15 家庭教師はやばいです①
「それでは参ります・・・てぃ! やあっ! それっ!」
金髪のメイドさんから投げ放たれた芋剥き用のナイフが、たたたんっと小気味良い音を立てて、5メートルほど先の木の的に命中する。
おおすごい。わたしが興奮ぎみにぱちぱちと手を叩くと、当のメイドーーメアリさんは、照れくさそうに笑ったあとに、スカートの裾をかるく摘んで優雅に礼をしてみせた。
「宴会芸で、本来はリュミィ様にお見せするような出来ではございませんが・・・喜んでいただけたようで、恐縮です」
お茶の時間。この時間のバルコニーは日陰になっているうえに良く風が通り、気持ちが良い。わたしはひょんな話からメアリさんのかくし芸を見せてもらっていた。バルコニーの手すりに結びつけた簡易の木の的から、手早くナイフを抜き取るメアリさんに向かって、屋外用の椅子に腰掛けたわたしは声をかける。
「ナイフ投げなんて、だれから教えてもらったの? メイドのたしなみーーではないのでしょう?」
「お恥ずかしい話です。お屋敷に訓練にいらっしゃる若い騎士の方に教えてもらいました。最初は挨拶を交わすぐらいだったのですけれど、いろいろ話をしているうちに、やってみると面白いからと言われまして。さすがに騎士剣は振り回せませんけれど」
そう話すメアリさんは誰かを思い出しているようで、薄っすらと頬を染めている。ほほう。わたしのメイド、それもメアリさんにコナをかけるとはーーその若い騎士とやら、いい度胸をしているじゃない。
「あの、リュミィ様・・・お顔がだんだん怖くなっているのですけれど」
おっといけない。わたしは目の前の氷の入ったグラスを持ち上げて口をつけ、そしてにこりと笑ってごまかした。
「気のせいよ! メアリはお茶をいれるのもうまいし、ナイフ投げもうまいし、ほんとうに器用ですごい! さっきこわいかおに見えたのは、ほんとうに気のせいだから!」
わたしが言い切ると、メアリさんは苦そうな笑いを表情に浮かべた。
「お茶とお菓子のおかわりをお持ちしますね、リュミィ様」
そう言って白磁器のティーポットを持って、メアリさんは屋内に入っていく。
・・・よし、うまくごまかせた。そういうことにしておこう。
わたしはグラスに残っていたお茶の残りをくいっと飲み干す。
青い空、白い入道雲が森のうえに浮かんでいた。
■□■
「あたらしい家庭教師・・・ですか」
「おおそうじゃ、リュミィ、そなたエテルナを扱えるようになったのじゃろう?」
かちゃかちゃと食器の音が響く食堂。お祖父様とわたしは向かい合って朝食を摂るのがこの家の数少ない決まりのひとつだ。
お祖父様も処理しなければいけない仕事が山と積まれている忙しいなか、わたしへの時間を必ず割いてくれる。公爵としての対外的な仕事、領主の仕事、騎士団長の仕事、そしてロンファーレンス家長としての仕事。多忙なお祖父様だが、家族との時間を大切にする人だ。
「わかるのですか?」
わたしは驚いた。・・・ふりをする。
その人が扱えるエテルナの総量が多いか少ないかは、さすがに
相当な熟練者になると、エテルナの流れ方で察することができるということだったが、それはその人の立ち居振る舞いや身のこなしを含めて総合的に観察した場合であり、つまりは戦闘センスの一種だと解釈した。
バウにも聞いてみたが、平時の体を覆うエテルナで、相手の強さわかるかどうかはそのときになってみないとわからないということなので、わたしの解釈で正しいと思う。よほどの達人が、ある程度の敵意を前提に、よほど注意しなければわからないということだ。
だから、外見のエテルナからの判別法では、日頃エテルナを使う人か、あまり使わない人か、あるいはまったく使えない人か・・・ぐらいしかわからないことになる。
そして、体を覆い表面を流れるエテルナの量は、自分の意志でコントロールできる。
だから、わたしは自分のエテルナを「使わない人」レベルにまで極力抑えている。
魔王の落とし子だからか知らないが・・・正確には知りたくないだけだが、ダンジョンの裏ボスを沈めることができる自分の力をひけらかしたら、人間界でのわたしの社会的な人生が終わってしまう気がするのだ。少なくても穏やかな人生を送れなくなりそうだ。
「うむ。リュミィ、おまえ自身では気がついていないかも知れないが、お前の体は既にエテルナで覆われている。しかも流れがとても穏やかで美しい。そなたにはきっと魔法の才能がある」
「まあ。うれしいです」
ぎくりとしたが、顔には出さずに、にっこりと微笑む。騎士団がモンスター退治で苦労されていたら、たいがいの相手は屠ってさしあげられそうですよ、とはとても言えない。
かわりに、ふわふわのオムレトを飲み込みと、傍らに控えていたメアリさんを呼び、ぽそぽそと用事をお願いした。メアリさんは優雅に一礼して、食堂を出ていく。
「だから、そなたのために優秀な魔法の家庭教師を王都から招いた。ちからはただ持っているだけではいけない。むしろ害になることすらある。ちからには善悪はない。ただ正しく導いてやれば、正しいちからになる。そういうものだ」
「わかりました。その方から、しっかりと学びます」
ゆ、優秀な魔法の家庭教師・・・。わたしが実はとんでもない量のエテルナを扱えるってバレちゃったらどうしよう・・・。
「王都周辺に起源を持つ中級貴族の家柄で、本人は魔法学者だ。従軍経験もあるということだから、理論と実践、両方を教えてくれるだろう」
「むずかしそうですのね。わたしにできるかしら?」
「おまえならば、なんら心配いらぬよ、リュミィ」
「ゆだんたいてき、ではないでしょうか」
わたしはほほえむ。お祖父様は一瞬目をまたたき、苦笑する。
「まったくそのとおりだ。これは一本とられたな」
朝食が終わり、食後のお茶になった。そして食堂に戻ってきたメアリさんが、わたしが頼んだものを渡してくれる。鈍く銀色に輝くカード。
わたしはそのカードを両手に持つと、なるべくゆっくりと、エテルナを指先から流した。
浮かび上がった文字を確認して、カードをメアリさんに渡す。
「じつは、ステイタスカードを、あつかえるようになったのです」
「・・・ほう」
そんな会話をしているあいだに、メアリさんからお祖父様の召使いにカードが渡される。そしてカードは最終的にお祖父様の手元へ。直接渡すには食卓が大きすぎるので、こんなふうにパス回しが必要である。公爵の格式ってたいへん。
渡したのは、もちろん”オモテ”のステイタスカードである。それには魔術文字でこう記載されている。
リュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス
レベル:3
ステイタス:『公爵令嬢』
ジョブ: 黒色魔法師
受け取ったお祖父様は、おお、と感嘆の声をあげる。
「やはりリュミィには魔法の才があるか・・・!」
見たか、とお祖父様は後ろの白髪の執事長に視線を送り、その彼も驚きましたとはっきりと頷く。ステイタスカードの魔術文字は、注いだエテルナの量が少なかったので、もう消えている。しかしお祖父様の驚きは続く。
「この幼い年齢でもう
えっ・・・
そんな心中はさておき、わたしはお嬢様らしくおっとりと首をかしげてみせるだけだ。どうしましたか、よくわかりませんが困りました、というていで。
そういうふうに困った姿勢を見せていると、周囲がレディを助けてくれるようになっている世界線だ。今回、お祖父様がくわしく説明してくれたところによると、幼い年齢でエテルナを扱える者はそこそこいるが、一定の訓練を受けるまで、
訓練なしで職業
幼年で
・・・これはやらかしではない! やらかしたっぽいけど、セーフ側のやらかしだ! だから大丈夫!
わたしは心の中で胸をなでおろした。「そうなのですか、嬉しいです」と言ってお茶をすすっておいたが、状況にジェットコースターのように上げ下げされたので、心が、精神が、とても疲れた。朝食を食べたばかりだけれど、もうベッドに潜り込みたい。
「血は争えんな」ぽつり、お祖父様が言った。「お前の母親も、凄まじい魔法の才能の持ち主だった」
厳しさと、寂しさが入り混じったお顔だった。
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