第三章 大精霊
24 湖畔へピクニック①
春が来て、青の下月にわたしは11歳の誕生日を迎えた。
生活はこの3年間そう変わっていない。家庭教師についてお勉強をして、騎士団に顔だけ出して、お祖父様のお仕事をときどき手伝って、休憩するーー。つまりは公爵令嬢としていい子で過ごしているのだ。わたしえらい。
どれくらいえらくなったかというと、お祖父様に『リュミィ、貴族たるもの下の者をいたわる気持ちを持たねばならん。ついては使用人たちの慰労をするように』とか言われちゃって、その仕事を任されるくらい。
そういうわけで、わたしはいま! みんなと一緒に、景色のいい湖畔にピクニックにきていまーす! どーん!
■□■
迫るような岩山、背の低い草、山の間を埋める湖水。モンテ地方は公爵領のなかでも風光明媚な土地として知られている。新緑が芽生える緑の上月の季節は、どこを切り取っても絵画のように美しい。きれー!
湖に浮かぶ小島のシャレット・・・別荘を借りて、滞在は2日。公爵令嬢の観光旅行だ。それに使用人の皆さんが、わたしの身の回りを整えるためについてきているという名目だ。
わたしのレディーズメイド、そして護衛の騎士の人。その他、ハウスメイドの皆さん、
わたしがいるので、みんな表面上は静かにかしこまっているけれど、どことなくウキウキと楽しそうだ。
あ、たとえばあの目つきの鋭い、ふとっ・・・ほんの少しふくよかなハウスメイド長は、汚い言葉遣いに厳しい人で、フ○ックなんていうと、1時間は軽く説教モードに入る怖い人なんだけど、今日は口角があがりっぱなしだよ! その奥には、野外なのにびしっと黒服に身を包んだ黒髪のフットマン。髪にも油をつけてノリノリだね。その彼を何人かのハウスメイドがちらちら目で追ったりして小さく黄色い声をあげたりして・・・青春だねー!
そういう状況下で、わたしはここでの過ごし方を決めるのだ。まあ、ご主人さまがいないほうがいいよね。
「ねえメアリ」わたしの世話係は、今でもメアリさんだ。「あの島に渡ってみたいわ。島にあるあの林の向こうに行ったら岩山がきれいに見えて、さわやかな気分になれるでしょうね。そうだ、そこでお弁当を食べて、お茶を飲みましょう。きっと楽しいわ」
湖のなかには見える範囲で3つ、小さな島があった。そのうちのひとつを指してわたしは言った。そして付け加える。ふわっと両手を胸の前で合わせる姿勢で。
「ああでも、にぎやかすぎるのは困るわ。ついてくる人は、なるべく少なくね」
かしこまりました、とメアリは一礼し、お茶とお弁当の準備に取り掛かるために場から立ち去る。
そして鋭い目のメイド長と目があった。残されたものたちは何をすればよろしいでしょうか。
わたしは少し考えるふりをし、
「そうね。このシャレットで快適に過ごせるように掃除をしてもらって・・・あ、そうだ、裏に広い野原があったから、いまから薪を組んでおいて、夜に大きな焚き火をしたらきっと楽しいわ」
ーーというふうに、女性と男性に仕事は割り振ったよ。でもすぐ終わるはずの仕事です。
メイド長は重々しく頷いた。
「そのあとはなにを?」
すればよろしいですか、という言葉は省略されている。どこかドスの効いた声で、歴戦の戦士みたいだ・・・メイドのはずなんだけど。
わたしはつくり笑顔を作って空気をほぐして、そのあとに真顔に戻す。メイド長は再び重々しく頷いた。約束ごとをするときの、ノンバーバル・コミュニケーション。
ぴっと三本指を立てて、わたしは早口で宣言する。
「羽目を外しすぎないこと。お酒を飲みすぎないこと。あと、暴力ざたは厳禁」
たくさん省いているけれど、これで伝わる。
「かしこまりました、ご主人さま」
見た目の体型からは想像できない、洗練されたしぐさで淑女の礼をするメイド長。
わたしは頷いて身を翻し、小島へ渡るために準備してくれた船に向けてあるき出す。
わっと歓声があがったみたいだけれど、今日だけは聞こえないふりだ。
■□■
メアリさんが準備してくれたボートに乗り込む。主人たるわたしは湖を渡り、もうひとつの小島でしばらくのんびり。なるべく時間をつぶして暗くなる前に帰る・・・というお仕事。あえて何もしない、ということが、ときとして立派なお仕事になるんだよ。
お供してくれるのは、メアリさんを入れて3人。
メアリさんの他に、最近レディーズメイドとしてうちにやってきたチェセと、護衛騎士のアセレアだ。
「いざというときに、騎士の両手がふさがっているわけにはいかないのですよ」
「わかりました、なんとなくそうなるんじゃないかと思っていましたよ!」
そういう流れで、ボートの漕ぎ役はメイドのチェセ。ちょっと吊り目で栗色の髪、顔の両脇にくるくる巻いた髪の毛がぶらさがっている。ちょっとおかんむりなのに体のつくりがこじんまりしていて、ボートの一番奥にすぽんとはまる感じが可愛いらしい。
そんなチェセと軽口を叩きあっている護衛騎士のアセレアがその向かいに座る。周囲にそれとなく注意を配る姿は、さすがに武人だ。赤い髪は短く切りそろえられて、顔には薄くそばかすの痕。屈強な男性が揃う騎士団のなかに入ると若いというより幼いという印象だけど、こうして女だらけの集団に入れば頼れる騎士様という感じになる。
その次に、わたしがボートの真ん中に座る。今日は黒を基調に白色のアクセントが入っているチョッキにブラウス、色を合わせたスカートにリボンのついた帽子をかぶっている。初夏のお嬢様スタイルだ。
最後にボートに乗ったのはメアリさん。最後の荷物ーーティーセットの入ったトランクを膝にかかえ、一番後ろに座る。背中まである長い金髪をアップにし、口元に穏やかな笑みを浮かべている。腕には赤い貴石のついたブレスレット型の
そのお姉さんが、後輩メイドに指示を出す。
「それではチェセさん、お願いします」
「わかりましたぁッ! そーれっ!」
小さな体を目一杯に使って、チェセがオールを思いっきり動かす。水しぶきがあがり、ボートが静かに湖面の上を動き出した。オールが動くたびにボートはゆっくりと湖面をすべり、岩山と緑と青空の景色を水音とともに動かしていく。
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