23 冬のおわり


(なんと・・・ヴラドめを倒したのは、我があるじでありましたか!)


暖炉の燃える、お屋敷内のいつものわたしの部屋。今日は細雪が静かに降る日。外に偵察に出て肝心な時にいなかったバウが、久々に定期報告に戻ってきた。ベッドの脇にあるスツールに腰掛け、わたしはこの黒い犬・・・じゃなかった狼と目を合わせつつ念話を使って会話をしていた。


(ヴラドは、魔王候補の中でも飛び抜けて有力な候補のひとりでありました・・・そのヴラドを破ったとあらば、もはや! あるじには魔王になっていただくしか・・・あの、ちょっと、いたい!  いたいですあるじ! なぜ我の頬をひっぱるのですあるじ!)


(わたしは! 魔王になんて! なりたくないの! 平穏に! くらしたいのにぃ! どうしてこうなのぉ?!)


バウの頬の肉は柔らかく、びろーんとわたしの腕いっぱいに伸ばしてもまだ伸びそうな感じだ。


これ、どこまで伸びるのか。わたしの好奇心がうずく。


(そうは申しましても・・・いたい、いたいですあるじ! 足で押しながら頬をひっぱったらさすがにいたいです! 完全にやつあたりです、あるじ!)




■□■



ひとしきりバウとばたばたといじめ・・・コホン、じゃれ合ったあとに、再び真面目に報告を聞く姿勢を取る。


(じゃあ話を戻すと、ヴラドはそんなに強いモンスターだったんだ?)


(なにしろ彼奴はヴァンパイア=ロード。個人単体でも強いし、夜になればさらに魔力が高まる。我らロウプとは違い、策謀にも長ける。そのうえ手下も多く、失っても補充できる能力まである。もし戦ったとして、正面から倒すのは、かなり骨だっただろう)


ぱたぱたと尻尾を振りながら、バウの念話。なお今日のバウはシベリアンハスキーほどの大きさだ。


そうか、わたしが戦ったのは昼間だったし、手下もいない状況下だった。相手がほぼ一対一の状況を作ってくれたのは、わたしにとって幸運だったのかも知れない。いやいや、ひょっとしたら、だけど。そもそも戦うことになったのがアンラッキーなんだけど!


(自分の軍勢を持っていたので、たとえ魔王になれなかったとしても、人間世界で身分を隠しながら、独立勢力として立ち回る腹積もりだったのだろう)


ふむんと独り納得のバウ。わたしはふーんとだけ相槌を打った。


(それで、バウのライバルさんの動向はどうなの? 蒼白虎だっけ?)


(我らがいる西部からは出て、北部へと移動したようだ。しばらくはこちらに来ることはないだろう)


それを聞いてわたしは一応ほっとした。戦いにならなければそれにこしたことはない。


(魔王トーナメントのバトルロイヤルも大詰めを迎えてきた。参加者はもう20名ほどになっているそうだ。これが10名ほどになれば、本戦、トーナメントが始まるだろう)


(いま、有力な参加者はいるの?)


(いるにはいる。吸血の王は倒されたが、竜帝や魔導王と呼ばれているものが残っている。それから獣人剣師、半魔の騎士、剛力の氷結公、爆炎の竜魔人、薬粋の狂信者、不可知の小公女、弓極の森人、光速の四足獣、深淵の槌人、浄水の淵神・・・)


(なにそれこわい)


(参加者はみな自分の情報は隠すから、通り名はすごくても、実態のほどはわからない。それに、相手を倒すと莫大な経験値が入るから、位階レベルがあがって、強さの順位はしょっちゅう入れ替わる。だからどいつが有利かはわからんな)


とにかく、王国全土を領域にして、強者たちが勝ち残り戦を演じているという、魔王トーナメントのバトルロイヤル。人間世界は平和の真っ只中だというのに、裏ではモンスターたちがルールに則って覇を競っていて、それが順調に進んでいるということ。


魔王が決まったあとに、人間側からも勇者が生まれてくる。そしてモンスターたちと人間が戦うことになる。これまでは、最終的に勇者が魔王を倒しているのだけれど・・・。


(どうして、魔王って決めなきゃいけないの?)


(それは・・・ふむ、改めて聞かれると、難しいな)


バウもいろいろ考えてくれたけれど、あまり説得力のある説明は聞けなかった。あえていうなら、力の強いものは最強の名誉を求めて魔王になりたがるし、モンスターたちも快適に支配してくれる「王」を求めている、ということみたいだ。


名誉を求めて生命を懸ける、っていうのはわたしにはまったくわからない気持ちだった。これがこの世界特有のものなのか、わたしの性格によるものなのかは、ちょっと区別が難しい気がするね。


そしてあれこれ話をしたあと、わたしたちの戦力について確認しておいたほうがいいということになった。わたしはお祖父様からもらったオリジン・ステイタスカードでたまに確認しているけれど、バウについてはよく知らないので、いい機会だ。


魔法銀ミスリルでできたオリジン・ステイタスカードを差し出すと、バウはお手のようにして肉球を乗せてきた。そしてエテルナをカードに流すわけだけど・・・ステイタスカードを確認するだけで可愛く見えるってずるい。



アーリヴァウティ=ラウフ(バウ)

  レベル:  63

  ステイタス:『暗黒狼テネェブ=ロウプ』『闇精霊の眷属』『精霊契約の従者』

  ジョブ:  暗黒狼




なるほど・・・って感じ。バウの位階レベルは63。前に計測したとき、わたしの位階は81だったから、わたしが追い抜いちゃっているんだね。なんかイヤだなあ・・・。護衛よりも主人が強いって・・・。


ちなみに、わたしも久しぶりにステイタスカードを使ってみた。




リュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス

  レベル:  84

  ステイタス:『公爵令嬢』 『転生者』 『魔王の落とし子』

        『暗黒狼の使役者』 『古代守護者の破壊者』

        『吸血王討滅者』『超絶技巧者(操作)』

  ジョブ:  黒色魔法師




ステイタスって、なんか称号みたいな意味合いがあるのかな? ヴラドとの戦いでなんか増えているんだけど。一方で、レベルはあんまりあがっていない。経験値の大半はメアリさんに流れちゃったからね。




ふむ。これで戦力がはっきりしたわけだけど、問題は・・・。


(お屋敷が魔王トーナメントの参加者にねらわれる可能性があるのかな? いま、他の参加者にねらわれていたりするの?)


バウに一番知りたかったことを質問する。だがバウは首をひねり。


(なんとも・・・。参加者の居場所も情報も互いに知らされるものではなく、自力で調べるものなので、さきほど報告した以上のことはわからぬ。だが、仮にここにあるじがいると相手が知っても、他の候補者を優先して、後回しになるのではないかな?)


(ふうん。なんで?)


(ここには公爵領の騎士団が常駐して訓練しているだろう。いくら魔王候補たちが個として強かろうと、軍隊と戦えば、負け無くとも、予想外に力を削がれることがある)


(まあ、そういう事態はさけたいよね。だったら、ひとりで行動しているべつの候補者をねらうってわけね)


バウの仮説はわかる。相手の立場に立てばそういうふうに考えてもおかしくはない。けれど可能性が高いという話であって、確証はない。これは安心とはほど遠い。・・・・・・。


(バウ、いまやってもらっているトーナメント参加者の偵察はもういいわ。これからはお屋敷のまわりをパトロールして、参加者を警戒してちょうだい)


(警邏だな。了解した)


びしりとおすわりの姿勢で、バウは尻尾をぶぶんと振った。


「おねがいね」


そう言って頭をわしわしと撫でてやる。バウは嬉しそうに尻尾を振ったあと、とぷりと影に潜っていった。わたしはひとつ息を吐くと、ベッドサイドテーブルからベルを取り上げて手首をふる。

ちりりーんと涼やかな音が響いた。


少し間があって、扉がノックされる。現れたメイドに温かい飲み物をお願いした。ドアが閉まる音、わたしは立ち上がって窓辺に近づいた。窓の外は薄曇りの白い空、静かに雪が降り続けている。


あまりに静かに降るので、音が世界から消えたのかとすら思う。ときおり暖炉の薪が爆ぜる音だけが時間が動いていることを教えてくれる。


ハウスメイドがワゴンを押してやってきた。窓の近くにテーブルと椅子を用意してくれたので、わたしはそれに従う。準備してもらったのは、ショコラットというホットココアのような飲み物だ。うんと甘くしておきましたからね、という言葉に、わたしは微笑んでお礼を言う。


部屋にひとりにしてもらって、わたしは好みの甘くて濃厚なショコラットをすする。口の中が甘さで満たされて、チョコレートのような分厚い香りががつんと脳髄を殴ってくる。こんなカロリーの高そうなもの、代謝のいい子供じゃないと体重が気になって飲めないね、なんて考えながら、部屋の中を見渡す。


赤い絨毯。淡い水色の壁紙と白い柱と窓枠、色が合わせられた可愛らしい家具。暖炉で暖められて特に不自由もない、わたしの部屋。窓からは遠く前庭が見えて、騎士たちがまた訓練をしている。お屋敷の中は静かに使用人の人たちが働いていて、そのなかにメアリさんもいる。奥の執務室ではお祖父様が頭を抱えながら書類に署名をしているはずだ。



わたしは、このお屋敷が好きだ。


お屋敷にいるみんなが好きだ。お祖父様も、メアリさんも、みんなが・・・。


だから、本当はわたしはこのお屋敷を出たほうがいいのかも知れない、と思う。



ヴラドとの戦いは、あいつがわたしを無傷で捕らえるつもりだったから、周囲に被害が出なかった。でも、魔王トーナメント参加者が本気になれば、このお屋敷の人たちを皆殺しにして、根こそぎ破壊することも可能だろう。なぜ言い切れるかと言えば、わたしでもそれができそうだから。

だからこのお屋敷が狙われる前に、わたしがここを出る。そうすれば、他の魔王トーナメント参加者たちはここを狙う理由がなくなる。そういう方法もあるのだ。



でもーー。わたしのまぶたの裏に、お祖父様の顔が浮かぶ。お祖父様の実娘、わたしの母親であるルーナリィ。お祖父様は実の娘に家出されて、そしてついに娘は戻ってこなかった。そのかわりと言っては何だが、孫娘にあたるわたしがこのお屋敷にやってきた。


お祖父様にとっては、わたしは失った実娘の代わりに等しいだろう。それなのに、わたしまでお屋敷を出ていったら、お祖父様の心をどうすればいいだろう。きっとひどく裏切られたという気持ちになるのではないだろうか。お祖父様は良いひとだ。あのひとをまた悲しませるようなことはしたくない。


ルーナリィは『狭いお屋敷はもうたくさん! 広い世界を冒険したい!』といって家出をしたらしいけれど・・・。わたしのお屋敷を出る理由がきちんとしていたとしても、きっと意味はない。どんな理由だとしても、わたしがこのお屋敷を出て、お祖父様のそばから離れることが駄目なのだ。そう思う。


もう一口飲んだショコラットが、熱いままお腹に落ちていく。




結局、わたしはこのお屋敷を出ていく勇気が出てこない。それに不在のあいだにお屋敷を襲われたらと思うと、それも怖い。


だから、バウにお屋敷のパトロールを頼んだ。魔王トーナメント参加者を見つけたら、足止めしたうえで、わたしができるだけ速く倒す。完全な水際対策だし、あんまり頭がいいやり方だとは思わないけれど、これ以上のことをやる勇気は出てこない。


本当にお屋敷のみんなを守りたいと思うなら、魔王トーナメントを勝ちに行くのが最善だ。けれど、先手必勝! なんて拳を振り上げて、自分から魔王になりにいくなんて、とてもわたしにはいろいろな意味で勇気がないね・・・。




窓の外、細雪がいつの間にかぼたん雪に変わっていた。


わたしは、落ちる雪、白く染まっていく世界をぼぅっと眺めていた。


大雪だ。一日中この降りなら、さぞ深く積もることだろう。



■□■




でも、せっかくのわたしの覚悟にかかわらず、大雪にはならなかった。


暖冬だった今年の冬が終わり、無事に春が来た。


そして何ごともなく、ごく自然に季節が巡った。


わたし8歳の大冒険は、ほとんど思い出に変わって、


そして、平気な顔をして3度目の春がいつもどおりにやってきた。


わたしの悩みなんて、もともとなかったのだよ、とでもあざ笑うように。






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