第二章 魔王トーナメント?

14 魔王トーナメント?




「は? まおうとうなめんと?」


バウと話をしていたのだけれど、何かを聞き間違ったらしい。少し考えて、お、と手をこぶしで打つ。


「そうか、魔王塔ナメント、ナメントって言う塔があるのね。すごいわなんかい建てなのかしらきっとさぞ高いんでしょうね東京スカイツリーより高いのかしら」


(いやちがうぞあるじ。魔王トーナメントだ・・・トーキョースカイツリー?)


「もしくは、『魔王とナメント』っていうユニットバンドのなまえ」


(・・・魔王トーナメントだ。我を倒したあるじは、もう参加者とされているはずだ)


「・・・わたしね、さくばんね、ふつうの公爵令嬢になるぞって誓ったばっかりなんだけど。それはもうけっこうマジめなシリアスモードで。なのにさあ。するかなぁ、ふつう。魔王トーナメントに、公爵令嬢が参加なんて」


(それは・・・なんというか・・・ご愁傷さまです)


「ウソでしょぉぉぉっ?! ウソだといって!」


わたしは頭を抱えてうずくまった。




■□■




わたしがお屋敷に戻ってから、次の日の朝が来た。まぶたが腫れぼったく、とても疲れているけれど、起床時間はいつもどおりだ。隠せないあくびを噛み殺しながら、朝の支度を終える。天気は今日も晴れ。昨日までの冒険が嘘みたいに当たり前な朝だ。


いや、違うことがひとつあった。これから3日間、謹慎するわたしのために、朝ごはんが部屋に持ってこられたのだ。食堂にも行けないということだ。朝ごはん自体は焼いた薄パンとチーズクリームと果物とお茶で、いつもとそう変わらない。ちなみに、ラディア伯母様は朝早くにお屋敷を出たらしく、見送りする時間もなかった。


「お寂しいですか?」


朝食を持ってきてくれたメアリさんが聞いてくれるけれど、朝ごはんはひとりで食べるときもあるから平気だ。いつでも優しいメアリさんに感謝しつつ食べると、課題として出された読書に取り組む。けれど古代語で書かれた教書はすごく難しい。もともと疲れが取り切れていないわたしはあっという間に夢へイントゥダイブ。お昼ご飯まで机に突っ伏していた。


お昼ご飯も部屋で食べて、食べ終わるとやることがない。メイドさんたちに、無用に喋りかけることも謹慎では禁止されているので、おしゃべりもできない。退屈だ。部屋から出ることもできない。この無意味な時間が延々と続く。なるほど、これが謹慎かと納得した。強制的な退屈は、たしかに罰として充分に機能する。


そしてそのことを思いついたのは、午後のお茶の時間が終わったあとのことだった。


そういえば、わたし、影からバウを呼べるんだった。でも、一応謹慎だって言われているし、呼ぶとまずいかな? というか、バウはまだ呼べるんだろうか・・・。


そんな疑問は思念になってしまったらしい。


(あるじ、呼んだか?)


「よ、よんでないよ?」


小さい声で、わたしは応える。思わずわたしの部屋の扉を見るが、人の気配はしない。


(きゅうくつだ。出たい。出てもいいか?)


「あ、いや、ここはへやのなかだから、そのまま出てきてもこまるっていうか、あ」


わたしの制止もむなしく、しゅるり、とバウはわたしの影の中から現れた。


(この大きさならいいだろう)


普通にしていれば牛ぐらいの大きさのある黒い狼は、ある程度自分の体の大きさを、自由に変えられる。


バウは、小さな柴犬くらいの大きさでわたしの部屋にあらわれた。


「あっ、かわいい・・・」


口走ってしまった。とっさに手で口を押さえたが、もうわたしの負けである。


(むふん、むふん。そうであろう、そうであろう。我は気の利く従者である)


仕方がないので、寝台の端に腰掛けて、ぶんぶんと尻尾をふるバウの小さい頭を撫でながら、小声で話をすることにした。あれこれと話し、なんとなく話題は、わたしたちが出会ったときのこと。


(あのとき我は、魔王トーナメントで生涯のライバルと戦い、武運つたなく敗れ、満身創痍であった。強敵のいないはずのロンファの森で体を癒やしていたところ、あるじと出会ったのだ)


あのときわたしは道に迷ったうえに、はじめて出会ったモンスターがバウであったため、気が付かなかったけど、あのとき彼は傷だらけの状態だったらしい。そうでなければ、そんなに簡単に勝てないよね。それよりもわたしは、聞き逃がせない言葉があったような気がして、繰り返した。


「そうだったの。でも襲ったのはわたしじゃなくてバウのほうだからね・・・って、いまなんて言った? まおうとおなめんと?」


すごく嫌な予感がするワードだ。


なにそれ、とほぼ素で聞くと、バウはその単語が教科書に載っているかのように正確に答えてくれた。


(魔王トーナメントとは、次の魔王を決めるために、精霊やモンスターなどの強者たちが、種族を問わず相争う戦いのことだ)


詳しい話を聞きたくなくて、誤魔化すけれどバウは犬らしく・・・いや本当は狼だけど、律儀に説明してくれる。


(・・・魔王トーナメントだ。我を倒したあるじは、もう自然にエントリーされているはずだ。魔王トーナメントの参加条件は、強者であり自分でエントリーを宣言するか、もしくはエントリーした者を倒した場合だ)


わたしが頭を抱えていやいやと首を振るが、バウは説明を続けてくれる。


(いまは予選期間で、各地のつわ者同士が相撃つ。バトルロイヤルというやつだな。それが終われば、本選だ。勝ち残ったつわ者たちは魔王城に集まり、勝ち抜き戦で争う。最後の勝者が魔王として認められるのだ)


わたしが拒否反応を示すと、バウはご愁傷さまですと言ってくれた。でも、続ける言葉とキラキラしてる目が、わたしへの期待に満ちている・・・! やめて・・・そんな目で見ないで! わたし、魔王になんか、なりたくないの!


(たしかに人間が魔王トーナメントに参加するのは珍しい。しかし、ここはつわものたちが争う場、ちからこそすべて! 我に勝ったあるじが負けるはずはない! あるじはきっと立派な魔王になるだろう!)


力強く拳をーー狼なので拳はなくて前足で肉球だけどーーを振り上げて、つぶらな瞳をきらきらさせて、力説するバウ。わたしはすいっと目をそらす。


「・・・でないもん」


(え?)


「魔王トーナメントなんて、でないもん。魔王になんかなりたくないもん」


いま、魔王が生まれる裏事情を教えてもらっている。これは人間世界ではとっても貴重な情報なのかも知れない。わたしは興味津津でもおかしくなかっただろう。もしわたし自身が当事者じゃなければ、の話だけど。


(えっ、でもあるじ、魔王トーナメントに参加できるのはたいへんなほまれで・・・)


「うるさいもん」


(け、けれどあるじ・・・あるじが出ないと言っても、予選はバトルロイヤル。向こうから襲ってくる可能性も・・・)


「隠れるもん。エテルナを使わず部屋に引きこもっていたら、きっと見つからないもん」


思いつきで言ってみたことだけど、それは結構効果があることだったらしい。


その手があったか、みたいな反応をしたあと、バウがおろおろして言ってくる。


(そ、それだとトーナメントが盛り上がらない・・・! あるじなれば、立派な魔王になると信じているのに・・・)


「ぜったい魔王になんてならないもん。そろそろかげにもどる? ハウスする?」


(そ、そんな・・・あるじ・・・うう・・・)


そう。わたしは人間側で公爵令嬢として生きるのだ。でっけぇ魔王に俺はなる! みたいなぶっとびキャラ枠入りはしたくない。冒険マンガの主人公は、是非別のところでやってもらいたい。これは平凡な公爵令嬢が優雅ながらも平凡でのんびりとした日常を描くわたしのハートフルストーリーなのだ。


しかし、そこまで考えて気づく。そういえば、バウは他の候補者に負けてここに来たって言ってた。ということは、その候補者がここに来る可能性があるのでは?


「バウ、あなたさっき、他の候補者に負けたって言っていたけど、それってどういうモンスターなの?」


(おおあるじ! 我のかたきを討ってくれますのか?!)


「ちがうわよ。万がいち、ここに来たらこまるでしょ。だからすがたかたちとか、情報をしっておきたいだけ」


そういうとバウは実に悔しそうに、ぬか喜びさせるなんてひどいなどと恨み言をぶつぶつ呟いていたが、結局おしえてくれた。


バウが負けたその相手は、『青白虎』というのだそうだ。バウが好敵手と評価するだけあって単純なモンスターではなく、バウと同じ精霊の眷属であるらしい。ちなみに、バウは相手を『青白の』と呼び、バウは『黒の』と呼び合っているんだって。


(真名はお互いに知りませぬ。精霊やその眷属にとって、真名は神聖なもの。家族か忠誠をささげるあるじ以外には明かしませぬ)


それを聞いて適当にバウの名前をつけたことに若干の罪悪感を覚えながら、質問を続けていく。どうやらその”青白の”は隣の隣の領地のあたりを根城にしているらしい。微妙な距離だ。得意としている属性は光、氷、風でバウの反対だ。姿かたちは虎型で、バウと同じくスピードタイプなんだって。


ダンジョンに潜ってなんとなくわかったのけれど、わたしは魔法師なので魔法攻撃力は強いけれど、直接的な物理攻撃にはめっぽう弱い。そもそも体が人間8歳のお嬢さんで、筋力もそれほど強くないし、体力もない。何が言いたいかといえば、突然奇襲を受けたらそのまま一撃死する可能性があるということ。だからスピードタイプ・・・素早く動いて獲物を仕留めるパターンの敵とは相性が悪い。


どうにかして対策できないかと考えていたところ、バウが察して提案してくれた。


「あるじ。もしよければ、我が彼奴めを偵察し、監視致しましょうか?」


えー、そんなことできるんだ・・・。それはいいな。相手が近づいてきそうだったら、対策できそう。でもそうすると、偵察しているあいだ、バウが近くにいないってことだよね? バウを護衛として手元にずっと残しておくのと、偵察に出てもらうのを天秤にかける。


奇襲されて護衛されて生き残ったとしても、戦う姿を見せるわけなので、公爵令嬢としての社会的な生命は終わる気がする。それだったら、偵察に出てもらって相手の動向を見てもらっていたほうが、なにかしらの手は打てるかも知れない。


そういうわけで、バウはお屋敷を離れて、しばらく偵察に出てもらうことにした。ただし出発は、わたしの謹慎期間があける3日経ってからだ。わたしの話し相手になってもらうことも、大切なお仕事ということで。・・・え? ずるくないよ、い、いいじゃない、そのくらい!


それから3ヶ月。何ごともなく過ぎたのだけれど・・・。




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