第四章 出会いと別れと

32 メイドをやるぞがんばるぞ




「わらわはゆった。確かにゆった。汝を我が主とし、我を汝がしもべとし、忠を置き誠を捧げ身を尽くし仕える、と・・・」


見た目は銀髪の少女、中身は水の精霊(龍)、名はサフィリアとう存在が、歯を食いしばるようにして言う。


「でも、これは思っていたのと違うんじゃが? こーゆーのはちがう! なんかちがう! 精霊としての待遇を要求する! たいぐうかいぜーん!」


メイド服すがたのサフィリアが、わたしの部屋で地団太をふんで駄々をこねていた。




■□■




使用人引率のピクニックは無事に終わり、わたしたちはお屋敷に戻ってきていた。帰りの道中も特段なにごともなく、無事だった。今日も天気は晴れ、木漏れ日が窓に涼しげ映る、穏やかな日だ。


いま部屋にいるのは、わたしと、メイドのメアリさんとチェセ、そして部屋の中央で駄々をこねるサフィリアの4人だ。


「でも、サフィ。もう契約書をとりかわしたじゃない」


ぺらり、とわたしはなめし皮のような紙を取り出す。そこには、みみずがのたくったような文字でサフィリアの名前があった。それは魔法契約書ではなんでもなく、ロンファーレンス家の使用人となる者の雇用契約書だ。


え? ものいいが悪徳業者みたい? いえ、これは正しいあり方よ! 圧倒的な正義! よけいなツッコミは慎んでもらおうか!


ーーで。


水の精霊が仲間になったのはいいけれど、わたしは冒険者でも一党を組んでいるわけでもなんでもない。さすがに公爵家ご令嬢といえども、理由もなく養う人を増やせない。だから彼女には働いてもらう必要があるのだけれど、サフィリアは力の強い精霊だ。いきなり野放しにして問題を起こしたら大変だ。だからわたしの傍にいるような仕事が望ましかった。そう考えたら、メイドしか思いつかなかったのだ。


サフィリアをメイドとして採用するにあたっては、お祖父様におねだりしたらなんとかなった。精霊を見つけたのでメイドにしたいと言ったら、『下位の精霊が魔法の才能のある人間になつくことはままある、リュミィのはそれだな』とおっしゃっていた。なるほど、精霊がなつくことはままあるんだね〜。



そしてわたしはもの思いから、眼の前の現実に戻る。


いやじゃいやじゃと駄々をこね続ける300歳オーバー(自称)の精霊を、わたしはなんとか懐柔にかかる。


「あのね、サフィ。実はさっきから思っていたんだけど、ウチのお仕着せメイド服、サフィにとても似合っていて可愛いわよ」


「! そ・・・そんなこと・・・あるまい? このようにヒラヒラした服、わらわに似合うわけなかろ?」


そう言って銀髪のサフィリアはひらひらと黒いスカートとフリル付きの白いレースエプロンを振る。


侍女レディーズメイドは、女主人に仕えるほかに、お客様の応対をする役割もある。そのような重要な役割を果たす侍女レディーズメイドは、女主人のセンスを貶めない服装、家格に相応しい服装が求められる。そういうわけで、ロンファーレンス家の侍女レディーズメイドのお仕着せは公都のデザイナーが工夫を凝らして作ったもので、縫製だってしっかりしている。季節やシチュエーションに合わせて使い分けられるよう種類もある。


要は、ウチの侍女レディーズメイドのお仕着せは、高品質で可愛いやつなのだ。


「ううん。ものすごく似合ってる」


「そ、そうかの! そんなに似合ってるかの! わらわにはよくわからんがの!」


そういいながら、サフィリアの顔がにやけて赤い。バウといい、精霊業界の人というのは褒められるのに弱いものなのだろうか。


「そうですよ! そのメイド服は細身のサフィリアさんにとてもお似合いですよ!」


そこで意気込んできたのは、チェセだった。顔の脇に垂れるふたつの栗色の巻き毛が頭の動きに合わせて跳ねる。


「メイドの服はこれほど美しいのに、機能的に、動きやすいように出来ているんです。私はメイド服というのは至高の服装だと思っています。その服が似合うサフィリアさんは、私が思うに、間違いなくメイドをやるべきです」


「お・・・おう?」


「ところで先程、過去の経験を活かしたい、と言われていましたね? ですが、これは良くないと思います。私の拙い商売上の経験から言えば、人というものは、つい自分の過去の経験を活かしたくなるものですが、これは行き過ぎると、逆に、足枷、制約になってしまうものなのです。それゆえに、過去の自分の経験に囚われすぎてはいけません」


「ほっ・・・ほう?」


立てた板に水を流すように話すチェセに、水の精霊たるサフィリアは、さきほどから押され気味だ。


「なぜ過去の経験にとらわれてはいけないのかと申しますと、それは商売にも流行りすたりがあるように、世間はつねに時代とともにかわって行くからです。世間が変われば、必要とされることが変わる。必要とされることが変わるということは、求められる仕事も変わるということです。求められなくなった過去と同じ経験を、活かし続けようとするのは、自分に制約をつけ続けるのと同じです。どれほど苦しくとも、自らを新たに作り変え、新しい経験を拓いていく必要があるのです・・・生きるために」


「おっ・・・おおお・・・な、なるほどっ・・・!」


数百年の引きこもり精霊には、チェセの話は目から鱗の話だったみたいだ。


「メイドに求められる、ご主人さまへの忠義の心、奉仕の心・・・言葉にするのは簡単ですが、そこには工夫と研鑽が要求されます。求められるものには上限がなく、常に前よりもさらに良いものを提供し続けなければならないのです。ご主人さまへの献身のため、自分自身を進化させ、磨き続ける究極の職業、厳しく至高の道を選んだ者たち! ・・・それがメイドなのです」


チェセは、髪の毛の色と同じ栗色の瞳で、サフィリアの水色の瞳を覗き込む。そしてサフィリアが弱々しくだが頷いたのを確認して、彼女は話をクロージングへと進める。


「ではサフィリアさん! これからは、ともに最高のメイドを目指し、至高のメイド道を歩んでいこうではありませんか! もはや私達はメイド仲間! なんでも相談してください!」


「な・・・仲間か! そうか、わらわたちは仲間か! うむ、うむ。そうじゃな! あいわかった! わらわは今後、最強のメイドを目指そう!」


サフィリアの力強い宣言。手と手を取り合い、誓い合うふたり。


パチパチパチパチ。


わたしが拍手すると、メアリさんも合わせて拍手してくれた。やってやるぞと勇ましく拳をふりあげるサフィリア。


なるほど、怪しげな壺とかってこういう感じで売れていくんだね。


おそるべし、大商会の頭取の娘のスキル。


「ところで、サフィリアさんはお祭りがお好きだって聞きました」


チェセの玄人っぽいセールストークはまだまだ続く。


「んむ? ま、まあ、祭りは好きじゃが・・・人々がにぎやかに騒ぐのを見るのは、楽しいからのう」


それが? と言いたげなサフィリアに向けて、チェセは我が意を得たりと胸に手を当てて話し続ける。


「今年、新たな魔王が生まれましたが、勇者もまた、神託により指名されました。その勇者を勇気づけようということで、今月に公都ロンファでも開催される銀葉祭りは、ロンファーレンス家の特別後援を受けて、大々的に執り行うことになりました。そのため、ロンファーレンス家に仕えている皆様には、今年の銀葉祭ではお祭りのパレードがかぶりつきでご覧になれる特等席が準備されることになりました!」


「おおっ、それはつまり・・・わらわがここのメイドとして頑張るなら、銀葉祭を特等席で見れる、ということかの?」


先回りしたサフィリアに、チェセは『そのとおりです!』と力強く頷いた。


「おおっ・・・」サフィリアは歓喜の声をもらし、そしてくるりとわたしのほうを向いて。「リュミフォンセ! いやリュミフォンセさま! わらわはメイドをやるぞ! 頑張るぞ!」


えいえいおーと拳を振り上げてやる気を見せる銀髪のサフィリア。



えー・・・。最初と今とで言うことがさかさまになったよ。


そう思ってたら、チェセが栗色の瞳をこちらへ可愛くウィンクしてきた。


チェセほんとすごい。頼りになるわー。



後輩メイドのふたりが可愛く気焔をあげる一方で、彼女たちを見守るように穏やかに微笑んでいるメアリさん。彼女の黄色い瞳が、わたしの視線と相対する。


「勇者が指名されたから、今年のお祭りは少しにぎやかになるそうよ。楽しみね、メアリ」


「ええ、本当に。良いお祭りになりそうですね、リュミフォンセ様」


口ではそう言ってくれたのだけど。メアリさんの表情に、どこか憂いの影があるような気がして。わたしは親指で自分の唇に触れた。






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