37 覚悟の人
「みゃみゃみゃっ みゃみゃっみゃ〜〜 みゃみゃみゃっ みゃみゃっみゃぁ〜〜」
みゃーみゃっみゃみゃっ みゃーみゃっみゃみゃっ・・・。
お屋敷のなかを、息を切らせて走るわたし。
聞こえてくる鼻歌を頼りに、わたしはその部屋を特定し、ノックのあと返事を待たずにドアを開ける!
「メアリ! 話があるの!」
「ひゃあああっ! 誰ですかっ・・・って、リュミィさま?」
開けたドアの先には、服で胸元を隠すスリップ姿の金髪の女性。持っていた服では隠しきれない白い肩がまぶしい。
「あっ・・・ご、ごめんなさい、お着替え中だったのね」
「お・・・お着替え中でした」
そうだよね、一日の仕事が終わる時間だものね。メアリさんも顔を赤らめているけど、わたしもいまきっと顔が赤い。
「は・・・話があるんだけど、少し時間を貰えるかしら? 遅い時間で申し訳ないんだけど」
「は、はい、承知しました。すぐに着替えるので、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「じゃ、じゃあ、バルコニーで待っているので・・・」
「承知いたし・・・ました」
■□■
星空に薄い雲がかかる。この異世界の特徴である双子の月も、地表を覆う雲にはかなわない。ときに雲の影に隠れ、ときおり雲の切れ間から顔を出して地表を照らしてくれるのみ。
バルコニーの手すりに寄りかかって外の風にあたっていると、わたしも頭も冷えてくる。でも冷えてきているのに整理できない感情がぐちゃぐちゃにした絵の具みたいにわだかまる。お祖父様の言うことはまったく正しい。わたしにできることなんてきっとない。
けれど、このままメアリさんを行かせたらわたしに残るのは後悔だけだ。だって、メアリさんを強くするきっかけを作ったのはわたしなのだから。ヴァンパイアと戦ったとき、サフィリアと戦ったとき、メアリさんを同化支配の魔法で操ったりしなければ良かったんだ。
もしわたしが気軽にメアリさんを操って戦ったりしなかったら。いまもメアリさんは戦う人じゃなくて、ただのメイドのままだったのにーー。
「お待たせしました、リュミィ様」
落ち着いた、けれどよく通る声。涼やかな声は、今の季節にもよく似合うと思う。
風が流れる。わたしは手すりから身体を起こし、振り向いた。
メイド服が風にたなびく。アップにした金髪のおくれ毛が揺れる。そこにはメアリさんが清楚なたたずまいで立っていた。ショールを手に持って。
「この季節、夜はまだ冷えます。それに、今日は風がありますから」
そう言って、メアリさんはショールでわたしの肩を包んでくれた。暖かなショールが、わたしの身体が夜風に冷えてしまっていたことを教えてくれる。包まれるような暖かさに、わたしはショールのはしを襟元にかきあつめる。
「・・・ありがとう、メアリ」
どういたしましてと微笑むメアリさん。わたしはショールの端をさらにひっぱって口元を隠す。
メアリさんは、わたしと待ち合わせしたあの一瞬で、わたしの服装では寒いだろうと推し量り、こうしてショールを準備してきてくれた。こんなに気がまわる優しい人が、どうして魔王との戦いに出ないといけないというのか。それは、さかのぼれば、わたしのせい・・・。
「〜〜〜〜ッ!」
言葉にならない後悔が、わたしの心を苛む。何を話すべきなのか、どこに話を落ち着けるべきなのか。まったく見当のつかないまま、わたしは口を開く。
出るのは呼気だけ。それが声になるまで、わたしは顎を動かした。地面に投げ捨てられた、金魚みたいに。
「メアリは・・・怖くないの? 魔王と戦うのが」
いらえが来るまでには、少し間があった。わたしはバルコニーの石畳を見つめている。
「ああ・・・リュミィ様も、聞かれたのですね、そのことを」
メアリさんの言葉には、軽やかさがあった。それは余裕だ。メアリさんには余裕があるということ自体が、わたしを焦らせた。
「ええ。お祖父様から教えてもらったわ。・・・メアリは”戦う人”として育ってきたわけじゃなかったのに、急に魔王と戦えだなんて言われて・・・魔王と戦うって、戦いの最前線ということよ? いくらメアリに力があるからと言っても、そんなの、おかしいじゃない・・・!」
話しながら、感情がまた昂ぶってくるのを感じる。わかっていても、抑えられない。
「私はずっと考えていたんです。どうして私に、戦う力が突然舞い降りてきたんだろうって。どうして私なんだろうって」
メアリさんが、話し始めた。
「それはっ・・・」
わたしのせいです。
けれどその言葉をわたしが出す前に、メアリさんの話は続く。
「でも、騎士団で訓練をして、そんな疑問は吹き飛びました。なぜかって言えば、そんなことを考えても仕方がないからです。戦いはいつもぎりぎりです。あるものをかき集めて、力があるものはあるなりに、ないものはないなりに、戦うんです。それだけだったんです。それよりも、大事なのは、戦う理由でした」
「たたかう、りゆう・・・」
「戦うのは、大事なものを守りたいと思うからです。大事なひとを、幸せな時間を、理不尽に奪われないように。騎士団のひとたちは、そうやって誇りを持って、命をーー自分たちの大切なものを懸けて戦っています。強い人も、・・・弱い人も」
気づけば、わたしは顔をあげていた。優しく微笑む黄色の瞳が、わたしの瞳に映る。
「そう気づいたら、力がどこから来たかなんてどうでも良くなりました。大事なのは、今、ここに、私が望むものを守れる力ある。その事実だけで、充分だったのです」
ああーー。わたしには、このひとを止められない。
そう気づけば、涙がこぼれていた。
「私の守りたい者とは、家族であり、身の回りの人たちであり、そして大切なあるじ。貴女を守るためにも戦うのです、リュミィ様」
ざわりと強く風が吹いた。昼間の雨気をはらんだ、湿った風。
ああ。このひとは、
わたしはメアリさんに足を踏み出したけれどよろけて。メアリさんに支えられたときに、メイド服の袖をとらえて顔をあげる。感情があふれて、涙が止まらない。
「ごめんなざい・・・!!!」
「リュミィさま?」
一度堰を切った感情は止まらなかった。嗚咽を抑えながら、わたしは言う。
「わたしの・・・せいなの、メアリが急に
「・・・・・・」
「だから・・・今回のことも、わたしの・・・せいで・・・ごめんなざい・・・!!!」
ごめんなさい、ごめんなさい・・・。わたしは壊れたスピーカーみたいに、同じ事ばかり繰り返した。
「リュミィさま・・・」
わたしはびくりとして顔をあげる。金髪メイドの黄色い双眸には、厳しさが宿っている。
「あまり私をみくびらないでください。貴女がなにかを隠していることなんて、お見通しでしたよ。ええ、とっくのとうです」
「そ・・・それじゃあ・・・」
もちろん、何があったかまではわかりませんでしたけれど、とメアリさんは補足する。
「けれど、リュミィ様がされたことなら、そう悪いことにはならないだろうと思ったのです。過ぎたことは仕方ない。でも、きっかけが何であれ、今、できることから、やりたいことを選び取っていきたいんです。・・・だから、私が行きたくて行くんです。リュミィ様は、私の選択を、応援してくれませんか?」
私は、リュミィ様にも応援してもらいたいのです。
メアリさんはそう言った。いたずらっぽい笑み。普段真面目にメイド業務にいそしむ彼女が、こんな表情もするんだとわたしは初めて知った。
わたしはすべてを理解したし、彼女の言い分を了解すべきだったけれど。
「やだぁ〜〜・・・。わたしは・・・それでも、メアリに、行ってほしくない・・・!!」
「リュミィさま・・・やれやれ、困った子ですね」
わたしはメアリさんの胸に顔をうずめ、泣きじゃくり続けた。完全に幼児退行してしまったわたしの頭を、ぽんぽんとたたいてあやすメアリさん。
結局、わたしは、この世界に転生してから初めて。
泣きつかれて眠る、という体験をした。
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