25 湖畔へピクニック②




目的の小島へは、たいした時間もかからずについた。


それからわたしたちは小島を散策し、快適そうな場所を見つけた。


日当たりの良い湖の岸辺に、クサンという日本で言うシロツメクサのような草が生えているところに、折りたたみのチェアとテーブルをセットし、それに日よけのパラソルをさしてもらう。そして手早く虫よけも兼ねた焚き火を起こし、それでお湯を沸かす。


これら一連の準備はメアリさんがあっという間にやってしまった。素晴らしい手際だ。


メアリさんは、3年前の事件のときから、急激な位階上昇レベルアップによってあがりすぎた身体能力を制御するすべを学ぶために、メイドでありながら騎士団の訓練も受けるという特殊な生活を送ってきた。


生来の性格だと思うのだけれど、真面目な彼女はしっかりと課題に取り組み、あがりすぎた身体能力を扱うすべを手に入れるどころか、さらに洗練させ、そこから位階上昇レベルアップを繰り返し、ついに騎士たちにも引けをとらないところまで自らを成長させた。


彼女の克己心はそれにとどまらず、迷宮ダンジョン潜りに志願して参加し、冒険者としての知識と経験も積み、『美人で優しいお姉さんなのに、メイドで騎士で冒険者』という、超ハイスペックなマルチ人材となったのだ。もはやなんのことかよくわからない。わたしもわからない。


さらに素晴らしいことに、彼女は気立てもいい。若くして世界に突出するちからを手にしたのに、昔と変わらず謙虚な心にあふれ、以前と同じく物静かな物腰で、わたしのそばに居てくれるのである。


「どうぞ、リュミフォンセ様」


「ありがとう」



メアリさんから手渡されたお茶を受け取る。野外でピクニックだからと手を抜かず、いつものティーセットでお茶を入れてくれる。立ち上る湯気に混じる爽やかな香り。他の人が一緒だと、リュミィさまと愛称で呼んでくれなくなるのが少し残念かな・・・。


口に含むと、いつもよりも少し強い涼味、温かい液体が喉を通っていく。熱が喉からお腹からじんわりと広がり、頬を少しほてらせるほど。おいしい。思わずほぅっと息を吐くと、わたしのほうを呆けた表情で見ているチェセの視線とかちあった。


「どうしたのチェセ? そんなに見つめられると、ちょっとはずかしいわ」


「い、いえ・・・お茶を飲まれるリュミフォンセさまが、とてもお美しくて・・・こ、こんなこと年下の方にいうのも、なにか変なんですけど!」


顔に手を当てて、ぶんぶんと首を振るチェセ。あわせてふたつの巻き毛が揺れる。こう見えて彼女は、メイドとして優秀なだけでなく、とても博識だし世間も広いのだけれど、ときおり様子がおかしくなる。ちょっと変わったところのある人なのだ。


そうだ、お茶でも一緒に飲んで落ち着いてもらおう。わたしはひらめいた。


「せっかくのピクニックなのだから、みんなでお茶を飲みませんか? こういう機会もそうないでしょうし」


よろしいのですか、と食い気味に来たのは護衛騎士のアセレアだった。若いのに騎士としての腕は確かで、人柄としては、無邪気なのにちゃっかりしたところがある人だ。あるとき兄妹構成を聞いたら、上と下に兄と姉と弟がいて、彼女自身は真ん中らしい。なるほどと思わせる要領の良さがある。


遅れてチェセも顔を真っ赤にして同意を示してきたので、わたしはメアリさんを見る。彼女は優しげな笑みで当然のように頷くと、持ってきた荷物から敷物を取り出していた。


せっかくなので、4人で敷物の上に車座のように座って、お弁当を食べてお茶を飲むことにした。もちろんメアリさんが準備したお茶だ。食後にお茶請けにと準備されたのは焼き菓子と林檎のような果物シェリィだ。焼き菓子はさくさくとして甘く、口に入れるとあっという間に崩れてなくなるし、シェリィも新鮮でみずみすしい。


水際から空へとそびえる灰色の岩は険しいけれど、長い時間のなかで磨かれて傾斜のある山になっている。岩肌のくぼみには背の低い草がたくましく生えて、山全体に緑の粉を振りまいたようになっている。薄く雲が降りた稜線の上はくっきりとした青空。どこかで鳥が鳴き、渡る風は涼やかで、素晴らしい景色。その中で皆とのんびり飲むお茶は格別だとわたしは思う。


こんな素晴らしい場所を旅行先に提案してくれたのは、実は後輩メイドのチェセだ。そのことについてお礼を言うと、チェセはまた顔を赤くして、とんでもないですと言った。


「ピクニック先に良い穴場がないかと実家に聞いたら、たまたま詳しい人がいただけで・・・貴族の方の別荘地向けに、開発を進めている土地なんです」


「ほう。さすがにフジャス商会は大商会だな。別荘地の開発にまで手を伸ばしているのか」


騎士アセレアがお茶をすすり言う。チェセはお茶のソーサーをカップとともに崩した足のもものところに置いた姿勢で頷く。


「当商会は顔が広いせいか、ときおり、領主の方から地方おこしの企画を依頼されるんです。確かに本職とは違うのですけれど、皆さんの利益になればと考えてやらせてもらっています」


チェセの実家であるフジャス商会は、王国中に支店を持つ大商会だ。食料品・材木・金融などが主だけどなんでも商う。支店もそこらじゅうにあるし、他国にもいくつか支店があるのだという。


そこのお嬢様ならなんの不自由もないだろうに、好き好んでメイドをやりたいと言い出して、本当にロンファーレンス家の侍女をやってしまっているすごい子だ。


ちょっと細かい話になるけど・・・女給ハウスメイドは使用人なので平民から採用されるのだけれど、上級貴族の侍女レディーズメイドは下位の貴族から選ぶのが通例だ。下位貴族のお嬢さんが若い時に行儀見習みたいな感じで上位の貴族の侍女をやり、そこで淑女に相応しい振る舞いや優美なしぐさ、貴族らしい考え方を身に着け、より良い家柄に嫁ぐ。そういう慣行になっているらしい。


チェセのお家は大商会なので、だいたいの貴族よりもお金持ちなのだろうけれど、身分で言えば商人は平民だ。だから普通ならどれだけ頑張っても上位貴族ーーロンファーレンス家のような家格のーー侍女にはなれない。にもかかわらずわたしの侍女レディーズメイドに採用されているのは、お祖父様の考え方による。


モンスターを退治し世界のバランスを保っている冒険者を尊重し支援するロンファーレンス家は、伝統的に貴族と平民の区別の垣根が緩い。その家長であるお祖父様も、そのあたりの考え方は柔軟だ。


現代日本だったら意味のない区別だけど、ここは異世界で平民と貴族は厳格に分ける世界だ。その中ではお祖父様の柔軟な価値観はどちらかというと例外で、普通の貴族ではできない柔軟な考え方なのだ。とにかく身分の垣根を超える情熱のチェセもすごいし、それを受け入れるお祖父様の度量もすごい。


けれど、例外を認めただけでは、ことは終わらない。なぜなら、例外を快く思わない人はどこにでもいるものだから。例外として認められたチェセには、わたしの見えないところで嫌がらせがあるみたいだ。だからチェセも苦労はずなのだけれど、本人は明るく振る舞ってそんな様子は見せない。さすがに志願してきただけあり、彼女自身も強いのだ。


それに、これはメイドになってもらってからわかったことだけど、チェセは、家柄からだと思うけれど、幼いころから商売をよく見ている。だから世情や商売に関わる知識に自然と詳しい。わたしたちのような貴族というものは商談には携わるくせに、実際には商売にはうとくて損ばかりだ。だから、チェセの知識は貴重でありがたい。メイドなのに、たまにお祖父様も彼女の意見を求めているらしい。


「我々騎士団も、フジャス商会には世話になっている。安い武器や防具は街に出向いて買うが、本当に良い物や魔剣みたいな特別な逸品は、そのぶん値も張るが、やはり信頼できる商会から買ったほうが確かだな」


8個目のサンドイッチを口の中に放り込みながら、アセレアが言う。さすがに肉体派だけあって健啖家だ。飲み物も彼女だけヴィンルージュ赤ワインを小瓶から飲んでいる。


「ええ、当商会もロンファーレンス公爵騎士団様にはお世話になっていますし、これからも支援させていただきたいと思っていますよ。武器だけでなく、魔道具や遠征用の食料の大量調達、確実な輸送の手配まですべて迅速確実に請け負います。どうぞご贔屓に!」


完全にビジネスモードのチェセの言葉に、メアリさんはが困ったように笑いながら、彼女にお茶とお弁当を差し出す。


「熱弁もいいけれど、ピクニックも楽しんでね。せっかくの景色なのだから」


「あ。わたしったらまた、つい・・・」


赤くなりながら、差し出されたお茶を受け取りお弁当をつまむチェセに、皆が笑った。



そして皆がおしゃべりを続けるするなか、ふと見遣った先。わたしは奇妙なものを見た。


気になったので額に手をかざし、目を凝らして見てみる。


「・・・・・・」


凪いだ湖面に人影がある。


大きな湖の中、あのあたりは水しか無いはずなのに。


ぎょっとして目を擦って、また見る。


うん、間違いない。


白いドレスをまとった銀髪の女の子が、水の上に陽炎のように立っている。








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