42 双月の宝玉
それじゃあ、はじめるよー!
今回は魔法錬金をします。今回は
はい、細工作業に使う机が足りないので、わたしの部屋に机を3つ、運び込んでもらいましたよ。
わたしは、そこに器具と材料を並べて、作業に取り掛かる。なにせ作業時間は正味では1日しかない。すべてすんなりいけば充分な時間だろうけれど、調べながらだから、失敗も考慮すると、ぎりぎりになるかも知れない。
ひとつの机に魔導書を乗せ、見たい頁を開いたままにする。必要な材料と器具もすべて机の上に乗せる。よしこれで準備は揃った。
「素材のすりつぶし、終わりました」
アシスタントを頼んでいるメイドのチェセが、栗色の髪を揺らして言ってくる。
「ありがとう。じゃあ、茶色い粉はそこの黄色い液体と混ぜて。白い粉は透明な液体と。液体の量は計測済みだから。危険物なので慎重にね」
わたしがチェセにお願いすると、きびきびと、しかし的確に作業してくれる。
「混ぜました・・・ふたつとも、溶け切りました」
「じゃあ、今度はできたふたつの液体を、この鍋の中に等量で注いでもらって、よく混ぜて」
「入れました。まぜています」
「そこにわたしがエテルナを当てます」
「あ、鍋のなかの液体が光ってきましたね」
わたしはレシピの魔導書の一節を読み上げる。
「それでは、『満月のときの湖面ほど』に液体が光るのを確認」
「たぶんそのくらい光っていると思います」
「そこに取り出したのは、この【双月の宝玉】」
と、わたしは両掌で支えるようにして宝玉を取り出す。
「勇者様が取ってこられた宝玉ですね。月のように白く輝くふたつの球が溶け合ったような形で、とても綺麗です。これは特に品質が良いもののようですね。引きが強いのは、さすが勇者様といったところでしょうか。
【双月の宝玉】は含有エテルナ量が多いので魔法材料としてとても貴重で、さらに見た目が美しいので、美術品としても価値がありますね。金額的な価値もそうですけれど、市場にもあまり出回らないので、そういう意味でも貴重な逸品です」
アシスタントのチェセが補足を入れてくれる。わたしはその解説を引き取って、次の作業へと移る。
「これを、ゆっくりと鍋のなかに入れます」
「入れますと?」
「溶けます」
「溶けましたー???! きっ、貴重な宝玉が溶けちゃいましたー???!」
「さらにかき混ぜてムラのないようにしっかりと溶かします」
「ああ・・・貴重な宝玉が、欠片も残さず、跡形もなく・・・」
「で、この光る液体を、小鍋に分けます。宝玉が結構な大きさがあったので、5つに分けます」
ギヤマン製の特殊な柄杓で鍋の中の液体を掬い、これまたギヤマンの小鍋に移す。
最後はわたしはチェセと一緒に鍋を傾け、最後の一滴まで小鍋に分けきる。
「あとは、この小鍋ごとにエテルナと補助魔法を順々に注ぎ、煮詰めて純度をあげる作業です。これがだいたい半日かかります。出来上がったら、そこから細工に落として完成です」
「道のりは長いですね・・・。宝玉も無くなってしまいましたし、ううん・・・大丈夫でしょうか」
■□■
勇者たちと対面したその日。
応接室で挨拶をしたあと、わたしは彼等の向かいのソファに腰掛けた。勇者は他にふたりの仲間を連れてきていて、そのふたりはわたしと初対面だったので、それぞれ挨拶をかわした。年かさの偉丈夫は戦士、大きな丸眼鏡の女性は魔法師だという。それぞれ名前を名乗ってくれた。わたしもこれからよろしくお願いしますと言葉を返す。
「それでは、さっそくお話を伺いましょうか」
わたしがそう切り出すと、勇者ルークは頷き、手元の魔法袋から、白く輝くかたまりを取り出し、膝の高さほどの卓の上に置いた。ことり。外光に美しく煌めくだけでなく、微量のエテルナを宿していることで、ほんのりと白く輝いている。ふたつの球が溶け合ってくっついている形状で、まるでふたつの月が融合しているようにも見える。
「ご要望の、『双月の宝玉』。俺たちがダンジョンに潜って取ってきたものだ」
わたしは木卓の中央におかれたそれをちらりと見て、頷く。
「たしかに。ーーこれで勇者たるちからをお持ちだと証されましたね」
「ちょ、ちょっとそれで終わりなのカナ? あまりにあっさりしすぎてないカナ?」
そう言ったのは、向かって勇者の左隣に座る、丸眼鏡の女魔法師だった。
「私達がニセモノを持ってきたとか、不正な手段でこの宝玉を入手したりしたとか疑ったりしないのカナ?」
はあ、なるほど、そのあたりのことを説明するために、このふたりが付いて来ている、ということなのかな? 指摘しなくても済むところをわざわざ言ってくるとは、ずいぶんと正直。これも勇者の一党に必要な資質なのかも。
わたしはおっとりと首をかしげて、微笑む。
「皆様がダンジョンに潜って戦っていらしたことは、装備品を見させてもらえればわかります。名高い勇者の御一行が為されたことであれば、それ以上疑うのも失礼というものでしょう」
「む・・・貴女が納得されているなら、こちらとしては言うことはないですケド。でもダンジョンから出たあとお風呂に入って一番綺麗な服を選んできたのに、見たらわかると言われると、なんというか女子力的に納得いかないものがあるネ」
「女性の方は気を使っても、男性はそう気にされないのかも知れませんね」
落ち込む女魔法師に、わたしはフォローを入れる。まあ実際は、お屋敷の中に住んでいると、旅装し、軽装とは言え武装した人を目にする機会は少ない。それに、この応接室のソファに座る人の大半は美服で着飾っている。それらと比べると、冒険者の服装との差異は歴然だ。実用と飾りの違いぐらい、すぐにわかる。それだけ普段住んでいる世界が違うということだろう。
あと、付け加えるなら、男の人ふたりは、軽鎧に細かな傷がちらばり、綺麗ではあるが修繕されたあとが見える。きっと前衛で激しい敵の攻撃から味方を守りながら戦うからだろう。
そんなことはないだろうけどーーたとえダンジョンに潜っていなかったとしても、相応の冒険の経験を積んでいることはあきらかだった。本当にモンスターと戦い続けている人達の格好だ。
わたしは、部屋の隅に控えていた護衛騎士ーーアセレアだーーに視線で合図を送る。彼女は、金貨の入った袋を捧げ持ってやってくる。
「この宝玉は
木卓の上に金貨の袋が置かれると、さっそく丸眼鏡の魔法師が袋の口をあけて金額を確認する。『すごい、相場の倍以上あるヨ!』という声に、勇者が顔をしかめる。
反論される内容は予想できているので、わたしは先回りして話をしておく。
「もちろん、お金をお支払いしたことで、約束を反故にする気はありません。金額が多いのは、試すような真似をしてしまったことへの迷惑料と、勇者一行の旅の支援費が加わっていると考えてくださいませ」
勇者は開きかけていた口を閉じた。わたしは付け加える。
「ただひとつ、メアリが貴方がたと旅立つ日を、2日後にしていただきたいのです」
「それは・・・ううむ」
勇者が唸る。『すぐにでも旅立ちたいんだけど』と顔に書いてある。わかりやすい人だ。
「メアリはわたしに幼少から仕えてくれた大事なひとなのです。今生の別れになるかも知れないのです。別れを惜しむ時間を、わたしたちにいただけませんか」
「ここまでしてもらっているんだ、2日くらい、受けても問題ないんじゃないか」
これは偉丈夫の戦士からの口添え。意外なところから支援がもらえた。
なるほど、勇者が判断者なのは変わらないけれど。魔法師の女性が弁が立つので説明役兼交渉役。そしてこの偉丈夫のおじさまが、常識的な面から助言するブレーキ役、という役割分担なのだろう。
勇者は腕を組んでむむむと唸ったあとに、首を縦に大きく振った。
「わかった。2日後に、改めて来るよ」
わたしはそれを受けて微笑み、目の前の3人それぞれと目を合わせ、礼を言う。お互い良い取引ができたと思う。
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