38 銀葉祭、夜、邂逅






(ふおおお〜〜! すごい! すごいぞ! なんてでっかいドラゴン像じゃ! それにぴかぴか光っておるぞう! あれがフルトゥラドール山車というやつか! あるじさまも見ておるか? それに音楽! クラリーネの音が楽しいのう、楽しいのう! にぎやかなのは大好きじゃ!)




銀葉祭の日になった。


もともとの銀葉祭は作付を終えた農民たちが豊かな実りを祈り、この季節に降る慈雨に感謝するというものだけれど、この年の銀葉祭は、勇者誕生を記念して、公爵家を中心とした支援のもと、大規模に行われることになっていた。そういう関係で、今年はお屋敷ほぼ総出で公都ロンファのお祭りを見物にやってきた。


使用人の皆さんは出店を冷やかしたりダンスに参加したりお酒を飲んだりと楽しめるが、わたしは着飾ってお祖父様の傍にはべり、お飾りとして、用意された席に座ってパレードを見物し、たまににこやかに手を振るというお仕事だ。


あれだね、前世でアメリカのどこかの市長の娘が同じ仕事をやっていた気がする。


わたしがやっていることは簡単なのだけれど、常に誰かに見られているのを感じるので、意外とストレスフルな仕事だ。こういうのに向いている人もいると思うけれど、実はあまり好きな仕事じゃない。・・・と、我儘も言っていられないので、不満は表情に出さないように気を改めて引き締めて、目の前のパレードに集中する。パレード自体は、確かにド派手ですごいエンターテイメントにしあがっているのだ。ほんと、これが仕事じゃなければ最高なのに・・・。


ちなみにお祖父様はパレードの審査員もやっている。3チームが参加し、その華やかさを競い合うので、ときおり手元の紙に何かを書き付けている。審査の項目も細かくあるらしいから、それだと思う。でもそんなの知ったら純粋に楽しめなくなりそうだから、今のところは気にしないことにする。


なお、わたしの|侍女《レディーズメイド)たちも特等席の後ろに控え、パレードを見ている。つまり彼女たちも別の使用人たちとは別行動で、パレード見学もお仕事のうちだ。メアリさんとチェセだけでなく、お祭り好きの水精霊にしてメイドのサフィリアも同じ場に居る。


公爵家の格式に相応しく、パレードの時間でも静かにするようにと厳命されているので、サフィリアも表面上は静かに楚々と立っているけれども、実はわたしに念話をめちゃくちゃ飛ばしてくる。頭の中にがんがん響いて、率直にうるさい。


とはいえ、楽しんでくれるのは良いことだし、念話を禁じたらもっと騒ぎ出しそうだから、サフィリアからの念話は完全開放オープンにして受け入れている。


返答がちょっと雑になるのは許してほしいな。




城門から街の中央広場へと通じる目抜き通りを、この日のためにと準備したのだろう、華やかな衣装に身を包んだパレードが進む。この日のためにと研鑽を積んだ踊り手、楽団、そして工夫を凝らしたフルトゥラドール山車が通り抜け、パフォーマンスで観客の目を楽しませてくれる。


もちろん、審査員も座るひな壇式の特等席の前では、一番練ったパフォーマンスが行われる。わたしが見た中で一番すごかったのは、人間タワーに人間大砲を混ぜたものだった。魔法を使った身体強化も取り入れて、前世では多分見られない、すごくアクロバティックなショーになってる。


それだけじゃなくて、白色魔法、赤色魔法で作られた魔法の花火や、依代魔法を応用した輝く魔法妖精影たち、空に広がるオーロラや、紺色魔法の氷の細かい結晶に光を反射させて、世界がプリズムに輝いている。すごくきれい。


さらにその演出に合わせた管楽器、弦楽器、打楽器が合わさった音楽が雄大に奏でられて・・・。視覚と聴覚すべてがエンターテイメントに奪われ、感動が押し寄せてくる。会場からほうと響いてくるため息、沸き起こる拍手。


感極まってすすり泣いている人もいた。それもわかる。すごいショーだった。





第一部が終わって、これから料理とお酒の入った第二部となり、今年の祭りは夜通し行われるということだ。きっと辻のお店の灯りが消えることはないのだろう。そして、未成年で育ちの良いお嬢様のわたしはここで退場となる。とても名残惜しそうにしているサフィリアをなだめすかしながら、4頭立てのケル車でお屋敷への帰路につく。


がらがらと舗装された街路を進むケル車。


ーーと、城門まで差し掛かったところで、車の中でわたしと差し向かいに座っていたメアリさんが、珍しくこんなことを提案してきた。


「今夜はお祭りでみなの家やお店で灯りをともしています。きっと城壁の上から眺めたら、とても綺麗ですよ。リュミィ様、ご覧になっていかれてはいかがですか?」


「うん」


なんとなく予感もあった。わたしは詮索もせず、すぐに了承した。


城門の内壁にある、人が一人通れる程度の狭い階段をメアリさんとのぼる。一段一段が子供のわたしには大きいので、腿の筋肉が疲れてきたなというところで、城壁の上に出た。わたしの顎の高さほどある胸壁の間から、ロンファの都が一望できる。


地上には暖色の光と建物の陰影が埋め尽くすほどに広がり、空には低く雲が浮かんでいるけれど、銀色に輝く星空を隠すほどには至らない。むしろ雲が空間を立体的に見せる舞台装置のように機能していて、さながら天然の劇場のようだった。


「わぁっ・・・すごく綺麗」


綺麗ですねとメアリさんも同意してくれた。それからしばらく双月の動きを眺めたあとに、メアリさんが、忘れ物があると言って、一度下に降りると言い出した。


「すぐにとって参りますので、リュミィ様はしばらくここでお待ちいただけますか?」


わたしは、うん、と頷いた。


メアリさんが身を翻し、闇に溶けて行く。わたしは昼間の雨が残る胸壁の隙間に顔をつっこむようにして、祭りでふけゆくロンファの都を眺めていた。風に乗って響いてくる喧騒が、なんとなくものがなしい気分にさせてくれる。


やがて、ひとつの人影が下からあがってきた。


メアリさんではない。その影は、会ったことのない男性のものだった。


けれど、たぶん、知っている人だ。


人影はわたしのほうへとやってきた。わたしは胸壁から身を起こし、その人影を迎える。


灯りに照らされたのは黒髪、黒目の青年。筋肉質そうだが中肉中背で目出つ容姿ではないのに、実直で意志の強そうな瞳が印象に残る人だった。剣を腰にはき、傷の多い軽鎧を身に着けて、盾を背中に背負っていた。一見して冒険者とわかる格好だ。


「ええと・・・あなたが、リュミフォンセ様ですか?」


こういうとき、どう答えるのが正解なのだろう。『わがままな公爵令嬢』としては・・・。たとえば、こうだろうか?


「ひとにものを尋ねるときは、まず自分から名乗るべきではなくって?」


そういうと、差し向かいに立つ冒険者風の男性ーー青年は、虚をつかれた、というような表情をした。そして、まいったな、と黒髪をかきまわすようにかいて、改めてわたしを見た。相手を真っ直ぐに見つめる癖があるらしい。


「オレ・・・私は、ルーク=ロックと言います。その・・・勇者ってやつです」




■□■




勇者が、わたしに向かって魔王の脅威を説いてくれる。


魔王は人間を排除し、世界を我が物にしようとしている・・・そのためには人間は団結してこれに立ち向かう必要がある・・・。聞き慣れた話、あるいは聞かなくてもわかる内容だ。


どうしてこのような状況になっているのか。


推し量ってみれば、難しい話じゃない。メアリさんが勇者のパーティに加わるにあたって、メアリさんの雇い主であるわたしが反対しているのは、具合がよくない。だから、一党パーティの代表である勇者が直々に、わたしを説得しに来てくれたというわけだ。


勇者とメアリさんは、すでに連絡のやり取りがあるのだと思う。とはいえ、公爵令嬢であるわたしが勇者と非公式に会う機会を作るのが難しい。だから、わたしがお屋敷から外出する銀葉祭、その帰路に、メアリさんがこの場を設けたのだ。


勇者が非公式にわたしを説得する場を設けるとしたら、儀礼と護衛が緩むこの銀葉祭は絶好のタイミングだ。だからわたしもなんとなく予感ができた。きっとお祖父様も、メアリさんから事前の報告を受けていることだろう。


わたしは、どう反応すべきなのだろうか。勇者からの説得に対して。この場を設けてくれただろう、メアリさんたちの想いに対して。


わたしの地位と役割ステイタスに相応しい、正しい振る舞いとは、なんだろうか。わたしも含めて、みんなが納得するであろう答えは・・・?


そう、結局、ひとは地位と役割ステイタスにしばられる。


いまのわたしに振られた地位と役割ステイタスは、『勇者の申し出に反対する、わがままな公爵令嬢』だ。


たいして、勇者は・・・。敬語が苦手だからと、いまは砕けた言葉・・・令嬢基準から言えば乱暴としなければならない言葉遣いで、これまでの冒険譚を話してくれている。いまは『国一番の戦士♂』と『若いが知恵に優れた魔法師♀』と『慈悲深い神官♀』と『寡黙なサムライ♂』が勇者の一党にいるらしい。これからメアリさんがどういう冒険に同行することになるのかを説明してくれているのだ。


彼の話し方には気取ったところもなく、裏表のない好感の持てる青年だ。こういう人が、精霊に選ばれるんだね。


けれど、わたしのなかで、もやもやとした反発心が首をもたげる。


ーーでもさ。大きな視点から見れば、必ずしも、この人が勇者じゃなくても良いんだよね。


歴代の勇者が魔王に最終的に勝ち続けているのは、理由がある。とても単純な話で、『勝つまで戦い続ける』からだ。勇者はたとえ瀕死の重傷を負っても、神や精霊の力で蘇れる。蘇ることが出来ない場合は、速やかに次の勇者が指名されて、また魔王に挑み続ける。


けれど勇者の仲間たちは違う。彼ら彼女らは基本的には命はひとつきりで、勇者に付き従って強大な魔王と戦うのだ。ある意味、勇者よりも勇敢だ。


そしてこの話で大事なところは、巨視的に見れば、勇者には代わりが利くとこと。


メアリさんを仲間にと望んでいるのは眼の前の勇者ーールーク=ロックだと聞く。



ではーーたとえばの話だが、勇者がこの場で不幸な事故で命を落としたら? あるいは行方不明になったりしたら?


別の勇者が指名され、そのときはまた、新たな仲間が選び直されることだろう。


そうなれば、メアリさんが、危険な旅に出なくてすむように、なるのではないか?



わたしが、いまここで、『公爵令嬢』ではなく、『魔王の落とし子』としての地位と役割ステイタスに沿って行動するとしたとしたらどうだろう。


それとなく、勇者のエテルナの動きを探っておいた。勇者は、まだ、お屋敷の騎士団にいる騎士たち相応の実力だ。つまり位階レベルは30を過ぎたくらいだろう。だが、わたしの位階レベルは80を超える。何ごとも無かったかのように、勇者の命を摘み取れるだろう。


けれど、力を行使するには、口実があったほうが望ましい。


たとえばーー『勇者として相応しい実力と持つかどうか、試すことにする』ということにしては、どうだろうか。


勇者の実力を測るために、わたしが勇者ロックと手合わせをする。


不幸にも、勇者はまだ未熟で、そこで命を落としてしまうーー。


もちろん仮定の話。もちろんね。



けれど。そんな事態も。わりと面白いんじゃない? ねえ?


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