43 遠く、遠くまで




決められた就寝時間を大きく過ぎて、深夜・・・というより明け方。わたしの部屋には、煌々と灯りが灯っていた。


「できた・・・」


「できたんですか!?」


作業机の前で細かい彫金作業をしていた作業エプロン姿のわたしがつぶやきをもらすと、背後でずっと控えていてくれたメイドのチェセが、かけていた毛布をはねのけソファから跳ねるように立ち上がる。時刻は未明、日付は既に変わって約束の日になっている。あと2時間ほどで夜が明けるだろう。


栗色の髪を揺らして、チェセがわたしのところへやってくる。


「それではリュミフォンセ様はすぐにお休みになってください! 今日は大事な日なのに、疲れた顔ではいけませんから! あとは、わたしが片付けておきます」


「でも危ない魔法材料があるから、錬金魔法の心得が無いひとが触ると危険なものもあるから・・・」


「大丈夫です、この2日、ずっとお手伝いしてきたんですから、勘所はわかっているつもりです!」

「でも、赤のエテルナを与えると爆発する魔法素材もあるの」


「そ、それも大丈夫です! 把握出来てますから! これですよね? これを隔絶箱に納めればいいんですよね?」


「衝撃を与えるとやっぱり爆発する魔法液体も・・・」


「この砂を入れて染み込ませて捨てればいいんですよね? ばっちりです! ちゃんと記憶しておりますから。それより、リュミフォンセ様、朝は湯浴みの準備をしておきますのでそのつもりでご準備ください。お食事も明日・・・というより今朝は時間を取るためにこちらにお持ちします。お任せください、メアリの見送りのときにはリュミフォンセ様を一番美しい姿にして差し上げますので! だからまずは可能な限り睡眠をとって身体を休めてください!」


チェセは錬金魔法どころか魔法の心得が無いので、事前知識はほぼ無いはずだけど、きっちりとした性格なので、細かいことを良く覚えている。危険物なので不安そうだけれど、対処法を正確に覚えているので、安定感があるね。そして、わたしのことを良く気遣ってくれる。


なのでわたしは申し訳ないけれど、短い仮眠を取らせてもらうことにした。ずっと作業に付き合わせてしまったチェセも眠っていないから申し訳ないんだけど、細かい作業の連続で、わたし、もう集中力の限界。


わたしはベッドに倒れ込み、そのまま夢も見ずに、意識が暗転した。





そして、約束の日の朝はあっという間に来た。眠ったのは多分3時間くらいだから、本当にあっという間だ。チェセと今日は他のメイドさんにも手伝ってもらって、湯浴みをして身支度をして、そして昨日作った成果物を確認する。旅立つメアリさんへの贈り物だ。


チェセに外観を確認してもらい、わたしはエテルナの流れを確認して、あとは汚れを落とすよう少し磨いて、完成。外光を受けて煌めくそれを眺めながら、我ながら良い出来だと思う。これでメアリさんが喜んでくれるといいな。最後のラッピングはチェセにお願いして、わたしは朝の日課に行った。





そして、勇者たちは午前中にやってきた。まだ正午には届かない、陽があがりきっていない時間。

日差しが強い日だったけれど、風が爽やかに吹く日で、色濃い緑がさわさわと揺れていた。


お屋敷の前庭の石柱の立つ門のところで、お祖父様やわたしを始め、使用人の皆さんが並んで、勇者一行と向かいあった。勇者一党は今回は全員来ていて、5人いる。わずか5人ではあるが、いまこの王国でもっとも注目されている5人だろう。


その間に、旅装のメアリさんが立っている。特注のエプロンドレスのメイド服に、手に大きなトランクを提げているという姿だけれど、これで旅をするのだそうだ。やっぱりメイド服はアイデンティティだものね。


「お世話になりました」


そう頭を下げるメアリさん。見送るお祖父様が、公爵として彼女に言葉をかける。


「メアリ。そなたはこのロンファーレンス家において、雇い主に忠実に仕え、与えられた勤めを誠実に果たし、我々に多大な成果を与えてくれた。深く感謝する。そしてこれからは、この公爵家に与えてくれたものを、同じように世界に与えてくれ。そなたならばできると思っている。ーー願わくば、そなたが女神の慈雨に虹にまみえんことを」


ありがとうございますと微笑んだメアリさん。


そして、わたしはお祖父様の隣を離れ、メアリさんへと歩み寄る。


両手に小さな袋を捧げるように持って。


メアリさんの金の前髪が風に揺れる。エプロンドレスがたなびく。わたしは、彼女の眩しさに目を細めながら、つとめて笑顔を作る。


「メアリ。これを・・・」


わたしが、袋から取り出し、差し出したのは、翼をモチーフにしたネックレス。


翼をかたどったなめらかな白色の魔法金属の台座に、小指の先ほどの、控えめな虹色に輝く宝石がはめ込まれている。この宝玉には5種類の魔法効果を籠めたものを、さらに混ぜて圧縮したものだ。それを細い金の鎖でつないで、首から下げられるようにしている。


このお護りが、メアリさんを護ってくれることを願って。


「リュミィ様、これは・・・」


手にしたネックレスに目を見張り、メアリさんが問いかける。このような立派なもの、どうしたのですか。


「お護りよ。貴女が旅のあいだ無事であるようにと願って作ったの」


課題だったデザインは審美眼に定評があるチェセが監修している。最初のものはうまく出来たつもりだったけれど、デザインにチェセが難色を示してどうしてもオーケーをくれなかったので、結局チェセの新たなデザインのもと、細工をやり直したために時間がかかった。けれどその甲斐あって良いものができたと思う。


「これを、リュミィ様が・・・? 宝飾には詳しくありませんが、素晴らしいものなのでは?」


気に入ってもらえたなら嬉しいわ、というとメアリさんの黄金色の目とあって、笑い合う。そしてわたしはそれを彼女に手渡した。柔らかい手に触れる。


メアリさんはしげしげとネックレスを見つめ、そしてそのネックレスのお護りを、その場でつけてくれた。首の後ろの留め金を留めると、どうでしょう? というふうに彼女は首を傾げて微笑んで見せてくれる。


控えめにしたネックレスの飾りは、派手すぎず、けれど控えめすぎず、清楚なメアリさをよく引き立てている。


思ったとおり、とても、良く似合っている。


「メアリ、良く似合うわ。そのお護りには・・・、んぐっ、いろいろな護りを籠めていて・・・ぐすっ、旅先でもメアリを・・・護ってくれるはずだから・・・ふぐっ」


「リュミィ様」


目から水が落ちる。


わたしはたまらずメアリに飛びつくと、彼女はかがみ、腕を広げて迎え入れてくれた。


わたしはメアリさんの首筋に頬を寄せる。


「かならず、無事で戻ってきて。・・・約束よ」


「ええ。約束致します。リュミィ様もお体に気をつけて」


わたしはメアリさんの首から肩を抱きしめる。温かい温度と、鼓動が伝わってくる。


「さみしくなるわ」


「泣いていてはいけませんよ。リュミィ様は責任のあるお立場なのですから」


「・・・泣いてなんていないわ。・・・大丈夫。だから。安心して。メアリ」


鼻をすすりながらしがみつくわたしを、メアリさんはしばらく優しく抱きしめてくれていた。


そして、名残惜しい時間を過ごしたあと、彼女は勇者一行とともに旅立っていった。


ぺこりと一礼をして去った彼女に、わたしを含めて皆が手を振る。


わたしは、彼らの影が見えなくなるまで、青空の元、ずっと立ち尽くしていた。


初夏の風が渡っていく。メアリさんがいる勇者のところを越えて、森を越えて、街を超えて。


遠く、遠くまで。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る