33 新入りメイドのご挨拶




朝食は、家族で取るのがこのお屋敷の習わしだ。


お祖父様とわたしがひとつのテーブルを挟んで、差し向かって食べる。食堂が広く、朝日が入る窓が遠いけれど、それぞれの使用人が、背後に立つので狭い部屋だと窮屈だ。お祖父様には執事ひとりと給仕がふたり、わたしにはわたしのメイドーーメアリ、チェセ、そして新顔のサフィリアがついている。みな、静かに佇み、必要があればわたしたちが食べるのをサポートしてくれる。


「そうだリュミィ。新たに、水精霊を使役したと言っていたな。たしかメイドとして使いたいとか・・・」


「はい」


わたしはカトラリーを置き、ナプキンで軽く口元を拭って手を一度自由にすると、銀髪のメイドを手で指し示す。


「ご紹介します。銀髪の彼女が新しく侍女レディーズメイドとした水精霊のサフィリアです。・・・サフィリア、公爵様にご挨拶を」


「はじめまして! わらわ・・・私は、サフィリアと申します。よろしくお願いいたしまする!」


一歩前に進み出て挨拶し、教えた通り礼儀作法で、スカートを摘んで持ち上げる淑女の礼をする銀髪のメイド。言葉遣いはともかく、動きは優雅だ。


お祖父様は優しげにうむうむと頷き、二、三言、言葉をかける。


「出身は?」


「モント地方の湖じゃ・・・です」


「水精霊と聞いたが、屋敷での生活に不便はないか? あるようならなんでも言ってくれ」


「心遣いありがたい。・・・です。いまは不便などまったくなく、快適です」


お祖父様はまたうむうむとにこやかに頷くと、


「このような場は、自由な精霊殿には堅苦しくて疲れるだろう。今日のところは、もう下がって休んでもよろしい」


・・・? 妙なタイミングの退出許可。なにか失礼があったかしら。あとで聞こう。


銀髪のメイドは、指示を求めてメイド長たるメアリさんの顔を見た。メアリさんがひとつ頷いたので、「失礼します」と今度は普通の一礼をして、サフィリアは食堂を出ていった。


それからしばらく、食器とカトラリーが触れ合う音が響く。今朝はフレンチトーストみたいなやつにさっぱりとした乳酪が乗っているのが美味しい。これに濃厚な百花蜜をかけて食べるのが最近のわたしのお気に入り。薄肉焼とも合わせるとまた味が変わり、甘しょっぱくて美味しいんだよね。


「・・・リュミィ。そなた、『下位の』精霊を手なづけた、と言っていなかっか? 彼女・・・いまの精霊は、相当、上位の精霊に見えるのだが」


お祖父様がサラダを口に運びながら、わたしに聞いた。わたしははて、と小首を傾げて左上を少し見るようにして記憶を探る。


「精霊を連れ帰ってきたとは言いましたが、下位の精霊、とは申し上げてはいません。・・・そもそもわたしは下位と上位の精霊の見分けがつかないのですが・・・」


教えてくださいませんか、という言葉は言わず、お祖父様をじっと見る。お祖父様はふぅと重い溜息を吐いて、下位と上位の精霊の見分けを教えてくれた。


「下位と上位の精霊の差は、端的にエテルナの量でわかる。下位はエテルナが薄いから、その形状の輪郭もぼやけるし、半透明だったりサイズも小さかったり、人型の形状を取るのも難しい。下位になるほど、自我もはっきりしておらず、感情だけで振る舞う。魔法は使うが、威力はたいしたこともない」


なるほど、とわたしは頷く。


「上位の精霊は、その反対だ。しっかりとした人型を取ることもできるし、動物やモンスターのような形状の本体も持っている。彼らは意識も自我もはっきりしている。エテルナ量は多く、魔法にも長け、たいがいの人間を凌駕する。ただ人間と精霊では住む世界が違い、行動原理が異なるので扱いには注意が必要になる」


「その定義だと、サフィリアは上位の精霊ですね」


まあ魔王トーナメントに参加するぐらいだから、上位なんだろうと思っていた。でも精霊は契約に従うので、問題ないかなと思っていた。お祖父様がサフィリアをメイドにする許可をすぐくれたのは、どうやら下位の精霊だと勘違いしたことが大きいらしい。


「そうだな。おそらくその気になれば村くらいならひとつ消し飛ばすのはたやすいだろうし、仮に討伐するなら、騎士団を総動員しなければならないだろう。だが、幸いなことに、かの精霊はどうやらそなたに本当になついているようだ」


「彼女はメイドをやりたいと張り切っていました」


「そうか・・・本人がやる気になっているなら、妨げるべきではないだろうな。リュミィ。くれぐれも、彼女を刺激しないように。ちなみに、かの精霊には得意な魔法があるか?」


なるほどサフィリア本人にあまり聞かせたくない話をしたかったから、彼女をさがらせたんだね。なっとく。


「わかりました。・・・彼女は、癒やしの魔法と、水魔法が得意です。重傷を癒やし、それから、水があるところなら瀑布や水竜巻を起こせます」


ついにお祖父様は天を仰いだ。これでも控えめに報告したんだけど・・・。


ごめんなさい、あなたの娘兼孫娘は、またやらかしてしまったようです。


「わしの可愛いリュミィ。そなた自身は素晴らしく良い子だが、問題の種を引き寄せるのが玉に瑕だ・・・それも特大の問題の種を」


そう言うと、お祖父様は、そこからは公爵としてではなく、野戦指揮官のマナーで朝食を猛然とかっこんで食べた。ブレッドとスープと肉の塊を2つもおかわりし、朝には普段呑まない赤ワインヴィンルージュも頼んで飲んだ。


あまりの食べっぷりに呆然とするわたしを前に、げっぷを抑えながらお祖父様は飲み干したグラスを食卓に置く。


「問題があるとき、戦いに赴くとき。男は必ず食べねばならん。そうしないと、必要なときに力が出てこん」


ショックなことに対して、気合を入れ直していらっしゃる。


・・・うん。ごめんなさい、おじいさま。




■□■




午前中の講義の合間にお屋敷の裏庭を散歩をしていると、見慣れた栗色の巻き毛のメイドが、なにかを胸に大事そうに抱えて、走っているのを見た。チェセだ。彼女は建物の影に入っていく。


悪気は誓ってまったくなかったのだけれど、ちょっと好奇心がわいた。彼女が入っていったところに、あとをついてわたしも入っていくことにした。ひと目につきにくい建物の奥まったところに、彼女が膝をかがめて背を丸めている。


「おいしい? いっぱい食べてね?」


動物にエサをあげているようだ。微笑ましいなあと思ってその場を立ち去ろうとしたら、見覚えのあるものが目に入った。チェセがエサをあげている動物は、サイズをかなり小さく小型犬ぐらいにしているけれど、見慣れた黒狼だった。


・・・・・・。わたしは、うしろからそっと近づくことにした。


「可愛いのね」


「あっ、リュミフォンセ様・・・! す、すみません、これは・・・」


声をかけると、小柄なチェセが跳ね上がるようにして立ち上がった。


「お屋敷の敷地をうろついていた仔なんですけど、いけないと思いながらも可愛らしいので、つい、世話を・・・」


「いいの。この仔のこと、わたしも知らないわけじゃないのよ」


尻尾をぶんぶん振りながら実においしそうにエサにがっついていた黒狼の仔は、いまは何故か食が止まっていた。エサは今朝の朝食のあまりを動物でも食べやすいように細かく切ったもので、おいしそうだ。チェセがしたのだろう、気配りが届いている。


ロウプの誇りって案外と安いものなのかしら・・・外の世界に出たかったら、そう言えばいいのにね・・・そう思わない?」


チェセはわたしの言葉の意味がわからないというように戸惑っている。実際、チェセに言ったわけじゃないのでわからないだろう。何故かがたがた震えだした黒狼の仔にわたしは一瞥をくれる。


「わたしは部屋にいるから、エサを食べ終えてからでいいから、その仔を連れてきてもらえる?」


「は、はい・・・それは、問題ないと・・・思います。かしこまりました」




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