39 条件





「ーーそういうわけで、魔王を倒すために、メアリさんには、俺たちと一緒に戦ってもらいたいんだ。それを、あんたにもわかってもらいたいんだ」


銀色の星空が頭上に広がっている。銀葉祭による暖かな灯りとにぎやかな喧騒が届く、公都ロンファ。そのようすが一望できる、都の端、高く聳える城壁の回廊。


そこでいま、わたしは今代勇者、ルーク=ロックと相対している。


彼はわたしを説得するためにやってきた。


わたしの従者であるメアリさんが勇者の一党パーティに加わることを納得してほしいと。


彼の説得は上手じゃないけれど、誠意のあるものだったと思う。彼の言うことはわかるし、その要求するところもわかる。


けれど、わたしの感情が納得してくれない。大事なひとに、危険なところに行って欲しくない。そういうシンプルな感情を、わたし自身も、屈服させることができない。だから苦しんでいる。


「大事な人が危険な場所に赴こうとするのを止めるのは、それほどおかしなことかしら?」


ぐっ、と勇者が言葉に詰まる。


卑怯な指摘だと思う。メアリさん本人が覚悟をしていることなのだから、わたしが口を出すことじゃない。それに、勇者本人だって、危険なところに赴くのだから、相応の使命感と覚悟があるのだろう。それは崇高なもので、安全圏にいる人間がかき乱していいものじゃない。


そんなことは全部わかっていて。それでも問いかけたら、勇者は予想外なほどまっすぐな答えを返してきた。


「危険は、俺がすべて切り払う」勇者は言う。「なぜなら勇者だから。世界も、仲間も、絶対に俺が守り抜いてみせる!」


空言だと思った。根拠もなく理想を言い切ることは、誰にでもできる。けれど、そもそも、卑怯な指摘をしたのはわたしで、だから勇者は空言や絵空事で答えるしかないことはわかっていた。


この世界に絶対も完璧も存在しない。世界は操作可能な箱庭ではないのだから。絶対なんて言い切れるなら、そもそも魔王との戦いなんて起こらない。


それでも、期待はある。『勇者』だから、他の人が言えば絵空事になることでも、やり遂げてしまうのかも知れない。勇者というのは最強を意味する称号じゃない。むしろ最強である必要もない。ーー皆が期待するけれども誰にもできないことを『成し遂げる』、そんな者のために、『勇者』という称号があるのだから。


わかっていても、わたしは無意味な問答を続ける。


「貴方が、真に実力を勇者であるなら、そうなのでしょうね。けれど、貴方が真に実力を備えていることを、どのようにあかしてくれるのかしら?」


この問いに、勇者ルークは勇んでこたえた。自身の胸の軽鎧を叩いていう。


「条件をくれ。あなたの出した依頼クエストを、こなしてみせてやる。それで俺の力を証明する」


そんなことを言い出した勇者。わたしは目をしばたたかせて彼を見て、口元に笑みを浮かべる。


わたしの出す条件をこなして、勇者が力を証明する。


勇者みずからが、そう言った。


それは。”わたしと戦って勝つ” ということが条件でも、いいのかしらーー?


「・・・・・・」


まっすぐにわたしを見つめ、勇者が答えを待っている。わたしは彼に答えるべく、口を開くーー。




■□■





わたしは城壁から降りると、移動用の4頭立てのケル車が待っていた。メアリさんが車の外に出ていて、わたしを出迎えてくれる。薄闇のなかで微笑むメアリさん。


「・・・いかがでしたか?」


「うん。・・・つかれたかな」


あえて何をとは言わず、わたしはステップを踏んでケル車に乗り込もうとステップを踏んで、馭者が扉を開けるのをまたず、自分で開けた。


「あ、少々お待ちを、いまは・・・」


メアリさんが止めたが、わたしは既に扉を開けてしまっていた。コンパートメントの中には、やたらとリラックスした姿勢のサフィリアがいた。銀髪のメイドは両手に皿を持ち、口のなかには串焼きが詰まったたまま、きょとんとわたしを見返してきている。


6人乘りのコンパートメントの中は、出店で買ってきたと思しき食べ物と素焼きの器がそこらじゅうにおかれていた。車内は食べ物の匂いが充満している。


なお、チェセや他の人達は、一足先にお屋敷に戻ったらしい。


「ほう・・・ほふぁへりふぁさい、ふぁふじざま」


「とりあえず、口の中のものを飲み込んでからにしようか、サフィ?」


「・・・すみません。止めたのですが、いつの間にか出店に行って買ってきていたみたいで・・・」


サフィリアは水精霊だから、水を使った瞬間移動もできるものね。そりゃあ本気を出したら止められないよね。・・・まあでも。サフィリアがいつも通りで、なんか安心した。いい感じに肩のちからが抜けた気がする。



サフィリアはお肉や壺焼きそばのほかに、果物飴など食べやすいものも買ってきていた。サフィリアの行状を見逃す代わりに2本もらい、1本をメアリさんに渡す。わたしは大きい林檎シェリー飴をなめ、メアリさんはフレーズ飴をおそるおそる舐めはじめた。


「ケル車の中で何かを食べるなんて、お行儀が悪いと思います」


「そうだね。わたしも初めてだよ」


わたしとメアリさんが、お行儀を気にしながらおそるおそる果物飴を舐める脇で、サフィリアは、袋ーー私物の魔法袋から、今度は塩揚げ小魚が入った紙袋を取り出し、ばりばりと食べ始めた。車内に油っぽい匂いが急に広がる。前世日本でいうししゃもより少し大きい小魚なのだけれど、どうも骨まで食べられるらしい。一匹をまるごとを口に放り込んでばりばりと噛み砕き、手についた脂をしゃぶりつつ、実においしそうに食べる。


さすがにコンパートメントの窓を開けて、外の空気を入れる。窓が小さいので、中の空気が爽やかになるというところにまではいかないけれど、少しはましになった気がする。そして、わたしの顔の半分はある大きな林檎シェリー飴をぺろぺろと舐める。うん、甘くておいしい・・・けれどおおきすぎるね。これはお屋敷につくまでに食べ終わらないかも。


「わらわは、街のお祭りというものを初めて観たが、とても楽しかったのじゃ! パレードも料理も、最高じゃ!」


サフィリアが、上機嫌で言う。わたしとメアリさんは、仕方ないなと困ったように顔を見合わせ、わたしは林檎飴を舐めながら、窓の隙間から外を眺めようとしたときーー。


なにかと目があった。気がした。


獲物を盗み見るような、いやな視線。


「車を、止めて!」


小さな悪寒。わたしは即座に判断をくだす。馭者に手綱を引かれたケルが不満のいななきをあげた。


お屋敷はロンファの郊外にあり、お屋敷までの道のりには小さな森がある。その小さな森の中で、ケル車は止まったことになる。


「リュミィ様? どうなされました?」


メアリさんが聞いてくる。わたしは注意深く、窓の外を見る。何も気配は感じないけれど・・・。コンパートメントの外に出たら、釣れるかな?


「ほほ。ちょっとお花摘みに。・・・サフィリア、ついてきてくれる?」


「お待ち下さい、夜の森は大変危険で・・・リュミィ様?」


「メアリはここで待機をお願い。ケル車を守っていてね」


「・・・・・・」


「・・・・・・心配しないで。ほんとうに、すぐに戻ってくるから」


わたしは素早く林檎飴を片手に夜の森に降りると、どうやら塩揚げ魚を食べ終えたらしいサフィリアをつれて、森の奥へとがさがさと入っていく。




「もう充分、森の奥まで来たと思うが・・・ふむ、用便ではないのかの」


「言葉づかい! 乙女が用便とか言わない!・・・そう、違うよ。ケル車の中から、狙っているような視線を感じたから、こうして森の奥に行けば、相手が釣れるかなって思ったの。サフィは、何か感じなかった?」


会話の途中でクマ型のモンスターが藪から現れたものの、サフィリアが軽く跳んで蹴飛ばすと、それは虹色の泡に変わった。


「んむぅ、隠密の特技を使われると、探知魔法でも使わんとわからんからのう」


「じゃあ、魔法を使って探してみようか」


わたしは魂力エテルナ探知と熱源探知の魔法を使って、周辺を探る。


「うーん・・・怪しそうなのはいるけど、よくわかんないかな・・・?」


森には動物やモンスターが多い。エテルナの反応も生物熱源の反応も多すぎる。


探している間に、サフィリアは手持ちの魔法袋から壺焼きそばを取り出し、ずるずるとすすりだしている。


「ちょっと」


わたしは流石にツッコミをいれる。


「んむ? こうして油断した姿を見せたほうが、相手もやりやすかろうと思ってな」


「サフィ、さすがにそれは・・・」


と、言いかけたそのとき、奇妙なエテルナの動き。魔法が発動した気配。そして次の瞬間、世界が変わった。


周囲から森が消える。代わりに、赤紫と黒が混じり合った四角く切り取られたような空間が周囲に現れた。


そして、空間の一部に、エテルナの気配。わたしは気配のほうに振り向く。


「お出ましじゃの」


サフィリアは壺焼きそばを食べながら簡潔に事実だけを言った。


おそらく襲撃者であろうそいつは、わたしたちから20歩は離れたところに浮いていた。見たところ人型をしているけれど、翼を持っていて、見た目ーーおそらく肌の色が、紫色をしている。


「キッヒッヒヒ・・・ようこそお嬢ちゃんたち、隔絶の世界へ。さっそくだが、アンタたちには勇者への人質になってもらう」





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