貴女はわたしを機動防御部隊の隊長に任じてくれる、と」


「リュミフォンセ様。・・・なにをそれほどお怒りに? たわむれではありませんか」


「そうね、アセレア。貴女の怒りの矛先は、きっと本当は別のところにあるのでしょう? だから、わたしも、貴女のたわむれに乗ってあげているの」


「・・・・・・。 それは・・・」


わたしはアセレアの心中を想像し、思わせぶりな言葉を投げてみると、如実な反応があった。うん、きっと想像した通りだ。アセレアが怒っているのは、わたしにじゃない。彼女自身に向けた怒りなんだ。


言ってみればアセレアの八つ当たりなんだと思う。けれど、わたしはそれに、付き合ってあげる。

「ともあれ、わたしを試しなさい、アセレア。貴女の望みどおりにするために」





■□■





練兵場として使われている、お屋敷の前庭。そこへアセレアとわたしはやってきた。


「この場でいましばらくお待ち下さい、リュミフォンセ様」


そして、アセレアは覚悟が決まった顔で一礼すると、騎士たちがたむろする建物へと向かっていった。今日の空は雲が多い。雨まで降ることは無さそうだけれど、まだ高いはずの陽がときおり陰り、雲の影が地上に落ちる。緩やかな風は涼気をはらみ、今が秋なのだということを知らせてくれる。


空を眺めてぼんやりとしていると、アセレアが一人の男性を連れて戻ってきた。


わたしが目の端だけで彼女たちを視界にとらえると、赤髪の護衛騎士が何気なく言葉をくれた。


「リュミフォンセ様。なにを見ておいでですか?」


「・・・空を。秋の空は、高くみえるわね」


「面白いものはありましたか?」


「いいえ。けれど、ここは平和だと思いました。・・・アセレア。勇者一行が倒した魔王軍の幹部の数は知っている?」


「4体・・・と聞いています」


そう、勇者たちーーメアリさんを預けた勇者一行も、さぼっているわけではない。各地で幹部を倒しながら、魔王を着実においつめているーーのだけれど、今代魔王のほうが一枚上手なのだ。


「では、魔王軍によって灼かれた村や街は? ロンファーレンス家領のなかだけで」


「9つ・・・です」


「・・・うん」


それは、この夏から秋までの魔王軍の成果だ。機能的な軍を編成した魔王の軍隊は、村や街を強襲し、焼いた。


気まぐれに襲ってくる野良モンスターだけを相手取るこれまでの防ぎ方では、どうにもならなかった。悠長に勇者が旅してくるのを待って、モンスターの根城を潰してくれるもやはり待つだけでは足りなかったのだ。


機動的防御の騎士団の部隊を各地に出陣させたあと、被害は減ったけれど、ゼロにはならなかった。魔王軍は細かな部隊をいくつも繰り出して、戦力が空白になる地帯を狙ってくる。そして人々は財を失い、命を落とす。


・・・うん。


だからアセレアは怒っている、村や街を守れなかったことに対して、騎士団の皆は自分自身に怒っているし、アセレアもきっと怒っている。そして、彼女の場合は、わたしの護衛という名目で、留守番役をさせられていることにも怒っている。彼女自身は強く素晴らしい騎士で、世界はみんなを守るための意志と力を求めている。


なのに、彼女は留守番役だ。まるで守られるだけの、お姫様のように。


だから彼女は、その無力なお姫様役のわたしに、彼女自身を重ねているのだ。


きっと、ばかばかしいと思いながら。



「リュミフォンセ様。騎士団魔法部隊の第四中隊長のハンスです。ご存知です? リュミフォンセ様は魔法師の素質をお持ちですから、いまから彼に試験をしてもらいます」


アセレアがそう紹介してくれたので、わたしは物思いをやめた。


彼女の後ろから、坊っちゃん刈りでちょっとぽっちゃり目の男性が進みでる。良い人なのだろう、鼻が丸くて親しみが持てるし、それに紹介されて少し緊張している。鼻の下をこすりながら、彼は言う。


「アセレア副団長。本当に大丈夫なんでしょうね? お嬢様を騎士団風の試験したりなんかして。試すだけでも不敬だっていうのに、怪我でもされたら・・・責任を取れ、なんて言いませんよね? お嬢様に怪我でもされたら、僕、責任取りきれませんよ?!」


「大丈夫だ。お嬢様たってのお願いだ。だから聞いてやってくれ。バチはあたらん・・・と思う」

「ホントなんでしょうね、それ! 僕の目ェみてそれ言ってもらえます? ほれ、どうしてこっちを見ないんですか!」


「・・・前のカードの賭けの負け分と、お前が女の子に振られてベロベロに酔っ払ったときに介抱してやったときの恩。チャラにするから」


アセレアは赤毛をかき回しながら答え、そしてぼそりと付け加えた。


「それにほら、魔法師同士で通じたりするもんもあるだろ。騎士が魔法師を相手すると、手加減ができんのだ。お前が適任なんだよ。うまくお嬢様に諦めてもらうように誘導するのは」


「そ、それはわかりますけど、しかし・・・団長の愛娘ですよ? やっぱり、僕」


「かまいませんよ、ハンス」


乗り気でないハンスを引き入れるために、わたしは口をはさむ。このままでは話が進まない。っていうかわたしに丸聞こえなので、少しは隠す努力をみせてほしい。


「なにがあっても、あなたが責任に問われることはありません。わたしが無理にお願いしていることですから」


「リュ・・・リュミフォンセお嬢様。・・・!! わかりました。試験をしましょう・・・あなたの腕前が、騎士団に相応しいかどうか」


人の良さそうなハンスは、ため息をひとつ。


「試験は3つです。ひとつは、防御魔法の試験。僕の出す魔法を防ぎきってもらいます。ふたつめが、攻撃魔法の試験。防御魔法の試験と同じようなものですが、今度は攻撃魔法で相殺してもらいます。みっつめは・・・総合試験。ふたつの試験がうまく行ったらですが、魔法組み手をしてもらいます。これで状況判断力、魔法の実戦での使い方をみます。・・・ご質問は?」


「ひとつ、いいかしら」


どうぞ、とハンスに促されるのを待って、わたしは言葉を続ける。


「どれも、ハンス中隊長を相手にするのよね? だったら、魔法組み手の延長で、すべてひとつの試験としてもいいのでは?」


「ふむ。それは悪くない提案ですけど・・・。まあ、それは第一の試験の結果で判断しましょう。うまくいったら、ということで」


「わかったわ」


「けれど、魔法は授業と実戦ではまた違います。リュミフォンセ様の魔法の才能は存じておりますが・・・決して、油断されませんよう」


「わかっているわ。魔法は使い方次第ですものね。それじゃあ、さっそくはじめましょう」


「そのままで、ですか? お召し物を変えたほうがいいのでは? 汚れてしまいます」


「ごめんね、ハンス。ここに至るまで、アセレアにずっと、おあずけされてたから・・・もう、待ちきれないの。このままして、いいでしょ?」


「そっ、そうですか」


わたしが腕のストレッチをしながら答えると、何故かハンスは顔を赤くしたあとに、強く頷いた。


「では、始めましょうか」


アセレアの誘導に従い、わたしとハンスははお互い20メートルの距離を取って、向かい合って立つ。


赤毛のアセレアは片手をあげると、ほぼ余韻なく、その手を掛け声とともに再び振り下ろす。


「始め!」


「では行きますよ・・・! 赤色魔法・・・『赤球』」


ハンスの基礎魔法。炎の球がわたしに向かって飛んでくる。これを風の盾あたりで防げば、第一の試験は終了だけど。けれどそうはしない。


わたしは自分に速度上昇の魔法をかけて、後ろ足を思い切り蹴りーー、前に向かって出る。


つまり向かい来る炎球に突っこんでいく!



「「えっ!!」」


ハンスとアセレアの重なった驚きの声は、続く炎球の爆音によってかき消された。


それなりに強めにエテルナが籠められていた炎球は、爆裂してあたりに炎を撒き散らす。


飛び散った炎が石畳の上に広がり、赤い舌のようにちろちろと揺れる。


そしてわたしは、燃える炎と黒煙を突き抜けて、姿を現す。魔法の翼とともに。


「長いーー黒い翼!?」


突然正面に現れたわたしを見た、ハンスの驚き声。


わたしは魔法の翼で身を覆い、炎の球を防ぎ、やり過ごしたのだ。


そして、ハンスの反応はいただけない。


驚きを叫んでいる間にも、相対する敵であるわたしは、駆け続けてハンスに接近しているのだから。驚くよりも先に、防御の構えを取るべきだよ。


これはわたしの新魔法。具現化魔法を応用して、エテルナで翼を象る魔法だ。ある程度自分の意志で動かせるし、2メートルぐらいの長さに設定しているので、わたしの前に出せば盾がわりになるし、近距離では打撃にも使える優れものだ。


だんっ! とさらに地面を蹴ると、ほんの瞬きをする間に、わたしはハンスに肉薄していた。


そして、わたしは、背中の魔法の翼を動かす。翼の軌道を邪魔しないように、わたしは上半身を半分ひねり。


そして翼が、袈裟斬りの軌道でハンスに振り下ろされる。


「ーーーー!!!」


黒い翼が円弧をえがいて振り抜けた。


翼撃で打ち倒されたハンスは声もなく、そのうえ地面で一度小さくバウンドして、石畳のうえに大の字になって転がった。


ーーう。ちょっとやりすぎたかな・・・。かなり手加減はしたんだけど・・・。




魔法師は敵に近づかれると弱い。


魔法を使うにはどうしても溜めの時間がある。それがほんの数瞬であっても、敵の剣の動きのほうが早いことが多いのだ。


それは、高レベルを得たわたしも例外ではない。


だから、それを補うための魔法を、オリジナルでいくつか編み出した。


メアリさんがいなくなったことで、これまでの弱点を埋める必要性を感じた結果だった。



それはそれとして、回想を終えても、ハンスは倒れたままで、なかなか動かない。


だいじょうぶかな・・・? 死んじゃうと怖いから、癒やしをかけてあげよう・・・。


わたしは背中の翼を解除し、近づいて手をかざし、彼に癒やしの魔法をかける。さほど得意ではない癒やしの魔法に集中していると、審判役のアセレアが尋ねてきた。


「リュミフォンセ様、さきほどの魔法の翼は・・・攻防一体のものなのでしょうか?」


「ええ、そうです」


わたしは頷く。


「先ほどの翼で、ハンスの魔法を防いで、そして彼を打ち倒した?」


「ええ」


「では、試験は有効としましょう。これで、3つの試験、合格です」


「じゃあ、これでさっきの約束は果たしてもらえるのね?」


わたしは顔をあげて聞く。癒やしは終わった。彼はまだ目を覚ましてないけれど、呼吸が穏やかになったので、きっと問題はないと思う。


わたしの問いかけ対する赤髪の護衛騎士の答えは、意外にも否だった。


「いえ。いまのは騎士団入団の試験と同じものですから、お約束の隊長任命となると、もうひとつ、試験を受けてもわなければなりません」


「え?」


わたしは眉を寄せる。それでは後出しではないのか。


しかしたしかに、試験が3つだと言ったのはハンスだった。あれは『ハンスの試験』は3つだという理解もできるけど・・・。これ、ちゃんと確認しなかったわたしが悪いのかしら・・・。


わたしが我ながら物分りの良いことを考えているうちに、赤毛の護衛騎士はぴっと人差し指を立てて言った。


「ーー第四の試験。これが最後の試験です」



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