第五章 あこがれの田舎ぐらし?

44 将来のお話


メアリさんがお屋敷を去った翌日、熱が出て、わたしはしばらく寝込んでしまった。


お医者様が言うには、疲れと心労が一度に重なったのだろうということだった。


寝込みはじめてから、5日が過ぎた、次の日の朝。


窓の外、緑の葉が白く強い日差しに灼かれている。


身を起こすと、あれほどだるかった身体が軽い。そして少し汗ばんでいた。


「うー、べたべたして気持ち悪い」


いつの間にか、夏がやってきていた。





「こちらでよろしいですか?」


「うん、ありがとうチェセ」


わたしは部屋で湯浴みをして着替えたあとに、お祖父様に回復したことを報告することにした。他にもお祖父様に大事な用事があったので、お祖父様の執務室にところへ向かおうとしたけど、お祖父様のほうかこちらに来てくれるということだった。ずっと寝込んでいたわたしの部屋で出迎えるのも嫌だったので、風通しのよい別の部屋で待つことにした。


ソファが中央にL字型においてある部屋で、わたしはソファに腰掛ける。


「こちらのクッションにもたれかかってください。そうすればお体が楽だと思いますから」


わたしの肘置きのために、メイドのチェセがクッションを他の部屋から運び入れ、山と積んでくれた。ソファに突然できた小山によりかかりながら、ぼんやりと窓の外の木の枝が揺れるのを眺める。


「ああ・・・普段もお美しいですけれど、病み上がりで気怠い表情のリュミフォンセ様も、とっても素敵です・・・!」


「う、うん、ありがとうチェセ」


この人はすごく気が利くし、商家の出なのでいろんな相談ができるし、仕事ができる人なんだけど、ちょっと主人であるわたしへの忠誠・・・というか愛? みたいなものが、ときおり重い気がする。もちろん慕ってくれるのはとっても嬉しい。嬉しいんだけど・・・。


お祖父様を待っている間は、一人にしてもらうことにした。チェセはすぐさま承知してくれて、きびきびと退出していく。けれどその前に、風が入るように窓を開けて行ってくれた。


木陰を通った良い風が流れ込んでくる。肌を撫でていくわずかにひんやりとする風を感じながら、わたしはお祖父様とのお話を思い出していた。


そう、あのお話のときは、ちょうど隣にメアリさんがいた。






■□■




「そなたの将来について語るときに、そなたの縁組の話は外せないことはわかっているな? 貴族の淑女とはそういうものだという理解でいてもらいたいが・・・それはどうか?」


あの時、場には3人。お祖父様とは差し向かいに座っていた。わたしの隣にはメアリさんが座り、静かに話を聞いている。


大事な話があるといってお祖父様が切り出したのは、まずわたしの将来の結婚話。貴族でありがちな、政略結婚。この世界で貴族として生きるなら、家と家の結びつきは、国同士の同盟のようなものだ。個人の恋愛感情よりも、家の事情が優先される。わたしもその駒として数に入るということだろう。


それはこの世界に転生していることを気づいたときから、なんとなく覚悟はしていた。この世界の貴族の女性は15歳から21歳くらいまでに結婚するもので、婚約となれば幼子のときから可能性がある。公爵家の令嬢なら、もうそういう話があってもおかしくない。


わたしは自分で言うのもなんだけれど、恋愛にこだわりが無い方だと思う。前世のときの恋愛もあっさりとしたものだったし・・・。政略結婚についても、お見合い結婚みたいなものだと考えれば、あんまり忌避感はない。


わたしが黙って首肯すると、お祖父様は安堵するように息を吐いた。


「そうか、そなたも考えてはくれていたのだな。・・・とはいえ、いま我が家の政略は、そなたの婚姻に頼るほど問題はない。ラディアが西部一の伯爵家に嫁いで、西部におけるロンファーレンス家の立場を高めてくれたので、いま我が家に表立って敵対する家はない。むしろこれ以上大きくなると、王家が表立って妨害してくるので、王家に警戒されないように注意する必要があるくらいだ」


ほほう・・・たしかに貴族同士の問題でお祖父様があたふたしている場面をみたことがない。権勢を盤石にしているからこそ、なんだね。あれ、お祖父様、いまさらっと政治手腕を自慢した?


「なので、リュミィ、そなたの結婚では家格が釣りあう相手であれば良い。とはいえ、年回りまで考えると候補は限られてくるがな・・・」


わたしはなるほどという顔をする。ロンファーレンス家はこの王国ーーアクウィ王国でも指折りの名家だ。明白に釣り合うのは、東、南の大公家か、北の辺境伯。各地の上位の伯爵家ということになるだろうけど。そこのお家の子供の年回りまでわたしは知らない。というか興味を持ったことも無かった。


「そなたの相手として候補としてあがっているのは、アクウィ王家の第二王子と、第三王子。それと北の辺境伯領の伯子だ。東と南の大公の公子にはちょうど良い年回りのものがおらんでな」


えっ、おうじさま?! これは予想の上が来た! さすがファンタジー世界!


「とは言えだ。婚約したわけでもなし、まだお互いに検討期間ということになっておるので、予断を許さん。相手も複数の候補者がおるじゃろうしな。そなたに希望の結婚相手がおるならば、あと数年の頑張り次第だろうな」


おっ・・・おお・・・。11歳から婚活かあ・・・。異世界の貴族の世界は、なんというか、ある意味厳しいなあ・・・。


「王家と婚姻となると、ロンファーレンス家のちからが高まりすぎて危険なのでは?」


と、わたしが指摘してみると、お祖父様からはすぐに答えが返ってくる。


「なに、我が家を危険視しているのは王家なのだから、ならばいっそ逆にふところに飛び込んで抱き込んでしまえばいいという考え方じゃ。嵐から離れようとするよりも、飛び込んだほうが逆に安全というのは良くある話じゃ。むこうにも利があるはずじゃしの」


そういうものかぁ・・・よくわからないけれど、政治に関してはお祖父様の言うことが正しいんだろうな。でも結婚するのはわたしだし。候補のひとたちは、家柄が立派なんだから、きっと立派なひと・・・だとは限らないか。良い人だといいなぁ。


「リュミフォンセ様、伺うだにお相手は素晴らしい方ばかりです。良かったですね」


隣のメアリさんが、わたしに教えてくれる。


「そうなの?」


「ええ、両王子は才気煥発な美男子と聞いています。辺境伯子は尚武の土地柄を反映して、立派な武人を目指して日々鍛錬に励む真面目な方だとか。たしか年は、第二王子と辺境伯子が15か14歳、第三王子は6歳・・・だったと思います」


いまわたしが11歳だから、年上と年下かあ。でも5歳差ならありなのかな?


「他人のことはともかく、メアリ、そなたには良い縁談はないのか? もうそろそろという齢であろう?」


お祖父様の言葉に、わたしはばっとメアリさんのいる横を見る。当の彼女は形の良い眉を八の字にしながらむりやりに笑顔をつくっていた。珍しい表情だ。


「はは・・・それが、なかなか・・・でして。お恥ずかしいです」


その言葉に、わたしはほっと胸をなでおろす一方で、お祖父様は残念そうな表情を作る。


「これから勇者一行に加わるとあれば、縁談などに関わる暇が無いだろうが、旅が終わってもしまだ縁組に困るようであれば、儂を頼るがいい。縁談の世話ぐらいはしよう」


「それは、お心遣いありがとうございます」


「こう見えて顔の広さが自慢でな。良縁を準備できると思う。それ以外でも困ったことがあったらなんでも言って欲しい。できるだけの支援を約束しよう。・・・なに、娘が世話になったようだし、勇者一行に加わるそなたと縁を深めるのは悪い話ではないのでな。遠慮をすることはないぞ。むしろ頼ってほしい。旅のすべてが終わったあとに、また娘の元に戻って来てくれれば、嬉しいとも思っている。もちろんそなたの思いもあるだろうーー、参考にしておいてくれ」


はい、と頷くメアリさん。ふむ、とお祖父様がにこやかに頷いた。この話はいったん区切りまできたようだけれどーー。


「と。こういうことを踏まえて、次の話を聞いてもらいたいのじゃが」


お祖父様が身を乗り出した。



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