41 依頼達成報告




銀葉祭が終わり、次の日の午後。


わたしとメアリさんはお祖父様の執務室に呼び出されていた。


銀葉祭が終わると、夏が近づくと言われている。その慣習どおりなのかも知れないけれど、その日は季節にしては暑い日だった。お祖父様の執務室の隅には魔法で作った氷が置かれ、部屋に涼をもたらしている。氷が溶けておちたしずくが受け皿に落ち、ぴちょんと音を立てた。


「うむ・・・それで、リュミィ、そなたは勇者にどんな条件を出したのだ?」


銀葉祭の夜、公都ロンファの城壁のうえで、わたしは勇者と会った。そこで、メアリさんを勇者の仲間に入れるための条件について話し合ったのだ。


「『双月の宝玉』を取ってくることができたら、真の勇者だと力を認め、メアリを仲間に入れることを了解する、と・・・」


わたしが正直にそう言う。


・・・力を試すことを理由に勇者と戦ったり、ひそかに消してしまったりはしなかった。


うん、これは本当だから信じてほしい。


だって、そんなことをしたら、メアリさんの覚悟を踏みにじるのと同じことだから。それに、勇者の存在は、この世界に生きるみんなに関わること、公のことだ。わたしひとりの一存でどうこうする権利もない。公の私情との区別ぐらい、わたしにもできる。


できるからと言って、その選択肢を取るとは限らない。




お祖父様は一度天を仰ぎ、そして濃く苦く淹れられたボア茶を飲んだ。苦い風味がこのお茶の種類の特徴で、さらに濃くて苦いものがお祖父様のお好みだ。


「王より認められた勇者に条件を出すとは・・・大丈夫かの?」


これはわたしに向けられた質問ではない。わたしの隣に座るメアリさんへの質問だ。


今メアリさんはメイドという立場ではなく、勇者の仲間になる予定のロンファーレンス家の関係者、という立場でこの場にいるため、お祖父様と差し向かいで座っている。


「勇者様は数回会ってお話しただけですが、貴族のように上下関係を厳しく考えられる人ではないので、問題ないかと思います。今回のことは、依頼クエストのひとつ、ぐらいに考えているのではないでしょうか」


「そうか・・・」


「『双月の宝玉』は、中級迷宮ダンジョンのボスドロップ品です。真に勇者ならば、これくらいは軽々と取ってくると思います」


わたしが補足すると、じろりと音がしそうな視線をお祖父様から向けられた。


「そのようなことは問題ではない。リュミィ、なぜ勇者に条件など出した?」


「メアリはわたしが幼少のときから仕えてくれている優秀なメイドです。わたしは彼女に育てられ、ともに育ってきました・・・わたしは、彼女を肉親同然だと考えています。ならば、勇者がメアリを守る力があるか、風評に頼らず確認するのは当然のことだと考えました」


わたしの言葉に、お祖父様は目を見張った。隣のメアリさんも、なにかを堪えるように手で口を覆う。


「・・・そなたがメアリによく懐いていたのは知っていたが、そこまでとは知らなんだ。肉親同然か」


はい、とわたしは頷く。


「リュミフォンセ様・・・もったいない」


メアリさんがかしづくように頭をさげる。わたしは頷いて見せて、そしてお祖父様に向き直る。


「もちろん、肉親でありここまで育ててくださったお祖父様への感謝は言葉には表せないほどです。けれど、わたしが幼いころから一緒に居てくれたメアリも大切なのです。彼女はただの侍女メイドという言葉では言い尽くせないほど、わたしに愛情を注いでくれました。


ーーですからわたしも、メアリに同じぶんだけ返したいと思っているのです。どう言い繕ってもわがままに過ぎないかも知れません。しかし、わたしの心はわかってもらいたかったのです」


「そうか。よくわかった。・・・リュミフォンセ、そなたは知らぬ間に何も知らぬ子供ではなくなっていたのだな。”いつまでも雛が庇翼の元にいると思うな” か・・・」


わかっていただいて嬉しいですというと、お祖父様は幾度か頷いて、そしてメアリさんへと向き直った。


「メアリ。随分と我が娘に尽くしてくれたようだ。礼を言う。この成長の多くはそなたに依るのだろう・・・そなたは我が家に仕えて何年になるかな?」


「恐れ多いことです。リュミフォンセ様は、優れた方ですので、立派に成長されたのはご自身の力によるものだと思います。けれど、その成長の一端を担えたのでしたら、大変な光栄でございます。


私は4年前、16歳のときにこのお屋敷に行儀見習いとして勤め始めました。リュミフォンセ様はそのとき7歳でいらっしゃいました。侍女レディーズメイドというよりも傅育者ナニーとして期待されていましたが・・・リュミフォンセ様がとても大人びた方だったので、侍女レディーズメイドとして良い経験を積ませていただきました」


「そう、思い出してきたぞ。メアリ、そなたはテューダ家のご息女であったな。お父上は息災か? 彼奴ーーヘンリとともに従軍したことがあるが、実に忠義で勇敢な立派な騎士だった・・・」


「今は引退しておりますが、息災です。現在は兄が家督を継いでおります」


「そうか、重畳なことじゃ。今回の勇者からの招聘は、お父上もさぞ鼻が高かろう」


「できることなら自分が勇者の一党パーティについていきたかったと、手紙で嘆いておりました」


はっはっはっと笑声をあげ、お祖父様はお茶をひとくちすする。


「ーーさて。リュミフォンセの話どおりであれば、ここ1、2週間のうちに勇者は宝玉を持って現れるだろう。その間に我々も必要なことは済ませておかねばならん」


なにかわからないけれど、お祖父様が大事なことを言いそうな気配を醸した。わたしとメアリさんは心持ち背筋を伸ばす。


「リュミィ、そなたに前に大事なことを話そうとしたことを覚えておるか? そのときはメアリの勇者一党入りの話でそれどころではなくなってしまったがーー」


夕食後にお祖父様の執務室に呼び出されたときのことだろう。うーん、そういえばあのとき、お祖父様は何か別の本題がありそうなことを言っていた気がする。わたしはお嬢様らしく、少し申し訳なさそうな顔をして、頷いておくにとどめる。



「その ”大事な話” というやつをしよう。メアリも参考になるだろう。聞いておくといい」



そう前置きして、お祖父様は話し始めた。


結論を言えば、たしかにそれは大事な話で、わたしの生活が一変する内容だった。





■□■





勇者はおよそ1週間で『双月の宝玉』を手に入れ、その報告のためにお屋敷にやってきた。


勇者といっても身分は平民の冒険者に過ぎないけれど、依頼クエストに対する結果報告と思えば、公爵令嬢であるわたしが会ってもまったく不自然ではない。応接のための一室に彼等を通してもらい、わたしは軽く身支度を整えて、彼等を待たせる一室へと向かう。


廊下から応接室に近づくと、扉越しに中から声が聞こえてくる。今回屋敷を訪問したのは、勇者も入れて3人らしい。


『さすが公爵家、立派な部屋だねー! 興味ぶかいよ! 出されたお菓子もおいしいし!』

『これ、静かにしなさい。街の酒場と違うんだ』

『んーでもさ、興味ぶかいよね、あのお嬢様に会えるなんてさ! 名高い【灰瞳姫】と直接会えるんだよ! 会ってみればいろいろわかるしね! いまのところ、彼女にあったことがあるのはロックだけだし、どんなだったの、彼女! 世間の評判では、陶磁器人形みたいな絶世の美少女だっていう話だけど!』


『どうって・・・そうだな、恐ろしく綺麗な子だったよ。街での評判通りさ』


これは勇者の声だ。みんな地声が大きいな。特に、一番喋っている女の人の声が早口で大きい。これが庶民の素の姿というやつなのかしら・・・。


『ほうほう興味ぶかいね、ルークが女性の外見を褒めるなんて! 銀葉祭からこっち、リュミフォンセ公爵令嬢の麗しい御姿みすがたは口さがない庶民の好奇の的だから、まあ、むべなるかなカナ? それでそれで? 他に感想はナイのかな? ボクとしては、秘めた想いの恋バナなんてあるとすごく嬉しいけれど?』

『おまえなあ・・・そうだな、あとはなんとなく感じたことだけど・・・すごく、底知れない感じがする娘だったよ』

『ほうほう? 底知れない? 美しさが?』

『底知れないって、綺麗なものを褒めるときに使う言葉じゃないだろ・・・。なんていうか、巨大魔猪グランソンジルと正面から、丸腰で対峙したときと同じ感じがしたんだよ。いや、少し・・・かなり違うかな?』

『いまのルークの言葉をボクなりに解釈するとだね・・・リュミフォンセ嬢と会ったときに、君がひどくのぼせあがっていて、ちゃんと頭がまわっていなかったんじゃないかい、ルークぅ』

『ばっ・・・ちげーよ、なに言ってんだよ』

『そう言いつつ顔が赤いよ? 図星じゃないのかい?』


部屋の中では、わちゃわちゃと話が続いている。


うーん・・・どうしよう。


これ、すごく入りづらいんですけど。


「んっ! ごほん! ん!」


わたしがわざと大きく咳払いすると、扉の向こうが一瞬だけ騒がしくなり、そして静かになった。


ノックのあと、わたしは扉を開ける。応接室には、先触れと会話の声通り、3人がソファに並んで行儀よくして座っていた。中央に勇者ルーク。その左右に、年配のおじさまと、大きな丸眼鏡をかけたショートヘアの女性。


ん、これならお話ができそう。


わたしは部屋の中へ入り、ソファに腰掛ける前に、淑女式の礼をする。


「お久しぶりです、ルーク=ロック。御二方にははじめまして。わたしがリュミフォンセ=ラ=ロンファーレンスです。勇者様の御一行にお目にかかれて光栄ですわ」






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